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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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ズィーリン・フォーベル視点

連続更新3話目です。

 月明かりに照らされる廊下を、部下への差し入れを持って歩く。

 昨日までは、町の多くの人々が危機が去ったことに喜び、夜中でも町のあちこちで飲めや歌えやの大騒ぎだった。しかし、流石に3日目ともなると町も落ち着いたようで、今夜は実に静かな夜だ。




 ナハク・ベイロン討伐から3日が過ぎた。

 両殿下の獅子奮迅の活躍と、我々帝国騎士団第3部隊とルービルテ辺境伯夫妻が討伐に加わったこともあり、今日の――いや、もう昨日になるか。昨日の昼頃には、領内で起こっていた害獣の暴走は一先ず沈静化した。


 しかし、それだけの時間が経っても、ナハク・ベイロン討伐に向かったセリア嬢が戻って来ることはなかった。

 部下の報告によると、遥か南方のカグロフェナクにおいて、水属性大神術はまだ発動し続けているらしい。

 恐らくカグロフェナクの再噴火を警戒して神術を発動させ続けているのではないか思われるが、真偽の程は分からない。


 両殿下はセリア嬢の帰還を待たれるそうだが、害獣の暴走が沈静化した昨日、俺達第3部隊には新たな任務が与えられた。

 それは、帝都へ一時帰還し、皇帝陛下に今回の件について直接ご報告すること。そして、どちらかというとこちらの方が重要なのだが、神器“パスパタ”を帝都まで護送することだ。

 最早使う予定がなくなった以上、帝国の秘宝である“パスパタ”はすぐにでも帝城に返却すべきだ。それに、とりあえず危機は去ったとはいえ、混乱が完全に収まった訳ではなく、人手も足りない。当然警備も薄くなっている今、秘宝をいつまでもこんなところに置いておいていいはずもない。


 そういう訳で、我々は明朝にここを発つことになった。

 ……正直陛下へのご報告に関してはツァオレン殿下に押し付けられたような気も……いや、やめておこう。

そもそも我々が今回のナハク・ベイロン討伐作戦に参加したこと自体、皇帝陛下に対する命令違反になるのだが、気にしたら負けだ。

 正直皇帝陛下にそのことを直接報告するとかものすんごく気が重いし胃が痛いのだが、殿下のご命令とあらば否やはない。……うん、でもやっぱり恨みますよ、殿下。


 帝都に着いた後のことを考えて早くもキリキリと痛み出した胃の辺りを押さえながら、廊下を足早に進む。

 向かう先はルービルテ辺境侯の屋敷の離れ。その中でも奥まった部分にある一室だ。そこに神器“パスパタ”が安置されている。

 普段はこんな夜中に差し入れなどしないが、出発の前夜くらい、夜警に就いている部下を労ってやろうと思ったのだ。




 最後の角を曲がり、突き当りに目的地のドアを視認したところで…………不意に、嫌な予感がした。


「……?」


 自分でも何に引っ掛かったのかは分からないが、俺はこういった予感が外れたことはあまりない。今回も自らの直感を信じ、俺は差し入れを床に置いて両手を空けると、足音を殺してドアに近付いた。

 そして、ドアの取っ手に手が届く距離まで慎重に近付くと、俺は室内の気配を探った。


 下手に見張りを立てると、そこに何か(・・)があると知らせているようなものなので、あえて部屋の外に見張りは立てていない。

 その代わり、室内に部下が4人一組で警護に就いているはずだ。だが……


(6人……いや、7人か?)


 室内の気配は、予想の倍近い数存在した。

 もしかしたら部下の交代の時間と被ってしまったのかとも思ったが、自分でその予想をすぐに否定する。

 交代の時間はとっくに過ぎているし、部下は4人一組だ。仮に俺が気配を読み違えていて、実際は室内に8人いるとしても、それだけの人数がわざわざ一緒にいる以上、雑談をする声が聞こえてもいいはずだ。しかし、どれだけ耳を澄ませてもそんな声は聞こえない。

 いや、微かに何かを話しているような声は聞こえるのだが、どう聞いても歓談しているという感じではない。むしろ、どちらかと言うと内緒話をしているという感じだ。となると……


(賊、か?)


