更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 3-①
梨沙視点だけ、番号の振り方を変えました。
理由は大したことではないんですが、この数字を丸で囲んだ記号って①~㊿までしか入力出来ないみたいなんですよね。
最終的に梨沙視点は余裕で50話越えると思うので、章番号―話数という表示に変えました。
「う、うぅ……ん」
ゴロリと寝返りを打ち、仰向けになったところで、後頭部に当たる固い感触にゆっくりと目蓋を持ち上げた。
そして、視界を遮る岩壁に軽く眉を
かなりおぼろげな記憶だが、眠っている最中に雨に降られ、一度目を覚ました覚えがある。
肌を打つその冷たい感触が不快で、私は半ば寝惚けながらも土属性神術で屋根を作り、そのまま再び寝落ちしてしまったのだ。
「うぅ……」
意識が少しずつはっきりして来るにつれ、私は猛烈な喉の渇きを覚えた。
何日眠っていたかは不明だが、完全に水分が失われた喉が、まるで何かが張り付いているかのような不快感を生んでいる。
とりあえず、眠気覚ましも兼ねて水を飲もうと思い、四つん這いでのろのろと岩の端を目指す。
留め具を外し、両腕に装着していた籠手“破天甲”を外すと、眼下を凄い勢いで流れる水を両手ですくい、口に含んで――――
「!!?うぼえっへ!!」
……思いっ切りむせた。ちょっと年頃の乙女としてはどうなのかと思う声も出た。
……眼下の水が海水であることを忘れて飲もうとした馬鹿がここにいますよ……って言ってる場合じゃない! 痛っ! いったぁ!! 鼻! 鼻の奥があぁぁぁ!?
むせた拍子に海水が鼻に逆流してしまい、その場で痛みに悶絶する。
しばらくじっとしているとようやく痛みは退いてきたが、まだ鼻の奥に何かが引っ掛かっているような感覚がある。まあそのおかげで、図らずも意識ははっきりと覚醒したが。
「あ゛あ゛ぁぁぁーー…………いたい」
眼をしぱしぱさせながら、水属性神術で空中から水球を生成すると、それを直接口に流し込む。
そうしてようやく人心地付いた。まだ鼻の奥はジンジンしていたが。
結局、私はどれくらい眠っていたのだろう?
太陽の位置からして今は昼前くらいだと思われるが、今日が私が意識を失ってから何日目なのかは分からない。
と、その時、何日かぶりに水を流し込まれた内臓がようやく目を覚ましたのか、私は凄まじい空腹感に襲われた。
音こそしないものの、空っぽの胃袋がぎゅるぎゅると身を
……とりあえずお腹に何か入れよう。腹が減っては戦は出来ぬと言うし。
そう考え、再び空中に水球を生み出すと、火属性神術で加熱する。
水が沸騰するのを待つ間、食材をポケットから取り出して、一応傷んでないかを確認する。干し肉や固パンはそうそう傷んだりしないだろうが、野菜は少し怪しいかもしれない。
そう考えて匂いなど嗅いでみるが、正直よく分からない。
(……まあ、特に変色とかはしてないみたいだし、煮沸消毒すれば大丈夫でしょ)
などと、微妙に科学的根拠に乏しいことを考えながら、食材を適当に切り刻むと、干し肉、固パン、野菜の順番で次々に熱湯の中に放り込んだ。そしてそのままクッタクタのドッロドロになるまで煮込む。
出来上がったら木皿に受け止めて調味料で味付け。ちょっと一すくい食べてみると……うん、まあマズい。
とりあえず胃に優しく、栄養のあるものにしようとは思ったが、これはヒドイ。別に食べられない訳ではないが、食べれば食べるほど残念な気分になってくる一品だ。
それでも栄養補給と割り切って無心で胃に流し込んでいると、ふと自分が普通に神術を使えていたことに気付いた。
「ん……」
前世の夢を見て目覚めた直後は、神力を操ろうとしただけで身体の奥に痛みが走ったのだが、今はそんなことはない。まだ完全回復はしていないが、神力も問題なく扱えるし、神術だって発動出来た。まあでも油断は禁物なので、自分の体調に関しては後できちんと検証しよう。
そんなことを考えながら手元の木皿に視線を落として――――ふと、私は自分の腕に違和感を覚えた。
「……ん?」
……何だろう。今の私の心境を端的に言うならば、「メ、メラニンさんが仕事をしている……だと……っ!?」って感じだろうか。
うん、ゴメン。何言ってるか分からないよね。
いや、今世の私の肌って、メラニン色素が職務放棄しているとしか思えないくらい真っ白なんだよね。別にアルビノとかではないはずなんだけど。
それが、何故か今は右腕だけ微妙に肌色っぽくなってる。改めて両腕を比較してみるとその違いがはっきりと分かった。……何ぞこれ? まさか右腕だけ日に焼けちゃったの?
