めちゃめちゃうれしーーーーーーです!
本当にありがとうございます。
帝都で蒼の薔薇が冒険者登録してから10日が過ぎた。
その力は噂に違わぬ見事なもので、高難度の指名依頼を容易くこなしていった彼女たちの胸元には、早くもオリハルコンに輝く冒険者プレートが下げられている。
アーウィンタール冒険者組合としての狙い通り、彼女たちの見た目や実力が広まるにつれ、懇意にしたい貴族や商人からの依頼が日に日に増えていた。
その影響もあり、当初五人揃って依頼をこなしていた蒼の薔薇だが、現在は単独行動も多くなっている。
その事自体には問題はない。
当初、組合が「流石に危険過ぎる」と猛反対したギガントバジリスクの討伐すらも、単独で軽々撃破してしまう実力を示されては――その力に関して――もはや何も言う事はない。
――問題は【こいつ】だけだ。
「それで。……今度は何をした?」
冒険者組合2階奥に位置する、組合長室としては些か狭い小部屋は、現在のアーウィンタール冒険者組合の力をある意味象徴していた。
そんな名ばかりの組合長室で、アーウィンタール冒険者組合の長はガシガシと頭を掻きむしりながら、読んでいた報告書をバサッと乱雑に机に投げ置いた。
「昨日ナーベラル様が、その……」
「いちいち言わずとも誰が問題を起こしたかなどわかっておる! もう多少の事では驚かぬわ。さっさと報告しろ」
今まで読んでいた報告書にも実に多くの苦情が寄せられていたが、その大部分が蒼の薔薇のナーベラルに関するものだ。
とにかく彼女は愛想が悪い。ついでに態度も悪い。そして挙句に口まで悪い。
――敬語を使わない。
――終始不機嫌そうな態度だった。
――鼻で笑われた。
――ゴミを見るような目で蔑まれた。
当初はその美しさ故、袖にされた男共が逆恨みでもしているのだろう。と楽観視していた組合だったが、ナーベラルが単独で依頼を受けると100%の確率で苦情が来るのだから、もはや疑いようも庇いようもない。
「し、失礼しました。男爵様をゴキブリと呼び――」
「なんという……」
これまでの苦情は商人や一般人からのものだったが、ついに貴族相手にまで問題を起こしてしまったかと頭を抱え込む組合長に更なる追い打ちが入る。
「い、いえ、問題はその先です」
「まだあるのか……」
「は、はい。憤慨した男爵様が私兵にナーベラル様を捕らえるよう命じた結果、私兵7名全員が死亡。そしてお屋敷が半壊しております。ナーベラル様曰く攻撃を受けたから反撃したまでよ。との事でして……」
やはり、王国を追い出されるような冒険者を、看板に据えようとしたのが間違いだったのだろうか。
いや、問題を起こすのはナーベラルだけで、その他の評判は頗る良い。
よもや彼女がオーガ女の代わりの人材ではあるまいな。だとしたならば、オーガの方がまだマシだろう。
問題行動が単独の時に集中している事を考えれば、新人であり普段は猫を被っている可能性も高い。
その場合リーダーのユリや他のメンバーがナーベラルの本性を把握していない可能性もあるか?
だが告げ口したと知られれば、この女の気性からして逆恨みもしかねないと、組合長は頭を抱えたまま問題児の処遇に苦悩する。
「私兵が先に手を出したのであれば、一応は正当防衛が成り立つか……一応は」
「では組合としては、特にお咎めなしでよろしいでしょうか?」
よろしいわけがないだろうがっ!
