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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第2章

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Episode.-1M 更科兄妹視点 前編

バレンタイン短編なのに驚くほど糖分控え目です。

もはやこれは梨沙の学生(高2)時代の日常の1コマですね。

予告通り長くなったので2つに分けます。

~ 杏助視点 ~



 ― 朝


 身支度を整えてリビングに降りて行くと、食卓には既に家族が全員揃っていた。


「おはよう」

「おはよう、今日は早いのね」

「おはよう、お兄ちゃん」

「おっはよ~、おにぃ」


 朝の挨拶をするが、3人分の返事しか返って来ない。

 理由はすぐに分かった。

 テーブルの上座に目を向けると、そこに座る親父が目を瞑り、口の中で何かを転がしている光景があった。

 いや、何を食べているかなど明らかだ。

 俺が親父の手元に視線を落とすと、そこには透明な小袋に入れられたチョコレートが2袋あった。


 大方朝食を食べ終えたところで妹達からバレンタインチョコをもらい、それを舌に全神経を集中させて味わっている最中といったところだろう。


(市販の板チョコを溶かして成型しただけのものがそんなに美味い訳ないだろ?)


 あまりにも大げさな親父を見てそんな冷めた感想を抱いていると、親父の閉じられた瞳からすぅっと一筋の涙が零れた。おい、マジか。


 流石にドン引いていると、ようやくチョコを溶かし終えたらしきその口から、絞り出すように万感の思いを込めた言葉が放たれた。


「我がバレンタインに…一片の悔いなし」


 何言ってんだこの親父。

 真剣に親父の正気を疑っていると、俺の分の朝食を食卓に並べていた母さんが、そんな親父に冷めた視線を突き刺した。


「あら?じゃあ私のチョコレートケーキはいらないのね」


 その言葉を聞いた途端、親父はバチィっと音がしそうな勢いで目を開くと、慌てて母さんに弁解し始めた。


「い、いや、今のは言葉の綾だ。母さんのケーキを食べないなんてことある訳がないだろう!?」

「別に無理しなくてもいいのよ?ホールケーキって5等分より4等分の方が楽だし」

「いや、それは…」


 いつも通り始まった両親のじゃれあいは無視して席に着くと、対面に座る妹達が、親父の持っていたものと同じ小袋を差し出して来た。


「はい、お兄ちゃんにもあげる」

「ホワイトデーは10倍返しでよろしくね~」

「あぁ、ありがとう。なら桃華、お前にはこの10倍の量のチョコをくれてやろう」

「いや、量じゃなくて質を上げて欲しいかなぁ~って」

「そうか、分かった」

「…絶対なんか良からぬこと考えてるでしょ~」


 そんなことはない。

 とりあえず桃華にはカカオの含有量激増の超ビターなチョコを送ってやろうと思いつつ、いただきますをしてから朝食を食べる。

 しれっと視線を逸らした俺に桃華はしばらくジト目を向けていたが、梨沙がごちそうさまをして食器を持って立ち上がったのを見て、慌てて自分も残りの朝食をかき込み始めた。


「…っ、ごちそうさま!あ、お姉ちゃん待って!髪セットしてあげるから!」


 急いで食べ終えると、食器を片付けてリビングを出て行こうとする梨沙を呼び止めた。


「えぇ~別にいいよこのままで」

「ダ~メ!今日はバレンタインなんだから少しくらいオシャレしなくちゃ!」

「別に本命チョコ渡す相手がいる訳じゃあるまいし…」

「それでもっ!こんな日くらいいいでしょ!」


 面倒臭そうにする梨沙を、桃華が半ば強引に席に座らせる。

 そのまま櫛を取り出すと、ゆっくりと梨沙の髪を梳かし始めた。


 こうしているとどちらが姉か分からなくなるが、これはこの姉妹ではよく見られる光景だ。


 この姉妹は色々と対照的だ。

 梨沙の方は自分を飾ることには割と無頓着だ。

 化粧も一切しないし、肩の辺りで切り揃えられたストレートの黒髪も、自分では弄ったりしない。

 一方、桃華は今時のオシャレ女子といった感じだ。

 化粧もナチュラルメイクでバッチリ決めているし、明るい茶髪に染め、軽くパーマをかけられた腰まである髪を、その日の気分でセットしている。今日はピンク色のシュシュで髪を一房だけサイドで纏めている。


