【復刻】クリスマスイベント2019実施のお知らせ

 とうとうこの時期がやってきたか。僕は目を細め、窓から下界を見下ろした。


 僕の家はセキュリティがバッチリな高層マンションの上層階だ。近くには同じような高さの建物はないので、窓から覗けば遥か遠くまで見下ろせる。


 都内は滅多に雪が降らないし、降ったとしてもほとんど積もらない。情緒もへったくれもない現実世界は最低だ。

 十二月十二日。既にコートが必要になってしばらく経つが、暖房をガンガン効かせているのでまったく問題ない。僕は椅子に深く腰を下ろすと、最近発売されたばかりの最新のスマホでナナシノにメッセージを送った。


「ナナシノへ。今すぐ会いたいので来てください、と」


「あるじ、ななしぃは木曜のこの時間は講義がはいっているぞ。次のコマも入ってる」


 テーブルの上に座っていた、最近すっかりサボりぐせのついているサイレントが口を挟む。何故かこの眷属はナナシノのスケジュールを完全に把握しているのだ。

 ナナシノは大学生だ。学生とは勉強が本分である。僕は余りにアビコルにハマりすぎて大学時代はさんざんだったが、それはダメなパターンだ。


 僕は時計をちらりと確認し、ナナシノに追伸を送った。


「ああ、講義だっけ。じゃー来なくていいや、シャロで我慢するから、と」


「あるじはさいていだなあ」


 うるさい。僕はこの一年、この時期のために頑張ってきたのだ。

 手の平返しをするサイレントを握りつぶすと、僕はスマホの電源をオフにした。



§



「はぁ、はぁ、なな、なんですか、ブロガーさん!?」


 ナナシノが部屋に駆け込んできたのは、一時間後だった。全力で走ってきたのか、頬が赤く染まっている。

 最近ちょっとした家事を覚えたフラーが冷蔵庫を開け、少し迷いエナジードリンクを取り出すと、ナナシノの前に置く。

 はぁはぁと息をするナナシノを見ながら、時計を確認した。


「え? ナナシノ、この時間講義だろ? なんでいるの?」


「え? ええ?  だ……だって、ブロガーさんが、来いって」


「ななしぃの心の広さはきっと、天種より上だぞ」


 まぁ来てしまったものは仕方ない。どうせこれから大学に戻っても遅刻なのだ。

 大丈夫大丈夫、ナナシノは普段から真面目に講義を受けているから一コマくらいサボっても問題はない。というか、僕は普段からナナシノのためにアビコルの時間を削っているのだから、少しくらい我慢するべきだ。


 僕はエナジードリンクで栄養補給している女子大生に問いかけた。


「ナナシノ、今日が何の日だか知ってる?」


「え? 今日……? 十二月十二日……ですけど…………」


 ナナシノが目を白黒させ、答える。今日もナナシノの頭はナナシノのようだ。現実世界にも既に馴染みきったシャロだったらすぐに答えられただろう。

 僕は時間がもったいなかったので、さっさと答えを言った。


「そう。十二月十二日――つまり、アビコルのクリスマスイベントだ」


 ナナシノが目を見開きぽかんとする。慌てたようにカレンダーを確認し、きょろきょろと室内を見回す。


「??? え? クリスマス? ちょっと、待ってください、クリスマスは二十五日ですよ?」


「はぁ……これだからナナシノは…………イベントが一日なわけないだろッ!」


「え? ええ? ええええ?」


 アビコルに限らず、大抵のソシャゲでは季節イベントは当日よりも少し前から始まるものだ。アビコルでは一つのイベントが二週間程度の事が多いので、二週間くらい前に始まる事が多い。

 外の世界だって、十一月の末からクリスマスツリーを飾っている所もあるくらいなのだから、然もありなんといったところだろう。


 まぁクリスマスというイベントに思うところがないわけではないが、今回は割愛することにする。

 単刀直入に言う。


「これから二週間、毎日アビコルにログインします」


「え? ええ? ちょっと待ってください……ブロガーさん、私、冬休みはまだ先で――」


 ログインは僕の能力である。そして、僕についてきてしまうのがナナシノの能力だ。

 僕がアビコルにログインするとナナシノは講義中でも就寝中でも入浴中でも構わずついてきてしまう。どうしてめてお君はゲーム時代の眷属の引き継ぎ、僕はニューゲームの能力を得たのにナナシノだけ罰ゲームみたいになっているのか理解に苦しむ。


