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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑪

「ふぅ……」


 一通り挨拶が終わったところで、私はパーティー会場を早々に辞して与えられた部屋に戻って来ていた。


 パーティーの主役が一番最初にいなくなるのはどうかと思うけど、挨拶が終わる頃には宴もたけなわという感じになっていたし、後は残っている人で勝手に盛り上がるだろう。

 一応辺境候には許可をもらったし、問題はない。

 辺境候の子息を始めとする男性陣がなにやら私ともっと話したそうにしている気配は感じたが、どうせ応えられないのだから、変に期待を持たせるようなことはしないに限る。


 大体あれ以上あの場にいたら、私の精神力が持たない。

 結局途中で抜けて来てしまったが、私としてはむしろ、人見知りモードでよくあそこまで頑張ったものだと自分で自分を褒めたいくらいだ。……今になって手足が震えてるけどね!! シラナイヒト、ホントニコワイヨ。


「あぁ……なんで使えなくなったんだろう。令嬢モード……」


 あれがないと、貴族相手にするのが本当につらい。

 一般人相手ならともかく、貴族相手だと目を合わせて話さないのはマナー違反だ。

 しかし、人見知りの私にはその「目を見て話す」が本当にハードル高いのだ。反射的に目を逸らしたくなってしまう。


「いっそのこと……精神系神術でなんとかしようかな?」


 思わずそんなことを独りごちて……案外それもいいのではないかと思った。

 なんせ今までは、自分の意志で普通にコントロール出来てたものだ。

 それを神術で再現すること自体はそう難しくないのではないか?


 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

 肘掛椅子に沈みこませていた体を起こし、姿勢を正す。


『ツァオレン皇子殿下が参られました』

「どうぞ」


 扉の向こうから聞こえてきたメイドの声にそう返すと、扉を開けてツァオレンが入って来た。

 その際にメイドが意味深な視線を向けて来たので、誤解を解く意味も込めてお茶の準備を頼む。


 まあそりゃね。こんな夜に男が女の部屋を訪ねてきたら勘繰りたくなるのも分かりますけどね。

 そんな展開、天と地がひっくり返ってもあり得ないから!


