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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第3章

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ナキア・レーヴェン視点④

…言い訳はしません。ナキア視点がね、終わってくれないんですよ……。

という訳で、ナキア視点もう1話続きます。次こそ終わらせます。

 夜の闇に、沈黙が満ちる。

 屋敷の塀近くに植えられている木々が奏でる葉擦れの音が、やけに大きく響き渡る。


「殺した……?」

「ええ」


 呆然と漏らした言葉に返って来たのは、事も無げな肯定の言葉。


「そんな、だって……」


 口から意味のない言葉を零しながらも、脳は今の言葉の意味を理解しようと必死に動き始める。


 母の父親であるボーディン・メグチッド伯爵は、確かに今から約20年前に暗殺されている。

 その結果、唯一の嫡男であった母の弟が12歳という若さで爵位を継ぎ、成人してすぐに微妙な立場になってしまった母は、予定を繰り上げ、学園の卒業を待たずにレーヴェン侯爵家に嫁ぐことになったという。

 しかし、あの事件は真光教団の仕業だったはずだ。なのに、なぜ………いや、まさか……


「あなたが……真光教団に依頼したのですか?」

「依頼した訳ではないわ。彼らがあの男の命を狙っていたから、それに協力する代わりにとどめを譲ってもらったのよ」

「はっ……?」


 信じられないという思いと共に放った問い掛けに対して返って来たのは、その予想を更に上回る信じ難い言葉。先程のこの手で(・・・・)殺しているというのは、比喩でもなんでもなかったのだ。

 嘘だと思いたいが、母の態度から嘘でないことは分かる。

 それに、そもそもこんな冗談にしてもたちが悪過ぎる嘘を吐くメリットなど、どこにもない。


「なぜ…そんなことを?いえ、そもそもなぜ貴族であるあなたが真光教団などに……?」

「なぜ?そんなの、あの男が死んで当然のクズだったからに決まっているでしょう?それに、私が真光教団に協力出来たのは、私が彼らと同じ生まれだったからよ」

「同じ、生まれ……?……っ、まさかっ!?」

「そう、私の母親は平民よ。書類上の母親であるあの男の妻とは、一切血の繋がりはないわ。そもそも、あの男の妻は公式に発表されるよりもずっと前、私が生まれる前にとっくに病死しているのよ」

「……」


 何だ、これは。一体、何がどうなって……。

 次々と告げられるあまりにも衝撃的な告白に、頭がパンクしそうだ。

 それでも、これほど重要な話を聞かない訳にはいかない。


「妾腹だった、ということですか?」

「妾……ふふ、そんな立派なものではないわ。ただの玩具よ。あの男はね、町で気に入った娘を見付ける度に、神術で洗脳して自分の屋敷で囲っていたのよ」

「なっ……」


 絶句する。

 まさか今の時代に、本当にそんなことをする貴族がいるとは思っていなかったのだ。それに…


「…先代のメグチッド伯爵に精神系神術の適性があったなどという話は聞いたことがありませんが」

「それはそうでしょうね。あの男は隠していたし、適性とは言っても大したことはなかったもの。使えたとしても精々中級神術までではないかしら。どうやら怪しい薬なんかも併用していたみたいだし」


 だとしても、下級以上の精神系神術を使えることを隠すことは法で禁じられている。

 ましてや精神系神術を私欲のために使うなど、それが平民相手だとしても重罪だ。判明すれば爵位剥奪は免れないほどの。

 伯爵の地位にある者がそんなことをする?いや、そもそもそんな所業が判明しないはずが……。


「今、そんなことバレないはずがないって思ったでしょう」

「っ!」

「そうよ、バレないはずがない。でもね?共犯にしてしまえば誰もそれを告発出来なくなるのよ」

「共犯……?」

「そう、パーティで周辺の貴族や騎士、あるいは軍のお偉方を招いて、そこでいい思い(・・・・)をさせてやれば、誰も何も言えなくなるわ」

「っ!?」

「実際、当時は一部の人間の間では公然の秘密だったそうよ。メグチッド伯爵のパーティに行けば、美しい人形(・・・・・)を愛でることが出来るってね」


 くすくすという中身のない空っぽな笑い声と共に告げられた事実に、女として猛烈な嫌悪感を抱く。

 そんな外道の所業に、本来民を守るべき貴族や軍人が加担していたかと思うと、あまりの嫌悪感に吐き気すら覚える。


「そして、私の母親はそんな人形の1人だった。と言っても、他の人間には使わせていない(・・・・・・・)あの男のお気に入りだったようだけど」


 空虚な笑いを収め、またどこか気怠そうな声で続けられた言葉に、一旦嫌悪感を飲み込んで意識を向け直す。


「そして、母は私を生んでしばらくしてから自殺したらしいわ」

「自殺?」

「洗脳が解けて現実に耐えられなくなったのか…それとも、長年に渡る中途半端な洗脳で心を壊したか…真実は分からないわ。私が物心つく前の話だもの」

「……」

「屋敷には私と似たような立場の子供がたくさんいたわ。もっとも、当時は普通に兄弟だと思っていたけれどね…。そんな彼らも、そのほとんどが気付いたらいなくなっていたわ。今思うと、あれは神力を持っていないと判明した子から処分されていたのでしょうね」