と本心では怒鳴り散らしたい組合長であったが、グッと飲み込み軽く頷いた。
「だが今後は貴族関係の依頼はナーベラルには回らぬよう、細心の注意を払え。理由付けは……そうだな、相手方がメンバーの誰それを指名している。等で問題あるまい」
「あっ……あの……。今日の依頼者はほぼ全てが貴族の方でして、あっ、一応元貴族のものが混じっておりますが……」
【元】であれば貴族との繋がりはあるにせよ、形の上では一般人だ。
だが、こものであろうとも、敢えて獣の尾を踏む必要もないだろうと、別のメンバーを宛がう指示を出し、残りの報告書にため息混じりで向き合うのであった。
――♦――
「それでぇ、この子たちをぉ~、護衛すればいいのぉ?」
「ええ、そうです。フルト家の再興を阻もうと、我が家の嫡出子を狙う不逞の輩がおりますので、世に聞こえた蒼の薔薇のお力で護衛していただければと」
フルト家の当主は、子供が狙われているから守ってほしい。という依頼内容には似つかわしくないニコニコとした明るい笑顔で蒼の薔薇のエントマに握手を求める。
今回の依頼の目的は、フルト家が今帝都で話題の中心にある【蒼の薔薇】と懇意にしていると、家の力を見せつけるため以外の何物でもない。しかしながら元アダマンタイトで、既にオリハルコン級となった冒険者にベビーシッターの依頼を出しても、相手にされるはずもない。
そこで娘たちが命を狙われている事にして、その護衛という名目で金貨40枚もの大金を叩いて依頼を出した。
そこまでの大金を出して家の力を誇示する以上、最大限の効果を求めるのはある意味当然ともいえる。
故に命を狙われているはずの子供を連れて、街中のなるべく人目が多い場所に出掛けて欲しいなどという、訳のわからない依頼と相成った。
「ほら、お前たち。エントマ様にきちんと挨拶するのだぞ」
親の陰に隠れる二人をチラリと一瞥すると、5歳ほどの双子と思われる金髪の少女たちが、興味津々といった表情で、目を輝かせながらこちらを見ていた。
エントマは一瞬だけ美味しそうだなと思ったものの、今日はここに来る前におなか一杯食べてきたし、大量に貰った【食料】はソリュシャンと半分こしても、腐る前に食べきれるか心配になる程、まだまだたっぷりと残っている。
何より子供よりも筋肉質の男の方が好みであったため、すぐに食料としての関心は失われた。
「クーデリカと申します。エントマ様。本日はよろしくお願いします」
「ウレイリカと申します。エントマ様。本日はよろしくお願いします」
入念に両親から仕込まれていたのだろう。
幼子とは思えぬ見事なカーテシーで挨拶を済ませ、まさに貴族の令嬢然としていた双子だが、一歩外に出て両親の目が届かなくなると、途端に本来の幼い少女らしいものへと戻るのであった。
「ねーねー。エントマお姉さま、手を繋いでもいーい?」
「あっ、ずるーい。クーデリカ。ねぇねぇエントマお姉さま、私も手を繋いでいーい?」
お姉さまと呼ばれた事で頗る上機嫌となったエントマは、左右から手を伸ばす姉妹を服越しの手――の役割を担う虫だが――で掴むと二人を軽々と持ち上げ、ブランコの要領で前後にフリフリと揺らしながら歩きだした。
慌てて両手でしがみついた二人は「すごーい。すごーいと」キャッキャッウフフと大騒ぎし、結果意図せず両親の思惑通りに周囲の注目を集めていくのであった。
「なんて馬鹿な真似をッ!」
ろくな仕事がなかった事もあり、久しぶりに妹たちとたっぷり遊んでやろうと早めに家に帰ったアルシェ・イーブ・リイル・フルトは、部屋に居ない妹たちはどうしたのかと両親に聞きに行った。
そこで耳にしたのは狂気の沙汰ともいえる両親の行動だ。
自分の娘が借金を返済するため、必死に冒険者――正確にはワーカーだが――として稼いだ金を使い、別の冒険者をとんでもない高値で雇い入れたと聞けばアルシェが激昂するのも無理からぬ事だろう。
「親に向かって馬鹿とは何事だッ! これは貴族としての力を見せるために必要な事なのだ!」
「何度も言っているが無駄使いをするべきじゃない。もううちは貴族ではない!」
