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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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狂犬と暴れ鬼

すみません。ちょっと遅刻しました。

しかも今週忙し過ぎて、本編進める余裕がありませんでした。

なので、急遽番外編を入れます。

すみません! 次回はきちんと本編進めるので、今回はこれで手打ちにしてつかぁさい!


※健二と美津子は同い年ですが、健二が早生まれのため、学年は美津子が1つ下です。

 俺の名は犬山健二。

 100人以上の構成員を誇る暴走族【クレイジーファングズ】の(ヘッド)であり、ここら一帯の不良共を仕切る最凶の男だ。

 その腕っぷしの強さと、一度キレたら相手を血祭りにあげるまで止まらないイカレっぷりから、不良達の間では“狂犬”なんて風に呼ばれている。


 そんな俺が、今日も今日とて授業をサボって校舎裏で仲間とたむろっていると、弟分の栄太えいたが声を掛けてきた。


「そう言えばアニキは知ってますか? 大江山高校の“暴れ鬼”の噂」

「ああ? “暴れ鬼”だあ?」

「ええ、なんでもこの春に大江山高校に入学した新入生らしいんですが……。大江山高校の2大不良グループの【レッドベア】と【ブラッドタイガー】が、そいつ1人に残らずされちまったって話です」

「……んだと?」


 【レッドベア】と【ブラッドタイガー】といえば、隣町の有名な不良グループだ。

 元は1つのグループだったのが内部分裂した結果生まれたグループで、当然のように仲が悪く、抗争が絶えない連中だ。

 しかし、そんな抗争が絶えない日常を送っているだけあって、構成員は誰も彼もがかなりの武闘派だ。俺だって連中にはおいそれとは手を出せない。

 そんな武闘派グループ2つが、1人の新入生に潰されたとは尋常ではない。


「……確かか?」

「ええ、今は隣町の高校は学校問わずその噂で持ち切りですからね。まず間違いないかと」

「ふん……」


 そうは言っても、噂とは尾ひれがつくものだ。

 大方2つのグループのリーダーだけを倒したのが、「頭を潰した」→「グループを潰した」→「全滅させた」って感じに膨らんだってところだろう。


 しかし、だとしても無視は出来ない。

 その“暴れ鬼”とやらがどのぐらい強いのかは知らないが、入学早々に学園の2大不良グループ両方にケンカを売る時点で、かなりヤバい奴だってことは間違いない。隣町のこととはいえ、災いの種になるなら早めに摘んでおいた方がいい。


「……栄太」

「はいっ!」

「放課後に幹部連中を集めとけ。その“暴れ鬼”とやらのつらを拝みに行こうじゃねぇか」

「了解っす!」



* * * * * * *



「こっちっすよアニキ!」


 放課後、仲間を10人ばかり引き連れた俺は隣町まで繰り出していた。

 最初は大江山高校を直接訪ねたのだが、“暴れ鬼”はおらず、適当な生徒を捕まえて話を聞くと、どうやら俺達と同じことを考えたらしい別の不良グループに、近くの工場跡地に連れて行かれたとのことだった。


 その“暴れ鬼”を連れて行った不良グループがこれまた武闘派として名高いグループで、人数も20人近くいたらしい。

 例の噂が本当ならともかく、普通に考えれば俺達が手を出すまでもなく“暴れ鬼”は終わりだろう。

 しかし、わざわざやって来て何もせず引き返すのもなんなので、折角だから噂の新入生の顔だけでも拝んでいこうかと思って、俺達も工場跡地に向かうことにしたのだ。

 まあその顔も、ボコられまくって原形を留めていないかもしれないが。


 そんなことを考えていると、目的地に着いていた。

 敷地内に入ると、工場自体は無視して裏手に向かう。

 この工場の裏手は広い空き地になっていて、塀に囲まれているおかげで通行人の目に付かず、声も届かないことから、喧嘩をするのにもってこいの場所なのだ。


 塀に沿って歩いて行くと、風に乗って微かに血臭が漂ってきた。

 しかし、闘争の気配はない。

 殴り合う音も、悲鳴も一切聞こえてこない。


「チッ、ちょっと遅かったか?」


 どうやらもう闘いは終わっているらしい。

 出来れば“暴れ鬼”とやらの闘いを見てみたかったが、少し遅かったようだ。


(まっ、奴らにやられるくらいならそれまでの男だったってこった。気にする必要もないわな)


 そんなことを考えながら、裏手に続く角を曲がって――――



 絶句した。



 見渡す限りあちこちに転がる白眼を剥いた男達。

 誰も彼もが呻き声1つ上げずに完全に意識を刈り取られており、その10数名に及ぶ男達の中心で、そいつらのリーダーが1人の女子高生に片手で吊り上げられていた。

 ……女子高生? うん、どう見ても女子高生。だってセーラー服着てるもん。


「……おい、栄太」

「はい?」

「“暴れ鬼”って女じゃねぇか!?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてねぇぞ!?」


 聞いてたらこんなに仲間を連れてきたりしなかった。

 当然だ。女1人に野郎を10人以上も引き連れて行くなんてあまりにもダサ過ぎる。


「い、いや、でもあの女普通じゃねぇっすよ! ほらっ、あの細腕で男1人吊り上げてんですよ!?」

「んっ……」


 女だったということのインパクトが強過ぎてスルーしていたが、言われてみればその通りだ。

 “暴れ鬼”は、こちらに背を向けた状態で男の顔面をアイアンクローしており、片腕で持ち上げているのだ。

 一体どんな腕力をしているのか、その背中は小揺るぎもしない。と――



 ミシィ!!!