 見た目の時点で梨沙は大人しそうな清楚系、桃華は女子力高いリア充系といった感じだが、実際外に出ると、その性格も見た目を裏切らない。

 梨沙はかなり重度の人見知りで、ボッチというほどではないが、友人も少なく大人しい。

 それに対して桃華は明るく社交的で、友人も多く、男女問わず好かれる人気者といった感じだ。


(まあこうやってる分には、2人とも同じくらい明るくて表情豊かなんだけどな)


 桃華が梨沙の髪を編み込んでいるのをぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、2人はバレンタインチョコの話をし始めた。


「そう言えば昨日はずいぶん大量のチョコを作ってたけど、一体何人に渡すの?」

「ん~?クラスメートが40人でしょ、吹奏楽部のメンバーが28人で、あと他にい…友達が17人、全部で85人ってところかな?」

「85!!?えっ!?ていうかクラスメート全員に渡すの!?」

「うん、普通に仲良いし。あっ、ハル君達の分も入れたら88人分ね」

「うわぁ~桁が違うなぁ~。私なんてハル達の他には七海しか渡す相手いないのに」

「男の子には渡さないんだ?」

「渡す訳ないじゃん。ハルとアッキー以外に男友達なんていないし」

「ふ~ん。まあちょうどいいかもね。お姉ちゃんが下手な男に目を付けられても困るし」

「いや、それはむしろ私のセリフなんだけど?」

「私は大丈夫。変に勘違いさせるようなヘマはしないから」

「本当に?桃華モテるから勘違いするような男子がいてもおかしくないと思うけど」

「そんな勘違いしそうな男子には渡さないから大丈夫。そこら辺はきっちり警戒してるし。それよりそういった警戒を全くしてないお姉ちゃんの方が心配だよ。男子は皆心の中に狼を飼ってるんだから、ちゃんと警戒しなきゃダメだよ?」

「私を狙う男子なんていないよ」

「だからそういうところだってばぁ~」


(男子は心の中に狼を飼っている?桃華、お前が言うな)


 思わずそう内心でツッコんでいると、桃華がテーブル越しに鋭い視線を突き刺して来た。


「おにぃ?何か変なこと考えてない?」

「…いや?別に」


(だからそういうところだからな)


