Episode.-1M 更科兄妹視点 後編
後編です。やっぱり少し遅れました。
後編は前編よりも少し糖分多めです。
~ 梨沙視点 ~
「おはよ~」
「…おはようございます」
クラスが違うハルと別れた後、夏希の後に続いてそっと教室に入る。
挨拶は一応するが、人見知りの私には小声でさりげなく言うのが限界だ。
別に誰に注目される訳でもないが、決して目立ちたい訳でもない。
でも夏希が元気に挨拶してる手前、無言で教室に入るのも躊躇われる。これが私1人なら、誰にも気付かれないようにしれっと教室に入るのだが。
教室に入って自分の席に向かうと、前の席の少女が話し掛けてきた。
「おはようございます、梨沙ちゃん」
「おはよう、七海」
彼女は
高校生になってから出来た、夏希以外で私が唯一親友と言える存在だ。
「あっ、梨沙ちゃん、これバレンタインチョコです」
「ありがとう。じゃあ私も、はいこれ」
七海と友チョコを交換していると、自分の席に荷物を置いた夏希もやって来てチョコを交換した。
そのまま3人で始業までおしゃべりをする。話題は自然とチョコの話になった。
「じゃあナナミンも美術部の人にはちゃんと配るんだ。マメだなぁ~」
「はい、普段お世話になっている人にはきちんとお渡ししようかと」
「あたしも一応同学年の女子には配るけど、それ以外には配らないなぁ~」
「私なんてもう全員分配り切っちゃったんだけど…部活もやってないし…」
「そう言えば、どうして梨沙ちゃんは部活をやっていないのですか?」
「あ~一応やろうとはしたんだけどね…料理部に興味があったんだけど…」
「何で入らなかったのですか?」
「その……家庭科室に入れなくて」
「はい?」
「いや、だから家庭科室の前までは行ったんだけど…入れなかったのよ」
「何でですか?」
七海が本当に意味が分からなそうに首を傾げている。その隣で、夏希が可笑しそうに笑いを堪えていた。
「ふふっ、梨沙ったら1人で入るのが怖くて入れなかったんだよねぇ~?」
「だって!!」
にやにや笑いながら言う夏希に、全力で主張する。
「相手はもう独自のコミュニティを形成してるんだよ!?そこに1人で入る!集まる好奇と期待の視線!陰で行われる値踏み!そんな四面楚歌の中へ1人で飛び込む恐怖!怖いよ!怖過ぎるよ!!」
「お、落ち着いて梨沙、今のあんたの方がよっぽど怖いから」
そう言われ、自分がらしくもなく大声を発しているのに気付いて縮こまる。
「ま、まあとにかく、そんな訳で家庭科室の前で10分くらい行ったり来たりしてたんだけど、段々恐怖と緊張で手足が震えてきちゃって…やむなく断念したの」
「は、はあ…何というか、大変だったのですね」
「まあね…誰かが一緒にいてくれれば話は別だったんだろうけど、夏希はもう陸上部に入ることが決まってたし、ハルも剣道部だったし…」
「そうだったんですか…じゃあチョコを渡したのは私と夏希ちゃん達だけですか?」
「うん、あとは家族だけ」
「男の子には渡したりしないのですか?」
「ハルとアッキー以外に渡す人なんていないよ。渡されても困るだろうし」
「いや~梨沙にチョコ渡されて嫌がる男子はいないと思うけど?」
「それは人によるでしょ」
少なくとも私なら、特に親しくもない人間から突然プレゼントを貰ったら反応に困る。
間違いなく、嬉しさよりも戸惑いと困惑が上回るだろう。
現に、小さい頃にはプレゼントを持って来たサンタクロースにすら、ゴリゴリに人見知りモードが発動したのだ。
後になってあの時のサンタクロースがお父さんだったと知らされ、今となってはすっかり笑い話だが。
「あの時のお父さんったら、梨沙に冷たくされて泣きそうになってたのよ~」と、今でも時々お母さんにネタにされるいい思い出だ。
「いやいや、こうしている間にも男子がこっちをチラチラ見てるけど?」
夏希がそう言いながらチラッと教室を見渡すと、確かに男子がさっと視線を逸らした。でもそれは…
「どうせ七海を見てるんでしょ?」
