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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第2章

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Episode.0 更科梨沙視点

 夕日に照らされる家路を、私はハルと一緒に歩いていた。


「ゴメンね?付き合わせちゃって。最後の3つまでは何とか絞り込んだんだけど、そこからどうしても選び切れなくって」

「いや、いいよ。キョウ兄さんにはいつも世話になってるしね」


 なぜ私とハルが一緒に歩いているかというと、私が学校帰りに買い物に付き合ってもらったからだ。

 というのも、今日は世間一般的にはホワイトデーだが、私達家族にとってはお兄ちゃんの誕生日でもあるのだ。

 昔から同学年の子達と比べても明らかに大人びていたお兄ちゃんだが、実はかなりの早生まれだったりする。

 今日はその誕生日プレゼントを選ぶのに、ハルに付き合ってもらったという訳だ。


「それに、キョウ兄さんは僕達からのプレゼントを受け取りたがらないから。こんな形でも貢献出来てよかったよ」

「お兄ちゃん変なところで恥ずかしがりだからね~。弟とか妹みたいなハル達にプレゼントもらうのは恥ずかしいんじゃない?」

「ハハッ、かもね」

「夏希が言うところの“ツン”ってやつだね」

「あぁまあ、そうなるかな?」

「夏希曰く、お兄ちゃんはツンデレとクーデレを併せ持つ稀有な存在らしいよ?」

「う~ん、まあ言われてみれば……」

「あと、リアル鬼畜裸眼で理想の“攻め”でもあるって言ってたね。意味はよく分からないけど」

「夏希ぃぃぃぃーーーー!!!」


 突然頭を抱えて叫び出したハルに、ハルはどうやらその意味が分かるようだと思って尋ねる。


「ねえ、鬼畜裸眼と理想の“攻め”ってどういう意味?夏希は『アンタ達にはまだ早い』とか言って教えてくれなかったんだけど」

「あぁいや、まだ早いというか、むしろ夏希が手遅れというか……。もう完全に腐ってるし……。とにかく、梨沙には永遠にそっち方面の知識は身に付けないで欲しいんだけど……」

「はぁ…まあ、ハルがそう言うなら聞かないでおくけど……。むしろ七海の方がいたく興味を示してたんだけど、止めた方がいいかな?」

「マジか…青木さんに変なこと吹き込んだら、夏希のやつキョウ兄さんに殺されるんじゃないか……?」

「そう言えばこの前、ハルはどちらかと言えば“受け”って言ってた」

「はぁ!?夏希のヤツ兄貴に対してなんてこと言うんだ!!」

「いや、それを言ってたのは七海ね」

「手遅れじゃないかぁーーー!?」


 そう叫ぶと、ハルは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。

 よく分からないが、どうやら夏希が七海に吹き込んだ知識はあまりよろしくないものだったらしい。


 まあ私も夏希からは色んな知識を吹きこまれているが。

 この前はラッキースケベのお約束とやらについて長々と語られた。

 何でも、全裸の状態でも必ず不自然な光とか影、あるいは髪の毛などで大事なところは見えないのだとか。この先全く役に立たない素晴らしき無駄知識だった。


 それからもしばらく、ハルは俯いて何やらぶつぶつ言っていたが、私が立つように促すと、ようやく精神を回復させた。


「はぁ、まあ教えてしまったものは仕方ない。せめて青木さんがキョウ兄さんにおかしなことをしないことに期待するよ」

「う~ん、どうだろ?私に事前確認する分、まだ大丈夫だと思うけど……」

「えっ!?何か変なこと聞かれたの!?」

「あぁうん。…七海の名誉のために詳しいことは伏せるけど、結構スゴイ質問されたね…」

「夏希ぃ……」


 うん、あの時は流石に私も引いた。

 七海が何やら深刻そうな表情で、お兄ちゃんのことで相談したいことがあると言うので、2人でカフェに行ったのだ。

 そしたら注文の品が運ばれて来て間もなく、突然七海が頬を染めたと思ったら、「杏助さんって…緊縛とか興味あるでしょうか……?」とか言い出したのだ。

 もうポカーンである。


(いやまさか、七海に限って、ねぇ?)


 なんて風に思いながら、半ば祈るように「きんばく、って…楽器を演奏しないインディーズロックバンドのこと?白塗りのドラマーがいる」と聞けば、「いいえ?縛る方の緊縛です」とキョトンとした顔で返された。

 …思わず天を仰いでしまった私を誰が責められようか。


(逆にアンタは興味あるの?いや、興味あるからこんな質問してるんだよね!でもそんな質問される私の身にもなってよね!兄と親友がそんなアブノーマルなプレイしてるところなんて想像したくもないよ!!ていうか夏希ぃ、アンタでしょ純粋な七海に妙なこと吹き込んだのはぁ!!)


