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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第2章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 2-⑪

今回、残酷な描写があります。

 ― 2日前


「じゃあ3つ目だけど…これだけは先払いで貰いたいんだよね」

「先払い、ですか?」

「うん、3つ目は…“崩天撃”の使い方を教えて」


 その私の要求に、ツァオレンは大きく目を見開いた。しかしすぐに表情を殺した。

 皇族としての精神力で何とか動揺をねじ伏せたようだけど、頭の中で必死に計算しているのは見て取れる。


 先の2つの要求とは違って明らかに迷っているご様子。

 まあ、そういう反応になるよね。

 貴族家が保有する秘術はそれぞれの家の家宝であり、象徴でもある。それは王国でも帝国でも変わらない。

 普通、貴族令嬢は他家に嫁いだとしても自分の家の秘術を嫁ぎ先には伝えない。

 家によっては、他家への秘術の流出を防ぐため、そもそも跡継ぎにしか秘術を伝授しないなんて家もある。それくらい秘術は貴族にとって重要視されている。

 皇帝家の秘術ともなればなおさらだ。

 噂では、皇帝の地位に就く条件の1つに〈“崩天牙戟”を使って最大威力の“崩天撃”を発動出来る者〉という条件があるというくらいなので、これからもいかに“崩天撃”が皇帝家で重要視されているかが分かるだろう。それをおいそれと他家の人間に伝授する訳にはいかないのは当然のことだ。


 なので、少し決断を後押ししてあげようと思う。


「言っておくけど、別に私はあなた達への嫌がらせでこんなこと言ってるんじゃないからね?ナハク・ベイロンを倒すためにも、“崩天撃”が必要になると考えたからこそだから。…別に教えてもらったからって、他の人間に広めてやろうとか考えてないわよ?」


 そう言うと、ツァオレンが言葉の真偽を見抜くように私の目をじっと見詰めて来た。

 こちらも負けじと見返す。普段なら他人と目を合わせるなんて無理だけど、やさぐれモードの私なら耐えられる。


 じっと見詰め合い、先に目を逸らしたのはツァオレンの方だった。

 何となく内心で「勝った!」と勝利宣言をする私の前で、ツァオレンは少し視線を彷徨わせると、確認するように言った。


「…要求は“崩天撃”の発動手順だけですか?」

「補助触媒の作り方も教えて欲しいかな。帝国では“崩天牙戟”を元にして、“崩天剣”と“崩天槌”っていう補助触媒が作られてるんでしょう?」

「む……」


 流石に補助触媒もなしに、皇帝家の秘術を満足に扱えるとは思えない。

 そもそも直系の皇族でも、“崩天撃”を完全に使いこなせる者は少ないらしい。

 現皇帝には9人の妻がいて11人の皇子と12人の皇女がいるが、その中で“崩天撃”を発動出来るのは15人。先に言った〈“崩天牙戟”を使って最大威力の“崩天撃”を発動出来る者〉は、皇太子であるイェンクー含めてたったの2人しかいないらしいのだから。


 それからツァオレンはまたしばらく考え込んでいたが、やがて決断したように言った。


「分かりました。その条件を飲みましょう。ただし、それら3つの要求、その内容に関しては一切他言無用です。それを御自身の名前に懸けて誓ってください」


 神術師にとって自分の名前に懸けての誓約は、書面の契約などよりもはるかに高い拘束力を持つ。それはつまり神に対して宣誓するのと同義であり、それを破れば神に捧げた自らの名前を汚すことになるからだ。

 でも、こと私に関してはそのやり方は意味がない。なぜなら…


「いいよ。そうね、『セリア(・・・)レーヴェン(・・・・・)の名に懸けて(・・・・・・)、この取引で得た情報の一切を他言しないことを誓いましょう』…これでいい?」


(更科梨沙の名に懸けては誓わないけどね)


 こうなるからだ。

 表向きの名前に最早何の価値も見出していない私に、その名前に懸けての誓約など何の意味もない。我ながら詐欺師臭いが。

 まあ、向こうが誠意のある対応をする限りこちらから約束を破る気はないが、いざという時に切れるカードは多いに越したことはないしね。


 そんな私の内心は露知らず、ツァオレンはとりあえず私の誓約に満足したようだ。


「いいでしょう。では、“崩天撃”の使い方を弟に伝授させましょう」


 こうして私は、まんまと空手形で皇帝家の秘術を手に入れたのだった。



* * * * * * *



 ゴガッ!!ズズン!ガラララ……パラパラパラ………


 私の目の前の巨大な岩が崩れて行く。


「―――――――っ!!?―――――――っ!!!」

「ほぉーん…俺の全力の7割強、素の状態の俺と良い勝負ってところか」

「初めて使ってそれか……まったく、末恐ろしいな」

「まあ、足りない適性を神力量でゴリ押ししてる感は否めないけどな」


 私の背後でツァオレンとイェンクーが何か言っているが、今の私はそれどころではない。


(――――っ!!指ぃ!!指折れたぁっ!!?)