七海は友人の贔屓目抜きにしても美少女だ。
垂れ目気味で優し気な瞳、天然で緩やかなウェーブを描く色素の薄い髪を腰の辺りまで伸ばしたおっとり系美少女。それに胸が大きい。いや、とても大きい。
性格も優しく温和な性格で、実はちょっとしたお嬢様らしく、男子達の人気は高い。
だが、男子達にとっては残念ながら、七海は彼氏持ちだ。
そしてその相手は、何を隠そう私のお兄ちゃんだったりする。
出会いの切っ掛けは、七海が中3の時、町に不良に絡まれていた時に通りすがりのお兄ちゃんに助けてもらったことらしい。
それを聞いた時は、流石にどこの少女漫画かとツッコミを入れたくなったが、これは事実だ。
しかしその時は結局名前も聞けずじまいで、お兄ちゃんは私立の進学校に通っていたため、高校に入学しても会う機会はなかった。
ところが、私と友人になって初めて私の家に遊びに来た際、偶々(本人的には運命の)再会を果たしたという訳だ。
それからは七海が外見からは想像もつかない押しの強さを発揮し、半年掛けて見事お兄ちゃんを陥落させた。
そんなお兄ちゃんにベタ惚れの七海が、他の男子に靡くはずがない。
「そんなことないですよ~。梨沙ちゃんは可愛いですもん」
「ハハ、ありがとう」
家族や友人にちょくちょく言われる言葉を、笑って軽く受け流す。いちいち本気にしたりしない。
家族や友人にちょくちょく言われる。逆に、それ以外の人には言われたことがないということだ。精々近所のおばちゃんくらいか。よく「美男美女兄妹ね~」とは言われる。
まあ確かにお兄ちゃんはそこそこ美男子だし、桃華は文句なしの美少女だ。しかし、私はそうでもないと思う。
別に自分が不細工だとは思わないが、取り立てて美少女でもないと思う。
唇は七海みたいに厚くなくてむしろ薄いし(桃華:「お姉ちゃんの顔的にはそっちの方がバランスとれてるけど?」)、目だって桃華みたいなパッチリ二重じゃなくて一重で、特に大きくもなく、むしろ少し細いくらいだ(桃華:「いや、お姉ちゃんの目は細目じゃなくて切れ長だからね?」)。
自分の容姿で自慢出来るところなど、精々歯並びの良さ(桃華:「歯は芸能人の命ですよ?いや、芸能人じゃないけど」)と、肌の白さくらいか(桃華:「肌の白さは七難隠すって言葉を知らないの?」)。
あ、あと髪は割とキレイかも(桃華:「ハイ言わずもがな女の命ィーーー!!」)。
まあ総じて可もなく不可もない平凡な容姿だと思う(桃華:「不可がない時点で美少女確定ですね!ありがとうございました!!」)。
「もう、梨沙ちゃんったら本気にしてませんね?」
「いやぁ、ハハ…」
「まあ今に始まったことじゃないけど、もう少し自覚した方がいいんじゃないかねぇ…」
そんな話をしていたら始業のチャイムが鳴ったので、おしゃべりは切り上げる。
七海が自分の席に戻ったので、私も席に着いて授業の準備をした。
* * * * * * *
― 昼休み
お手洗いに行って教室に戻ろうとしていると、背後から声を掛けられた。
「あれぇ~更科の姉ちゃんじゃないっすかぁ~」
名前を呼ばれたので振り返ると、そこには見覚えのない男子生徒がいた。
見覚えがないのも当然で、ネクタイの色からするに1年生らしい。茶色に染めた髪にピアスなど、正直あまりお近付きになりたくない人種だった。
それでも振り返った以上、そのまま無視するわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、また背後から声が上がった。
「あ!岩崎君じゃ~ん。ちょ~ど探してたんだよねぇ~」
振り返ると、そこにはクラスのギャル3人がいた。声を上げたのはそのリーダー格である和田さんだ。
知り合いなのかと思ったが、目の前の岩崎君とやらの反応を見るにそうでもないらしい。
どうやら先程の私と同じく、見覚えのない先輩に声を掛けられて困惑しているようだ。