 あまりにも異常で悲惨な事実を語っていながらも、母の口調は極めて淡々としていた。その平然とした態度が、言いようのないいびつさと危うさを感じさせ、不気味な危機感がぞわぞわと足元から這い上がって来るような感覚がした。


「幸い、私は母の美貌と父の神力を受け継いでいたから、処分されずに済んだわ。最終的にあの男の子供として認められたのは、私と現メグチッド伯爵である弟だけね。あとは1人残らず処分されたらしいわ」

「処分…とは?」

「詳しくは知らないわ。当時の私も何となく、どこかに捨てられたのだろうと思っていただけだった。けれど、少なくとも私が一番仲の良かった妹は、人形にされて小児趣味の貴族に売られていたわ。ずっと後になってそのことを突き止めた時には、妹はとっくに死んでいたけれど」


 当時のことを思い出したのだろうか。それまでずっと平坦だった母の声に、何らかの感情の揺らぎが生じた。

 しかし、次の瞬間にはその気配は微塵も残っておらず、ただ事実だけを語る母に戻っていた。


「優秀でなければならない。気に入られなければならない。そうでなければ自分も捨てられる。ひたすらそのことに怯え続け、何とか見放されまいと、内心の憎悪を飲み込んであの男に媚びへつらう日々だったわ。でも、そんな日々の中、彼らは現れた」

「真光教団…」

「そうよ。彼らは私を救ってくれた。私の復讐を手伝ってくれただけでなく、あの男に群がる貴族(クズ)共に鉄槌を下してくれたわ」

「……」


 母の言葉に、20年前の事件についての記憶を思い起こす。

 貴族ならば誰もが一度は聞いたことがあるであろう事件。近年起こった数ある事件の中でも最悪の大事件と言われ、真光教団の悪辣さと危険性を世に知らしめた事件。

 あの事件では、母の父であるメグチッド伯爵を始めとして何十人もの貴族が次々とむごたらしく暗殺されたと聞いた。聞いた当時は近隣の貴族を片っ端から殺したものだと思っていたが、まさかあの貴族達にそんな繋がりがあったとは思いもしなかった。


「それで…あなたは、真光教団に?」


 ― 入ったのですか?


 言外にそう問うと、しかしそれには否定が返ってきた。


「いいえ?私は真光教団には加わっていないわよ。協力したのもその一件だけね」

「……」


 本当だろうか?

 いや、それならばその方が好都合なのだが、先程聞いた母の生い立ちを考えると、何らかの形で真光教団に手を貸していると考えた方が自然な気もする。

 そんなわたくしの疑念を察したのか、母が補足した。


「本当よ?だって私は、彼らのやり方には賛同出来なかった……いいえ、満足出来なかったもの」

「満足?」

「ええ」


 どういう意味かと問うと、ここに来て再び母の言葉に感情の揺らぎが生じた。

 しかし、それは先程のものとは異なる、もっとくらくドロドロとした感情だった。


「あの男を殺す時、私は自分が思い付く限りの拷問を加えて、徹底的に苦しませてから殺したわ。でもね?私は満足出来なかった」


 先程から感じていたぞわぞわとした危機感が一気に跳ね上がり、胸の奥を震わせる。


「ほんの一時の苦しみで償える程、奴らの罪は軽くない。今まで積み上げてきた地位も、名誉も、その全てを奪い、屈辱と絶望に満ちた生き地獄に叩き落すことこそが、奴らに相応しい罰だ。そう思ってしまった」


 あぁなるほど。この人は確かにわたくしの母に違いない。貴婦人らしいおしとやかな笑顔の裏に、これほど歪んだ本性を抱えていたのだから。


「だからこそ私は貴族社会での権力を欲したわ。あの事件で殺された腐敗貴族など、所詮ほんの一部でしかない。この国にはまだまだ多くの腐敗貴族が蔓延はびこっている。奴らに正しい形で、一切の慈悲も容赦もない断罪を下すことが私の宿願だった…。幸い旦那様は真っ当な貴族の中でもかなりの権力を有していたから、その旦那様との婚約を捨ててまで、彼らと共に歩もうとは思わなかったのよ」


