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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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アメリ視点

 宿から出てきた少女が大通りの方へと去って行くのを確認してから、鉢合わせないように反対側の裏路地へと足を進める。


 半ば以上の確信をもって挑んだ聖女との対面。

 予想通り相手は同胞(前世持ち)だったが、だからといって劇的な何かが起こるということはなかった。


 同胞としての共感が生じることもなければ、自分の思想になんらかの影響を及ぼすこともなかった。

 むしろ、自分とは相容れない存在だという思いを抱いただけだった。


 それも仕方がないだろう。

 前世の記憶を持った転生者という共通点はあれど、その境遇も人格も全く異なっていたのだ。それは前世においても、そして今世においても。


(故郷に帰りたい……か)


 それが、少女の語った願いだった。


 語った時の様子から、そのことに嘘がないことは分かる。

 その願いには、紛れもない真情と痛切な望郷の念が込められていた。


 伝え聞く噂から、あるいは王国に対して深い恨みを持つのではないかと思いきや、特に興味はないという。

 恨みはなく、ただ見切りをつけた。

 好きの反対が無関心であるというなら、あるいはそれは嫌悪以上に冷たい関係性といえるかもしれない。共感は出来ないが。


(ああ、そうか……)


 今更になって、自分が心のどこかで期待していたのだということに気付く。

 同じ転生者として、分かり合えるのではないかと。

 本当の意味でお互いを理解し合った仲間になれるのではないかと。


 だが、そんな期待は所詮幻想に過ぎなかった。


 あの少女の目には希望があった。

 その希望に向かって全力で進もうという、輝くような強い意思があった。

 眩し過ぎて直視出来ないほどの強い意志が。


(その願いすらも利用しようというのか)


 そんな自分自身を心底軽蔑する。

 そして、最低なことをしているという自覚がありながらもさほど心が痛んでいない自分自身に、ますますあの少女とは相容れない存在なのだという思いが強まる。


(まあいい……敵対せずに済んだのだから、それで問題はない)


 そう自分自身に言い聞かせ、胸の中に湧き起ったもやもやを押さえ込む。


 と、そこでどこからか微かに悲鳴が聞こえた。

 ハッとして周囲を見ると、そこは随分と寂れた場所だった。

 町の外を目指して適当に歩いている内に、いつの間にかほとんど人気のないところに来てしまったらしい。


 今はもう悲鳴は聞こえないが、耳を澄ますと複数人の男の声が聞こえてきた。


(こっちか)


 声の聞こえてくる方向に進むと、そこはどうやら打ち捨てられた廃屋のようだった。

 窓には板が打ち付けられており、中の様子は伺えない。

 だが、板の隙間からははっきりと1人の少女と3人の男の声が聞こえて来ていた。


『お願いです。やめてください。家に帰してください!』

『ハッ! 家ってあのボロ家のか? 犬小屋の間違いじゃねぇのか?』

『おい、もっとしっかり押さえろよ』

『何を嫌がる? 貧民の分際でこの私の慈悲が受けられるのだ。むしろ泣いて喜ぶべきだろう?』


 その漏れ聞こえる声だけで、中で何が行われているかは容易に想像がついた。

 瞬間、遠い過去の忌まわしき記憶が蘇り、頭の中で黒い炎が渦巻いた。


 窓から離れて、速足で建物の角を曲がる。

 そこに木で作られた簡素な扉を見つけるや否や、躊躇なく引き開けようとする。


 だが、開かない。

 建物自体はボロイのに、どうやらご丁寧に鍵は掛かっているらしい。


「チッ!」


 舌打ちしつつ、神術で筋力を強化する。

 そして、蝶番ちょうつがいの辺りに狙いを付けると、力任せに蹴りつけた。



 バギャッ!!