和田さんはそんな彼の首に馴れ馴れしく腕を回すと、軽い口調で、しかし容赦なく彼を連れて行こうとした。他の友人2人も、彼の左右に付いて完全に逃がす気がないのだと分かる。
「ちょ~っと顔貸してくれる?大切な用事があんだよね~」
「え?あ、あぁ、構わないっすよ?」
岩崎君とやらは最初困惑していたようだが、すぐに何かを察したような顔をすると、まんざらでもなさそうな顔で了承した。
…まあこの状況、普通に考えれば和田さんがチョコを渡そうとしているのだろう。和田さんはギャルだけど普通に可愛いし、チョコをもらえるというなら断る理由などないだろう。
「んじゃあゴメンね?更科さん。コイツちょっと借りてくわ~」
「あ、ううん。気にしないで」
小さくそれだけ言うと、そそくさと教室に戻る。
正直彼女は、私が人見知りであるということを差し引いても、あまり顔を合わせたくない人物だ。
というのも、去年の文化祭で、私は彼女のメンツを潰してしまったのだ。
やろうとしてやった訳ではないが、私が一方的に少し負い目を感じているのだ。
本人から特に嫌味を言われたりとかがなかったのが、失礼ながら少し意外ではあるんだけど。
教室のドアを開けつつチラリと彼女たちの方を見ると、岩崎君とやらは和田さん達3人にがっちり首と左右を固められて連れて行かれるところだった。
なぜかその後ろ姿を見て、咄嗟に“拉致”という単語が頭に浮かんでしまった。頭を振ってすぐにその考えを追い出す。
まあなんにせよ助かった。
別に私を助けた訳ではないだろうが、和田さん達には感謝だ。
そんな風に考えながら席に戻ると、夏希が私の席で雑誌を広げていた。
「何見てるの?」
「ん~?バレンタイン特集。『本命チョコはもう古い!今年は運命チョコだ!』だってさ」
「何それ?」
「運命チョコ…ですか?」
「うん。何でも、チョコを買う時に女の方だけじゃなくて男の方もチョコを買っておいて、それが同じチョコなら2人は相性抜群。運命という固い絆に結ばれた恋人だってことらしいよ」
「ふ~ん、お菓子メーカーもいろんな事考えるんだね」
「ちょっ、梨沙ぁ~何でそういう夢のないこと言うかなぁ~。女子力足りてないんじゃない?」
「自覚はあるからほっといて」
「あはは…でもちょっとロマンチックですよね?」
「くっ!なんて女子力!これがあたし達とナナミンの差か!!」
「う~ん、まあカップルがやる分には盛り上がるかもね?もし同じチョコ選んだら嬉し恥ずかし、外してもそれはそれでちょっとした余興にはなるだろうし」
「余興って…ていうか完全に他人事だよね、梨沙」
「いや、だって他人事だもん。そもそもこれ、カップルでやるの前提じゃないの?男子は女子からチョコ貰えるの前提で買う訳だし」
「まあそう流さないでよ。これイベントフラグだからね?ちゃんと覚えといてよ?」
「?何それ?」
「いべんとふらぐ…ですか?」
「くっ!なんて腐女子力のなさ!これがあたしと梨沙達の差か!!」
「「??」」
「……」
「「??」」
「あっ、ちょっと本気で落ち込んできた……」
そう言うと、夏希は肩を落として自分の席に戻って行った。
残された私と七海は何のことか分からず、互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「そういえば、七海はお兄ちゃんにチョコ渡すんだよね?当然本命チョコ」
「はい、杏助さんが大学の講義が終わった後に待ち合わせしているので、そこで渡そうかと」
「そっか、ちゃんと待ち合わせしてるんだ。てっきりウチに来るのかなぁと思ってたんだけど」
「流石にご家族の前でお渡しするのは恥ずかしいので…」
「まあそれもそっか。じゃあ折角だからデートを楽しんできなよ」
「はい!」
そう言って笑う七海は、本当に可愛かった。
ほんわか美少女の笑顔に癒されていると、予鈴が鳴ったので、午後の授業の準備をする。
あっ、和田さん達は授業開始直前に戻って来たよ。
何だか酷く怯えた様子だったけど、何かあったのだろうか?
