挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
63/141

更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-③

 勝てない。


 相対した瞬間に、はっきりとそう直感した。


 体格も身体能力もレベルが違う。肉弾戦での戦闘力の差は歴然。

 当然だ。神術師の手を借りずに正面からぶつかれば、人間は竜種には絶対勝てないのだから。

 そんなことは、数千年に渡る戦いの歴史がとっくの昔に証明していた。


 しかも本来人間の切り札である神力に関しても、今回は相手の方が私を遥かに上回る神力量を有している。

 こうしている間にも常に周囲の風を操ることで滞空しているのにも拘らず、全く神力が目減りしている様子がないのだ。


 となれば、私にとっての頼みの綱と言えるのは、使える神術の多様さくらいか。

 だがそれも、万全とは程遠い状態の今の私ではどこまで優位となるか怪しい。


 いや、そういった諸々の理屈を抜きにしても、相手から感じる威圧感だけで勝てないことは分かった。

 ナハク・ベイロンに比べれば、その大きさは比べるべくもないのに、感じる威圧感はそれ以上。

 あるいはそれは、この竜がはっきりと私を敵として、あるいは獲物として認識しているせいかもしれない。


 ナハク・ベイロンは、何だかんだ言って最後まで私のことをわずらわしい羽虫程度に思っていた感がある。

 だが、この竜は違う。

 私の動きを注意深く観察するその金色の瞳には一片の油断も感じられず、それでいて燃え盛るような闘争心に満ちていた。


(どうする? どうすれば……!?)


 決まっている。逃げるしかない。でもどうやって?


(飛んで逃げるのは……絶対無理。“空間接続”……今の私では発動出来ない。なら――)


 必死に活路を見出そうと思考を巡らせる私が、次の行動に移るよりも先に、セナト=ラ・ゼディウスが動いた。


 その胸の辺りに神力が集中したと思った次の瞬間、凶悪な牙がずらりと並ぶ大きな口を、ガバッと開く。その喉の奥に、空気を焼き焦がす音と共に金色の閃光が奔る。


(――ブレスが来るっ!!)


 閃光のように脳裏を走った予感に従い、私は全力で真横に飛んだ。

 間髪入れず、私が先程までいた場所を雷撃の奔流が飲み込む。


(避け――)


 ――られた。そう思った瞬間、ブレスが真横に薙ぎ払われ、私の視界は一瞬にして眩い閃光に呑み込まれた。


「――――っ!!?」


 全身を襲う痛みを覚悟して、口を突いて飛び出しそうになる悲鳴を飲み込んで歯を食い縛るも――予想していた痛みは一切感じないまま、私の視界は開けた。


「――っ!はあっ、はあっ」


 ヤバかった。

 “聖域結界”が破られてたら、今の一撃で死んでた。


 今のは完全に、ブレスが直線攻撃だと思い込んでいた私の判断ミスだ。

 いや、これが神術師相手なら、今の対応は間違っていなかった。

 神術師なら、直線軌道の神術を薙ぎ払うように動かしたりしない。そんな無駄に複雑な神術を使うくらいなら、はなから帯状に範囲攻撃を放つだろう。


 だが、今回の相手は神術師ではなく幻獣であり、使ってくる攻撃は神術ではなく幻獣の特殊能力だ。

 相手が神力を使うせいで、つい無意識の内に神術師相手を想定した行動をとっていたが、この際先入観は捨てるべきだろう。

 そもそも発動速度からして、神術とは比較にならない。神力操作から攻撃に至るまでの時間は、下手をしたら私よりも速いかもしれない。


(本当に、“聖域結界”様様ね……)


 そうだ。最近はイェンクー・リョホーセンの“崩天撃”やらナハク・ベイロンの咆哮やら、私の“聖域結界”をあっさり突破してくる相手と連続でぶつかったせいで忘れていたが、そもそも“聖域結界”は王国最高強度の全方位無差別防御結界なのだ。幻獣の神力を宿した特殊攻撃でも、そうそう破られることはないはずだ。


(イケる、これなら案が……い!?)