 全身の肌が粟立つほどの本能的な恐怖を引き起こすそれは、恐らく母がずっと胸の奥深くに秘めていた本心。


「あの子が…セリアが生まれた時は、運命だと思ったわ。聖女としての権威と王家の権力が合わされば、およそ出来ないことなどなくなる。かつての偉業を再現することだってきっと出来る」


 母が貞淑な侯爵夫人としての仮面の奥に隠していた根源的な感情。


「そう、かつて断罪の聖女アンヌが行った、鮮血の大粛清を再現することだって!」


 その感情の名は―――狂気。








 狂気に満ちた、どこか熱に浮かされたような声が闇に溶け、再び沈黙が訪れた。


 今、わたくしは初めて母の本心に触れ、その行動原理を理解した。

 なぜ姉に期待し、失望したのか。なぜわたくしを王太子妃にしようとしたのか。そしてなぜ、幼少期からわたくし達に貴族として相応しい在り方と、堕落した貴族の罪深さを説き続けたのか。その全ての理由を。


 母が姉やわたくしに期待していたのは、レーヴェン侯爵家の貴族社会での権力を増すことではなかった。堕落し、腐敗した貴族を憎み、彼らを断罪することを期待していたのだ。


「……お母様(・・・)にも、色々と事情があったことは分かりましたわ」


 そう、理解した。納得も…した。

 しかし、それでも……


「でも、そんなことわたくしには関係ありませんわ」


 そう、だからと言って母がわたくしにしたことは何も変わらない。

 そこにどのような理由があれ、実際に母がなした行動の結果、今のような状況があるのだ。重要なのは行動そのものであって動機ではない。少なくともわたくしにとっては。


「そうでしょうね」


 母は、何も反論しなかった。その声には、もう先程までの狂気は微塵も残っていなかった。


「私にどんな事情があれ、あなたにとって私が酷い母親であったことは何も変わらないものね」

「……」


 肯定も否定も出来ずに沈黙するわたくしを余所よそに、母は自嘲した。


「まったく、失敗したわ。まさかあの男と同じように、実の娘に足元をすくわれるなんてね」


 きっと、わたくしが母を理解したように、母もまたわたくしを理解したのだろう。


「ふふっ、意外と気付けないものね?偽りの笑顔というものは。かつて他ならぬ私自身が、あの男に向けていたもののはずなのに、ね……」


 それは、わたくしと母が、単なる親子という以上に似ているから。だからこそ理解は出来る。けれど、だからと言って決して分かり合える訳ではない。


「まあいいわ。私自身の手で奴らを破滅させることが出来れば一番だったけれど、その役目はあなたに任せるわ」

「…わたくしが、そんな言葉に従うとでも?」

「従う必要はないわ。どうせあなたと奴らは対立することになるもの。その時どうするかはあなたの自由よ」


 自由と言いながら、母はわたくしがどうするかは分かっているとでも言いたげな口ぶりだった。そんな全てを見通しているかのような態度に無性に苛立ちを覚える。


「まあ、あなたは精々上手く踊りなさいな。でないと、私がまた舞台に上がることになるかも知れないわよ?」

「…それはどういう意味ですの?」

「さあ?どういう意味かしらね?」

「随分と無責任な言い様ですのね」

「当然でしょう?今の私はもう、気楽で無責任な観客だもの。野次くらい好きに飛ばすわ。でも…そうね、暇潰しの道具やお酒なんかがあれば、もう少し舌がなめらかになるかも知れないわよ?」

「…考えておきますわ」


 まだ聞きたいこと。聞き出さなければならないことはたくさんあった。

 しかし、母は今の時点でこれ以上のことを語るつもりはないようだった。何よりわたくし自身、これ以上の情報を一度に処理出来る自信が全くなかった。


「まあ基本的にこの部屋にいるつもりだから、何かあったら訪ねていらっしゃいな。なんせ暇な身だから、愚痴くらいならいくらでも聞くわよ?」

「……」


 それは、もしかしたら母なりの応援だったのかもしれない。

 でも、それに素直に甘えられるほどわたくしは簡単な女ではないし、わたくし達の関係は気安くもない。


「もう、戻りますわ。おやすみなさい」

「ええ、あなたもね」

「……また、来ますわ」

「ふふっ、楽しみにしているわ」


 母の心底楽しそうな、しかしやはりどこか歪な笑い声を背に受けながら、足早にその場を後にした。

ここに来て急に存在感を増してきたナキア母。突然ですがここで問題です!


ナキアとセリアの母親である彼女の名前は何でしょう?(正解率:作者予想で1%未満)


正解者には作者から惜しみない拍手を。

正解は人物紹介①かラルフ・サルバン視点を確認してください。要するに人物紹介を除けば、本編でたったの1回しか出て来てないんですよね…。

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