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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第2章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 2-⑬

「う……」


 沼の底から引き上げられるような感覚と共に、ゆっくりと意識が覚醒した。

 最初に感じたのは全身を襲う鈍い痛みと、水が流れる音。


(目…見える……耳も…聞こえる)


 意識を失くす前までは失われていた感覚が元通りになっているのを確認し、そっと安堵する。


(生きてる、か……)


 そんな感想を抱いてしまうのは、やはりさっきまで見ていた夢のせいだろう。


「いっ…!」


 とりあえず俯せの状態から体を起こそうとしたのだが、身体に力を入れた途端全身の痛みが増し、呻き声を上げる。

 どこが痛いのかと言われると表現に困るが、強いて言うなら内側(・・)が痛い。


「はぁ…」


 溜息を吐いて動くのは諦め、眼だけを動かして周囲の状況を確認する。

 暗いことからすると、今はもう真夜中らしい。

 それに水が流れ続けていることからすると、“空間接続”は問題なく維持されているらしい。

 とはいえ、そろそろ“空間接続”を解除した方が良いかもしれない。

 このままでは内地の方まで水浸しになってしまう。


 付与触媒に込められた神術の効果を切るのに最も簡単な方法は、発動条件を設定して条件発動型にすることだ。私のローブに込められた“聖域結界”のように。

 そうすれば一時的に発動を解除することが…いや、正確に言えば発動はしているが、現象として効果が表れていない状態にすることが出来る。

 術が急激に複雑化して難易度が跳ね上がり、しかも余計にキャパシティを消費するため、そんな形式にする物好きなどほとんどいないが。

 それくらいなら、その分のキャパシティを使って複数の神術を込めた方が余程お手軽だし役に立つ。


 とりあえず神力を込めて、竜晶石のキャパシティが余っているか確認しようとするが…。


「いぎっ!」


 神力を操ろうとした途端、身体の奥に鋭い痛みが走った。

 どうやら色々とガタが来ているらしい。


(まあ、いいか。まだ噴火するかもしれないし。水に関しては…まあ溶岩よりはましだと思ってもらうしかないかな)


 そんなことを投げやり気味に考えて、全身を脱力させる。

 そうすると、思い出すのは意識を失っている最中に見た夢のこと。


 ナハク・ベイロンとの戦いの前に余計なことを考えたせいか、見たくもない夢を見てしまった。

 今まで敢えて思い出さないように、記憶の奥深くに封印していた光景。


 前世の最後の記憶。


 更科梨沙が終わり、セリア・レーヴェンが始まった運命の日。


「はぁ……」


 全身を襲う不快な痛みと相まって、気分は最悪だった。

 自分が死んだ瞬間を思い出して愉快な気分でいられるはずもないが。


 あまりにも心残りが多過ぎる最期だった。

 よりによってお兄ちゃんの誕生日に死んでしまうなど、兄不幸もいいところだ。

 お兄ちゃんの誕生日が来る度、家族で私の死んだことを思い出すことになるのだから。

 それでは誕生日を祝おうという気も失せてしまうだろう。


 それに何より…


「ハル……」


 あの時、私の最期の言葉は、ハルに届いたのだろうか?

 届いていなければいい。

 今となってはそう思う。


 私が死んでしまった以上、あの時の言葉はハルを縛る鎖にしかならないから。


 本当に、何であんなことを言ってしまったのか。

 今となっては後悔しかない。

 いっそのこと何かを言う間もなく即死していればよかったのに。なまじ中途半端に意識があったものだから、余計なことを口走ってしまった。


 あれから、ハルはどうなったのだろうか。

 出来れば私の死を乗り越えて他の女性と幸せになっていて欲しいと思う一方で、他の女性と一緒にいるハルを想像すると、今までに感じたことのない感情で胸の奥がもやもやする。


 この感情の正体が何なのか。分かる気もしたが、分かってしまえば自己嫌悪で益々気分が落ち込む予感がしたので、私は無理矢理思考を止めた。


(もう、寝よう)


 まだまだ本調子じゃない。むしろ絶不調だ。

 肉体的にも精神的にも参ってしまっているから、ネガティブなことばかり考えてしまうんだ。

 いつもなら思い出すだけで温かい気持ちになる前世の記憶も、今は悪いことばかり考えてしまう。


 大丈夫。次に目が覚めた時は、きっといつも通りの私に戻ってる。


 ルービルテ辺境候領の害獣の暴走はまだ収まっていないだろう。

 恐らく怪我人もたくさん出ているし、まだまだ私の力が必要になる。


(だから、今は休もう)


 そう決め、私は目を閉じた。


 全身の痛みはまだ収まっていないし、岩場の寝心地は最悪だったけれど、幸い疲労した身体はすぐに私の意識を眠りへといざなってくれた。


 水音の中、月明かりと神力の光に照らされながら、私は再び眠りに落ちた。






 自分の身に起きた小さな、しかし決して無視出来ない異常な変化には気付かないまま。

これで第2章、帝国激震編は終了となります。

2章連続で主人公がブルーになって終わるという……(汗)。

もう少し、成し遂げたことを誇ってもいいんじゃよ?


あとは閑話を2話と人物紹介②を入れて、第3章に入ります。

閑話は色々とヒドイエイプリルフール短編と、打って変わって凄く欝なepisode.0 更科杏助視点です。本当はホワイトデーの正午に更新してやろうかと思ったのですが、あまりに内容が暗過ぎて読者様に「何かホワイトデーに恨みでもあんのか」と言われそうだったので自重した話です。欝な話が苦手な方はスキップして頂いても問題ありません。


というわけで次回はエイプリルフール短編です。

自重無しのゴリゴリのコメディなので、頭を空っぽにして読んでください。

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