 そんな内心の言葉を必死に飲み込んで、何とか引き攣り顔で「興味ないと思う」と言えば、「何でそう思うんですか?」と微妙にムッとした表情で切り返された。

 見掛けによらず押しが強いのは知っていたが、あんな時にまでその押しの強さは発揮しないで欲しかった。

 何とかその場は必死に言いくるめたが、あまり納得してなかった様子を見るに、近い内に何かやらかす気がしてならない。



 何となくハルと2人、夏希のことを思って溜息を吐く。

 いつだって明るく元気なムードメーカーなのだが、それと同じくらいトラブルメーカーでもあるのだ、夏希は。


 それからは家路を辿りながら適当におしゃべりをしていたのだが、やがて自然な流れで、話題は今日のホワイトデーのことになった。

 「そう言えば、まだハルからバレンタインデーのお返しもらってないな~」とぼんやりと考えていると、家の近くにある公園の辺りに来たところで、ハルが何やら緊張した面持ちで立ち止まった。


 なんとなく先程から微妙に挙動不審だったことは気付いていたので、私も振り返って立ち止まる。

 この辺りは公園とは名ばかりの雑草が伸び放題の空き地なので、人通りも少なく、周囲には私とハルしかいなかった。


 そして私が黙って見詰める中、ハルは少し目を泳がせてから、意を決したように口を開いた。


「あのさ…運命チョコって知ってる?」

「…?えっとたしか…カップルがお互いにチョコを買って、それが同じなら2人は運命の相手ですよ、だっけ?夏希がバレンタインデーの時にそんなこと言ってたような…」


 たしかイベントフラグとか言っていた。

 結局意味が分からず、今の今までほとんど忘れかけていたのだが…。

 ……いや、今その話題を出すということは…?


(…え?まさか?いや、でも、え?)


 静かに混乱する私の前で、ハルは学生鞄の中に手を突っ込むと…包み紙に包まれた板状のものを取り出した。


「これ…遅くなっちゃったけど」


 差し出されたそれを、反射的に受け取る。

 包み紙は後から自分で包んだものらしく、形が少し不恰好だった。

 ハルに促されるまま、その包み紙を剥がして中身を取り出すと、それは私にとって非常に馴染み深いミルクチョコレートの板チョコだった。

 というか、バレンタインチョコを作る際にもこれを溶かして作った。

 え?これってやっぱり……?


「合ってた…かな?」

「え、あ、う…うん」


 動揺のあまり意味のない単語を漏らしながら、それでも何とか頷く。


(そりゃ私はハルがミルクチョコしか食べないのを知ってるもの。ミルクチョコの板チョコで、簡単に溶かして使えるようなものってなれば候補は限られるでしょ)


 そんな考えが頭の片隅に浮かぶが、私を見詰めるハルの視線の熱さに、私は何も言えなくなってしまった。


「この前、さ……僕、剣道の全国大会で入賞しただろ?」

「え、うん。そうだね」


 いきなり話題が変わったことに目をぱちくりしながらも、私は頷く。


「実は僕が剣道始めたのって…梨沙とキョウ兄さんが切っ掛けだったんだ」

「え?そうなの?」


 今まで聞いたことのない話に、私は素直に驚く。

 私が見詰める先で、ハルは少し照れ臭そうにしながら話を続けた。


「梨沙って、昔から結構男子に意地悪されたり、絡まれたりとかって多かっただろ?その度にキョウ兄さんが梨沙のことを守っててさ…その、カッコイイなぁって思ったんだ」

「あぁ…まあね……」


 私は、何だか知らないが昔からよくやんちゃな子に絡まれた。

 その度に、お兄ちゃんが私の盾となって守ってくれたのだ。


「それで、僕も…強くなりたいって思ったんだ。喧嘩は出来ないけど、それでも…好きな子を自分の手で守れるくらいには、強くなりたかった」

「!!」


 いきなり話題が戻って来て、思わず心臓が跳ねる。

 だってそれは…事実上の告白だった。

 言葉だけじゃなく視線で、そうはっきりと分かった。


「この前全国大会で入賞して…僕はようやく自信が持てた。だから、今なら言えると思うから……」


 そして、ハルは私に向かって右手を差し出しながら…はっきりと言った。


「梨沙、君が好きだ。ずっと好きだった。これからは僕が君を守る。キョウ兄さんにも…健二さんにだって負けない。だから、だから…僕と付き合って欲しい」


 そう告げたハルの顔は、夕日の中でもはっきりと分かるくらい赤くなっていて…でも、その表情は今まで見たことがないくらい真剣で、男らしくて……。


 そのあまりにも真っ直ぐで熱い想いをぶつけられた私は、どうすればいいのか分からなくなってしまった。


 嬉しくないかと言われれば、正直よく分からない。

 でも、かと言って嫌かと言われれば、全然嫌ではない。


 付き合う、恋人になる、正直今まで自分とは無縁のことだと思っていた。

 だからだろうか?この期に及んでもあまり実感が湧かない。


(そもそも付き合うって具体的に何するの?一緒に登下校したり、休日には一緒に出掛けたり?……でも、それって今までと何が違うんだろう?)