「ふぅ、こんな夜更けに密会というのはどうなんでしょうか? ……一応言っておきますが、これでも私は妻にみさおを――」

「気色悪い軽口はやめてくれる? 抉りたくなるから」

「……そうですか」


 なんかツァオレンまでふざけたこと言い出したので、最後まで言わせずにぶった切る。


 とりあえずテーブルをはさんで椅子に座ると、コホンと軽く咳払いした後で、ツァオレンが懐から一枚の封筒を取り出した。


「まずはこれをお渡ししておきましょう。帝都の国立図書館の通行証です」

「……たしかに。なら私もこれを返しておくわ」


 中身に問題がないことを確認してから、私は《ヴァレントの針》をツァオレンに返却した。


 それをツァオレンが確認し、懐にしまったところで、メイドがお茶を運んで来た。


「それで、なんでしょう。話というのは?」


 メイドが退出した後で、ツァオレンが改めて要件を尋ねてきた。


 ちなみに、私とツァオレンの間に漂う空気に甘さが欠片もないことを認識したのか、メイドの娘も変な勘繰りはやめたみたい。

 むしろ竜と虎に挟まれたみたいに小っちゃくなっちゃって、そそくさと部屋を出てったよ。

 あの様子なら、結界張るまでもなく盗み聞きなんかしないだろう。あんまりよその家で無暗に神術使うのも良くないしね。

 まあ、それはともかくとして。


「ん……まあ見てもらった方が早いかな」

「何をですか?」

「ん? これ」


 そう言うと、私は部屋の床に転がしておいたブツの布を剥ぎ取った。

 転がり出ましたるは、“天征竜”セナト=ラ・ゼディウスの角でござい。


「……これは? もしやナハク・ベイロンの爪……いえ、牙……でしょうか?」

「残念、全部不正解。爪でもなければ牙でもないし、そもそもこれはナハク・ベイロンから切り取ったものじゃないわよ」

「は……? となると……まさか角ですか? しかしこの大きさは……」


 まあ、そんな反応になるよね。

 なんせこの角、全長2m近くある。いや、実はこれでも全体の半分もいってないくらいなんだけど。


「驚くのも無理ないけど……いや、驚くのを承知で単刀直入に言うけど」

「なんですか?」

「それ、“天征竜”セナト=ラ・ゼディウスの角」

「………………は?」


 端的に伝えると、ツァオレンの口がポカンと開いてしまった。

 そして徐々に認識が追い付いて来たのか、眉間にしわが寄ってくる。


「冗談……ではなさそうですね。貴女がそんな冗談を言う理由もない」

「その通り。ただの事実よ。まあ知ってしまった以上は報告をしておこうかと思って」

「“天征竜”セナト=ラ・ゼディウス……80年前の三王による討伐戦以降、姿を確認されていませんでしたが……生きて、いたのですか……」

「私が遭遇したあれ(・・)が、全くの別物というのでないならね。まあ、あんな怪物が2体もいるとは思えないけど……」

「遭遇……いえ、角があるということは……まさか交戦したのですか!?」

「ええ、まあ」

「それで奴は……!? ……いえ、すみません。私に報告したということは……」

「そういうことね。危うく殺されかけたわよ」

「そうですか……いえ、あの史上最強と言われる幻獣を相手にして、よくご無事で」


 無事とは言えない重傷だったけどね~~。とは口に出さない。


「すみません。それで奴と遭遇したのはどの辺りのことで……?」

「ん~~……さあ? 正確な位置は分からないけど、少なくとも帝国領ではないことは確かね」

「ならば、差し当たって帝国の危機になることはない……でしょうか。いえ、むしろ危険なのは王国の方では……?」

「そこら辺の連絡は任せるわよ。私としては一応忠告しておこうと思っただけだから」

「そう、ですか……分かりました。この件は私の口から陛下にお伝えします」

「そう」


 余程事態を深刻に受け止めているのか、ツァオレンの表情は険しい。

 でも、残念ながら本題はここからなんだよね。


「ところで」

「はい?」

「私、あなたに貸しがあったわよね?」

「え……」

「まさか……忘れたとは言わないわよねぇ?」


 右手をにぎにぎしながら聞けば、ツァオレンもすぐに思い出したらしい。

 ローデントの町で強制土下座させられながら、私と交わした約束を。


「いえ! 覚えていますよ……それで? 何をお望みでしょうか?」


 姿勢を正したツァオレンに、私は要求を伝えた。



* * * * * * *



「分かりました。では私が責任を持ってそのように手配します」

「よろしく」


 結果として、ツァオレンは私の要求をあっさりと呑んだ。

 まあそこまで無茶なお願いじゃなかったしね。


 これで私の要件は終わりだ。

 もう用も済んだし解散……かと思いきや、ツァオレンが何やら居住まいを正した。


「セリア嬢、実は私からも1つ質問があります」

「質問?」

「はい、今日貴女は昼頃に屋敷を出ていましたね」

「……ええ、まあ」

「その時、どこで何をしていましたか?」


 ……質問の意図が読めない。

 それに、質問内容も軽々しく答えられるものではなかった。


「……それをあなたに言う必要がどこにあるの?」

「失礼。では順を追って説明しましょう」


 そこで、ツァオレンの視線が急に鋭くなった。

 それと同時に、部屋の空気が張り詰めていくのを感じる。


「実は先程、帝国騎士団第3部隊に所属する騎士3名が、この町の廃屋で死体となって発見されました」

「死体っ!? 殺人事件ってこと……?」

「はい。3名の死体にはいずれも刃物による刺し傷があり、凶器は現場に放置された騎士の1人が持っていた剣だと考えられています」

「騎士の持っていた剣……? つまり、何者かに剣を奪われて、その剣で殺されたってこと?」


 だとしたらそれはかなり情けない……というか間抜けな話ではないだろうか?

 あるいは相手がスゴイ手練れだったのかもしれないが。


「ええ、状況から判断するとそうなりますね。しかし、妙な点がいくつもありまして」

「妙な点?」

「まず、3名中2名には抵抗らしい抵抗をした痕跡がなかったということ。刺し傷を除けば、死体自体は本当にきれいなものだったそうです。そして、その2名に関しては刺し傷そのものは即死するようなものではなかったということ。そして最後に――」


 そこで、ツァオレンの目がすっと細められた。


「その残りの1名。まあ小隊長の任に就いていた者なんですが、彼は神術師だったのですよ」

「……」


 ああ、なるほどね。


 これはあれか。疑われてるのか。私は。


 たしかに、聞けば聞くほど妙な話だ。


 即死するような傷を負っていないのに、なぜか抵抗の痕跡を一切残さずに死んだ2人。

 普通なら、死に至る前に相手と交戦するなり逃げるなりするだろう。

 なら、普通に考えて死因は他にあると考えるべきだろう。ただし、死体にはそれらしき痕跡は見付からなかった、と。


 まあ直接現場を見た訳ではないから何とも言えないけど、ツァオレンの最後の一言が全てだろう。

 少なくとも検死した人間、そしてツァオレンは、これを神術師の仕業だと考えているということだ。

 そして、恐らくだが死体の状態からして、3名が殺された時間と私が外出していた時間が一致する……と。

 ……でも、それは……。


(アメリさん……?)


