更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-⑤
空気を焼き焦がす音が周囲に響き渡る。
視界は金色の光に埋め尽くされ、最早どこまでが自分の体なのかさえ分からない。
痛みとも痺れともつかない異様な衝撃が全身を駆け巡り、今にも意識が飛びそうだ。
(なんっ、なのよこれ……!? なんで、こんな威力が……)
自分の全てが呑み込まれ、溶け消えてしまいそうな閃光の中、私は必死に歯を食い縛りながら、頭の片隅で現実逃避気味な思考を巡らせていた。
(なんで……超級神術じゃあるまいし……! ……いや、でも……まさか……?)
その時、頭の中でこれまでの情報が一気に繋がった。
超威力の雷撃……金色の光……フィベルフォード…………
全てが繋がり、1つの解答を導き出す。
(なる、ほどね……!! そりゃ、七大神器の使い手が3人もいて仕留め切れないわけだわ……)
皮肉気に口端を吊り上げて笑う。
やがて、閃光が宙に溶けるように収束して――――
「はあっ、はあっ…………」
耐え切った。
荒く息を吐きながら、私は勝気に笑ってみせた。
私が何をしたかと言うと、先ず近くにあった4本の“飛天剣”で空中に足場を作り、その上に乗って体勢を立て直した。更に、その他の12本の“飛天剣”をブレスに対して半球状になるように周囲に並べ、即席の避雷針にしたのだ。
そのおかげでブレスが周囲に分散し、なんとか直撃を避けることが出来た。
かなり分の悪い賭けだったが、あの状況ではこんな方法しか思い付かなかった。
先程私の手の中から“飛天剣”が弾かれたのは、“聖域結界”が発動したせいだ。
かつて初めてゼクセリアを振った際に、ゼクセリアが私の手からすっぽ抜けたことがあったが、あれと同じだ。
まあ考えてみれば当然のことだろう。
“疑似剣聖”で体と剣の位置を固定していた訳でもなく、身体強化をしていた訳でもない。
そんな状態で落下中に何かを掴んで体勢を保持しようとしたら、確実に肩や腕を痛める。そうなる前に、“聖域結界”が発動して“飛天剣”を弾いてしまったのだ。この“聖域結界”には何度も助けられているが、無差別防御というのが時として思わぬ落とし穴になるのだから厄介だ。
結果として即席の避雷針でブレスを受けるという賭けに出る羽目になったが、なんとか賭けには勝った。
ただしその代償として、避雷針代わりにした“飛天剣”は残らず熱で融解し、そのままの形でくっついてしまった。これはもう使い物にならない。
“念動”を解除し、歪な形状の金属の柵になってしまった“飛天剣”の残骸を放棄する。
それが眼下の山中へと落下していくのを視界の隅で確認しながら、私は状況を整理した。
ブレスの余波で少し全身が痺れているが、どうせ“疑似剣聖”発動中は筋肉ではなく神術で体を動かしているので、こちらはさほど問題はない。
それよりも問題は、先程の予想が当たっていた場合、セナト=ラ・ゼディウスはまだ全然本気を出していないということになるということだ。
この予想が正しければ、セナト=ラ・ゼディウスの全力の攻撃は、超級神術“千斬裂渦”をも上回る広範囲殲滅攻撃のはず。それを撃たないのは、恐らくそれをすると私が跡形もなく消し飛ぶからだろう。
先程からの攻防で薄々察してはいたが、今のブレスではっきりと分かった。
こいつは私を喰いたいのだ。それも出来れば生かしたまま。
今のブレスは、私を仕留め切れるかどうかといった威力に加減されていた。
だからこそ、避雷針で威力を分散させる程度でなんとかなったのだ。なら……
(今しかない。あいつがまだ本気を出していない今の内に……終わらせる!)