 つかの間の安堵は一瞬で吹き飛んだ。

 ……セナト=ラ・ゼディウスの胸部に、先程を上回る量の神力が集中し始めたことによって。


 手加減してただけですか。そうですか。

 まあ私だって、何の対策もせずに呆けていた訳じゃないけど。


 私は次のブレスが来るより先に、準備していた神術を発動した。


 光属性中級神術“輝爆”


 文字通り、爆発的に高光量の光を発生させる神術だ。

 最大威力を目の前で炸裂させた場合、人間相手なら失明させることも可能だが、今回はそこまでの効果は期待しない。ほんのちょっとでも目晦ましが出来ればそれで十分。


 目を灼く光の爆発の中、私は一直線に急降下した。


 こんな化け物と戦うつもりなんて毛頭ない。

 眼下の木立に逃げ込んでしまえば、こんな図体の竜では追って来れないだろう。

 それでもまだ追って来るようなら、土属性神術で土の中にでも潜り込んでしまえばいい。


 そう考え、頭を真下に向けて降下を開始したところで――斜め上で神力の気配が急激に膨らみ、私に向けて明確な殺意が叩き付けられた。


 うなじの辺りがざわつくような感覚に従い、私はすぐさま横に飛んだ。

 そのすぐ横を上から下へと薙ぎ払うように、金色の雷撃が通り過ぎる。

 更には、私を追いかけるように神力の気配と風の音が近付いて来る。


 ちらりと肩越しに上空を振り返ると、つい先程ブレスを放ったばかりのセナト=ラ・ゼディウスが、大口を開けてこちらに突っ込んで来るところだった。


「――――――っ!!!」


 凄まじい危機感に衝き動かされるまま、必死に神力を振り絞り、辛くもそのアギトから逃れる。

 背後から追い縋って来た巨大な頭が真横を通り抜け、その牙から逃れられたことに安堵した、次の瞬間。



 バッチュイィィィィン!!!



 そんな奇怪な音と共に、体が大きく弾き飛ばされた。


「!!?」


 訳も分からないまま、制御を失った体は空中でぐるぐると激しく翻弄される。


「くっ!」


 このままではマズイ。

 そう直感し、何とか必死に勢いを殺すと、頭を上にして滞空する。

 そして、未だにぐわんぐわんと揺れているような感じがする視界の中、すぐに神力の気配を探って――――


(右斜め下!!)


 振り返る間もなく、またしても薙ぎ払うように襲い掛かって来た雷撃を、辛うじて躱す。

 そして今回は避けるだけでなく、振り向き様に反撃の神術を放った。


「ふっ!」


 発動した神術は、光属性上級神術“激光”×16

 右手の先から、強大な光量と熱量を宿した光線が放たれる。


 風属性と雷属性が効かないのは見ての通り、空中では土属性と水属性は大して役に立たない。火属性はあの暴風の中ではどこまで効果があるか分からない。

 ならば、消去法でまず使うべきは光属性だと思ったのだ。


 再び急降下し、今度はセナト=ラ・ゼディウスの横を通り抜けようとする私が見詰める先で、16条の光線は下方にいるセナト=ラ・ゼディウスに向かって一直線に伸びていく。

 ブレスを撃ち放ったセナト=ラ・ゼディウスは、僅かに頭部をのけぞらせた体勢で、その目は私の姿を捉えてはいない。

 しかし、そんな状態でありながら、セナト=ラ・ゼディウスは4枚の翼を別々に、素早く動かした。

 すると、その巨体はまるで見えざる巨人の手に押し出されたかのように後方に水平移動し、私の攻撃は全弾虚しく空を切る羽目になった。


「っ、そでしょっ!」


 思わず悪態を吐くも、その首がぐりんとこちらを向いたのを見て、猛烈な危機感を覚える。


(どうする? 一旦上に逃げる? いや、ここで退いてもジリ貧。なら……このまま突っ切る!!)


 雷撃のブレスが放たれたとしても、それを掻い潜って地上まで逃げ切るつもりで意識を集中する。


 斜め下に滞空しているセナト=ラ・ゼディウスの胸に神力が集中して――――その口がガパッと開かれる。


(来るっ!!)


 一気に急加速してブレスを掻い潜ろうとして――――その首がググッと大きくたわんだのを見て、慌てて急停止した。


「っ!」



 バババチチチチィィィ!!!!



 空気を焼き焦がすような音と共に、雷撃のブレスは、地上を目指す私の行方を遮るように横薙ぎに放たれた。


(こいつ……私の狙いを読んでる!?)