 何かが軋むような音と共に、吊り上げられていた男の体がビクンッと震えた。

 そして、完全に力を失った男の体が、ポイッと無造作に放り捨てられる。……女子高生の手によって。


 そして、“暴れ鬼”はゆっくりと振り返ると――


「……なに? アンタ達。こいつらの仲間?」


 不機嫌そうな面持ちで、そう訊ねてきた。


 そして、特に警戒した様子もなくそのままこちらに近付いてくる。


「……何か言いなさいよ」


 不機嫌さを増したその声は明らかに先頭にいる俺に向けられていたが、今の俺はそれどころではなかった。

 なぜなら、今の俺の頭の中はある1つの感情に支配されていたからだ。


(な、な、なんだってんだこの女…………)


 その感情は、俺が生まれて初めて感じる感情だった。


 自分でも理解出来ないまま、自然と動悸が、呼吸が乱れ、手足が震える。


 背筋に稲妻のような衝撃が走り、どっと汗が噴き出る。


 その感情は――――


(激マブじゃねぇか!!?)


 初恋だった。


 目の前に立つ少女。


 抜けるように白い肌に、肩の辺りで無造作に切り揃えられた黒髪。


 化粧っ気のないその顔は、それでいて驚くほど整っており、剣呑に細められた目もまた、その少女の持つ迸るような生命力に溢れていた。


 そして、その高校1年生とは思えないほど起伏に富んだ凶悪なスタイル。


(や、ヤベェ、なんだこりゃ。い、一体なんだってんだ? 心臓が、動悸が止まらねぇ!!)


 声も出せず、ただ目の前の少女を凝視しながら、制御出来ない自分自身の体に翻弄される。


 すると、少女の目が更にすっと細められ――――



 ドッ!!!



「ごぶっ!!?」


 気付いた時には、少女の拳が俺の胸の中心に突き刺さっていた。


(な、なんだこりゃ……。心臓が……動悸が……が? ががががががが………………)


 急に先程までとは別の意味で心臓が激しく痙攣し、全身から力が抜けた。


 そして、目の前がゆっくりと真っ暗になり――――



 ……………………



 ……………………



 ……………………



「ふんっ!!」

「ごぼはぁ!!?」


 心臓をぎゅっと締め付けられる感覚と共に、急激に意識が浮上した。


「アニキ!! 大丈夫ですか!!?」

「……あ? 栄太、なにがだ?」

「なにって、アニキの胸に手が突き刺さって……あれ? 血が出てない?」


 栄太の視線を辿って自分の胸を見下ろすが、そこには僅かに皺が寄った制服があるだけだった。


「てめぇこの女ぁ! アニキに何しやがっ――」

「ふっ!!」



 ゴッ!!



 俺の前に立つ少女に食って掛かろうとした栄太の顎を、斜め下方から放たれた少女の拳が正確に打ち抜いた。

 カクッと栄太の膝が折れ、そのまま顔面から倒れ伏す。

 完全に脳震盪を起こしていた。


「てめぇ!!」

「よくも!!」

「ぶっ殺してやる!!」


 俺に続いて栄太もやられたことで、背後にいた幹部達が一気に爆発した。

 1人の少女を相手に、10人がかりで一斉に襲い掛かる。

 そして、10秒と持たずに全員が地面に沈んだ。

 誰1人として、少女に傷を負わせるどころか、その肌に触れることすら出来なかった。


「はぁ……」


 少女はそれらを興薄げに見下ろすと、工場の壁に立て掛けられていた自身の学生鞄を持って立ち去ろうとする。


「ま、待て……ちょっと待て!」


 気付くと俺は、その少女の前に立ち塞がっていた。


「……なに?」


 先程と同様に、不機嫌そうな視線が突き刺さる。

 しかし、半ば以上無意識に動いてしまった俺には、少女の問い掛けに対する答えが無かった。


「……はぁ」


 何も言わずにただ立ち尽くす俺に、少女はまたしても溜息を吐くと、くるりと横を向いた。

 そのまま真っ直ぐ工場を囲む塀に歩み寄ると、学生鞄を置き、右腕をギリギリと肩口に引き絞る。

 そして――――


「はっ!!」



 ドン!!!!