 内心で桃華の言葉をそっくりそのまま返す。決して口には出さない。朝から藪蛇で精神をすり減らしたくはないのだ。


「よ~し、でぇ~きた!うん、これでハル君もイチコロね!」

「いや、殺さないから。ハルはそんなんじゃないし」


 梨沙の髪をセットし終わった桃華が満足げに頷く。

 ハルというのは、お隣に住むたちばな春彦はるひこのことだ。

 お隣の橘家とは昔から家族ぐるみの付き合いで、橘3兄弟は俺達兄妹にとって幼馴染と言える存在だ。


 双子の兄妹である春彦と夏希なつきは梨沙と同い年の同級生で、末っ子の秋雄あきおは桃華と同級生だ。

 そのため、妹達は橘兄弟とは親友と言ってもいい間柄だ。小さい頃から割と大人びていた俺にとっては、弟達みたいなものだが。


 そして、兄の俺から見ても、春彦は明らかに梨沙に恋愛感情を抱いている。

 桃華も当然察しているし、夏希と秋雄も普通に気付いているだろう。知らぬは本人ばかりなり、というやつだ。

 梨沙がそういった人間関係のアレコレに鈍いというのもあるが、単純に梨沙は恋愛に興味が薄いようなので、そういう発想に行き着かないのだろう。

 そして、春彦も梨沙のそういった部分に気付いているからこそ、一歩を踏み出しあぐねているのだろう。

 まあ2人の恋路がどうなろうとさして興味はないが、ここまで相手にされていないと少し春彦に同情の念が湧く。


 他人事のようにそんなことを考えていると、母さんとのじゃれあいを終えた親父が無駄にキリッとした顔で重々しく妹達に問い掛けた。


「梨沙、桃華、一応聞いておくが、本命チョコを渡す相手がいたりしないだろうな?」

「だからいないって」

「私もいないよ。お父さん心配し過ぎ」

「そうか、ならいいんだ。学生の本分は勉強、恋愛なんぞまだまだ早いからな!!」


 どちらにせよ、この親父がいる以上春彦の恋路がそう簡単に行かないことは確定だ。


(まあ、なんだ。頑張れよ春彦。別に手助けしたりせんが)