 余波から逃れるように上空へと反転しながら、直感的にそんな風に思った。


 先程からセナト=ラ・ゼディウスは、私よりも下方に陣取って上がってこようとしない。

 しかも、今の攻撃は明らかに私の進路を塞ぐように放たれていた。


(竜種は他の害獣よりも知性が高いというけど……)


 更に、幻獣化した害獣は通常種よりも遥かに高い知性を持つと言われている。

 先程から獣のように闇雲に襲い掛かって来るのではなく、私の出方を窺うような素振りを見せていることからして、この竜はもしかしたら人間に匹敵する知性を有しているのかもしれない。


 厄介だ。

 人間である私が竜種よりも上回っているのは、その知性と神力という超常の力だ。

 その両方を相手が兼ね備えているなど、はっきり言って悪夢でしかない。


 頭に浮かんだ考えに思わず舌打ちしそうになりつつ、半ばヤケクソ気味に、今度は広範囲に拡散するように“激光”を放つ。

 セナト=ラ・ゼディウスはまたしても素早く避けようとしたが、今回は16発中2発が、その体を捉えた。


 だが、効いてない。


 胴体と右脚に命中した2発の“激光”は、その身を覆う漆黒の竜鱗に阻まれ、あっさりと霧散した。


「ダメ、かっ!」


 舌打ちをしながら、お返しとばかりに今度は下から上へと薙ぎ払うように放たれたブレスを避ける。

 その反撃を見るに、先程の“激光”が何の痛痒も与えられていないことは明白だった。


(上級神術では効かない……なら次は……)


 次の策を考えようとして、ふと違和感を覚えた。


 先程からのブレス攻撃だ。

 初撃は私が避けたのを見てしっかりと追撃してきたのに、それ以降はずっと薙ぎ払うように撃って来るばかりで、私を執拗に狙ったりはしてこない。


(もしかして……目潰しは効いてる?)


 “輝爆”を放った後も迷いなく攻撃してきたので、てっきり目潰しは効いてないのかと思っていた。

 しかし、もしかしたら今のセナト=ラ・ゼディウスは目が見えていなくて、神力の気配を頼りに攻撃してきているのかもしれない。先程から攻撃の照準が雑なところを見ると、その可能性が高いように思えてきた。


 そして、この予想が当たっているとすると、それは朗報であると同時に凶報でもあった。

 目潰しが効くというのは嬉しいが、視覚を奪われてなおあれだけ的確に攻撃と回避を出来るというのは、それだけ神力に対する感知能力が優れているということに他ならない。

 これで益々私が逃げ切れる可能性が減った。


(でも……目が見えていないというのは大きい。今の内に何とか…………っ!?)


 何とか突破の糸口を見付けようと考えていると、セナト=ラ・ゼディウスの周囲に放たれている神力が急激に増加し始めた。

 そして次の瞬間、それは凄まじい突風と化して一気に襲い掛かって来た。


 ナハク・ベイロンの咆哮を思い出すが、もちろん本質は全く別物だろう。

 あれ程の威力があるとは思えないが、その反面、風を操る幻獣が神力を使って放つ攻撃が、ただの突風であるとも思えない。


(風属性中級神術“風斬ふうざん”……いや、その範囲攻撃である“斬空ざんくう”か)


 見たところ、その範囲は桁違いだが、込められている神力量自体は上級神術に届くかどうかといったところ。これなら避けるまでもない。

 しかし、念には念を入れて風属性上級神術“絶音境界”を発動する。


 周囲に圧縮空気の結界が展開されると同時に、先程まで聞こえていたびゅうびゅうと唸りを上げる風の音が、一切聞こえなくなる。

 そして間もなく、結界に断続的に衝撃が走った。


 どうやら突風の中には、数えるのも馬鹿らしくなるほどの不可視の刃が潜んでいたらしい。

 手応えからして威力も申し分なし。これだけの範囲攻撃を地上で放てば、小さな村なら一撃で殲滅出来るだろう。

 だがやはり、この程度なら上級神術の結界1枚で十分防ぎ切ることが出来た。


(やっぱり、わざわざ結界張って防ぐまでもなかったか…………って!?)


 下方にいるセナト=ラ・ゼディウスの目が、はっきりと私の方を捉えた。

 そして、その胸に一気に神力が集中し始める。


(まさか……攻撃と並行して索敵を!?)


 そう気付いた時には、その口がガパッと開かれ、喉奥に今までよりも更に激しい放電が起こっていた。


「くっ!!」


 どう見ても最上級神術以上。直撃したらただでは済まない。


(避ける? 無理? 防御を、間に合わ…………ああもう!!)