 それは直感だった。

 ただ、私はなぜか妙にはっきりと、この事件は彼女の仕業なのではないかと思った。


 時間が一致しているし、私と彼女以外にツァオレン達が動向を把握していない神術師などそうそういないだろう。

 だがそういった理屈を抜きにしても、彼女と相対したことで受けた印象が、私にそう感じさせていた。


(あの人は……たぶん、自分の敵となる人間は容赦なく殺せる人だ。でも、意味もなく人を殺すような危険な残虐さは感じなかった。だとしたらなぜ……?)


「それで、どうですか?」


 ツァオレンの声に私は一旦思考を止めると、すっと右手を上げ、簡潔に無罪を宣言することにした。


セリア(・・・)レーヴェン(・・・・・)の名に懸けて(・・・・・・)、私はその事件には一切関与していません」


 突然の名前に懸けての宣言に、ツァオレンの目が大きく見開かれる。

 まあ普通はこんな軽々しくやることじゃないもんね。

 名前を捨てた私にとっては、なんの重みもない宣言だけど。


「これでいい?」

「……ええ、失礼しました。実は、最初から貴女を本気で疑っていた訳ではありません」


 本当かぁ~~?


 私の疑念が伝わったのか、ツァオレンはふっと笑って言った。


「本当ですよ。あの黒鋼の傭兵団ですら誰1人殺さなかった貴女が、そう簡単に人を殺すとは思いません。たとえ、彼らに問題があったとしても、ね」

「……問題がある人間だったの?」


 思わせ振りな言い方に突っ込むと、ツァオレンは「残念ながら」と前置きしてから、追加の情報を話した。


「この殺された小隊長、実はボレーヌ伯爵家の次男なのです。そして、このボレーヌ伯爵がかなり過激な神権派なのですよ。そして殺された彼自身も、色々と悪い噂がありまして……」

「神権派……ね。帝国にもいたのね」


 神権派とは、一言で言えば選民思想の塊のような貴族連中のことだ。

 「神より神力を授けられた者には、一般民を支配し導く権利がある」というのが彼らの主張だ。

“支配”し導く“権利”である。“責務”ではなく。


 え? そんなこと大真面目に主張する奴がいるのかって?

 いるんだなぁ~これが。かつての聖女アンヌによる鮮血の大粛清によって、王国では一度淘汰されたようだけど。


 まあこれで大体話は読めた。

 過激な神権派となると、もはや平民なんて同じ人間とは思っていないような連中だ。

 彼らは神力を持たない人間を、根本的に種として劣った存在だと思っている。

 だから、平民相手に平気で無法なことが出来る。


「……そもそも、殺された彼らはなんで廃屋なんかにいたの?」

「不明です。血痕からして、犯行は全て廃屋内で行われたようですが」

「つまり、何らかの理由で被害者達は最初から廃屋にいて、そこで何者かに殺された……と。……随分とキナ臭い話」

「あるいは犯人に廃屋に連れ込まれた可能性もありますが……」

「それでも、廃屋っていうくらいならかなり人通りの少ないところでしょう?」

「そうですね。端的に言って、この町に来たばかりの騎士がわざわざ向かうようなところではありません」

「……そんな人通りの少ないところで、彼らは何をしていた、あるいはしようとしていたのやら」

「……」


 何があったのかは分からない。

 しかし恐らく、その騎士達の何かがアメリさんの逆鱗に触れたのだ。アメリさんに殺しを決意させるほどに。


「セリア嬢。何か心当たりが?」

「いえ、何も」


 嘘を吐いた。

 でも実際、これはなんの確証もない推量だ。


 そもそも私は、アメリさんが神術師であるかどうかも確認していない。

 状況証拠と呼べるのは、アメリさんが私の“隠密”を見破ったことだけ。

 結局アメリさんの保有神力量は不明だし、神術を使うところも見なかったのだから。


「……そうですか。では、私はそろそろ失礼します」

「そう? ……おやすみなさい」


 あっさりと引き下がったことを少し意外に思いつつ、私はツァオレンを見送った。


 そして1人になったところで、私は椅子に沈み込んだ。


「はあ……」


 今日は本当に疲れた。

 まだ少し早いけど、今日はもう寝てしまおうか。


 しかし、そう考えたところで、再び部屋のドアをノックする音が響いた。

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