* * * * * * *
― 放課後
夏希は部活、七海はお兄ちゃんとの待ち合わせがあるので、今日は1人で帰る。
(そういえば、結局あの岩何とか君はあの後来なかったなぁ)
別に会いたい訳ではないが、一緒にいたはずの和田さん達の様子が少し気に掛かっていた。
とはいえ元々大した用事じゃなかったのかもしれないし、どちらにも話を聞けるような間柄でもないので、もう気にしないことにする。
そんなことを考えながら下駄箱で靴を履き替えていると、不意に声を掛けられた。
「あっ、梨沙。今帰るの?」
顔を上げると、そこには帰り支度をしたハルがいた。
「うん、ハルも?」
「うん、折角だから一緒に帰ろうか?」
「いいよ」
2人ならんで校舎を出る。
バレンタインデーだからなのか、校門まで続く道はやけにカップルと思われる男女2人組が多かった。
(私達2人も周りから見たらそう見えるのかな?)
思わずそんなことを考えてしまい、少し気恥ずかしくなってハルから半歩距離を取る。
そして、そのことを誤魔化すように口を開いた。
「今日は剣道部休みなんだ?」
「うん、今日は水曜日だからね」
「そっか、マネージャーからチョコもらえたかもしれないのに、残念だったね~?」
からかうようにそう言えば、ハルは少し困ったような顔をして、頭を掻きながら言った。
「まあ残念じゃないと言えば嘘になるけど…。梨沙……達にはチョコをもらえたしね。それで十分だよ」
「…?」
それはどういう意味かと少し怪訝な顔をすると、ハルはどこか慌てたように捕捉した。
「いや、ほら、僕ってミルクチョコ以外食べないし。梨沙達は知ってるだろうけど、他の女子は知らないだろ?ビターチョコを渡されても嬉しくないし、そもそもそんなにたくさんチョコもらっても食べ切れないしさ?」
「ふぅ~ん、そんなにたくさんもらえる当てがあったんだ?」
「え?いや、それは……」
益々慌てるハルを見て、くすっと笑みを零す。
高校生になっても、私よりもずっと背が高くなっても、ハルのこういうところは変わらない。
いつも素直で優しくて、ついからかいたくなってしまう。
私がこんな風に誰かをからかうことなんて、ハル以外にはないだろう。
私が笑みを零したことで、ハルも自分がからかわれていることに気付いたらしい。
「はあ、もう……」
気が抜けたように息を吐いてから、仕方ないなぁという風に少し眉を下げて笑う。
「ふふっ、ごめん」
「まったく、からかわないでくれよ…」
「ハルがからかい甲斐があるのが悪いと思います」
「どう考えてもからかう方が悪いと思います」
「見解の相違ね?」
「性格の問題だと思う」
そう言って少し睨み合ってから、すぐに同時に笑う。
それからは、何気ないことを話しながら家に帰った。
今日学校であった事。昨日見たドラマの話。開催中のオリンピックの話。
思い思いに話しながら、合間で少しの沈黙が生まれる。
他の人だったら気まずい思いをする沈黙も、ハル相手なら気にならない。
またどちらからともなく口を開き、他愛のない会話を続ける。
いつの間にか、開いた半歩分の距離は元に戻っていた。
~ 杏助視点 ~
七海との待ち合わせ場所である駅前に行くと、待ち人が4人の男に囲まれているのが見えた。
「また絡まれてるのか…あいつは」
俺の恋人はやたらと男に絡まれやすい。
まあ元々男の目を引く容姿をしているし、一見押しに弱そうに見えるので、ああいう輩に絡まれるのも分からないでもない。
小さく溜息を吐いてから、恋人を助けるべくそちらに向かう。
「だからさぁ~ちょっとだけでいいんだって、な?」
「そうそう、こんな日に女を待たせる男なんてほっといて、俺らと遊ぼうぜ?」
「ホントすぐそこにいい店があるんだよ。行こうぜ?」
「失礼、俺の彼女に何か用かな?」
「杏助さんっ!」
七海を囲んでいた男達の隙間に素早く身体をねじ込むと、七海を背に庇うように男達と向き合った。
途端、見るからにヤンキーといった感じの男達が、一斉に値踏みするような視線を浴びせて来た。上から下まで無遠慮に視線を這わせると、
「あぁ?んだよガリ勉君。テメェに用はねぇんだけど?」