 次の瞬間、私はイチかバチかで博打を打った。


 一瞬だけ“絶音境界”を解除し、その一瞬の間に全力で横方向に飛ぶ。そして結界外に飛び出すと同時に“絶音境界”を再発動し、“飛行”を解除する。


 つまり私は、結界と神力の気配だけその場に残して、自分自身は神術を使わずに虚空へと身を投げ出したのだ。


 もしセナト=ラ・ゼディウスの視力が回復していたら、こんな小細工には何の意味もない。

 だがもし、風の流れと神力の気配で位置を特定しているだけなら……


(2分の1!!)


 果たして、放たれた超威力のブレスは、一瞬にして“絶音境界”を飲み込んだ。

 重力に身を任せながら、可能な限りそのブレスから離れようと空を掻く。


 幸い、威力を圧縮した分持続時間は下がったのか、ブレスは“絶音境界”を一瞬にして消し飛ばしただけで収束した。


 私はというと、図らずもパラシュート無しのスカイダイビングを続行しながら、もしかしたらこのまま地上まで逃げられるんじゃないかと考えていた。

 神術を使わずに自由落下するというのは予想以上に怖かったが、今神術を使えばその気配を察知される可能性が高い。

 ぐんぐん近付いてくる地上と共にじわじわと背筋を這い上がって来る危機感を必死に抑え付けながら、セナト=ラ・ゼディウスの横を通り抜けようとする。

 しかし、やはりと言うべきか、そう上手くはいかなかった。


 セナト=ラ・ゼディウスの横を通り抜けようとした瞬間、その顔がグルンとこちらに向けられたのだ。

 そして、普通の翼竜ではありえない急激な水平移動で一気に接近してくると、勢いそのままにその剛腕を振るってくる。


 唸りを上げて近付いてくる鉤爪を、“飛行”を再発動して急上昇することで回避すると、私は思い切ってセナト=ラ・ゼディウスの頭部に接近した。

 そして、頭部の横をすり抜けざまに、1つの神術を発動する。


 魔属性上級神術“失落”


 「竜種に、対象に直接効果を発揮する魔属性と聖属性の神術は効かない」これは、ある一面においては事実だ。

 なぜなら竜種は、その全身を神力遮断能力を宿した竜鱗に覆われており、神術による直接干渉を防いでしまうからだ。

 しかしそれは、逆を言えば、竜鱗に覆われていない部分なら効くということではないか?


 魔属性神術の中でも精神系神術は、その実、“精神”ではなく“脳”に干渉する神術だ。

 それ故、普通に発動させても、頭部を覆う竜鱗と分厚い頭蓋骨に阻まれて脳まで届かない。

 しかし、頭部ではなく眼球ならどうだ?


 ナハク・ベイロン相手には通用しなかった。

 しかしそれは、ナハク・ベイロンの眼球が、爬虫類などが持つ第3のまぶた、瞬膜に覆われていたからではないか? もしそうなら……


 眼球は、視神経によってしっかり脳と繋がっている。

 そこを狙えば…………


「はあっ!!」


 気合い一閃。

 真横にある巨大な眼球に向けて、今の自分に出せる最大威力を込めた神術を放つ。

 普通の害獣なら間違いなく意識が飛ぶ威力の、精神に対する直接攻撃。


 その攻撃は――――たしかに、セナト=ラ・ゼディウスの脳に届いた。


 周囲の風が勢いを弱め、まるで戦鎚で側頭部を強打されたかのように、その巨体がぐらりと頼りなくかしいだ。


 ただし、一瞬だけ。


 私がそのまま真っ直ぐ翼の間を通り抜けて間もなく、セナト=ラ・ゼディウスは崩れた体勢を立て直してこちらに向き直ってきた。


 その鼻先に、“輝爆”と“響爆”のプレゼント。


 凄まじい閃光と破裂音が同時に炸裂する。

 それらを背に、私は一気に地上を目指した。


 精神に衝撃を加えた上で、不意打ちでの視覚と聴覚への直接ダメージ。

 ここまでやれば、それなりに時間は稼げるはずだ。


 そう考えて全速力で急降下していると、上空で神力が一気に解放され始めた。

 どうやらブレスでのピンポイント攻撃は無理と判断して、またしても広範囲攻撃でこちらをあぶり出そうとしているらしい。

 これだけ脳にダメージを食らってすぐにその判断が出来るとは、やはりこの竜は優れた知性を持つだけでなく、相当に戦い慣れているらしい。


 しかし、もう遅い。

 範囲攻撃は避けられなくても、次のブレスが来る前に地中に潜り込んでしまえば私の勝ちだ。


(このまま逃げ切る!!)


