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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑫

 部屋に響いたノックに、体を起こす。


(誰……?)


 そう考えて、メイドがお茶の片付けにでも来たのだろうと判断する。

 しかし、扉越しに掛けられた言葉は全く予想と違った。


『リィシャン様が参られました』

「!?」


 慌てて跳ね起き、軽く身嗜みを整えてから「どうぞ」と声を掛ける。


 すると、扉を開けてドレス姿のリィシャンさんが入って来た。

 その後ろには、私に付けられたのとは別のメイドが付き従っており、その手にいくつかの物を乗せたお盆を持っていた。


「こんな時間にごめんなさいね? でも、今会っておかないといけない気がしたものですから」


 何気なく告げられたリィシャンさんの言葉に、図星を突かれて思わず硬直する。


 たしかに私は、明日の早朝に1人でさっさと帝都に向かうつもりだった。

 赤飛馬を使えば帝都までそう掛からないだろうが、それでも一切障害物がない分“飛行”で飛んで行った方が速い。

 そもそも、何が悲しくてあの皇子兄弟と一緒に行動しなきゃならないのか。ストレス溜まる気しかせんわ。

 いい加減私は1人になりたいのだよ。


 そう、1人になりたい。

 出来れば精神(神術師的な意味で)とメンタル(人見知り的な意味で)が万全の状態になるまで、誰も来ない部屋に引きこもりたい。

 今の私は、それほどに色々と疲労しているのだ。

 これ以上この屋敷に滞在していたら、リィシャンさん達夫人3人組に子息子女7人組が加わって、全く心休まることが無い気がする。


 なので、さっさとトンズラさせてもらおうかと考えていたのだ。

 ……まさかそれを見抜かれているとは思わなかったが。


「……よくお分かりになりましたね。たしかに明朝には出て行こうかと考えていましたが」

「やはり、そうですか……。当家のおもてなしはお気に召しませんでしたか?」

「いえ……ただ、これ以上ここにいると……情が移ってしまいそうだったので」


 これは一応、私の本心だ。

 たしかに今日のパーティーは疲れたし、辺境候の子息に言い寄られるのは面倒だった。


 でも、別に居心地自体は悪くなかった。いや、むしろ今世の実家に比べれば格段に良かったくらいだ。

 それはもちろん、私が彼らにとっての恩人であることも大きいのだろうが……それでも、リィシャンさん達夫婦の関係、そしてその家庭の暖かさは、私にとって理想ともいえるものだった。