 そんなこと、今までだって普通にやってる当たり前のことだ。


 そう思って、ふと気付いた。

 そんな日常が、もうすぐ当たり前ではなくなるということに。


 高校3年生になれば、受験とかでお互い忙しくなって、会う機会は少なくなるだろう。

 それに、大学だって同じところに行くとは限らない。

 違う大学に進めば当然益々会う機会は減るし、どちらかが下宿して家を出るようなことになれば、もっと会う機会は減るだろう。


(それは…嫌だな)


 自然とそう、思った。


 私に向かって差し出されたハルの手を見る。剣だこの出来た、固くごつごつとしたその手を。


 もし、今、この手を取れば、


 私はずっと、ハルと一緒にいられる。

 受験勉強も一緒に頑張って、別々の大学に入っても、休日は2人で一緒に過ごして……。


 その未来が、違和感なく想像出来た。

 そして、すごく自然に、いいなと思った。


 正直、恋人としてのあれこれをハルとすることはあまり想像出来ない。

 それでも、私はハルとこれからもずっと一緒にいたい。それだけは確かな想いだった。

 この想いは…“恋”なのだろうか?


 視線を上げ、ハルの顔を正面から見詰める。

 その視線に込められた圧倒的な熱量。

 燃え上がるような熱さを宿しながら、どこか包み込まれるような安らぎを感じるその視線。

 …それだけで分かった。


 私の想いとハルの想いは違う。

 ハルが宿している程の熱が、私にはない。

 でも……


 その真剣な表情。「私を守る」という真摯な言葉。

 それだけで、大丈夫だと思えた。


 私達2人なら、ずっと寄り添って歩いて行ける。

 私のこの想いが“恋”なのかは分からない。でも、きっとハルは急かしたりしない。

 私がこの想いに答えを見付けるまで、きっと待っていてくれる。

 そして、そんなハルとなら…いつか自然と、本当の恋人同士になれる。


 そう、思えた。


 だから、私は……





























 気付けなかった。


 ハルのその表情に、視線を囚われていたから。

 自分の胸に宿る想いに、意識を囚われていたから。


「梨沙!!」


 焦燥に満ちたハルの声。

 驚愕と恐怖に歪むハルの表情。

 私に向かって伸ばされた右手。


 その手が……私に届く、前に



 ドンッ!!!



 衝撃


 斜め後ろから突然襲って来た衝撃に、私の身体は宙を舞った。


 そのことを意識した時には、私は後頭部から地面に叩き付けられていた。



 ゴッ!!



 頭の中で鈍い音が響き、次の瞬間凄まじい耳鳴りに襲われた。更に、視界もちかちかと明滅する。


 と、地面に横たわっていた私の身体が、力強い腕に抱き起された。


「――――!!―――――!!」


 私を抱き起したハルが、焦燥と恐怖に満たされた表情で、必死に何かを言っている。

 しかし、耳鳴りに襲われている私には、ハルが何を言っているのかが分からなかった。


(ゴメンね、わからないよ…あぁ、でも……)


 答えを、返さないと。


 ハルの想いに、応えないと。


 ただ、強くそう思った。

 今、伝えなければならない。なぜか、自然とそう思った。

 だから……


「―――。――――――」


 伝わった、だろうか?


 ハルの表情が、一瞬ハッとしたような表情になり、次の瞬間、今にも泣き出しそうに歪んだ。


「――――!!―――――――――――!!!」


(だから…わからないって……)


 口元に微苦笑を浮かべる。と、力が抜けたのか、意図せず頭がガクッと横に傾いた。

 視界からハルが消え、その代わりに黒いアスファルトが映る。

 その、アスファルトの上に……


(あ……お兄ちゃんへのプレゼント……)


 ビニールの手提げ袋に入れられた、お兄ちゃんに渡すためのプレゼントが転がっていた。


(壊れてないと良いな…もう買い直す時間ないし……)


 今から買いに戻ったら、誕生日パーティーに間に合わない。


 それに、お母さんがすごく張り切ってたから、パーティーの準備の手伝いもしないといけない。





 ……そうだ、帰らないと







 早く、帰らないと











 み、んな……が………待っ…………て………………













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