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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第2章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 2-⑫

 遥か彼方の南の空に立ち上る漆黒の噴煙。

 繰り返し鳴り響く爆発音。


 間違いない、火山の噴火だ。

 それも、前世の日本で時々起こっていた噴火とは規模が違う。


 大陸の南端に存在する大火山、カグロフェナク。


 その火山活動は、今から800年以上前に起きた大噴火を最後に停止している。

 その大噴火では当時の帝国の最南端の町がいくつも火砕流に呑み込まれ、帝国領土の南半分と隣接国の一部が火山灰に覆われた。


 空を覆う火山灰によって引き起こされた急激な気温低下、降灰による農作物と家畜への壊滅的打撃、火山灰による直接的な健康被害。最終的な死者数は―――。


「―――っ!!!」


 そこまで思い至って、私はようやく飛び立った。

 どうすればいいかなど分からない。だが、何とかしてあれを止めなければいけないことだけは分かる。


 “ルードベイロンは空気や地面の振動(・・・・・)に非常に敏感である”


 2日前、ツァオレンに教えられた情報の1つだ。

 恐らくナハク・ベイロンは地面の振動からあの大噴火を予知し、逃げ続けていたのだろう。

 それはつまり、あれはナハク・ベイロンをして脅威に感じる規模の噴火だということ。


 もし…もし、あの噴火が800年前のものと同レベルの噴火だったら。


 私が先程救援に向かった町と村は、ここより南側にある。

 あそこまで火砕流が押し寄せるかもしれない。

 幸い救援に向かった村には土塀を作って周囲を囲っておいたので、火砕流は何とかしのげるかもしれない。

 だが、舞い上がった火山灰によって上空を覆われれば、それだけで十分致命的だ。

 常春のこの大陸では、防寒対策を持っている人など存在しない。800年前の教訓などもう失われているだろう。

 このままでは、800年前の大災厄が再現される。

 その未来が、容易く想像出来てしまった。


「―――っ!!」


 思い出す。

 つい先程まで接していた帝国の人々のことを。


 次々と押し寄せる害獣の群れを相手に、命懸けで戦い続ける男達がいた。


 仲間を失いながらも、村に危険を伝えるためにたった1人で駆け抜けた兵士がいた。


 家族や友人を守るため、鍬や鎌を武器にして戦う村人がいた。


 大切な人を失って…それでも、間に合わなかった私に恨み言の1つも言わず、涙を堪えながらお礼を言ってくれた人達がいた。その言葉が、どれだけ私の救いとなったか……。


「守る。絶対に」


 決意を固め、口に出して宣言する。


 だが、その言葉を現実にするには、カグロフェナクはあまりにも遠い。

 必死に飛んでいるが、これでは到底間に合わない。


(“飛行”じゃ時間が掛かり過ぎる。“空間接続”を使えれば…でも、扉なんてないし………いや)


 必要ない。扉は必要ないはずだ。


 その場で滞空し、思考に没頭する。


 そもそも私が扉を触媒に“空間接続”を使ったのは、接続先の空間を明確にイメージするためだ。接続先の空間が目視出来ているなら、そんなものは必要ない。


 深呼吸をして、意識を集中させる。

 遥か彼方に見える噴煙。それに向かって手を伸ばす。

 神力を集中させ、イメージを固める。


 遥か彼方に小さく見える光景が、一気に拡大されて目の前に現れるイメージ。

 一度目を閉じ、更に集中する。

 神力の光が瞼越しに目を焼くのを感じながら、遠くの空間が近付くイメージを強く思い描く。

 そしてカッと目を開くと同時に、神術を発動した。


「繋がれ!!」


 目の前に出現していた神力の光が空中に円状の軌跡を描き、ヴワゥゥンというような独特の音と共に、その内側に…視界を埋め尽くすような量の噴煙を映し出した。


「よし!!」


 それを確認すると、私は光の円の中へと躊躇なく飛び込んだ。


 目の前にはモクモクと立ち上る噴煙。

 眼下には激しく噴煙を噴き上げ、繰り返し爆発音を奏でる巨大な火山と…その向こうに広がる広大な海。

 ここはもう、この大陸の南端だ。


 しかし…どうする?


 対処法はいくつか思い浮かぶ。

 火属性神術でマグマの温度を下げる。土属性神術で火口を塞ぐ。水属性神術で海水を移動させて消火する。


 しかし、そのどれもが上手くいくビジョンが全く見えなかった。

 火属性神術でマグマの温度を下げる?頑張れば火砕流の一部くらいなら止められるかもね。

 土属性神術で火口を塞ぐ?とびきり頑丈な金属を大量に用意しないと無理だろう。それが出来たところで、他の場所が噴火して終わりだ。

 水属性神術で海水を移動させて消火する?焼け石に水の方がまだマシだろう。

 どう考えても私の神術程度では、この圧倒的な自然の猛威を止められる気がしなかった。


 そうしている間にも、火山灰がどんどん上空を覆い尽くし、火砕流が山の麓まで流れ出して行く。

時間が経てば経つ程、どんどん状況は悪くなる。


 しかし、どうしても解決策が思い浮かばない。


(せめて私に、どれか一属性でも適性があれば……いや、そんなことを考えても時間の無駄。私に出来ること…でも、私の強みなんて空間系しか……いや、そうだ!)


