更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑩
遅れました。そして短いです。すみません。
毎週短編投稿と並行連載が予想以上に大変です。
つくづく書籍化作業しながら毎週更新したり、複数の作品を毎週更新で並行連載したりする作者様は別次元の存在なんだなぁと実感します。
―― 夜
私はアメリさんと別れてからというもの、アメリさん自身とアメリさんと話した内容のことばかりを考えて――――いる余裕なんて全然なかった。
たしかに屋敷へ戻るまでは、アメリさんのことばかり考えていた。
しかし屋敷に戻るや否や、私は辺境候夫人3人組にあっという間に捕獲され、息つく間もなく洗われ磨かれ塗られ整えられ着せ替えられした。
そして「もうどうにでもなぁ~れ~」と諦めの境地に達したところで、そのままパーティー会場に放り込まれたのだ。
今はというと、パーティーの招待客に口々にお礼の言葉を述べられ続けている。
このパーティーの主役は私だし、このパーティーは私がナハク・ベイロンを討伐し、大火山カグロフェナクの噴火を抑止したことを称えるためのものだ。
だからこれは仕方がないことだ。分かってはいる。
分かってはいるが……気分はまるで、握手会を開催しているアイドルにでもなったような気分だ。
(つ、つらい……令嬢モードが使えないと本当につらい……)
笑顔を浮かべたら引き攣るのは目に見えているし、幸い私は無表情なことで知られているので、なんとか必死にポーカーフェイスを維持して対応する。
別にお礼を言われるだけならいいのだが、「美人ですね」とか「よかったらこちらでご一緒しませんか」とか言われるのは正直対応に困る。
まあその辺りは、隣にいるツァオレンが上手いこと躱してくれているから助かるが。
え? イェンクー?
あの脳筋皇太子なら端の方でひたすら食べてるよ。
まあ正直あいつを相手にすると抉りたくなる可能性が高いから、そのまま好きなだけ食べてればいいと思う。
「お疲れですか? セリア嬢」
「少し、ね。……ところで気になってたことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「フォーベル隊長はどこへ?」
そもそもここにいる招待客は、帝国騎士団第3部隊の中でも貴族位を持っている騎士が大多数を占めている。
まあ一応、私にとっては戦友……ということになるのだろうか。
しかし、その中に第3部隊隊長であるズィーリン・フォーベルの姿が見えなかった。
この場の騎士達のトップであり、貴族でもある彼なら、ここにいるのは当然のことだと思ったのだが。
その私の疑問に対して、ツァオレンは思い出したように「あぁ」と言った。
「彼含め、一部の騎士達には陛下へのご報告と神器《パスパタ》の護衛を兼ねて、先に帝都に帰還させました。この場に残っているのは我々の護衛に残った騎士です」
「なるほど」
「おっと、新しい客が来ましたよ」
その言葉に前を向くと、先程まで押しかけて来ていた騎士達とは別の服装をした男がこちらへ向かってきていた。
挨拶を聞くに、ブクイーの町で駐在軍部隊長の任に就く者らしい。
ブクイーの町と聞いて一瞬ピンとこなかったが、すぐに翼竜の群れに襲われていた町だということを思い出す。
「あの時翼竜共を一瞬にして殲滅した雷の一撃。まさに天の裁きのようでした」
「そうですか」
(天の裁き? それはセナト=ラ・ゼディウスの原初の御業みたいなやつのことを言うのよ)
感動したように熱く語る男の前で、そんな冷めた思考を巡らせる。
「それに群れの長を一撃で屠ったあの剣! さぞ名のある神具だとお見受けしますが……?」
「さて、どうでしょうね?」
(聖剣《ゼクセリア》ですけど?)
それからも興奮した様子で私の奮戦模様を語る男だったが、見かねたツァオレンの一言で去って行った。
「……本当にありがとうございました」
「はい?」
突然隣から聞こえた神妙な声に振り向くと、ツァオレンが前を向いたまま、声音通りの神妙な顔をしていた。
「先程の者の言葉を聞いて改めて実感しました。我が帝国は、貴女に救われたのだということを」
「……」
「ナハク・ベイロンの討伐。カグロフェナクの鎮静化。そして害獣の群れの襲撃を受けていた村と町の救援。どれか1つでも英雄として称えられて然るべき偉業を、貴女はたった1人で成し遂げたのだということを」
「英雄、ね……」
なんて自分には似合わない言葉だろうか。
そんな感想が表に出てしまったのかもしれない。
ツァオレンは口元に微かに苦笑いのようなものを浮かべると、穏やかな声で続けた。
「貴女自身がどのように思っていても……彼らにとっては……そして私にとっても、貴女は紛れもなく英雄ですよ。特に、彼らにとってはそうです」
そう言って視線を明後日の方向へ向ける。
その視線を追って目を向けると、そこにはルービルテ辺境候とその妻3人、更に7人の貴族服を着た男女がいた。
「あれはまさか……」
「辺境候の子息子女ですね。つい数時間前に隣の領から帰還したそうです」
そして、私の前まで来た本人達からその通りの紹介を受けた。
そのまま後継ぎだという長男にお礼を言われたのだが……その他の次男以下3名の男性陣の視線が妙に熱いのが気になる。