「違うッ! あの鮮血帝さえ死ねば、我が家はすぐにでも貴族として復活するのだ。その際に家の格を落とさぬための未来への投資だ!!」
もう何を言っても無駄と悟ったアルシェは家を飛び出し、すぐに妹たちを探しに出た。
本来今日一日の契約ならば、無理を言えば今すぐに終了し、半額程度にはしてもらえるかもしれないとの思惑からだ。
「すみません。5歳程の金髪の双子か、蒼の薔薇の方を見かけませんでしたか?」
妹たちだけであれば、外に出たとしてもその行動範囲は周辺に限られるが、今回はそもそも依頼で【なるべく人が多い場所を歩いて欲しい】とお願いしているのだから、その捜索範囲は帝都全体と言っても過言ではない。
少し探しては道行く人々に聞いて回り、少しでも早く見つけてその分値切り交渉をと焦るアルシェだが、この広い帝都で闇雲に人を探して見つかる可能性は非常に低い。
早く、早く、早く――
焦りとは裏腹に何の手掛かりも得られぬまま、時は無情に過ぎていく。
アルシェは、時間と共に金貨を投げ捨てているような感覚に吐き気すら覚える。
――ああ、もう休みたい。
家にはあの両親が居るから帰りたくない。クーデとウレイを見つけたら今日は安宿に泊まろう。
そんな事を考えたアルシェに閃きが下りてきた。
蒼の薔薇は、王城にほど近い、帝都アーウィンタールの最高級宿屋に滞在しているはずだ。
当時まだ銅級冒険者だった彼女たちが、帝都最高の宿屋に泊まっている話をヘッケランとロバーデイクが、妬み半分で話しているのを聞いた覚えがあった。
依頼のさなか宿に戻るかは不明だが、小さな子供を連れているし、人目がある場所でもある事を考えれば、休憩がてら戻っている可能性は十分に考えられる。
アルシェは急ぎ帝都の中心部に向かい駆け出した。
存在こそ知っていたが、自分には無縁の場所と、これまで一度も入った事のない帝都最高級宿屋。
木製の高級感漂う両開きの扉の前には屈強な男が二人立っている。
少し緊張した面持ちでゆっくり扉に近づくと、男たちが扉を引き頭を下げた。
中に足を踏み入れると、まず目に入ってきたのは天井から下っている骨董品のシャンデリアだ。
大貴族の館でしかお目に掛かれないような見事な作りで、内部に込められた<永続光>を拡散し、足元の厚く柔らかな赤色の絨毯がより一層映える。
元貴族階級とはいえ、中流以下であったアルシェの自宅とは比べ物にならない豪華な作りに呑まれ、この場に相応しくない行動と理解しながらも、アルシェは自然と小走りになりながらカウンターへ向かうのであった。
「すみません。本日、蒼の薔薇の皆様に依頼を出しているフルト家の者なのですが」
入り口に入った時から続いていた、受付の値踏みするような視線に耐えながら、なんとか声を絞り出す。
「蒼の薔薇の皆様はナーベラル様を除き、現在お出掛けになられております。ナーベラル様でしたらあちらの窓際の席に」
そう言い受付が手のひらを向ける、その角に座る人物に視線を移した途端、アルシェはその場に膝から崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ、はっ……はぁぁ、んくっ……」
呼吸が浅く、呼気が熱い。
上手く呼吸が出来ず、顔は紅潮し、額や首筋からは絶えず汗が噴き出し続ける。
「ど、どうなさいました、お客様。大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ」
身体はまるで寒さに耐えるようにガタガタと震えていた。
――無理もない。
そこにはアルシェの尊敬する師である、人類最高の魔法詠唱者――フールーダ・パラダイン――より、遥かに高い階位の魔法を操る化け物が居たのだから。
「なな……いえ、まさか、は…は、ち…………」
突如崩れ落ちたアルシェに多くの客の視線が集まる中、その原因を作った――自覚はないが――当の本人であるナーベラルは騒ぐ下等生物に一切の興味を示さず、窓際の席で優雅に紅茶を嗜んでいた。
今週は少しばかり仕事が多い予定なので、恐らく1話ぐらいしか更新出来ないと思いますがお盆休みにその分頑張って進めたい………………予定通りに休みがあれば。