 “崩天撃”の発動方法と補助触媒の作り方を教わったので、とりあえず黒鋼の傭兵団から奪っ……取り上げた聖銀鋼で、試作品として手首から先を覆う手甲型の補助触媒を作り、早速“崩天撃”を使ってみたのだが……。


 結果はこの通り。


 反動であっさりと試作品の補助触媒は壊れ、それに止まらずにダメージが結界を透過して右腕を直撃した。

 その結果、私の右手と手首がエライことになってしまった。


 痛みで悶絶しつつも、何とか手甲を“物質変形”で外し、急いで右腕を治療する。


 しばらくしてようやく落ち着いた結果、分かったのは“崩天撃”の威力が予想を超えて高過ぎるということ。

 慣れない武器を使うよりもシンプルに拳で発動させた方が良いと考えたのだが、きちんと強度の高い防具で拳を守らないと危険だ。


「お~い、大丈夫かぁ?」

「…大丈夫に見える?」


 暢気にそんな声を掛けて来るイェンクーを肩越しに睨む。

 私の苛立ちの籠った視線を受けたイェンクーは、やれやれとでも言いたげな、実に腹の立つ表情をして言った。


「だっから言ったろ?そんな装備で大丈夫かって」

「…言ってない」

「いや、言ってなかったぞ」

「あ?そうだったっけ?そりゃうっかりしてたわ。あっはっは」


(なぁにが可笑しいぃぃぃーーー!!!?)


 今度はコイツを“崩天撃”の実験台にしてやろうか。

 そんな物騒な考えが頭を過ぎる。

 その考えが視線に漏れてしまったのか、ツァオレンがまだ笑ってるイェンクーをさり気なく背に庇いながら言った。


「申し訳ない。まさか1回目で成功するとは思わず、伝えていなかったのですが、“崩天撃”の補助触媒にとって最も重要なのは、何よりも先ず頑丈なことなのです。“崩天撃”の威力は神力を込めたら込めただけ威力が上がるので…。現に“崩天剣”や“崩天鎚”は、“崩天撃”の補助術式よりも触媒そのものの強化にキャパシティを割いていますし」

「そういうことはもっと早く言ってよ……」




 それから私は何回か試作を繰り返した結果、肘から先を覆う籠手のような形状にすることにした。

 拳と手首の部分を加護で強化し、前腕から肘に掛けて衝撃吸収の神術を込める。

 火属性神術と土属性神術できちんと鍛え直し、“物質変形”で細部までぴったりフィットするようにした自信作だ。


 自身が作り上げた巨大なクレーターの中心で、その出来栄えに満足する。

 とりあえず素の状態で全力を出しても壊れなかったので良しとしよう。

 籠手の具合を確かめていると、イェンクーが声を掛けてきた。


「そういやぁそれの名前はもう付けたのか?」

「え?名前?」

「いや、普通自分で作った神具には名前を付けるだろ」


 そんなこと言われても…

 私はネーミングセンスがない。

 作った固有神術の名称も基本そのまんまの名前だし、そもそも私は自分のローブにもこれといった名前を付けていない。


(ん~まあでも、名前ねぇ……普通に“崩天拳”?いや、それだと技名みたいか。なら“崩天甲”?……いや、それならいっそのこと…うん、どうせ“天を崩す”程の威力は出せないし……)