 しかし、それはそれで違和感がある。

 もし賊が侵入したのなら、闘争の気配や血の匂いがするはずだ。

 だが、特にそういった気配はない。

 可能性としては、不意打ちを受けた部下が、戦闘に入る間もなく昏倒させられているとかが考えられるが……。仮にも帝国騎士が、自分達よりも少ない数の敵にそうそうおくれを取るとも思えない。


「……」


 しかし、こうしている間にも胸の中にわだかまる嫌な予感は消えない。

 結果として、俺は自分の直感を信じることにした。もし勘違いだったら、それならそれでいいのだ。



 呼吸を整えて意識を集中させると、俺は詠唱を口にすることなく神術の発動準備に掛かった。

 無言詠唱という、帝国でもほとんど使い手がいない技術だ。

 使い手が少ない理由は単純で、習得が難しい割にそれほど利点がないからだ。


 無言詠唱は、詠唱を口に出さずに頭の中だけで唱える技術であり、神術の形式を重んじる王国ではなく帝国で生まれた技術だ。

 しかし、頭の中だけで詠唱を唱えるというのはなかなかに難しい。

 集中が途切れたり雑念が混じったりしやすいので、どう頑張っても普通に詠唱して発動した場合よりも速い速度で発動することは出来ないし、威力や精度も落ちやすい。

 利点としては、今回のように隠密性を求められる場合に音を立てずに神術を使える点、何らかの理由で声を出せない状況(水中など)でも神術を使える点、あとは神術師同士の戦闘で相手に自分が使う神術を知られずに済む点か。

 しかし、神術師同士の戦闘などそうそう起こることではないし、あったとしても神術師同士の戦闘ではいかに相手よりも早く神術を発動するかが重要なので、精々卑怯な騙し討ちくらいしか使い道はない。

 結論として、習得が難しい割に地味で使い道は少ないという、かなり割に合わない技術なのだ。


 だが、俺は使い手の少ないこの技術を徹底的に極めた。

 神術の才能自体が精々上の下くらいだったので、何か他の人に出来ないことをやろうと思い、この技術を極めることにしたのだ。

 だが、そのおかげで今では、無言詠唱でも普通に詠唱した場合と遜色のない速度、精度で神術を発動出来るようになった。この技術に関しては、帝国でも随一の技量を持っているという自負があったのだ。

 ……あった、のだが…………その自負は数日前にセリア嬢によって粉々に打ち砕かれた。


 セリア嬢は、俺が分かるだけでも火、水、風の3属性を並列発動。それも複数同時発動で、まるで息をするように自然に行っていたのだ。

 挙句の果てに、そんな高等技術を駆使してやっていたのが単なる料理だというのだから笑える。

 食事の時間が来る度に行われるそのあまりにも非常識な光景に、俺の常識とプライドはあっさり粉砕された……っと、今はこんなことを考えている場合じゃない。



 改めて意識を集中させると、俺は神術の発動準備を整えた。

 選択したのは雷属性下級神術“飛閃”。威力よりも速度を重視した、一直線に電撃を放つ神術だ。


 ふっと息を吐き、下腹部に力を入れると、俺は一気にドアを引き開けて中に飛び込んだ。


 暗闇に浮かび上がる複数の人影。

 鎧姿で一見して部下だと分かる4人の人影は、なぜか突然飛び込んで来た俺に対しても何も反応を示すことなく、棒立ち状態だった。

 そして、4人の部下とは別に、部屋の中央に安置されている“パスパタ”の近くに立つ人影が3つ。その内の1つは……


(女? あれが神術師か?)


 部下達の様子は明らかにおかしい。薬か神術による影響を受けていると思われる。

 そして、男2人に女1人とくれば、肉体的に非力な女の方が神術師である可能性が高い。


 そう考え、俺は女の人影に右腕を向けながら警告を発した。


「動くな! そのまま両手を頭の後ろで組んで跪け!!」


 妙な動きをしたらその瞬間そいつに神術をぶっ放すつもりで、3つの人影を注視する。


 しかしその時、窓から差し込んできた月明かりによって、窓側にいた人影が首から下げていたものが、その胸元で金色の光を放った。

 そしてそれを見た瞬間、俺の心臓が跳ね上がり、頭の中で警鐘がけたたましく音を放った。

 十字に交差する長さの異なる金属製の四角柱。そして、その十字の交差点から全方向に無数に伸びる細い円柱状の金属棒。


 ―― 光の十字架


(真光教団!!!)