 鈍い音が響き、扉が内側に吹き飛んだ。

 倒れた扉を踏みつけながら屋内に入ると、奥の方にまだ10代前半と思われる少女と、それに覆いかぶさる3人の兵士らしき男を発見した。


「クズがっ!!」


 思わず口から悪態が漏れる。

 燃え盛るような激情のままに、ズカズカと男達に近付く。

 だが、男達は完全に油断しているのか、剣を抜く素振りすら見せなかった。


「なんだお前は? このガキの知り合いか?」

「どうします? 隊長」


 右側の男が、真ん中の一際立派な服を着た男にそう尋ねると、隊長と呼ばれた男はこちらに背を向けたまま面倒そうに言った。


「顔を見られた。始末しろ」

「おっ、じゃあその前に少し楽しんでもいいっすか?」

「好きにしろ」

「了解っす。へへっ、そういう訳だ。大人しくしてるなら楽に死なせてやるよ」


 下卑た笑いを浮かべながら、ようやく左側の男が剣を抜いた。

 今更抜いたところであまりにも遅いのだが。


「ふんっ」


 右手を掲げると、間抜けな3人の男に向けて神術を放つ。

 これ以上、この下種共に口を開かせる必要性を感じなかった。


「ん、お……?」

「あ……?」

「な、に……?」


 3人の男が、ぴたりと硬直した。

 左側の男は剣を抜いたまま、右側の男は腰の剣に手を掛けたまま、真ん中の男は怯える少女に覆いかぶさったまま、ピクリとも動かなくなる。


 何をしたかというと、男達のあらゆる感覚を数十倍鋭敏にしたのだ。

 今、男達の脳は普段の数十倍の量の信号を受け取っているはずだ。


 空気中を漂う微細なほこり。

 微風とも呼べないような僅かな空気振動。

 空気に混じる微かな臭い。

 着慣れたはずの服が肌に触れる感触。


 そんな普段なら意識しないであろう細かな情報まで、いつになく鮮明かつ濃密な情報の奔流と化して脳に流れ込む。

 そんな状況に陥った時、人間はどうなるか。


 答えは「情報処理能力の限界(キャパシティー)に達したこと(オーバー)による硬直(フリーズ)」だ。


「そのまま大人しくしていろ。どちらにせよ楽に死なせるつもりはないが」


 そう呟きながら、左側の男の手から普通に剣を奪い取る。

 膨大な情報量に圧倒されている状態では、危機察知能力もうまく働かない。

 いや、危険を察知出来ても、それにどう対処すればいいのかが分からないというべきか。


 だからこそ、自分に向かって剣を突き出されても避けることすら出来ない。



 ズブッ



 鈍い音と共に、男の腹に剣が刺さった。

 そしてその痛みは、数十倍に増幅されて男の脳を直撃する。


「ぎっ!! あああぁぁぁーーーー……っが」


 常軌を逸した痛みに凄まじい悲鳴を上げるも、それもすぐに収まった。

 大きく見開かれた目がグリンッと白目を剥き、そのまま前のめりに倒れる。

 恐らく、あまりの痛みにすぐショック死したのだろう。


 崩れ落ちる男から剣を抜くと、そのまま右側の男にも同じように突き刺した。

 こちらも数秒だけ断末魔の絶叫を上げ、あっさりと死んだ。


「あ、あ……」


 小さな声に目を向けると、隊長と呼ばれた男に組み敷かれている少女が怯えた目でこちらを見ていた。

 どうやら幸いまだことに及ぶ前だったらしく、少女には暴行された痕は見られなかった。


 そのことで頭の中の憤怒が少し鎮静化し、少女を気遣う余裕が出来た。


「大事ないか」


 そう問い掛けると、少女は小さく頷く。


「そうか、ならもう行け。ここであったことは誰にも話すな」


 そう告げると、少女は震える腕で男の下から這い出し、扉の方へと駆けて行った。


「……あのっ」


 小さな、しかしどこか必死な声に振り向くと、少女が扉のところで振り返っていた。


「助けてくれて、ありがとうございましたっ!」


 微妙に震える声でそう言うと、勢いよく頭を下げる。

 そして、今度こそ駆け去って行った。


「……ふっ」


 年下の少女に頭を下げられるのは、今日2回目だ。


 だが、今のお礼は先程のお礼とは違って素直な気持ちで受け入れることが出来た。

 それと同時に、胸の中に残っていた自己嫌悪が薄らいだ気がした。


「さて……」


 しかし、そんなことはこの男の処遇には何の関係もなかった。


 少女が逃げてなお、変わらずに四つん這いの体勢でいる男の背後に近付くと、静かに問い掛ける。


「この世で最も耐えがたい苦痛とはなんだと思う?」


 当然、男は何も反応しない。

 しかし、向けられる殺意に体が勝手に反応したのか、ピクッと一瞬肩が震えた。


「それは――――」


 男の後頭部に向けて右手を掲げ、新たな神術を発動する。


「無、だ」


 次の瞬間、男はそのまま前のめりに倒れた。


「あ……?」


 その口から呆然とした声が漏れ、その手が意味もなく床を掻く。


「おい……? なんだ? なんだこれは!? 見えない! 何も聞こえない!! おい! 誰か! 誰もいないのか!! 誰でもいい!! 助けてくれ!! なんで、こんな! 私は!! わた、わたしは、たすけ」


 床に這いつくばり、手足を意味もなく振り乱しながら男は狂乱する。


 今度やったことは先程の真逆。

 あらゆる感覚を遮断したのだ。


 五感はもちろん、平衡感覚まで完全に失った人間は、立っていることすら出来ない。

 そして、あらゆる感覚を遮断されて完全なる闇に閉じ込められた人間は、数分と持たずに発狂死する。


「わた、ああ! くらい! ダレか、だれ、たす、たすけ! う、お、あああああ」


 そうしている間にも、男はますます狂乱を極めていく。

 その口から放たれる言葉はもうただの単語の羅列になり、やがて意味をなさない音と化した。


「ぎがががっがああああああああああああああああああああああああああ」


 そして最後にビクッと体を跳ねさせると、何かが切れたかのように大人しくなった。


 それを見届けてから、手に持っていた剣を無造作に男の胸に突き立てる。

 これは、死因が神術によるものだと気付かせないための偽装工作だ。

 本来なら死体自体を始末した方がいいが……


(いや、そんな時間があるならさっさとこの町を離れた方がいいか)


 そう判断し、入り口の陰から外を見て目撃者がいないことを確認すると、フードを深く被り直し、血の臭いが充満した廃屋を後にした。

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