 しかし、だからこそ、早く出て行かなければならない。

 私は、この世界に居場所など作ってはいけないのだから。


 そんな私の考えが伝わったのか、リィシャンさんはなんだか慈しむような表情で私のことを見ていた。


「……それで、何の御用でしょうか?」


 なんとなくその顔を直視出来なくて、視線を逸らしながら問い掛ける。


「はい。お約束していたお礼の品をご用意しました」


 そう言ってリィシャンさんが後ろのメイドさんに目配せをすると、メイドさんが机の上に革袋2つと巻物1本を置いた。


「どうぞ、お確かめください」


 リィシャンさんに促されるまま、左端の革袋から手に取る。


 両手で持ってもまだ余るくらいの大きさのその革袋は、持ち上げるとずしりと重く、ジャリッという金属がすれる音がした。


「……」


 口紐を解いて中を覗き込むと、予想通り、中身は大量の帝国金貨だった。


「せめてもの気持ちです。この程度しかご用意できなくて申し訳ないのですが……」


 言葉通りに申し訳なさそうな顔をするリィシャンさんに、私は革袋を机の上に戻すと、そっとリィシャンさんの方に押し返した。


「お気持ちだけ受け取っておきます。こちらは被害を受けた町や村の復興資金に充ててください」

「しかし、それでは――」

「その代わり、1つお願いを聞いて頂けませんか?」


 皆まで言わせず、そう問い掛けると、リィシャンさんも表情を改めた。


「なんでしょう?」

「ナハク・ベイロンの死骸の件です」


 普通に考えれば、ナハク・ベイロンの死骸は討伐した私に所有権がある。


 しかし、私はあんな巨体に所有権を主張するつもりはなかった。あんなのどうやったって回収出来ないし。

 かと言って、帝国に渡す気もない。だから――――


「この町を去る前に、私はナハク・ベイロンの死骸を地の底に埋めていくつもりです。それを回収しないようにする。これを約束して頂けませんか?」


 ナハク・ベイロンの死骸は宝の山だ。


 その爪、牙、骨、そして何より全身を覆う鱗。

 どれも破格の強度を持ち、加工難度の問題はあれど、武器防具の素材としては申し分ない。

 しかも、それが下手したら一軍に行き渡るくらいの量があるのだ。

 もし加工が上手くいけば、帝国軍が大幅に強化されることは間違いない。

 そして、それは私にとって望ましいことではない。


 別に帝国軍が、その軍事力を害獣討伐や国防に役立てるなら構わない。

 しかし、私はそこまで帝国を信用していない。

 なにせ、帝国は過去に聖女王国へ侵略戦争を仕掛けたという前科があるのだから。

 まあ、時の聖女王と聖玉術師団が放った原初の御業で、侵略軍丸ごと消し飛ばされたらしいけど。


 とにかく、帝国が手に入れた軍事力を同じ人間に向ける可能性がある以上、私はナハク・ベイロンの死骸を帝国に渡す気はなかった。

 私がナハク・ベイロンを討伐した結果生まれた武器でたくさんの人が殺されたとか、寝覚めが悪いにもほどがある。


 だからこそ、私はナハク・ベイロンの死骸を人の手の届かない地の底に埋める。

 本当はもっと徹底的にやった方がいいのかもしれないが、焼却も出来なければ大き過ぎて“空間接続”による国外への放逐も出来ないとなると、それくらいしか思い付かなかった。


 しかし、これが相当難しい相談であることは分かっていた。


 ナハク・ベイロンの死骸は、今回被害を受けたルービルテ辺境候にとってはほとんど唯一の戦利品だ。

 それこそその死骸を売り、各地の復興資金や活躍した兵士への恩賞に使いたいところだろう。


 しかし、リィシャンさんはその私の無理なお願いに、迷いなく頷いてくれた。


「畏まりました。わたくしの方から主人に伝えておきます」

「……よろしいのですか?」

「もちろんです。元々あの死体はセリア様に所有権がございます。そのセリア様が破棄をお望みとあらば、わたくし共に否やはありません」

「ありがとう、ございます」


 勝手なわがままを聞いてくれたことへの感謝を込めて、私は深く頭を下げた。

 すると、リィシャンさんが慌てたように声を上げる。


「そのようなことをなさらないでください。当然のことを言ったまでです」


 しかし、そのことを当然と言い切れる人間がどれだけいるだろうか。


 私は頭を上げつつ、敬意を込めて目礼した。


「コホン、どうぞ、そちらもお確かめください」


 リィシャンさんに促され、次の革袋を手に取る。

 今度は先程よりも少し小さい、片手に乗るくらいの大きさだった。


 口を開けると、中には宝石の原石らしきものがたくさん入っていた。


「我が領の特産品である、アブリシアです。あらゆる属性神術に対応出来る万能の付与触媒です」

「……ありがとうございます。有難く頂きます」


 今度は素直に嬉しい。

 神術の触媒はその多くを貴族が買い占めているので、家を捨てた私ではかなり入手手段が限られているのだ。

 それを一度にこれだけ入手出来るというのは、私にとっては先程の袋いっぱいの金貨よりもずっと嬉しいことだった。



 続いて、最後の巻物を手に取る。


 紐を解いて中を開くと、そこには神術の術式と発動方法が書かれていた。


「これは……!」

「我がルービルテ辺境候家に伝わる秘術“三叉撃(さんさげき)”の秘伝書です」

「秘術! しかしそれは……!?」

「問題ありません。主人の許可は得ています」


 秘術“三叉撃”。

 しかし、帝国では皇帝家の象徴ともいえる秘術“崩天撃”に敬意を払い、“撃”の文字を神術名に使うことは禁じられていたはず……。それが許されているということは、これは皇帝家お墨付きの秘術ということになるのではないか?


 詳しくその内容を読み込むに連れ、私の中でその疑念は確信へと変わった。


「これは……素晴らしい完成度ですね」


 掛け値なしにそう思った。


 どこまでも実戦的。

 恐らく長い年月を掛けて洗練に洗練を重ねてきたのであろう、ある種の芸術品ともいえるその完成度。

 自分の想像力(イメージ)頼りで発動させている私のオリジナル神術では、到底辿り着けない領域に達していた。


「あらまあ、セリア様にそのように仰って頂けるなんて、主人も鼻が高いことでしょう」

「本当に……よろしいのですか? 私は帝国の人間ですらないのですよ?」

「構いません。どうぞ、お役立てください」


 そう言うと、リィシャンさんは立ち上がった。


「さて、セリア様はもうお疲れのようですし……あまり長居するのもよくありませんので、そろそろ失礼しますね」


 それは、もしかしたら私が気疲れしていることを見抜いた上でのことだったのかもしれない。


「そうそう、そのドレスと装飾品ですが、それもセリア様に差し上げます」

「え?」

「折角よくお似合いなのですもの。どうぞお持ちくださいな。この先、もしかしたら必要になることもあるかもしれないでしょう?」

「は、はい……」


 半ば強引に言いくるめられるようにして頷いた私に、リィシャンさんは笑みを深めると、そのまま部屋を出て行こうとした。

 しかし、扉の前でふと立ち止まると、扉の脇に掛けられている私のローブを見て言った。


「そう言えば、昨日から気になっていたのですけど……」

「はい?」

「セリア様は、どこでシュブファルナスと出会われたのですか?」

「……はい?」


 ……シュブファルナス?