 最早拘束など考えず、先手必勝で神術を放とうとする。

 しかし、俺が発動待機状態だった“飛閃”を発動させようとした――――その瞬間



 カゥン!



 金属同士を打ち合わせたような音と共に、伸ばした俺の右手を何かが貫いた。


「――――っ!!」


 籠手に包まれた俺の右手を貫いたそれ(・・)は、勢いそのままに俺の鎧の胸当てを軽くへこませて、そこでようやく止まった。

 そしてそこで初めて、俺はそれ(・・)が、細い筒から放たれた小さな金属球であることに気付いた。


「ぐっ、うぅぅ」


 歯を食い縛り、痛みに霧散しかけた神術を何とか発動させようとする。

 しかし、それが成功する前に――――


 俺の頭の中心を、黒い光が貫いた。


 その黒い光は静かに、しかし容赦なく俺の中の大切な部分を塗り潰し、削り飛ばしていく。


(精神系……いや、これは……マズイ!!)


 どんどんと俺を侵食する黒い光に必死に抗おうとするが、しかしそんな俺の無駄な足掻きを嘲笑うかのように、黒い光は俺の最奥へと侵入してくる。


「ぐっ、うおぉぉぉああぁぁぁ!!!」


 雄叫びを上げながら、必死に散り散りになった自我を掻き集め、せめて一矢報いようと神力を集中する。

 だが、次の瞬間にはそんな意志すらも黒い光に呑み込まれ――――


(殿、下……――――)



 ………………



 ………………



 ………………



「おい、無駄打ちをするな。アムナールがやられた今、もう弾を補充出来ないんだぞ」

「あぁ、そうだったわねぇ。ゾレフちゃんの姪っ子ちゃんにヤラれちゃったんだっけ?」

「気色の悪いことを言うな。血の繋がりなどあってないようなものだ」

「あら、冷たいのね。あの妹ちゃんとは仲良くしてたじゃない」

「別に仲良くなどしていない。偶々目的が同じで、利用出来たからしただけだ」

「ふむ、ならば報復しますか? 仮にも幹部をやられて黙っていては、我々の沽券に係わりますが」

「不要だ。俺達を軽んじて警戒が緩むならそれに越したことはない」

「まあ、それはそうなのですがね……」

「うふ、別にいいじゃない。どうせ彼はアタシ達の計画に関しては何も知らなかったんだし。彼1人が返り討ちに遭って死んだだけなら計画に支障はないでしょ?」

「そうだ。それに、今こちらから行かずともその内ぶつかるだろう。その時が来たら容赦はしない」

「……そうですか。では目当ての物も手に入れたことですし、次に行きましょうか」

「アラ? 皇子様達はいいの?」

「皇太子だけならばともかく、かの“魔皇子”まで一緒では少々リスクが高過ぎるでしょう。我々3人ならば負けることはないでしょうが、ここでこれ以上帝国を刺激してもいいことはありません。何より、これを持ち出すのが困難になるでしょうしね」

「それもそうね。じゃあ用事だけ済まして早いとこ引き上げましょうか」

「……」

「ゾレフ? どうかしましたか?」

「いや……それにしても随分と悪趣味な名前の神器だと思っただけだ」

「?そうでしょうか?」

「いや、気にするな。……それと、お前達2人は先に王国に戻れ。俺は少しやることがある」

「やること? それは――――ん?」



 ガチャッ



「な、何だお前達は!? っ、隊長!? お前達! 隊長に何を――――」

「黙れ」

「っ!? あ、あぁ…………何、が……――――」




「アララ、さっきの音が聞こえちゃったのかしら? 不運な子ね」

「ふぅ、本当はもっと慎重に進めるつもりだったのですが……まあいいでしょう。どうせこの男の部下は全員人形にするつもりでしたしね。イケますか? ゾレフ」

「問題ない。1時間以内に終わらせる」

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