一旦木皿を下に置いてしげしげと両腕を見詰めていると、肩に掛かっていた髪が一房顔の前に流れ落ちて来て、視界を妨げた。
私は半ば無意識に、その黒髪を背後に払い除け――――――黒髪?
反射的に払い除けようとしたその手で髪を掴み、目の前に持ち上げる。
……うん、黒髪。紛うことなき黒髪。
……………………
……………………
……………………え?
私は慌てて光属性下級神術“鏡面”を使い、光を反射させることで、目の前の岩肌に自分自身の姿を映し出した。
そうして鏡のようになった岩肌に映し出された自分自身の顔を見て、私は――――
「何これぇ!!?」
素っ頓狂な声を上げることになってしまった。
しかし、それも無理はないだろう。
岩肌に映る、驚愕のあまり口と目を大きく開いた自分自身の顔。
見慣れたはずのその顔は――――右の瞳と髪の一部が、黒く変色してしまっていたのだ。
何度も瞬きをしたり、黒く変色している髪を撫でつけたり掻き毟ったりしてみたが、結果は変わらない。
依然として、右の瞳も髪の一部も黒いままだった。
「えぇーーー…………っと?」
まるで右目だけ黒のカラコンを入れて、右側頭部に黒のメッシュを入れたみたいになっている。
いや、瞳と髪だけならともかく、肌の色まで変わってしまっているのだから、この感想は的確ではないか。
今なら分かるが、この肌の色は日に焼けているとかそういう次元じゃない。明らかに人種が違う。
そう、これらの色彩は、明らかに前世の私のものだった。
「えぇーーー……ちょおぉぉ~~何これぇ…………」
あまりにも意味不明な事態に、思わず頭を抱えてしまう。
何なの? 自分自身が更科梨沙だっていう意識が強過ぎて、外見までそれに引っ張られちゃったの? だったらいっそのこと全部前世の姿になってしまえば、追手のこととか気にする必要もなくなるのに……何でよりにもよってこんな中途半端な……。
しばらくそのまま奇妙な事態に煩悶し続けていたが、答えの出ない疑問をいつまでも悩んでても無意味だ。
私は一旦思考を切り上げると、食事という名の栄養補給を手早く済ませた。
それから、改めて神術を使ってみる。
とりあえず中級神術から。
「“風鎚”」
イメージ通りに放たれた圧縮空気の砲弾が、10m程先の水面を爆ぜさせた。なら次は……
「“紅焔玉”」
先程と同じ位置に、今度は高熱の火炎弾を撃ち込む。
再び爆ぜる水面。ただし、今回はもうもうと立ち上がる蒸気によって、その光景は半ば隠されてしまっていた。
「ふむ……」
上級神術も問題なく発動出来た。ならあとは……
「“怪力”」
筋力強化の神術を発動。そして……
「“聖霊の涙”」
聖属性最上級神術“聖霊の涙”の効果は、対象者に掛かっているあらゆる神術の無効化。
“怪力”によって全身に漲っていた力が、あっという間に霧散する。
「……ふむ」
最上級神術も問題なく発動した。でも……
「ダメか」
瞳の色も髪の色も黒いままだった。どうやらこの色彩の変化は神術によるものではないらしい。まあ、薄々分かってはいたけど。
「う~ん……まあとりあえず……」
“紅焔玉”×128…………あっ、ダメだこれ。
慌てて発動を中断する。
神力を引き出そうとした時点で分かった。これはアカンやつだ。
何だろう?一度無理矢理外したせいでリミッターが緩んでいるというか……一定以上の神力を引き出そうとすると、リミッターが完全に壊れて、際限なく神力が溢れ出しそうな危険な予感がする。
そして、恐らくそうなったらもう自分でも止められない。
神力が空っぽになって死ぬまで神力を垂れ流すことになるだろう。
「問題は難易度じゃなくて出力……か」
その後もいくつかの神術を試し、そう結論付ける。
どうやら神力の瞬間最大出力を普段の3割くらいまで落とさないとマズイっぽい。
それでもまあ最上級神術も一部を除けば使えるし、大きな問題はないと言えばないが……自然治癒で徐々に回復していくものだと信じたい。