 だが、そういう物なのだ。考えようによってはナナシノがついてきてしまうのは僕にとっても罰ゲームかもしれない。ナナシノが泣くかもしれないから言わないが。


 僕は慌てるナナシノを落ち着かせるように言った。


「僕も流石に講義を全部サボれなんて鬼な事は言わないよ。必修科目の講義は受けていいよ。それ以外は休んで貰うけど」


「!? ??」


「大丈夫、これまでずっと真面目にやってきたんだから、二週間休むくらいは問題ないさ。とりあえず、スケジュールを教えてほしい。これから二週間のナナシノは、アビコルOR必修講義だ」


「ちょ、ちょっと……待って――」


 僕がログインするとナナシノはまるで煙のように消えてしまう。だが、講義が終わった後にトイレかなにかに駆け込めば突然消えてもまぁなんとかなるだろう。


 まだ状況が理解しきれていないナナシノの華奢な肩をつかみ、がくがく揺さぶった。

 ナナシノが目をぐるぐるさせている。納得するまでシェイクしてやろう。


「僕はクリスマスに集中するためにすべてのやるべきことを終わらせた。ナナシノ、宣言するぞ。僕はログインする。ナナシノが嫌がっても絶対にログインする。トイレ中だろうが入浴中だろうが就寝中だろうが構わずログインする。ナナシノがスケジュール以外の行動をとって不利益を被っても、一切責任は持たない。そういう生活的な部分は、全部向こうでやるんだ。いいね?」


 クリスマスイベントと言っても、イベント内容は何種類か存在する。どれになるのかはログインして確認してみないとわからないが、どのイベントでもやたら時間を使うし、どのイベントでも報酬が美味しいのだ。難易度もそこまで高くはないし、戦力をアップさせる一大チャンスなのだ。

 ナナシノなんぞに構っている暇はない。僕一人でログインできていたら、僕はとっくに向こうの住人になっていた。


「ちょ、やめ――いは……はい。はい。わかった、わかり、ました、から」


「今年は向こうの世界では眠くならないから、凄く有利だッ!」


「ななしぃは押すのが得意なのに、押しに弱いなぁ。いや、あるじに弱いのか?」


 僕は向こうの世界では食事も睡眠も必要としない。リアル・アビス・コーリングはゲームよりも遥かに面倒臭いが、その点だけはゲームよりも上だ。


 事前にナナシノを呼んで話をしたのはただの僕の好意である。これがめてお君だったら僕は何も言わずにログインしていた(そしてきっとめてお君だったらいつログインしても万全の態勢だっただろう)。


 手を離すと、ナナシノが目を回してふらふらと尻もちをついた。説得は成功した。後はシャロが戻ってきたら早速任務に入ろう。

 一分一秒で何かが変わるわけではないが、妥協をしては一流の召喚士コーラーにはなれない。




§





 久しぶりの【古都プロフォンデゥム】は一面銀世界となっていた。

 都内だったらまず見られない光景だ。だが、これはおかしな話ではない。

 クリスマスで背景グラすら変えないソシャゲはクソだ。アビス・コーリングは違う。クソゲーだが金をかけているのだ。


 ブラウンの外套を着たナナシノが美しい光景に目を見開く。フラーが必死に僕の腕にしがみついている。どうやら雪は好きじゃないらしい。僕は無言で雪の上でもこもこしているひつじさまの上にフラーを乗せた。


 古都はそこかしこがクリスマス仕様になっていた。軒下にはリースが飾られ、街のあちこちの木々がもみの木に変わっている。どうやって変えたんだ……。


 そこかしこが電飾で飾り付けられていて、クリスマスを前にした浮かれ具合は現実世界以上と言えよう。


 古都出身のシャロが呆れたような目つきで目を輝かせるナナシノを見ていた。

 シャロのキャラクターが最近変わってきたような気がする。最近の彼女のバイタリティはモブとは思えないレベルだ。もしかしたら反省して成長するタイプのNPCだったのかもしれない。