 そっと心の中で春彦にエールを送る。


 …というか親父、学生の本分は勉強とか、どの口が言うんだ。






~ 桃華視点 ~



「じゃ、行ってきま~す」

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 お母さんに見送られて家を出る。

 すると、ちょうど隣の家の玄関が開いて、3人の学生服を着た少年少女が出て来るところだった。


「おっはよ~」

「あっ、おはよう」


 こちらから声を掛けると向こうも気付いたようで、口々に挨拶を返してくる。


「おはよう、2人とも」

「おっは~」

「うぃ~っす」


 背が高い平凡な容姿の少年が春彦ことハル君、黒髪を短いポニーテールにした小麦色の肌の少女が夏希ことナッちゃん、スポーツ刈りの小柄な少年が秋雄ことアッキー。

 更科家のお隣の3兄弟であり、私達兄妹にとっては幼馴染であり親友でもある。

 この3人はスポーツ兄弟で、ハル君は剣道部の主将で、ナッちゃんは全国クラスの陸上選手。アッキーは小学生の頃からの野球少年だ。


「ちょ~どよかった。はい、これ」

「あっ、じゃあ私も」


 学生鞄からチョコを3つ取り出すと、ハル君達に手渡す。

 その隣ではお姉ちゃんも3人にチョコを渡していた。


 ハル君にお姉ちゃんがチョコを渡すのを横目で観察していたが、特に何も起こらなかった。精々、ハル君が少し緊張しているように見えたくらいか。

 照れるなら分かるが、なぜ緊張?とも思ったが、特に気にする程のことでもないので放置する。


 お返しにナッちゃんから友チョコを受け取ると、そのまま5人で学校に向かった。

 と言っても、5人で固まって行く訳ではなく、普段は学年か性別によって2つのグループに分かれてしゃべりながら行く。だが、今日は少し変則的だ。

 ハル君とお姉ちゃんが会話している背後でこっそり他の3人で集まると、声が届かない程度に離れて会話を開始する。


「まあ何と言うか、やっぱり普通に義理チョコだったね?」

「むしろ梨沙ねぇがいきなり本命チョコ出して来たらビビるけどな」

「お姉ちゃんはハル君に恋愛感情持ってないし、それは当然でしょ」

「そこまではっきり言われちまうと兄ちゃんが哀れだなぁ」

「でも実際、梨沙はあんまり恋愛に興味ないみたいだしね~。しょうがないかな」


 興味がないというか、むしろ意識にないんだと思う。

 誰かに恋愛感情を抱いたことがない上、自分が激しい人見知りである自覚があるせいで、恋愛というものが自分とは無縁のものだと無意識の内に思い込んでいる節がある。


「それはそうと、さっきのハル君、何か妙に緊張してなかった?」


 そう問うと、ナッちゃんが何だか意味有り気な含み笑いを浮かべた。


「ふふ~ん、まあちょっとね~」

「何その笑い?」

「1カ月後のホワイトデーになったら教えてあげる。まあハルもようやく一歩を踏み出す気になったってとこかなぁ~」

「へぇ」


 お姉ちゃんと楽しそうに会話をするハル君の横顔を見つつ、少し感心する。


「ていうか」


 そうしていると、アッキーが私の方をまじまじと見詰めてきた。


「お前は兄ちゃんと梨沙ねぇがくっついてもいいわけ?」

「?何で?」

「えっ?だってお前シスコンじゃん」

「まあね。シスコンはシスコンでも、シスターコンプレックスじゃなくてシスターズコンパニオン(姉の伴侶)だけど」

「シスターコンパルシブ(姉に神経質な人)の間違いじゃないの?」

「まあ、あながち間違ってはいないね」

「うん、とりあえずお前がヤバい奴だってことは分かったわ」

「そんなに褒めないでよ」

「褒めてねぇ。あ~まあ、とにかくだ。そんなお前が、姉に恋人出来てもいいのかってことだよ。『お姉ちゃんは渡さない!』とか言わないのか?」

「…それはもちろん面白くはないけどね。でもお姉ちゃんだっていつかは恋人出来るだろうし?変な男に捕まるよりは、よく知ってるハル君の方が安心出来るしまだ許せるかなって。…まあもちろん、ハル君がお姉ちゃんを泣かせたり捨てたりしたら引き千切るけど」