ブレスを撃ち終え、こちらへ突進して来たセナト=ラ・ゼディウスを睨みながら、機を伺う。
恐らく、ブレスの影響で私が動けないでいると判断したのだろう。
一飲みにしようというのか、前傾姿勢で大口を開けて突っ込んでくる。
(ここからじゃ距離があるけど……なんとかするしかない、か)
セナト=ラ・ゼディウスの後方をチラリと確認しながら、私は覚悟を決めた。
本当はもう少し念入りに準備したかったが、イチかバチかやるしかない。
私は“疑似剣聖”を発動し直すと、出来る限り早口で詠唱を開始した。
その間も、セナト=ラ・ゼディウスはこちらに真っ直ぐ飛んで来る。
巨大なドラゴンが大口空けて迫って来るのはかなりの迫力だったが、やはり目が見えていないせいか、その動きは直線的で単調だった。
(大丈夫。あいつはまだ目が見えていない。ギリギリまで引き付ければ不意打ちは出来る……はず!)
そう信じ、今すぐにでも逃げ出したいという、生存本能が下す命令に必死に抗う。
見る見るうちに巨大なアギトが迫って来る。
今やずらりと並んだ凶暴な牙も、その奥の暗い闇に沈む喉奥まではっきりと見える。
(まだ……まだ……)
やがて、その生温い吐息が私の顔に触れ、血生臭い臭いが鼻を突き――――
(こ、こ――)
「だ!」
私は“飛天剣”で作った足場から、前へと飛び降りた。
頭上すれすれのところを下顎が通過するや否や、反転して急上昇。目の前の竜鱗に、両手で水平に構えたゼクセリアを思いっ切り突き立てる!
突進の勢いもあり、竜鱗を貫く一瞬の手応えの後は、特に抵抗らしい抵抗もなくゼクセリアの刃が一気に沈み込んでいく。
そして、ガツッという剣の鍔がぶつかる音と共に、その刃が根元までセナト=ラ・ゼディウスの首元に突き刺さった。
「ゴグゥォ!!」
くぐもった呻き声と共に、セナト=ラ・ゼディウスは突進を止めた。
そして、その両腕が喉元にいる私に向かって跳ね上がって来る。
ここが正念場だ。
単純な打撃ならともかく、掴まれたらその時点で終わり。あの巨大な手で握り潰されたら、いくら“聖域結界”でも持たないだろう。
だが、そうはさせない。
私は詠唱を完了させると、意識を自分の内へと集中させた。
数日前にもやったこと。
精神の枷を解き放ち、神力の出力限界を解除する。
今の状態で無理をするのは危険だということなど百も承知。
一瞬でもいい。
今、この時を生き抜くため。
今! ここで! 限界を越えろ!!
「はあああぁぁぁぁ!!!」
私の両腕に装備された“破天甲”に、神力の電光が奔った。
すかさずゼクセリアから手を放すと、私は右拳を固め、頭上の顎を目掛けて全力で振り上げた。
ただ真っ直ぐ撃ち抜くのではない。むしろ顎に沿うように、斜め上に向かって振り抜く。
それと同時に、右腕に込めた神力を解放する!
「ふんっ!!」
“
ゴガアァァァン!!!!
巨大な破城鎚を撃ち込んだかのような衝撃音と共に、セナト=ラ・ゼディウスの頭が跳ね上がった。
そして一瞬の硬直の後、ぐらりと頭が真横に
それに連れ、私に向かって伸ばされていた両腕がゆるゆると下に落ち、周囲の風も勢いを弱めた。
(よし、なんとか決まった! これで最低でも数秒間は満足に動けないはず!)
脳震盪とはいかなくとも、それに近い状態にはなっているだろう。
しかし、これだけでは決定的な隙とは言えない。現にまだ風の神術を操る余裕はあるのだから。
この隙を利用して、決定的な隙を作り出すのだ。
私は少し下降すると、セナト=ラ・ゼディウスの胸部に狙いを定めた。
さっきの“
私は左手を開くと、上半身をギリギリと捻転させ、左腕を肩口に引き絞った。
そして、溜め込んだエネルギーを一気に目の前の竜鱗に叩き込む!
「飛べ」
“壁ドン”ד崩天撃”
ドゴオォォォン!!!!