 シャロはまるで軍人のような機敏な動作で姿勢を正すと僕にきびきびと確認してきた。


「師匠、イベントを効率的に進めるには、最初は何をするべきでしょう?」


「しゃろりんさぁ、最近あるじのよろこぶことをよんでわざといってるよなぁ? したごころない?」


「!? そそ……そんなことは――」


 シャロの目が泳いでいる。残念ながらNPCに機嫌をとられても嬉しくもなんともない。スキップ案件だ。

 だが、シャロはドロップ率アップの特性持ちを連れているので無視するわけにもいかないのである。できればシャロやナナシノよりもプロフェッショナルなめてお君と協力プレイしたいところだが、めてお君の眷属はもう完成しているし、めてお君の手持ちはアレなのでどうにもならない。


「いや、シャロはずっと前から僕の事を持ち上げ続けているし下心もありありだよ。そんなの明らかだろ」


「!?」


「まぁそんな事はどうでもいいんだよ。まずは何系イベントだか確認しないと――」


 シャロが顔を真っ赤にして恥ずかしそうに身を縮めている。

 だが、いいのだ。彼女の価値はドロップ率向上眷属のレプラコーンを持っている事なのだから、それ以外はどうでもいい。もしも僕がレプラを召喚できたとしても、レプラの効果は相乗するので不要にはならない。


 石はこの日のために溜めていたので五十個以上ある。まだこれだけあっても少し心許ないが、課金システムはいまだ実装されていないのでないものねだりしても仕方がない。持っている札で勝負するしかないのだ。


 僕はフリーズしてしまったシャロとわたわたしているナナシノを置いて、さっさと召喚士コーラーギルドに向かって歩き出した。




§




 召喚士コーラーギルドの中も外と同様、浮かれきっていた。


 中心には巨大なツリーが飾り付けられ、職員も皆とんがり帽子を被っている。まだクリスマス当日まで二週間もあるし召喚士ギルドは真面目な組織だったはずだが、これはソーシャルゲームの宿命といえよう。


 さすがに依頼を受けに来たNPC召喚士でクリスマスっぽい格好をしている者はいなかったが、様変わりしたギルド内の光景に驚いている者はいなかった。恒例行事なのだ。目を丸くしているのはナナシノだけである。


 街のマップがクリスマス仕様に変わるのは、クリスマスイベントが始まっている証である。


 きょろきょろとギルド内を見回していると、カウンターの向こうからソレは現れた。








「ブロガーさんッ! メリークリスマス、です!」


「!?」


 後ろで物珍しげにギルド内を見回していたナナシノがびくりと震え、ソレを見て唖然とする。



 NPCは運営のおもちゃみたいなものである。だが、ゲーム時代からそうだったので薄々予感はしていたが、実際に目の前に見ると思う所くらいある。


 エレナ・アイオライト。害悪と呼ばれた史上最凶のNPC召喚士。《深青ディープ・ブルー》のエレナ・アイオライトがサンタコスで立っていた。


 ただのサンタではない。ミニスカサンタである。


 ほぼショートパンツみたいな丈のスカートからはスラリとした白い脚が伸び、真っ赤なもこもこのマントを羽織っているが、袖は半袖で腕がしっかり露出している。銀のアクセサリーに茶色のブーツ、ブーツも帽子も真っ赤、その背には大きな袋が背負われていた。格好はやや薄着だが胸元が貧相なので余り下品ではない。


 寒くない? とか、まだクリスマスじゃないけど? とか、その服どこで売ってるの? とか、攻めすぎじゃない? とか、頭大丈夫? とか色々感想は抱いたが、僕はとりあえずスマホを取り出し、顔を真っ赤にしながら決めポーズを作るエレナの写真を数枚、視聴者プレゼント用に撮った後、真面目な表情で言った。






「頭大丈夫?」









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※当イベントは~2019/12/25実施のクリスマスイベントの復刻です。


今年もクリスマスがやってきた!

期間限定イベント『決戦ホワイトサンタVSブラックサンタ』開催中!

ブラックサンタを倒して耳を集め、ホワイトサンタに渡して豪華な報酬をゲットしよう!


全プレイヤーの大ブラックサンタの討伐総数によってストーリーが進行!!




期間中は眷属召喚でサンタスレイヤーを始めとした、サンタ系眷属全365種類の出現率アップ!

サンタスレイヤーを装備してブラックサンタをぶち殺そう!



イベント期間

~2020/8/10




更新告知:@ktsuki_novel

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