そしてそれが錯覚でないことは、長男の挨拶が終わった途端に我先にと詰め寄ってきた3人の様子ではっきりと分かった。
口々に「実にお美しい」だの「まさに聖女の名に恥じぬ美貌だ」だの誉めそやしてくるのだ。
たしかに、今の私は美人だという自覚がある。
身に纏うのは瞳の色に合わせた水色のスレンダーラインのドレス。
更に肘まである長手袋を付けて、右腕の変色を隠している。
黒髪と右目に関しては、髪の編み込みと花の髪飾り。その髪飾りと一体化している小さなヴェールで右目を覆うことで隠している。
巧みに変色部分を隠しつつ、それでいて自然な仕上がりにするリィシャンさん達の手腕には素直に脱帽する。
自分で言うのもなんだが、鏡で見た限りではミステリアスなクール美人といった感じに仕上がっていた。
だからと言って、その外見を褒める言葉を素直に受け取れるかというとそれは別なのだが。
まあこれは私に問題がある。
というのも、王国にいた頃にも私の外見を褒める貴族は大勢いた。
しかし、彼ら彼女らの目は一様に嘲りを浮かべており、「(外見は)綺麗ですね」という、その言葉に含まされた本心が透けて見えていたのだ。
そのせいか、今でも私は容姿を褒める言葉を素直に受け取れない。
今目の前にいる彼らの目には、純粋な賞賛しかないと分かっていても。
男3人の誘いを適当に受け流しながら内心で溜息を吐いていると、ふと下の方から熱い視線を感じた。
そちらを見ると、辺境候の末娘として紹介された小さな女の子が、なにやらキラキラした目でこちらを見ていた。
なんとなくそちらを見返すと、少女の口がそっと開かれ、ひそやかな声が放たれた。
「聖霊様みたい……」
ほうっと溜息と共に零れたその言葉に、流石にビシリと硬直する。
聖霊と言えば、神話で語り継がれる神の眷属だ。
多くの絵画において絶世の美少女あるいは美男子として描かれている、前世で言う天使のような存在だ。
(いや、たしかに美人の自覚はあるけどね? 聖霊って……流石にそれは言い過ぎでしょう!!)
しかし、少女の目には純粋な驚きと憧れが宿っており、お世辞で言ったとも思えない。
この少女は本気で、私のことを聖霊のようだと思っているのだ。
まあお世辞でないのは分かるが、流石に聖霊扱いは勘弁してもらいたい。身の丈に合わな過ぎてめまいがしそうだ。さっきとは全く別の意味で素直に受け取れない。
私は屈んで少女と視線の高さを合わせると、怖がらせないようにポーカーフェイスを崩して、微かに笑みを浮かべる。
すると、なにやら「はわわっ」と声を上げて少女が顔を真っ赤にしてしまい、頭の上で男性陣のどよめきのようなものが聞こえたが、そちらは気にせず訂正をする。
「褒めてもらえたのは嬉しいのだけど……ごめんなさいね? 私は聖霊様ではないの」
子供の夢を壊すようで申し訳ないが、そうはっきりと告げておく。
すると、少女は真っ赤な顔で目を大きく見開いたまま、囁くような声を零した。
「女神様……」
「……」
おんやぁ~~? なんかランクアップしたぞ~~?
女神って言えば、こちらはもう完全に空想の存在だ。
なんせこの世界では神の存在が確認されており、それが男神であることもまた“神意召喚の儀”によって判明しているのだから。
女神は、おとぎ話でその神の配偶者として語られる空想上の存在に過ぎない……のだが、聖霊と同じくこちらも数々の絵画で絶世の美女として描かれている。
そしてその多くは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、地上の人々を見下ろしているのだ。
(その女神様に似ていると? この私が? イヤイヤ無理無理)
「あのね――」
「女神様!!」
「ぉぉぅ」
苦笑い気味に否定しようとして、すごい勢いで詰め寄られて軽く引く。
というかもう女神呼びは確定っすか。そうっすか。
「お父様とお母様を助けてくれて、ありがとう! ございました!!」
そう言って、勢いよく頭を下げる。
勢いが良すぎて前のめりにこけそうになったので、慌てて支えてあげると、「ふわぁっ」と声を上げてますます潤んだ瞳でこちらを見てくる。
「あの! わたしの部屋に来てくれませんか!? もっと女神様とお話ししたい、です!」
マジですか。まさかの幼女に部屋に誘われちゃったよ。正直断りたいけど好意が純粋な分断りにくい!
微苦笑を浮かべたままどう答えたものかと悩んでいると、見かねた第2夫人さんが少女を背後から抱き上げた。
「ほらほら、あまりセリア様を困らせてはいけませんよ?」
「お母様! いや! わたし女神さまともっとお話ししたい!」
「同じように思う方が他にもいっぱいいらっしゃるのよ? だから我慢なさい」
「いぃぃーーーやぁぁーーーーー!!!」
駄々をこねながらじたばたと暴れる少女を、第2夫人は子猫をあやすかのように涼しい顔で運んでいく。
昨日も思ったけど、夫人達強いな。
その後ろ姿を見送りながら立ち上がると、隣のツァオレンがからかうように口を開いた。
「流石はセリア嬢。女神様と呼ばれるなんて、人間冥利に尽きますね?」
「うっさい、抉るわよ」
思わず一瞬発露したやさぐれモードの一言に、前にいた辺境候の子息3人がぎょっと目を剥いた。