でもまあ今の内に試せるものは試しておいた方がいいだろう。
そう考え、私は右ポケットから1本の薬瓶を取り出した。
今回の討伐作戦に当たってツァオレンから1本だけ支給されたこれは、名称を“オウレリアスの聖霊水”という。
私がナハク・ベイロンと戦う前に飲んだ回復薬と違い、こちらは直接的に神力を急速回復させる秘薬だ。
何故戦闘中にこれを服用しなかったのかと言われると……それには当然理由がある。
私のローブに込められている結界の1つ、“浄化結界”の落とし穴だ。
“浄化結界”の効果は3つ。毒、汚れ、魔属性神術の遮断。
でも、この毒の遮断という効果。実は遮断するのは毒ではない。
正確に言うと、「一定時間で肉体あるいは精神に劇的な変化をもたらす物質の遮断」なのだ。
つまり、秘薬だろうが猛毒だろうが、それによってもたらされるのが良い効果だろうが悪い効果だろうが、一定の閾値を越える変化をもたらすならば一切の区別なく遮断。
その性質上、実は濃度を薄めた毒ガスを長時間掛けて吸い込み続けた場合とかだと、“浄化結界”は何の意味もなさなかったりする。
まあとにかくそんな結界を身に纏っている以上、私が秘薬を服用する際には一旦このローブを脱がないといけないということだ。そうしなければ、秘薬を飲んだところで薬効成分は一切体に吸収されることなくそのまま体外に排出される。
しかし、ナハク・ベイロンという特別指定災害種が近付いている中、このローブを脱ぐなんて自殺行為としか思えなかったので、作戦中は結局この秘薬を飲む機会がなかったのだ。
なんせ私がローブの下に着ているのは屋敷にあった乗馬用の服で、体にピッタリと張り付くような長袖長ズボンの上下に、革製のベストのようなものしか着ていないのだ。
その革製のベストも飽くまで乗馬の際に胸が揺れないように保持するためのもので、革鎧という訳でもないので、防具としての機能は期待出来ない。
え? 揺れるほど胸があるのかって? やかましいわ! これでもそれなりにあるわ! 前世といい今世といい、母親と妹がスゴイせいで目立たないだけだわ! おまけに今世は妹と身長差があり過ぎて余計にそれが際立ってるだけだわ! 金髪ロリ巨乳とか滅びればいいのに!!
……いや、ゴメン、嘘です。悪い姉でごめんなさい。
別に本気でそんなこと考えてたわけじゃないです。ただまあちょ~っと、姉妹でどうしてこうも栄養行く場所が違うのかなぁ~とか思ってただけです。
別に本気でもげればいいのにとか思ってないから。だから帰ってくれるかなぁ、赤鬼さん?
……いやいや、「え? もがないの?」みたいな顔すんな! もがないから! 桃華じゃあるまいし!
……ん? 今、何で桃華が出て来た? あの暴力とは無縁な桃華がそんなことするわけ…………う!? 頭がっ!?
……………………
……ナニ今の光景。
なぜか桃華がナキア相手に“
はぁ……で、何の話だったっけ?
あぁそうだ、ローブを脱ぐのは危ないって話だった。まあでもとにかく、今ならローブを脱いでも大丈夫だろう。
さっきから余震の類は一切起こっていないし、たぶん火山活動はもう停止している。まあ一応用心はするけどね? ローブを脱いだ途端再噴火したりしたら割と死ねるし。
という訳で、今の自分に出来る限りの対策をする。
具体的には聖属性最上級神術“聖護結界”の四重掛け。これなら再噴火してもローブを着直す時間ぐらいなら稼げるでしょ。
結界が問題なく展開されたことを確認してから、私はさっさとローブを脱ぐことにした。
このローブにはボタンもファスナーもないため、Tシャツのように頭から引き抜くようにして脱がなければならない。
ちょっと手間取りながらも何とか脱ぎ去ると、私は薬瓶の中身を一息に飲み干した。
(あれ? よく考えたらこれが本当に“オウレリアスの聖霊水”だっていう保証はどこにもなくない?)