 先程の“空間接続”で、火口上空と海の底を繋げられないだろうか?

 水属性神術で少しずつ移動させるのではなく、海水を直接火山の上に転移させるのだ。

 幸い人間の手が入っていない海は恐ろしく透明度が高く、この距離からでも海底が普通に目視出来る。


(それならイケるかも。でも、こんな広範囲の接続はしたことがないし…範囲的にどう考えても出力不足……いや、あの状態(・・・・)なら……)


 出来るはずだ。一度は出来たのだから。

 覚悟を決めて火口の上空に向けて両手を翳すと、“空間接続”の発動準備に入った。


「フーーーー………」


 一度だけ深く深呼吸すると、私は一気に神力を解放した。

 噴煙の中央付近に向かって神力を放ち、眼下の見事に透き通った海に目を遣ると、意識を集中する。


「繋がれ!!」


 その声に合わせ、独特の音を放ちながら空間が繋がったことが感覚で分かる。

 しかし範囲が狭すぎて、その様子は噴煙に遮られて見えなかった。

 ただ、海水と溶岩が接触したのだろう。火口の中心で水蒸気爆発と思われる爆発が起きた。


 しかし、全然足りない。

 これでは到底止められない。


「ハアァァァアアァァーーーーー!!!」


 雄叫びを上げながら、私は更に接続範囲を広げようとする。

 ヴワゥゥ、ヴヴゥゥンという音を上げながら、徐々に範囲が広がっていく。

 やがて噴煙越しに、光の円から滝のように流れ落ちる激流がかすかに見えるようになった。


 しかし、そこまでだった。

 それ以上の神力を解放することを、本能が拒否した。


 この先は行ってはいけない。行けば取り返しがつかなくなる。

 そう本能が囁き、それ以上先に進めない。


 だが、まだだ。

 まだ先がある。あの時(・・・)、私はこの先の領域に足を踏み入れたのだから。


 あの時は、激情に任せてこの境界線を踏み越えた。

 湧き上がる怒りのままに、理性すら吹き飛ばしてその先に踏み込んだ。


 でも、今は違う。感情の爆発ではなく、自らの意志で自分の限界を超える!


「う、ああぁぁぁぁああぁぁーーーーー!!!」


(守る!今度こそ守る!!私だけが出来る。私がやらないといけないんだから!!)


 そうだ、思い出せ。

 あの時、セリア・レーヴェンとしての全てを捨て去り、自由を求めて飛び立った時のように。

 本能が上げる警告なんて無視しろ。自分を縛る枷なんてぶち壊せ!

 迷わず突き進め!ローランさんと話したあの夜、そう誓ったように!


 さあ!!行け!!


「私は願う…救いを!この、手に!!」


 私の全身から湧き上がった濃密な神力が、電光のように両腕を這って宙に放たれた。


 空間が歪む奇怪な音が強まり、光の円が一気に広がる。

 その直径が、火口の中心に見える溶岩を覆うくらいまで広がり、遂に噴石や噴煙を抑え込むまでに至った。

 だが、まだ足りない。こんなものではまだ……


 私の推測を肯定するように、腹に響くような轟音を上げて、山の中腹が爆ぜた。

 そう、火口を抑えたところで、マグマの圧力が別のところに分散するだけ。

 それらを全て押し流す勢いでやらなければ意味がない。


 更に出力を上げ、光の円を広げようとする。が…


「ぐっ!!」


 頭の中心に、まるで釘を打ち込まれたかのような痛みが走った。

 本能の警告を無視した代償に、身体が痛みという形で最終警告を発し始めたのだ。


 だが、無視する。


「ぐ、ぎいいぃぃぃぃいいぃぃ!!!!」


 歯を食い縛り、更に神力を振り絞る。


 光の円が更に広がり、流れ出す海水の量も増加する。

 既に吹き出す溶岩の量を降り注ぐ海水の量が完全に上回ったようで、もう水蒸気爆発も起こらない。

 火口は溶岩と海水の混じった黒色の水に覆われ、カルデラ湖のようになっている。


 痛い。頭が割れそうに痛い。


 だが、まだ足りない。まだ中腹からの噴火が止まっていない。


 更に神力を引き出す。

 最早頭の痛みは全身に広がっていて、身体のあちこちが無茶な神力の放出に悲鳴を上げ始めていた。


「ぎ、いいぃぃぃぃ!!!じぃぃぃぃぃいいぃぃぃ!!!!」


 痛い。歯を食い縛っていなければ、あまりの痛みに泣き喚いてしまいそうだ。

 もう、飛んでいられない。


 私は意識のほとんどを接続の維持に傾けながら、ほとんど墜落するようにして山の7合目辺りに転がっていた大岩の上に着地した。

 岩の上に膝立ちになりながら、それでも上空に両手を翳して必死に神術を維持する。


 痛い!全身がバラバラになりそうなほど痛い!!