 そう考え、地上に降り立つと同時に地面に穴を開けるために、土属性神術の発動準備に入る。

 しかし、それを発動する機会は訪れなかった。


 上空から降り注ぐ圧倒的なプレッシャー。

 その源である上空で解放されている神力の量が、明らかに異常な量に達している。それに気付いた瞬間、私はこれが先程の範囲攻撃とはレベルが違うことに気付いた。


「オオオオォォォォーーーー!!!!」


 天を裂くような咆哮と共に、上空を埋め尽くさんばかりに放たれた神力が、一気に上下に拡散する。

 たちまち地上を目指す私を追い抜き、神力の波動が地上にまで到達した、と思った次の瞬間。


 大気が軋むような音を立てて、周囲の空気が急激に渦巻き出した。


 それと共に、地上の木々が1つの点を中心として切り刻まれ、あるいは地面ごと引っこ抜かれ、上空へと舞い上がって行く。

 その範囲はどんどん広がり、やがてその中心点が地面に到達した、その瞬間。



 ゴゴゴガガガガガガ!!!!



 地面に巨大なドリルを突き立てたような、いや、まさにそれそのものの音を立てて、地面が抉られ、削り飛ばされていく。


 その光景を見て、私は地上に降りるのを断念せざるを得なくなった。

 むしろこの風の暴威に巻き込まれないように、再び上昇する。


「……“暴風の聖人”ギャロット・ジェルマンの超級神術“千斬裂渦せんざんれっか”……だっけ?」


 たしか、そんな神術名だった気がする。

 ゆっくりと高度を上げながら、記憶を漁る。


 超級神術“千斬裂渦”


 無数の風の刃を孕んだ竜巻を発生させる神術で、周囲の一切合切を引き寄せ、巻き込み、切り刻む、広範囲殲滅用の神術だ。

 しかし、それにしても範囲が異常に広い気がするが。


「まったく……幻獣化した竜種と言えど、神術の使い方なんて習ってないでしょうに……普通に神術を使ってくるとか、一体どうなってんのよ……」


 そう独りごちながら周囲を眺めると、既に辺り一面巻き上げられた大量の土砂と木っ端によって茶色に染まっていた。

 それでも竜巻の内側にいる分には引き寄せる力は発生しないのか、そんな周囲の凄まじい光景に反して、私のいる場所は不気味なほど静かだ。

 しかし、流石にこの竜巻を突っ切って脱出できる自信は全くなかった。


「……」


 新たな神力の気配を感知して上を向くと、上空でセナト=ラ・ゼディウスがブレスの発動準備に入っているところだった。


 退路を断たれ、おまけに追撃まで撃たれようとしている状況だが、私は自分でも意外なほど焦っていなかった。

 今は焦燥感よりもむしろ、胸の奥からふつふつと湧き上がってくる別の感情があったのだ。


 それは怒り。

 とことん私を行く手を阻み、執拗なまでに私を狙ってくる、この理不尽な敵に対する怒りだ。


「フーーーー…………っ!」


 深く息を吐き、止める。そうして腹に力を入れると、私は新たな神術を発動しつつ、一気に急上昇した。

 もう、勝てないとかそんな考えは頭の中から吹き飛んでいた。

 今初めて、私はこの相手を本当の意味で敵だと判断したのだ。


 いきなり神力の気配が増えたせいで混乱したのだろう。

 放たれたブレスは私から大きく外れ、空を切った。


「ハズレ」


 そのまま一直線に間合いを詰め、振り下ろされる腕を掻い潜り、私とセナト=ラ・ゼディウスは上下に交錯した。


 その結果、


 セナト=ラ・ゼディウスの右の角が半ばから断ち切られ、その両目に2本ずつ、4枚の翼にそれぞれ3本ずつ、計16本の剣が突き刺さった。


「グゥオオオォォォーーー!!!」


 ここに来て初めて、セナト=ラ・ゼディウスの口から苦悶の声が上がった。


 しかし私は、その声を無感動に聞き流しながら、右ポケットから新たに16本の剣を取り出して周囲に浮かべた。

 そして、それらの切っ先をピタリと眼下のセナト=ラ・ゼディウスに照準する。


「あんたが何で私を狙うのかは知らない。でも、飽くまで私の邪魔をすると言うなら――――」


 右手に構えたゼクセリアを突き付け、はっきりと宣言する。


「容赦はしない。ここで斬る」

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。