ツァオレン・リョホーセン視点②
ツァオレン視点が②なのは、????視点を①とカウントしているからです。
ルービルテ辺境候領を出立して5日、赤飛馬を全力で飛ばして、私達は遂に帝都に辿り着いた。
無用な混乱を避けるため、ナハク・ベイロンのことは帝都民にも知らされていない。当然私達の任務についても。
そのため私達が帝都に帰還しても、町は普段と何も変わらない様子だった。
大通りを抜け、帝城に向かう途中で念の為《ヴァレントの針》を取り出し、長針の動きを確認する。
「いる、か……」
馬車が進むのに合わせて、長針が大きくその角度を変えていた。
その針が指す向きからして、彼女は今帝都の中でも宿屋が集まっている辺りにいるらしい。
とりあえず、置き手紙に書かれていた通り帝都にいることに安堵する。
これでもし行方を
(いや、何か言われる程度で済めば上々なのだがな)
なにせ、私は陛下に与えられたセリア・レーヴェン捕獲任務に失敗し、挙句命令を無視して独断でナハク・ベイロン討伐に向かったのだから。
結果として討伐に成功したからよかったものの、任務失敗に命令無視と独断専行、これらの責めは受けなければならないだろう。
陛下……父上は、相手が実の息子だからといって情状酌量するような方ではない。
父上が身内だからといって容赦などしないことは、重々よく知っている。
今から8年前、先代皇帝が公務で地方に出向かれている最中に、突如として行方を晦まされた。
巡回中の衛兵が、陛下の馬車と護衛の死体、交戦したものと思われる大量の害獣の死体を発見したのだ。
不可解なことに、現場に陛下と一部の騎士の死体、そして陛下が所持していた神器《崩天剣》は見付からなかった。
しかし、捜索隊の懸命の捜索も虚しく陛下達と《崩天剣》の行方は終ぞ分からず、結局大型の害獣に喰われたものとして処理された。
その後、先代の突然の訃報で巻き起こった後継者争いを勝ち抜き、並み居る候補者を押し除けて皇帝の座を勝ち取ったのが、私の父である現在の皇帝陛下なのだ。
その後継者争いの際、父上がどれだけ汚い手を使って血を分けた兄弟を蹴落としたのかは、他でもない私が一番よく知っている。
なぜなら、父上の裏工作に最も深く関わっていたのが、当時既に精神系神術師としての才能を開花させていたこの私だからだ。
今回任務に同行した黒鋼の傭兵団も、その頃からの付き合いになる。
私や彼らの暗躍の結果、最終的に帝位継承権を持っていた皇子の実に半数が、国家転覆を企てていた国家反逆罪で、その妻子に至るまで連座で処刑された。
表向きには、彼らが当時の皇太子に対してクーデターを企てていたことになっているが、そんな事実がなかったことは私がよく知っている。
そして最後の仕上げとして皇太子を暗殺したのが、父上の手の者だということも。
これらの事実は、帝城内では公然の秘密だ。
私の“魔皇子”という二つ名も、元はといえばこれらの噂を聞きつけた者達が囁き始めた忌み名なのだから。
その者達は、先代皇帝の死まで父上の陰謀であり、害獣を先代に
(ただの噂だと笑い飛ばすことも出来ないが、な……)
少なくとも、私自身は先代皇帝の死には関与していない。
しかしこう言っては何だが、自身の兄弟をなんの躊躇いもなく死に追いやった父上であれば、親子殺しの罪を犯していたとしても納得出来てしまうのも確かだ。
(……私はまだ使える。そう悪いことにはならないと思うが……)
父上に親子の情など期待出来ないが、私に利用価値がある以上、そう簡単に切られることはないだろう。
まあしばらくは失点の回復に努めなければならないが……。
(どちらにせよ、気の重いことだ)
対面でそんなこと知らぬげに高いびきを掻いているイェンを見て、私は自分の胃が痛むのを感じた。
* * * * * * *
「んじゃな、親父への説明は任せるわ」
「……ああ」
《崩天牙撃》と《ヴァレントの針》を宝物殿に運ぶのをイェンに任せ、私は陛下の執務室に向かう。
すると、その途中で見知った顔がこちらに近づいて来た。
「ツァオ兄上!」
「……ランか。どうした?」
声を掛けてきたのは、私の異母妹である第四皇女ランツィオ・リョホーセンだった。
兄弟の中には、皇子としても神術師としても異端の存在である私を敬遠する者も多いが、ランはそういったことはしない数少ない例外だ。
その良く言えばおおらかな、悪く言えば大雑把な性格は、どこかイェンにも通ずる部分がある。もっとも、イェンとランは異腹の兄妹だが。
「聖女と交戦されたと聞きました。
「……ああ、耳が早いな」
「そして負けた、と」
「そうだ」
「ツァオ兄上にイェン兄上もいて、周到な準備をして挑んだ。しかしその上で負けた、ということですか!」
「そうだ」
この発言だけ聞くと、まるで私の失敗を当て擦っているかのように聞こえるが、当然ランにそんな意図はない。
ランは純粋に、私達が万全の状態で挑んでなお敗北を喫したという事実を確認しているだけだ。
私の端的な肯定に対して、ランのその目が好奇心に輝き、その口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
それらを見て、私は猛烈に嫌な予感に襲われた。
しかし、私がそれに言及する前に――――
「失礼。ツァオ兄上は父上に呼ばれているのでしたね。では、わたしはこれで」
ランはそう言うと、素早く身を翻して去って行ってしまった。
「あっ……」