飲んでしまった後でそんな懸念が浮かんだが、幸いその効果はすぐに表れた。
身体の奥がじわじわと熱を帯びるような感覚と共に、神力が徐々に回復していく。
不思議な感覚だった。身体の奥が熱を帯びているという感覚はあるのに、身体が火照るということはない。
ただその熱は一か所に留まったまま、更に勢いを増し、炎のように熱を発散させ始めた。
その熱エネルギーがそのまま神力と化したかのように、急激に神力が回復し始める。
やがてその炎は、私の神力が8割程度まで回復したところで勢いを減じ、ゆっくりと消えた。
「ふぅ……」
呆れたことに、秘薬を使ってもなお、私の神力は完全回復しなかった。
しかし、ふと見下ろすと、右腕の色が少し白っぽくなっている気がする。
長袖をまくって確認してみると、肌の変色は上腕の中程まで続いていた。まるでこの先だけ別の人間の肌を移植したみたいだ。
一応もう一度瞳と髪も確認してみると、瞳の色に変化はないが、黒髪の毛先が少しだけ銀色に戻っていた。どうやら永続的なものではなく、徐々に回復はするらしい。少し安心した。ずっとこんなビジュアル系みたいな外見のままだったらどうしようかと思った。え? ちゅうに? なにそれちょっと聞いたことない単語ですね?
まあいざとなったら光属性神術で色を変えればいいけど、今はそこまでやる必要はないだろう。
“破天甲”を装備すれば右腕は隠せるし、瞳と髪もフードを目深に被ればそこまで目立たないはずだ。
そう考え、もう秘薬の効果も切れたようなので、ローブを着直し、“破天甲”も装備して、ホッと一息つく。
自分自身の“聖護結界”を信用していなかった訳ではないが、やっぱりこのローブがあるのとないのとでは安心感が違う。
さて、最低限の体力回復と自身の現状確認は済んだ。今ここでやるべきことはあと1つだけだ。
「さぁて……これ、どうしよっかなぁ……」
上空を見上げ、そう独りごちる。
視線の先には海水を吐き出し続ける光の膜。
いつまでもこれを放置する訳にはいかない。
これを止めた途端再噴火したりしたら目も当てられないが、さっきから余震は起こってないしもう大丈夫だろう。……そう信じたい。
そう考えながら視線を下ろすと、自分がさっきまで寝転がっていたところを見遣る。
そこにゴロンと転がっているのは、“空間接続”が込められたナハク・ベイロンの竜晶石。それを拾い上げて神力を込めてみると、驚くことにあれだけの神術を込めてなお、キャパシティに余裕があるようだった。
まあこれなら、後付けでいくらでも条件を組み込めそうだ。
と言っても、この場で細かい設定をする気はない。差し当たっては発動条件を……指を鳴らすでいいかな。
そう決めると、私は竜晶石に新たな発動条件を組み込んだ。
途端、上空の光の膜が消失し、海水の放出も止まった。
さぁて噴火するなよ? フリじゃないからな? 本当に噴火するなよ? 絶対だからな!?
などと無駄にフラグを立てながらしばらく見ていたが、幸い海水が山の麓まで流れ落ちるまで待っても、再噴火が起こることはなかった。
「ふぅ……これで任務完了、かな」
一息つくと、私は竜晶石を右ポケットにしまい、代わりに神器“ヴァレントの針”を取り出した。
その中くらいの針と短い針とが同じ方向を指しているのを確認してから、私は“飛行”でその方向に向けて飛び立った。
上空まで舞い上がってから、最後にカグロフェナクの方を振り返ると、その姿は数日前とは様変わりしていた。
火口部分は海水が溜まってカルデラ湖のようになっているし、火口のマグマが水圧で押さえ付けられたせいで、マグマの圧力が分散してしまったのだろう。火山の中腹から麓に掛けて、あちこちに噴火した形跡が残されていた。
(もしかしたらこの惨状、私の名前と共に歴史に残されちゃったりするのかなぁ)
そんな出来れば勘弁して欲しい未来予想をしながら、私はその場を後にした。