 腹の底に響くような衝撃音と共に――というか気のせいでなければ実際に地面が震えた――コンクリートの壁が吹き飛んだ。


 いや、マジでマジで。

 コンクリート粉々よ。それどころかその内部に埋め込まれてた格子状の鉄筋も、激しくひん曲がって中央に大穴が開いているわ。


「……次来たら、今度はこれをお見舞いするわよ」


 バカみたいに口を開けながら立ち尽くす俺を一瞥しながらそう言うと、少女は自身が開けた穴を通って姿を消した。

 俺にはその後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。


「ア、アニキ……」


 弱々しい声にチラリとそちらを見ると、栄太が四つん這いでこちらに近付いてくるところだった。


「“暴れ鬼”……想像以上にヤベェ奴でしたね……」

「ああ……あれはヤベェ……ヤバ過ぎるぜ」

「どうします? 所詮隣町ですし、手を引きますか?」

「……手を引く? そんなわけねぇだろ! あいつは……あいつは俺の獲物だ!!」

「アニキ……っ! 流石っす! 俺、アニキに付いて行きます!!」

「いや、いらねぇ。俺1人で行くぜ!!」

「アニキィ!!」


 感涙を流す栄太をその場に置き、俺は駆け出した。

 頭の中は先程の少女の姿で埋め尽くされ、その姿を思い浮かべるだけで無限に力が湧き上がってくる気がした。


(へへっ、なんだよこりゃあ……。これが『ハートを鷲摑みにされる』ってことなのか……? “暴れ鬼”……お前は最高の女だぜ!!)


「うおおおおぉぉぉぉーーーー!!!」


 湧き上がる感情のまま吠える。

 そして、勢いそのままに追い付いた少女の背中に手を伸ばし――――


「げぼあぁ!!」


 胸の中央に掌打を食らい、地面と平行に10m程宙を舞った。



* * * * * * *



「とまあ、これが父さんと母さんの出会いだったわけだが」

「うん、誰も聞いてないけどな。というかなんで俺がそんな話聞かなきゃいけないんだ?」

「ん? 杏助も4月から高校生だろう? こんな素敵な出会いがあるかもしれないじゃないか」

「どこが素敵だ。少なくともそんなバイオレンスなボーイミーツガールをする予定はねぇよ。……というか、母さんって不良だったのか?」

「いや、母さんは当時ちょっと荒れてたが、別に不良ってわけじゃなかったぞ?」

「は? じゃあなんで入学早々に不良グループ2つを壊滅させるようなことになったんだ?」

「あぁ……それはな。父さんも後から知ったんだが、新入生として入ってきた母さんに一目惚れした不良共が、母さんを取り合って争ったのが切っ掛けだったらしい」

「はぁ?」

「いやぁ当時の母さんはマジで激マブだったからなぁ。男共が争うのも無理はない。まあ今でも激マブだけどな!!」

惚気のろけんな気持ち悪い」

「べ、別に惚気てなんかないんだからな!」

「男のツンデレとかマジで誰得だからやめろ。本気で気持ち悪いぞ」

「冗談が通じない奴め」

「男のツンデレとかマジでないわぁーー」

「……その言葉、スゴイ長距離のブーメランな気がするぞ?」

「何言ってんだ? ……それで? 不良共が母さんを取り合ったのは分かった。どうしてそれから母さんが不良共を壊滅させることになるんだ?」

「ああ、母さんが『私の為に(なに勝手に人のこと)争わないで(取り合ってんのよ)!!』って言って止めに入った(まとめて薙ぎ払った)んだよ。そのことが広まって、周辺の不良共が母さんの元に集まって――まあ父さんもその1人だったんだが、そいつらをまた千切っては投げ、千切っては投げしてたら――」

「してたら?」

「いつしか母さんは最強の裏バン。いや、女帝と化していた……」

「……そして父さんは、狂犬改め女帝の番犬になった、と」

「いやぁ大変だったんだぞ? なんせあの頃の母さんは尖ってたからなぁ。なんだっけ? 『殺っていいなら苦悶死鬼』だったか? 付き合えるようになるまでに、あそこに載っている技は一通り喰らったな」

「マジかよ……よく生きてたな親父」

「はっはっは、だがその甲斐あって結婚まで漕ぎ着けたんだから、その頑張りも無駄ではなかったということだ!」

「まあそれは素直に尊敬するわ。……結婚と言えば、父さんって婿養子だったのか? 名字変わってるけど……」

「ああ……いざ結婚するという時になって、母さんが『私に名字を変えさせるならまず私を倒してからにしなさい!』って……」

「負けたのか」

「負けました」

「……」

「……ま、まあとにかくだ! 杏助! お前も気に入った娘がいたら父さんくらいガンガン行かないとダメだぞ!」

「行かねぇよ……特に彼女作る気もないし」

「おいおい、そんなことじゃいつまでたっても童貞だぞ? 父さんは中一の時には童貞を捨てたってのに……その後も遊ぶ女には不自由しなかったくらいだぞ?」

「知らねぇよ。というか聞きたくもないわ。なあ母さん?」

「え」

「あなた? それは初耳なのだけど?」

「え、ちょ、その……」

「じゃ、俺部屋に戻るわ」

「ちょっと待て杏助! 父さんを見捨てるのか!?」

「あなた?」

「ひゃい!?」

「お手」

「……わん」



 ミキィ!!



「ちょ、イタッ、イタタタ!!! や、やめ、“虎威美砥爪薙(こいびとつなぎ)”はらめぇぇぇーーーー!!!!」

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