「…仮にも兄弟の前でそれを言うかね。ていうか引き千切るって何だよ!殺すとかよりよっぽど生々しくて怖いわ!」

「あっ、その時はあたしも協力するわ」

「ちょ!姉ちゃん!?」


 そんな感じでわいわいと話し合っていると、流石に声が大きくなってしまったせいで前の2人が振り返った。


「何か盛り上がってるね?」

「何話してたの?」


 ハル君とお姉ちゃんが声を掛けてくる。


「いや…まあ、頑張れ、兄ちゃん」

「は?何が?」

「…何でもない」


 ハル君とアッキーが話している隣で、私とナッちゃんがお姉ちゃんの相手をする。


「…?何の話?」

「ん?お姉ちゃんは今日も可愛いなぁって話」

「そうそう、今日の髪型オシャレだよね」

「あ、ありがとう…まあセットしたのは桃華だけど」


 それからは何となくそのまま女子グループと男子グループでおしゃべりしながら登校し、学校まで辿り着いた。

 特に下駄箱にチョコが入っているとかのイベントもなく(というかあんなイベントリアルにあるの?)、そのまま校舎に入った。

 うちの学校は学年によって階が異なっているので、2年生であるお姉ちゃん、ハル君、ナッちゃんとは階段の手前で別れ、アッキーとは教室の前で別れた。



 ガラガラガラッ



「おっはよぉ~。喜べ男子共ぉチョコをくれてやるわよぉ~~」


 教室のドアを開けると同時に、教室内に向かってそんな言葉を放つ。

 すると、中にいたクラスメート達が一斉にこちらを向いた。


「おはよ~桃華、えっ?まさか全員分持って来たの?」

「もちろん。あっ、女子の分もちゃんとあるよ」

「うわっ!すげぇ!一体いくつあるんだよコレ?」


 わらわらと集まって来たクラスメート達が、私が学生鞄とは別にチョコを入れる用に持って来た紙袋の中を見て驚く。


「ざっと80ちょいかな。部活でも配るし」

「マジかよ。相変わらず交友関係広いなぁ~」

「ハハッ、別に広いんじゃなくて、狭い範囲で密度が高いだけだよ。知り合いほぼ全員に配ってるようなもんだし」

「桃華はホントにそういうところマメよねぇ。あ、ありがと」


 クラスメート達に片っ端からチョコを渡して行く。

 とりあえず今来ている人達の分を全員分配り終えると、一旦自分の席に着く。

 しかしすぐに教室に入って来る男子がいたので、チョコを渡しに行く。


「山本君、岩崎君、おはよ~。はい、義理チョコあげる」

「あぁありがとう。ていうか随分はっきり義理って言うんだな」

「え~義理かよぉ~俺としては本命でも全然構わないんだぜ?」


 山本君と岩崎君は親友同士で、山本君は真面目な優等生だが、岩崎君はイケメンではあるもののかなりのチャラ男だ。


「えぇ~岩崎君って彼女いなかったっけ?」

「あ~1カ月くらい前に別れた。束縛がウザくってさぁ」

「おいおい、そんなこと言っちゃまずいだろ。ごめん更科さん。聞かなかったことにしてくれる?」

「べっつにいいだろぉ?もう別れたんだし」

「別れたからって元カノの悪口言うのはまずいだろ。あ~それにしても更科さん、もしかしてこのチョコ全員に配ってるの?」


 露骨な話題逸らしに苦笑しつつも、ここは流れに乗ってあげることにする。


「うん、クラスメートは全員に配るよ」

「すごいな。普通クラスメートだからって全員には配らないでしょ」

「あはは、それお姉ちゃんにも言われた」

「ふ~ん、あの姉ちゃんは配る相手少なそうだもんな」

「ハハ、まあね」

「姉ちゃんも本命とかいねぇの?」

「うん、いないよ」

「へぇ~じゃあ俺アタックしてみちゃおっかなぁ」

「あ゛?」

「ん?」

「え?」

「あ、え~っとお姉ちゃんすごい人見知りするから、岩崎君みたいな見るからにリア充!っていう人は苦手かも」


 危ない危ない。

 あんまり寝惚けたこと言い出すもんだから、思わず出てはいけないものが出てしまった。


 お姉ちゃんはモテる。

 その清楚系美人といった感じの容姿に加え、普段の無表情でクールな印象と、友達と話す時の明るい笑顔とのギャップにやられる男子も多いのだ。

 人見知りが激しいため、並の男子ではその塩対応に耐えられずに心折れる。

 だが、お姉ちゃんのクラスの男子なら、誰しも一度は自分にその笑顔を向けて欲しいと思ったことがあるだろう。本人は全く気付いていないが。


(だからこそ、私がしっかり守らないと)


「そこは妹のお前が紹介してくれよぉ~」

「え~そもそも岩崎君彼女と別れたばっかりでしょ?(他の女に触れた手でお姉ちゃんに触ろうとしてんじゃねぇよ潰すぞ)」

「1カ月前なんてもう時効だよ時効。俺は過去は振り返らない男なのさっ」

「そういう軽薄なのはお姉ちゃん嫌がると思うな(一遍死んでキレイな身体に生まれ直してから来いや)」

「そうだよ、流石にしばらくは大人しくしてた方がいいんじゃない?元カノ、まだお前のこと諦めてないんだろ?」

「何だよぉ~まさか、お前も先輩のこと狙ってんのかぁ?」

「いやいや、そんな訳ないだろ。あまり知らないし…。それに、妹の更科さんの前で言うのもなんだけど、正直無表情でちょっと怖い印象があるし…」

「う~ん気を許した相手だと普通に明るいんだけどね(ハアァァァーーーッ!?あの無表情がいいんだろうが!無表情だけど内面ではすごくオロオロしてるところが最高に萌えるんだろうが!人見知りモードの可愛さが分からない奴がお姉ちゃんを語るなや!!)」