「じゃあ……“破天甲(はてんこう)”で」



* * * * * * *



 どぉぅんという鈍い音と共に、私の拳を中心にして周囲の食道に波紋が広がる。


 それから少しして、食道全体が下に落ちた。

 外から響くズズゥゥンという音で、ナハク・ベイロンがうつ伏せに倒れたのだと予想出来る。

 耳を澄ますと、先程まで規則正しく聞こえていた心音が酷く不規則になっているのが分かった。


「よし!とりあえず成功!ありがとうお母さん!」


 やっててよかった苦悶死鬼。


 私は“物質変形”で食道から足を抜くと、“飛行”で元来た道を戻った。

 心臓にダメージを与えたくらいじゃ決定打にはならないかもしれない。

 だからもう1つの急所も叩いておく。


 辿り着いたのは気管支の入り口。

 先程までは猛烈な暴風が発生していて近付くことすら出来ない危険地帯だったが、今は呼吸が乱れているせいでそこまでの強風は発生していない。


 私は2つある穴に近付くと、穴の入り口に“絶音境界”を張った。

 そして肺の空気の流出流入を阻害した上で、穴の縁に手を付き、“物質変形”で穴を物理的に塞いでしまう。


「これで…どうだ!!」


 更に塞いだ部分を火属性神術で焼き、再生を阻害する。


 不整脈に加えて呼吸困難。

 あらゆる動物に共通の弱点である、心臓と肺を狙い撃ち。

 流石の竜種でも、これは辛いはずだ。


「うわぁっ!」


 悶え苦しんでいるのだろうか?食道全体が激しく動き、移動する。

 食道に手を付いていた私は弾き飛ばされてしまったが、何とか空中で体勢を整えた。

 竜種の食道の中で激しくシェイクされるなど真っ平御免だ。


 それからもナハク・ベイロンは激しくのたうち回っていた。

 ズゥゥンズゥウウンという音が外から繰り返し鳴り響き、それと共に食道が激しく移動し、痙攣する。

 しかしやがてその動きも弱々しくなり、動き回ることがなくなり、しかし痙攣だけはより激しくなり……


 やがて…全ての動きが止まった。


 静寂が舞い降りる。

 もうナハク・ベイロンが移動する音も、心臓の鼓動も聞こえない。


 私はゆっくりと食道の床に降り立つと、もう一度心臓の方へと歩き出した。

 そうする間にも、ナハク・ベイロンが再び動き出す気配はない。

 じわじわと胸の奥から安堵と達成感が湧き上がって来て、思わずその場で快哉を叫びたくなったが、ぐっと我慢する。


 安心するのはまだ早い。

 竜種の生命力を甘く見てはいけない。

 止めを刺したと思って油断した結果、息を吹き返した竜種に反撃されて討伐隊が壊滅。なんて話は珍しくないのだから。


 私は“崩天撃”を撃ち放ったところまで戻って来ると、ゼクセリアを取り出し、容赦なく足元に突き立てた。

 肉を切り裂き、切り離しては傷口を焼き、“念動”で切り離した肉塊を脇に除け、その下にまたゼクセリアを突き立てる。

 まるでシャベルで地面を掘り返すかのように、ナハク・ベイロンの内臓をゼクセリアで切り開いていく。

 無駄に身体が大きいせいで、かなりの重労働だ。


 それでも何度か休憩を挿みつつ、ひたすら掘り進め、とうとう心臓まで辿り着いた。


 巨大な赤々とした臓器、それを絶縁体と思われる分厚い半透明の膜が覆っていた。


「―っ!あった…!!」


 そしてその膜と臓器の間に、目当ての物を発見した。

 心臓の壁に半ば埋もれるようにしてへばり付いている、うっすらと赤みを帯びた半透明の結晶体。

 私はそれを膜越しにしっかりと握ると、“物質変形”で心臓から引き剥がした。


 私の掌にすっぽりと収まったそれ(・・)

 これは竜晶石と呼ばれる物体だ。

 竜種の心臓付近で生成される、謎の結晶体。

 竜種の体液が長い年月を掛けて結晶化したものだというのが有力な説だが、真実は定かではない。

 ただ、神術師の間では最高級の付与触媒として重宝され、高値で取引されている。


 その中でも、今私が持っている竜晶石が破格の、いや、到底お金には換えられない価値を持つことは明白だった。

 なぜなら、一般的な竜晶石は小指の爪の半分程度の大きさしかない。

 親指の爪程もあれば大貴族の家宝となるだろうし、それ以上なら国宝級だ。

 ちなみに皇帝家の至宝である“崩天牙戟”は、伝説上の牙竜“咬砕竜”ゴルグ・ナグオンの牙から削り出された物らしいが、その刃の根元にはゴルグ・ナグオンの竜晶石が埋め込まれていた。

 伝説上の牙竜だけあって破格の大きさだったが、それでもこのナハク・ベイロンの竜晶石と比べると半分程度の大きさしかなかったと思う。


 竜晶石の付与触媒としてのキャパシティはその大きさに比例し、その質によって微妙に変化する。

 輝きを見る限り質は問題なし。大きさは言うに及ばず。

 これ程の竜晶石なら、一体どれだけの神術を込められるのか……


 いやぁ………夢が広がるね!!


 手に入れた竜晶石を大事に右ポケットにしまうと、私は最後の止めとして、露出した心臓にゼクセリアを突き刺した。

 そのまま一気に引き裂く。


 心臓の拍動が止まっているせいか、思った以上に激しく血が噴出することはなかった。

 それでもどんどん血が溢れ出し、私が切り開いた穴が血溜まりと化していくのを空中で見届けてから、私は出口に向かって飛び出した。


 予め金属杭で口が閉じないようにしておいたおかげで、脱出は容易だった。

 僅かに開いた口の隙間から飛び出し、地面に着地する。

 振り返ると、ナハク・ベイロンはその巨体を地に投げ出し、その目を固く閉じて息絶えていた。


 そのことを確認し、今度こそ快哉を叫ぼうとして―――








 ―――――――――――――!!!!!!!








 遮られた。

 南の方角から突如響いた轟音によって。


「っ!!?!」


 突然のことに意表を突かれ、混乱しながらも、本能的な危機感に従って私は上空に舞い上がった。

 崖の上に出て、そこから南の方を見て―――


「うそでしょ……」


 呆然と呟いた。

 あまりの光景にその場で立ち尽くしてしまいながらも、私は全てを理解した。

 ナハク・ベイロンが北上を続けた理由を。


 私の予想は最悪の方向で当たっていた。


 ナハク・ベイロンは……あれ(・・)から逃げていたのだ。

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