先程よりも鈍い衝撃音と共に、セナト=ラ・ゼディウスの巨体が吹き飛んだ。
微妙に高度を下げながらも、ぐんぐんとその姿が遠ざかる。その先には超級神術によって作り出された超威力の竜巻が。
私の狙いはこれだ。
私の神術でダメージが通らないなら、相手の超級神術を利用してダメージを与えればいい。
あの竜巻に突っ込めば、翼は確実に奪えるはずだ。
(もう少し! そのまま突っ込め!)
しかし、追い縋る私に視線の先で、セナト=ラ・ゼディウスはその4枚の翼を大きく広げた。
途端、急制動が掛かり、その巨体が竜巻に接触する少し手前で停止しようとする。
それを見て私は――――“念動”を発動した。
対象はセナト=ラ・ゼディウスの飛膜に突き刺さったままになっている28本の“飛天剣”。
それらをただ、真っ直ぐ前方へと動かす。
その結果、セナト=ラ・ゼディウスの大きく広げられた翼が、グンッと背後に引っ張られた。
一旦止まり掛けた巨体が再び動き出し、その翼の先端が竜巻に触れる。
「グ、ゴオオアアァァァ!!!」
必死に抗おうとするがもう遅い。翼の制御を失ったセナト=ラ・ゼディウスに、空中で体勢を立て直す手段などない。
全てはこのため。この一瞬に相手の動きを制するために、無駄と分かりながらも”飛天剣”で翼を狙い続けたのだ。
「堕ちろ」
そして、その巨体が竜巻の中に吸い込まれた。
次の瞬間、凄まじい騒音が周囲に響き渡った。
金属の塊を無数のチェーンソーで切り刻もうとしているかのような、あるいは巨大なシュレッダーにかけているかのような、粉砕音とも切削音ともつかない異音。
そこにセナト=ラ・ゼディウスの咆哮が合わさって、大気を震わすような騒音となっている。
しかし、それも長くは続かなかった。
セナト=ラ・ゼディウスによって神力供給を断たれた“千斬裂渦”が、徐々にその勢いを弱め、間もなく完全に消滅したからだ。
その暴威から解放されたセナト=ラ・ゼディウスはというと、これが私の予想よりもずっと軽傷だった。
たしかにその全身には無数の傷痕が刻み込まれていたが、どれも竜鱗を完全に切り裂くには至っておらず、血も流れていなかった。
しかし、翼は別だった。
その4枚の飛膜は全てズタズタに引き裂かれ、その飛膜を支える骨も半ばから失われていたのだ。これではもう飛行するどころか、滑空することすら出来ないだろう。
(それだけで私には十分)
私はセナト=ラ・ゼディウスの喉元に突き刺さったゼクセリアの柄を両手で握りながら、そう胸の中で呟いた。
流石は聖剣ゼクセリア。超級神術の中に飲まれても傷1つ付いていない。
そのことに頼もしさを感じつつ、私はゼクセリアを全力で横に動かした。
重い手応えと共にズズッと傷口が切り開かれ、今度こそ大量の鮮血が溢れる。
これで止めだ。飛べない竜などただのトカゲ。地面に落ちるまでの間にこのまま首回りを一周して、首を斬り落とす。
一瞬とはいえ無理矢理出力を上げたせいか、ズキズキと痛む頭に歯を食い縛りつつ、私は全力でゼクセリアを動かした。
「ゴボォォォオオオ!!!」
その瞬間、苦しそうな咆哮と共に、セナト=ラ・ゼディウスの全身から凄まじい神力光が放たれた。
それに呼応するように、私の足元、セナト=ラ・ゼディウスの胸部が金色に輝き始める。
(っ!! やっぱり、“エルブラムスの天秤”だ!!)
つまり、とうとう本気になったのだ。
事ここに至って、セナト=ラ・ゼディウスは形振り構わず私を殺しに来た。
これから放たれるのは原初の御業。審問官エルブラムスの断罪の一撃。
……どうする?
刹那の内に、私は激烈な逡巡に苛まれた。
今の内に逃げれば、恐らく私は助かる。
“千斬裂渦”が解除された今なら普通に飛んで逃げられるし、翼の大部分を失ったセナト=ラ・ゼディウスに、私を追いかける余力はないだろう。
しかし逃げれば、この史上最強最悪の害獣を仕留める最大の好機を失うことになる。
かと言ってこのまま戦闘を続行しても、勝率は恐らく五分といったところだろう。
相手の原初の御業が発動するよりも先に首を斬り落とせればいいが、もし間に合わなかったら待つのは死だけだ。
……どうするっ!?