 全身の神経が痛みという信号しか受け取らなくなり、最早目も見えないし耳も聞こえない。

 触覚も麻痺していて、自分がきちんと立っているのかすら曖昧だ。


 イタイ!本当にイタイ!!

 暗い!怖い!何も見えない!!何も聞こえない!!

 もうイヤだ!これ以上は私が壊れる!!

 …そうだ。何で私がこんな…何で私だけが……いや、違う!


 唇を噛み切り、頭の中に浮かんだ弱音を消し去る。


 そうだ。私は見てきたはずだ。

 私だけじゃない。皆それぞれ、必死に戦っていた。身体の痛みに、心の痛みに苦しんでいた。

 大切な人を失ったあの人達の心の痛みに比べれば、こんな痛みなんて……


「大したこと……ない!!」


 叫びと共に、更に出力を引き上げる。


 その瞬間、闇に閉ざされた視界、その半分を、闇よりもなお暗い漆黒の閃光が埋め尽くしたのだが、私がそれを意識することはなかった。


 そして、とうとう火口に溜まっていた溶岩混じりの海水が溢れて、山の麓に向けて流れ出した。

 一度溢れ出した水は、たちまち黒い濁流と化して一気に私の元まで押し寄せた。


 濁流は私の乗る大岩にぶち当たって弾け、左右に別れて更に下へと流れて行く。

 やがて中腹まで流れ落ちた濁流は、そこに開いていた新しい噴火口に接触して、また水蒸気爆発を起こした。


 巻き起こる衝撃波と熱風、それらに伴う噴石。

 それすらも黒い濁流は飲み込み、噴火口から流れ出た火砕流に追い縋り、その全てを飲み込み鎮火しようとする。


 それらを、私はまるで上空から俯瞰しているかのように知覚していた。

 いつからか、私は不思議な感覚の中にいた。痛みは飽和してしまったのか、今となってはもう何も感じない。

 にも関わらず、眼で見てる訳でもないのに、この山とその周囲の光景が手に取るように知覚出来る。

 背後の様子だけではない。角度的に絶対見えるはずのない火口の様子や、その向こう側の様子まで全て分かる。


 その感覚が、火口を挟んだ反対側で新たな噴火が起こったのを感知した。

 そして、それを山を覆い尽くす黒い濁流が飲み込んだことも。


 事態がゆっくりと、しかし着実に収束に向かっているのを確信しながら、私はぼんやりと自分の限界が近いのを感じていた。

 何度か休憩を挿んだとはいえ、各地の救援とナハク・ベイロン戦。このままでは遠からず神力が尽きる。現に、既に上空の光の円が不安定化し始めている。

 ここで“空間接続”が解除されれば、全ては水の泡だ。まだ火山活動は停止していない。


 でも、このままではどうやっても神力が足りない。

 …そう、足りない。なら……付与して固定してしまえばいい。



 私は、上空に向けて上げていた腕をゆっくりとぎこちなく下ろすと、右手を右ポケットに翳し、目当てのものを呼び寄せようとする。

 そして、曖昧な感覚の中、それでも手の中に何かが収まったのを感じると、しっかりと両手でそれを包み込んだ。


 迷いや未練がない、と言えば嘘になる。

 折角手に入れたのに。もっと他にやりようがあるんじゃないか。これ(・・)はもっと有効に使うべきじゃないか。

 そんな考えが頭の中に浮かぶ。

 でも、もう決めたことだから。

 だから私は、それらの想いを全て、


「っ…持ってけ…ドロボー……」


 そのたった一言の恨み言に乗せて、吐き出して。

 私は……ナハク・ベイロンの竜晶石に、残る全ての神力を注ぎ込んだ。


 私の過去最大級の固有神術。

 それをナハク・ベイロンの竜晶石は余すところなく受け入れ、固定化した。

 その結果は一目瞭然。上空で不安定に揺らいでいた光の円が、一気に安定化した。




 最後に、それだけを確認してから。

 私は……意識を手放した。

何だか図らずも凄くタイムリーな内容に……。

新燃岳、大変なことになってますね。

鹿児島や宮崎に住んでおられる方はお気を付けて。



次回、物凄くビターなホワイトデー短編。

ホワイトデーに浮かれるリア充共のテンションを地の底まで叩き落してくれるわ!!(ゲス顔)

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