「うわぁ見るからに優等生っていうの?つまんなそーな男だなおい」
「俺らは後ろの彼女に用があるんだよ。邪魔すんなや」
「怪我したくないなら今の内に失せな」
何ともテンプレなセリフに驚きを通り越して呆れてしまう。こういった人種は本当にボキャブラリーが貧困だと思う。
それに、確かに普段の俺は見るからに優等生といった外見だが、人を見掛けで判断するのはよくないぞ。
もう一度溜息を吐きながら眼鏡を外し、胸ポケットに差し込む。そして左手で首元を緩めながら、右手で前髪を掻き上げる。
「あぁ!?てめぇ、なに溜息吐いてん……」
「一回痛い目見たいの……か…」
親父譲りの目つきの悪さを存分に活かしつつ、上から見下ろすようにして軽く鬼気を放つ。
「悪いな、普段優等生演じてつまんない生活してるせいで、上手く加減出来ないかもしれん」
髪を掻き乱しながら鬼気を高めていく。
「で?誰から来るんだ?」
目をぎろっと見開きながら威圧全開。
すると、男達はさっきまでの威勢の良さはどこへやら、小さくなりながらお互いの顔を窺い始めた。
「来ないのか?まあいい。4人纏めて…」
そう言いながら一歩踏み出すと、男達はビクッとしながら慌てて後退した。
「い、いや、俺達は…」
「ちょっと用事が…」
「わ、悪い。あんたの彼女には手を出さねぇよ」
「し、失礼しましたぁ!」
1人が逃げ出すと、残る3人もあたふたと後に続いて逃げ出した。
ふっと息を吐いて鬼気を収めると、後ろにいた七海が前に出て来た。
「ありがとうございました、杏助さん」
「お前なぁ、いい加減あの程度はあしらえるようになれよ。俺が遅れてたらどうするつもりだったんだ?」
「あぅ…でも、杏助さんが必ず助けてくれるって信じてましたから!」
そう曇りない笑顔を向けて来る恋人に、全く懲りてないことを悟ってまた溜息を吐く。
そのまま胸ポケットの眼鏡を手に取る。
これは伊達眼鏡だ。目つきの悪さを隠すためにかけているのであって、別に目が悪い訳ではない。
俺は生まれつき目つきが悪い。
子供の頃からよくそのせいで絡まれていた。
小学生の頃はガキ大将に難癖付けられるくらいだったのだが、中学に入ると不良に絡まれるようになった。
それでも俺は優等生らしく適当にあしらっていたのだが、中3になって梨沙が同じ中学に入学すると、俺をヘタレだと決めつけた不良共が、「妹を紹介しろ」とか言い出した。
あんな奴らに梨沙を紹介したら碌なことにならないというのは明白だった。
なにより兄貴として、妹に手を出そうって連中を見過ごすことなど出来なかった。
なので、親父から盗んだ喧嘩殺法を使って、全員纏めて潰した。完膚なきまでに。
すると、今度は高校生の不良の先輩達が出て来た。
また潰した。今度は母さんから習った護身術も使った。
すると、今度は明らかに大学生以上のお兄さん達が出て来た。
また潰した。母さんの護身術の禁じ手一歩手前まで使った。
結果、お兄さん達は不能になった。
すると、そのお兄さん達に車で、何とか組とか書かれた看板が掛けられた屋敷に拉致られた。
顔に大きな傷のある明らかに893なおやっさんが出て来た時は、流石に覚悟を決めた。これは、母さん護身術の禁じ手を使わなければならないかと。
しかし、一応話は聞いてくれるようなので、今まであったことを淡々と話した。
一方的に因縁を付けられ、先に手を出したのも向こうの方なので、正当防衛だと。
多少過剰防衛になったかもしれないが、相手は凶器を持っていたのだから仕方がなかったと。
それらを理路整然と話していたら、何かおやっさんに気に入られた。
「今時こんなに肝の据わった小僧は珍しい」だそうだ。
その場で不能お兄さん達に土下座で詫びを入れさせ、そのままなぜか回らない寿司屋に連れて行かれた。
奢ってくれるようなので遠慮なく高いものを頼みまくると、なぜかおやっさんに益々気に入られた。
その席でおやっさんに「もしかしてお前さんのお袋さんは美津子という名前じゃないか?」と聞かれたので、「そうだ」と言うと、おやっさんは心底おかしそうに大声で笑った。「あの2人の息子か!道理でなぁ!」とか言っていた。