 それって、あの霊鳥シュブファルナスのこと?

 その尾羽を束ねて《ケルケイオスの扇》が作られたっていう、あの?


「……なんのことでしょう?」

「いえ……あのフードに刺されている尾羽、あれはシュブファルナスのものではないですか?」


 そう言ってリィシャンさんが指差したのは、ローブのフード部分に刺されている(ヘッド)さんの尾羽。


「……いいえ、あれは帰還の最中に遭遇した、白銀色の鳥からもらったものです」

「ええ、それがシュブファルナスなのでは?」

「え?」

「え?」


 思わずリィシャンさんと顔を見合わせる。

 そしてすっと目を逸らす。人見知りの哀しい性。


「シュブファルナスと言えば……赤と金に輝く体に銀色の尾羽を持つ、翼竜をも上回る巨大な鳥では?」


 少なくとも、王国の宗教画ではそのように描かれていた。


「ああ、王国ではそのように伝わっているのですか……。いえ、帝国では全身白銀色の、精々成人男性の半分くらいの大きさの鳥だと伝わっているのですよ」


 その特徴は、たしかに私が遭遇した(ヘッド)さんの特徴と一致していた。

 ……なるほど、宗教にありがちな神聖化されて誇張されているパターンか。

 というか、そんな大物だったのか(ヘッド)さんよ。

 いや、私の“聖域結界”をサラッと突破した時点で只者ではないとは思ってたけどさ。

 まさか神話に語られる伝説の霊長とはね!!


「その反応からすると……あれは本当にシュブファルナスのものらしいですね。ふふっ、まさか彼の霊鳥から尾羽を授けられるだなんて……セリア様は霊鳥の祝福までその身に受けておられるのですね」

「はあ……」


 なんかチキンレースみたいなことして漢気おとこぎを試し合っただけなんですけどね。

 霊鳥というよりは番長みたいでしたけどね。


 曖昧に頷く私に敬意を込めて一礼をすると、リィシャンさんは今度こそ部屋を出て行った。


 1人になった私はというと、改めて(ヘッド)さんにもらった尾羽をまじまじと見て、試しに軽く神力を込めてみた。


「おおう」


 たちまちセナト=ラ・ゼディウスの角にも匹敵する手応えが返って来て、思わず声が出る。


「本物、かぁ……」


 思わぬところでとんでもないものを手に入れていた事実に、軽く頭痛がする。


「……寝よ」


 色々と頭がいっぱいになってしまった私は、また明日考えることにして思考を放棄した。

 そして、ドレスを手早く脱ぎ捨てて化粧を落とすと、下着姿でベッドに飛び込むのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



~ ワンジー・ルービルテ視点 ~



「そうか、もう行ってしまわれたか」

「ええ、部屋にはわたくし達と両殿下に、それぞれ置手紙が残されていました」


 パーティーの翌朝、目覚めた私に伝えられたのは、セリア殿……いや、セリア様が既に旅立たれたという報告だった。


 妻のリィシャンが差し出した手紙を開くと、そこには丁寧な字で、もてなしへのお礼と挨拶も無しに去ることへの謝罪が書かれていた。


「まったく、あの方は……」


 お礼も謝罪も、こちらがすべきことだというのに。

 あの方はどこまでも慎み深い方らしい。


「それと、ナハク・ベイロンの死体についてだけれど……」

「ああ……問題ない、あの方のご意向に沿うつもりだ」


 そのくらいであの方に受けた恩義に少しでも報いることが出来るなら、安いものだった。


「あの方は……1人で行かれたのだな」

「ええ……」


 一体、何が彼女にそこまでさせるのか。

 地位も権力も、富も名声も拒否し、それどころか誰の手をも取らずに孤独な道を行く。


「強者ゆえの孤独、か……」

「そうね……」


 ナハク・ベイロン侵攻の際、たった1人で戦場へと飛び去った彼女の姿を思い出し、妙に切ない気分になる。


 リィシャンと2人で沈鬱な空気になっていると、不意に部屋の扉が開いて、小さな影が室内に飛び込んできた。


「お父様! リィ母様! 女神様は!?」


 それは私の末娘だった。

 室内の重い空気も気にせず、その顔いっぱいに焦りを浮かべて叫ぶ。


「あらあらそんなに慌てて……あのね、残念ながら聖女様はもう行ってしまわれたの」

「ええ!? どこに!?」

「さあ……とっても遠いところよ」

「どうして!? もっとお話ししたかったのに!!」

「こらこら、わがままを言ってはいけないわ」

「いぃ~~やぁぁ~~~!!」


 地団太を踏みながら駄々をこねる娘と、それを宥める妻を見ながら、私はそっと笑みを零した。

 そして、ふと窓の外に目をやると――


「誰か、あの方に寄り添う者が現れてくれればよいのだが」


 あの慈悲深く孤独な聖女様に、どうか共に歩む者を。


 そう、胸の中で願うのだった。

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