刹那の迷いを断ち切ったのは――――直感だった。
「ああぁぁぁぁぁ!!!」
雄叫びを上げながら、更に傷口を切り開く。
(仕留める! こいつは、ここで殺す!!)
直感したのだ。
ここでこいつを仕留めなければ、必ず後悔することになる。こいつを生かしておけば、いつか大きな破局を迎えることになると。
諸共に一直線に地面へと落下しながら、私はセナト=ラ・ゼディウスの左肩の上を駆けるようにして、どんどんと首を切り裂いていく。
と、背中側に回ったところで、セナト=ラ・ゼディウスの両肩がぐわっと大きく動いた。
だらんと下に伸ばされていた両腕が一気に跳ね上がり、私に向かって襲い掛かって来る。
(っ!! もう脳震盪から回復したの!?)
ここで掴まえられたら一巻の終わり。
逃げ場もなく原初の御業を至近距離で喰らって即死だ。
私は瞬時にそう悟り――――
(負、ける――)
「かぁ!!」
迫る巨大な両手から視線を外すと、手元だけを見て全力で力を込めた。
ここまで来たら引くことなんて考えない。
全力で勝ちに行くだけだ。
セナト=ラ・ゼディウスの両掌が私の両側から襲い掛かって来る。
その掌が私に届く、その一瞬前に――――ゼクセリアの刃が、セナト=ラ・ゼディウスの脊髄を断ち切った。
セナト=ラ・ゼディウスの両腕がビクンッと震え、そのままぐらんと力を失う。
両腕だけではない。今やその巨大な全身が完全に力を失っていた。
その中にあって、神力光と金色の光だけが更に輝きを増していく。
だが、それももう間に合わない。
あと半分。ここまで来れば確実に私の方が速い。
賭けは私の勝ち。これで――――
「終、わ、り……だあぁぁぁぁーーーー!!!」
その時、不意に喉奥に熱い何かが込み上げてきた。
喉に絡む
「……あ?」
思わず視線でそれを追って……ようやく気付いた。
私の右胸。そこから血に塗れた銀色の剣先が突き出ていることに。
……1本の“飛天剣”が、背後から私の右胸を貫いていた。
「っ!!? がっ、は!!」
そのことを自覚すると同時に、更に大量の血液が逆流して来て、喉を塞いだ。
激しく血を吐き出しながら、右胸に奔る猛烈な激痛に身悶える。
(ダ、メ……今、集中を切らしたら…………)
頭の片隅で僅かに残った理性がそう囁くが、今まで感じたことのない壮絶な痛みに、そんな思考もすぐに散り散りになってしまう。
“疑似剣聖”がその効力を失い、ゼクセリアがずるりと傷口から抜け落ちた。
(ぐっ、マズ、い……せめて、これ、だけでも…………)
気力を振り絞ってゼクセリアを左手でしっかりと握ると、右手をポケットに突っ込みつつ、両足でセナト=ラ・ゼディウスの背中を思い切り蹴りつけた。
重力に引かれて落下しながらも、私の体が反動で少しセナト=ラ・ゼディウスから離れる。
しかし、距離が全然足りない。この程度の距離では到底安全圏とは言えない。
(間に、合え……っ!!)