考えがまとまらないまま、せめて何か言おうとするも、既にその姿はなく。
中途半端に伸ばされた手が、虚しく宙を泳いだ。
(……何事もなければいいが)
内心でそう考えつつ、私はどうにも不安が拭えなかった。
そして、すぐにそれが杞憂でなかったということを思い知ることになるのだった。
* * * * * * *
「――それで、入念に準備した必勝の罠も正面から破られ、逆に言うことを聞かせられることになったってことか?」
「――はっ!」
父上の執務室にて、陛下の前に跪いて今回の一件に関して報告を行う。
今は、セリア嬢との戦闘に関して改めて詳細を報告したところだ。
最初、入念に準備した精神系最上級神術“邪霊の囁き”をわずか十数分で破られ、その後も途中までは上手くいっていたものの、セリア嬢が本気になってからはただただ一方的に蹂躙されたという、あまりにも情けない失態の報告を。
「ふぅん……」
ぎしぃっと椅子に深く腰掛け直した父上を前に、私は冷や汗が止まらなかった。
今回の任務は、結果だけ見れば大成功だが、その過程は失態の連続だ。
「セリア嬢を洗脳して、帝城に保管されている
それに、失ったものも多い。
先に帝都に返した黒鋼の傭兵団だが、全員がセリア嬢から受けた傷が原因で無期限休業。一部の人間は傭兵業から足を洗いたがっているらしい。
更には神具を揃えた傭兵達の装備や“不抜の封獄”で使用した神具も、全てセリア嬢に取り上げられてしまった。
それだけならまだしも、他言しないことをその名に懸けて誓わせたとはいえ、皇帝家の秘術である“崩天撃”の発動方法まで教えてしまった。
いや、そもそもがナハク・ベイロン討伐に成功したのも大火山カグロフェナクの噴火を抑え込んだのも、言ってしまえばセリア嬢1人の力であり、カグロフェナクに関しては完全にセリア嬢の恩情に甘えた形だ。
私がやったことと言えば、無駄に事を荒立てて兵と神具を失い、挙句に皇帝家の秘術の情報を独断で流すという重大な越権行為だ。
セリア嬢との取引材料である残り2つに関しては、そこまで問題にはならないと思うが……これだけでも大失態というも生温い失態だろう。
(一体、どんな処分が下されるか……)
顔を伏せ、息を呑んで父上の言葉を待つ私の耳に――――微かに笑い声が聞こえた。
驚いて視線を上げると、父上は椅子の肘掛けに肘をつきながら、愉快そうにくつくつと笑っていた。
そして、にやりと獰猛な笑みを浮かべると、野心に満ちた呟きを漏らした。
「欲しいな、セリア・レーヴェン」
それは、私に対する叱責ではなかったが……私は新たな冷や汗が出るのを止められなかった。
「そ、それは……」
「まあ何はともあれ、本人を見てみたい。セリア・レーヴェンをすぐにここへ連れて来い」
「はっ…………正確な居場所が分からないので、《ヴァレントの針》の使用許可を頂いてもよろしいですか?」
「好きにしろ」
そう言うと、父上はふいっと私から視線を外してしまった。
(これは……今回の失態は不問に処す、ということか?)
あるいは、単純にセリア嬢の方に興味が向いていて私の失態などどうでもよくなっているのか。
なんにせよ、叱責が無かったことに少し安堵する。
(しかし……
多分に私とイェンに原因があるのであろうが、セリア嬢の皇帝家に対する好感度は極めて低い。
それは普段の言動からよく分かった。
そして、セリア嬢はどうやら気に入らない人間にはかなり容赦がない。
そんなセリア嬢が、野心を剥き出しにした父上と会ったらどういう行動に出るか……。
正直、不安しかなかった。
「ああそうだ」
部屋を出ようとしたところで、背後から声を掛けられて立ち止まる。
「そういえば、《パスパタ》はどうした? お前達は持って帰ってきていないようだが?」
「……はい?」
それは、完全に予想外の質問だった。
「ズィーリン・フォーベル達は……まだ帝都に着いていないのですか?」
彼らが《パスパタ》と共にルービルテ辺境候領領都を発ったのは、私達が領都を発つ4日前の早朝のことだ。
護送任務である以上、自然と私達より速度は遅くなるだろうが、日数を考えれば昨日か一昨日には帝都に着いていてもおかしくない。
しかし、そんな報告は来ていないという。
「チッ……どこかで足止めを食っているのか……? まあいい、一応捜索隊を出しておくか。
「はい……」
(なんだ……? なんなんだこの胸騒ぎは……?)
私は、なにやら急に胸騒ぎに襲われた。
理由は分からない。だが何か、取り返しのつかない事態が起きているような気がするのだ。
しかし、その懸念を口にするよりも先に――――執務室の扉の向こうから、慌てた声が聞こえた。
『申し訳ありません陛下! よろしいですか!?』
「なんだ? 入れ」
『失礼します!!』
父上の言葉に応じて、1人の騎士の男が部屋に入ってきた。
「ランツィオ皇女殿下が、帝城を飛び出して行かれました!」
「なんだ? そんなことか」
ランが、気分次第で勝手に出て行くことはよくあることだ。
だから、父上のこの反応は正しい。
だが、私は先程のランとの会話で感じた嫌な予感が、再び頭をもたげるのを感じた。
そして、その予感は続く騎士の言葉で現実と化した。
「そ、それが……宝物殿から《崩天槌》と《ヴァレントの針》を持ち出されまして……」
「なん、だと……!? あ、あんのバカ娘がぁ!! 探せ! 今すぐ探し出して連れ戻せぇ!!」
執務室に、父上の怒号が響いた。