 そこで予鈴が鳴ったので、皆席に着く。

 これ以上話していると本音が漏れてしまいそうだったからちょうどよかった。


 とりあえず岩崎君は要注意リストに加えとく。

 昼休みにでも犬に(チョコ)を渡す時に周知しておこう。


 お姉ちゃんは美少女だ。

 目立った派手さがないため、所謂“街を歩けば道行く人が振り返る”というタイプの美少女ではないが、顔を見合わせて会話をすれば、誰もが美人だと認めるタイプの美少女だ。

 積極的に話題に上る美人ではないが、名前を出されれば「あぁ、あの人。美人だよね」と言われる感じ。

 もっとも、すっぴんでそれなので、きちんとメイクをすればいくらでも化けると思う。というか実際に化けた。


 この学校の文化祭では、1年生はクラスごとに短い劇を披露するのが伝統なのだが、去年のお姉ちゃんのクラスはシンデレラをやった。

 そこでお姉ちゃんが、シンデレラを虐める意地悪な義姉役で出るというから、更衣室に乗り込んで、私の持てる限りの技術を駆使してメイクアップしてあげたのだ。


 その結果、本番で義姉がシンデレラを喰っちゃってて笑った。

 会場中が「ちょw、あのシンデレラ魔法補正あっても普通に義姉に負けてるんですけどww」って感じになってて、シンデレラ役の娘が若干涙目になってた。彼女には少し悪いことをしたと思う。まあ元々、ボッチ気味なお姉ちゃんが主人公の義姉役というそれなりの脇役をやるようになったのは、彼女の「クラスの大人しい女子にセリフ持ちの役やらせて、テンパるところを皆でわらってやろう」というクソみたいな遊びが原因だったらしいので、同情の余地はないが。

 むしろお姉ちゃんから「クラスの中心人物に言われて断れなくて――」と言われて、事の経緯を察したからこそ、「そっちがその気ならやったらぁ!ウチのお姉ちゃん舐めんじゃねぇぞぉ!!」ってノリで更衣室に乗り込んだんだし。

 劇の最中は笑いが止まらなかった。まあでも、劇の終了後にシンデレラ役の娘に「ねぇ今どんな気持ち?内心見下してた非リアのクラスメートに喰われちゃうってどんな気持ち?ねぇねぇ教えてよぉ~」と言いに行くのは我慢したのだから、これくらいは許されてもいいだろう。…本当は凄く言いたかったけど。


 それにしても、あの時のお姉ちゃんはなかなか凄かった。

 意地悪な義姉役ということで、ちょっとキツめのメイクを施したこともあって、いつもの無表情が酷く冷たい印象を纏っていた。

 その表情でシンデレラ(いもうと)に罵声を浴びせ、虐げるその姿には、ちょっとアブナイ扉を開いてしまいそうになった。

 お姉ちゃんには意外と演技の才能があるのかもしれない。


 しかし、あれは少し失敗したかなぁとも思う。

 あの一件で、目立たない美少女だったお姉ちゃんが目立ってしまった。

 それ以来、放っておくと際限なく湧くのだ。その美貌に嫉妬した、盛りの付いた雌犬(クソビッチ)共が。

 まったく、雌犬なら雌犬らしくそこら辺の狼とでもさかってればいいものを、その雌犬共はお姉ちゃんが大人しくしてるのをいいことに、悪意に満ちた噂を流そうとするのだ。「お高く留まって周りの人間見下してる」とか「ああ見えて裏では男をとっかえひっかえだ」とか根も葉もない噂を。

 その度に、私がこっそり噂の出所ごと潰して回っているのだ。結果、今では17匹の雌犬が私の忠実なる犬となった。


 あっ、ちなみに忠犬第1号は例の文化祭でシンデレラ役やってた娘です。

 元々クラスのイケてる女子グループのリーダー格だった娘らしいんだけど、あの一件で恥を掻かされたってお姉ちゃんを逆恨みしてたので、(お姉ちゃんへの)愛情をたっぷり込めて躾けてあげました。

 ついでに、あの時、劇の終了後に言えなかったセリフもきっちり言いました。その頃には既に完全に心折れてたせいで、イマイチ反応薄かったのが少し残念だった


 彼女の他にも、お姉ちゃんのクラスには忠犬が2匹ほどいるので、あの子達に警戒しておいてもらうことにしよう。



 こんな私の裏の顔を知る人からは、時々“姉の番犬”なんて呼ばれる。まったく失礼な話だ、まるで人をドーベルマンか何かのように。私は精々可愛い小型犬だというのに。

 そういえば、お兄ちゃんにも今朝変な目を向けられたし。


(ホ~ント、失礼しちゃうよねぇ~。ね~チワワさん?)

どうしてこうなった……。

桃華は更科家の良心だったはずなのに…まさかの現時点で兄妹の中で一番ヤベェ奴に……。



後編は正午に更新する予定です。

ええ、予定ということは現時点でまだ書き上がっていません。

なので、多少遅れるかもです。日を跨ぐことはないのでそこはご安心を。

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