あまりの痛みに今すぐにでも飛びそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、なんとか“念動”を発動する。
しかし、それとほぼ同時にセナト=ラ・ゼディウスの神術も完成した。
莫大な神力の波動と共に金色の光が拡散し、上空に渦巻く黒雲を発生させる。
それはたちまち見渡す限りの空を埋め尽くし、本来の雲を覆い隠す。
そして、黒雲の中で黄金の雷光が閃き――――
「ゴガアァァァアアァァァァ!!!!」
「う、あ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!!」
目を灼く閃光と共に、天より降り注いだ無数の金色の雷撃が全てを呑み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バチバチッ バキキキィィィ
あちこちから木々が燃える音、燃えた木々が倒れる音が響いてくる。
それと共に、むせ返るような焦げ臭い匂いが周囲に漂っていた。
眼の奥の熱い疼きが治まるのを待ってからゆっくりと目を開けると、眼球だけを動かして周囲の様子を確かめる。
すると、見渡す限りの辺り一面、山火事が起こっているのが分かった。
それも天へと昇る黒煙の量からすると、この山だけではない。どうやら周囲の山々全てで大規模火災が起こっているらしい。
その時、不意にブツッと全身に電流が走るような感覚がした。
それを切っ掛けに、失われていた全身の感覚が元に戻る。どうやら脊髄が元通りに再生したらしい。
恐る恐る腕を持ち上げたり足を動かしたりしてみるが、特に問題は無さそうだ。
そっと首筋に触れてみると、どうやらもう血も止まっている。
首を半ば以上斬り落とされながら、小1時間も経たない内に治る再生力には我ながら呆れるしかない。
とりあえず問題は無さそうだと判断し、ゆっくりと上体を起こす。
その状態で翼を広げてみると、こちらも見た限りでは完全に再生していた。
試しに軽く動かしてみて、飛ぶのに支障がないことを確かめる。
そこまで確認してから、俺は翼を折り畳むと、ようやく2本足で立ち上がった。
「……」
周囲を見渡すと、やはり見渡す限りの山が全て燃えていた。
このままでは際限なく火が燃え広がりそうだが、どうやらその心配はなさそうだ。
と言うのも、先程上空から見たところ、なぜかここら一帯の平野部が完全に水没しているのだ。これなら火災は山だけで済むだろう。
(……恐ろしい少女だったな)
先程の少女を思い出す。
左右で違う色の瞳を持つ、銀髪の美しい少女だった。
並々ならぬ魔力を持つことは分かっていたが、それにしてもその戦闘力は俺の予想を遥かに超えていた。
たしかに、出来る限り瀕死で捕えようと手加減していた部分はあるが、まさかたった1人の魔法使いにここまで追い詰められるとは思わなかった。
危うくこちらが殺され掛けて、図らずも全力で周囲一帯丸ごと消し飛ばす羽目になってしまった。
(死体が残っているのは不幸中の幸いか)
周囲の気配を探るまでもなく、強大な魔力の塊が近くに落下したことは察知出来ていた。
風を操って進行方向の火を吹き飛ばすと、そちらへと歩を進める。
そして目的地に辿り着くと、右腕を振るい、邪魔な木を薙ぎ倒した。
露出した地面を見下ろすと、そこには――――
「グル?」
そこにあったのは少女の死体ではなく、うっすらと赤みを帯びた半透明の石だった。
摘み上げてみると、その石が強大な魔力を宿していることが分かる。
どうやらあの少女は、どこかのタイミングで自分自身とこの石をすり替えたらしい。
「……」
うっかり砕いたりしないよう気を付けながら
しばらくすると、石に宿っていた強大な魔力が吸収される感覚と共に、頭の中に新たな魔法の知識が流れ込んできた。
(……なるほど。この魔法で遠くに逃げたのか)
なら、もう探しても無駄だろう。
俺がのんびり体を再生している間に、どこか遠くに逃げるなり隠れるなりしているはずだ。
納得すると同時に、1つの疑問が生じる。
こんな魔法が使えるなら、なんでさっきの戦闘中にあの少女はこの魔法を使ってこなかったのか。
この魔法を使われれば、俺はもっと苦戦することになっていただろう。
(……考えても無駄、か)
可能性はいくつか思い浮かぶが、どれも確証はない。
それに、どうせもう会うことのない相手のことをあれこれ考えても無意味だ。
(それにしても面白い魔法だな。俺の求める魔法ではないが)
それに、制御がとんでもなく難しそうだ。
さっき喰った剣を動かす魔法は割と簡単だったが、こちらはとてもではないが使いこなせる気がしない。
(……帰るか。エレナが心配だ)
俺は最後にもう一度周囲を見渡してから、4枚の翼を大きく広げ、その場から飛び立った。