おやっさんは
その後、その騒動を知った梨沙と桃華にこの伊達眼鏡をプレゼントされ、これをかけるようになってからは不良に絡まれることもなくなった。
逆にこれをかけていないと女子には怖がられるので、眼鏡をかけ直そうとしたのだが、その手をそっと七海に止められた。
「ふふっ、今日はそのままの杏助さんと一緒にいたいです」
「何でだ?正直怖いだろ?」
「いいえ?だって初めて会った時もその恰好だったじゃないですか。私は頼もしくてかっこいいと思いますよ?」
そう言って邪気のない笑顔を向けて来る七海に、気恥ずかしくなってまた髪を掻き毟る。
そんな俺を微笑みながら見詰める七海に、観念してそのまま手を差し出した。
七海が嬉しそうに手を重ねてくる。
「ずいぶん手が冷えてるな。結構待たせてしまったか?」
「少しだけ。でも、そのおかげで杏助さんのかっこいい姿が見れましたし、結果オーライでした」
「…そうか」
恥ずかしげもなく好意をぶつけてくる七海に、本当に敵わないな、と思う。
俺は七海ほど素直に言葉にすることは出来ないが、せめて行動で示そうと思うと、そっと繋いだ手をポケットに入れ、七海を促した。
「それじゃあ行くか?」
「はい!」
そのまま俺達は、2人で街に繰り出した。
* * * * * * *
「ただいま」
「あっ、おかえり~おに……」
七海に渡されたチョコを持って家に帰ると、ちょうど2階からの階段を下りて来た桃華と鉢合わせた。
桃華は、なぜか俺を見て少し驚いたように目を見開いている。
「何だ?」
「いや、鬼ぃが出てるなんて久しぶりだな~と思って。七海ちゃんに何かあった?」
そう言われ、俺は眼鏡を外したままだと気付いた。
眼鏡をかけ、手櫛で髪を整える。
「少し不良に絡まれてただけだ。お前こそ梨沙に何かあったのか?」
「ん~?ちょっと身の程知らずがお姉ちゃんに粉をかけようとしてたから、軽く身の程を教えて上げただけだよ?」
「…そうか、程々にな」
桃華はいつからか、心の中におかしなものを飼うようになってしまった。
切っ掛けは恐らく、梨沙が中2の時にクラスで軽いいじめにあっていたことだと思う。いじめといっても、消しゴムのカスを投げ付けたり、本人の方を向きながら聞こえよがしにひそひそ話をするという程度だったらしいが、それだけでも桃華がブチギレるには十分だった。
その一件以来、桃華は梨沙のことになると時々ナニかを出現させる。
その姿を見ると、なぜかその背後に親父の姿を幻視してしまうのだ。
「もうお風呂沸かしてあるし、先に入ったら?外寒かったでしょ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
自分の部屋に向かいながら、俺は願わずにはいられない。
願わくば、梨沙はいつまでも今のままの梨沙でありますように、と。
梨沙は桃華と同じで割と父親似だとは思うのだが、俺でも数えるほどしか見たことがない怒った時に、母さんと同じ気配を感じたことがある。
もし…もし、梨沙が理性が吹き飛ぶほどにブチギレるようなことがあれば、一体どうなるのか。
思わず恐ろしい想像をしてしまい、俺はそんな日が永遠に来ないことを切に願うのだった。
何か杏助のスペックがエライことに…。
頭も顔もよくて、普段は大人びていてクールだけど、いざとなれば喧嘩も強いって…お前はどこのハーレムものの主人公だ!
コイツはもう少しモテてもいいんじゃないかと思う。
前世の梨沙の容姿に関しては、作者のリアルの知り合いをモデルにしています。
時々いますよね。化粧っ気なくて全然目立たないのに、よく見れば普通に美人って人。
何だかんだまた2万字近くなってしまいました…。
「前世のもう終わった話とか興味ないから、こんなに書く暇あるなら今世の話をさっさと進めろよ」という読者様の声が聞こえそうですが、仕方ないんです。書いてて楽しいんです過去話。色々とやりたい放題で(笑)。
とはいえ、次回はきちんと“決戦!ナハク・ベイロン!!”をやりますよ。
1カ月後にはホワイトデー短編を入れますけどね!!