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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第1章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 1-⑦

 ― 3日後の夕方


 私たちは、無事にカロントの町まで戻って来た。


 帰り道でもほとんど害獣と遭遇しなかったため、予定よりも早く戻って来れた。


「これで依頼は完了ということになりますが、よろしいですか?」

「はい、ありがとうございました」


 カロントの門をくぐり、馬を降りたところでロイさんにそう言われた。


「それではこの依頼書にサインをお願いします」

「分かりました」


 依頼書の依頼完了のところにサインをする。

 これをギルドの受付に持って行くことで、彼らは私がギルドに前払いしていた報酬を受け取れるということだ。


「ありがとうございます。それでは私からはこれを」


 依頼書にサインをして返すと、ロイさんが懐から折り畳まれた紙を取り出した。


「何ですか?これ?」

「私の紹介状というか、まあ宣伝のようなものです。今後何かありましたら、また我々虹の傭兵団にご依頼下さい」

「…つまり、お得意様になってほしいと?私は素性の知れないお忍びの貴族ですけど」

「構いませんよ。サラ様が悪い方でないのはこの1週間でよく分かりましたし。それに…」


 そこで少し声を落とすと、周囲に聞こえないような小さい声で言った。


「サラ様が秘密厳守、詮索無用と仰ったのは、ご自身のお力のことでしょう?ああ、答えなくて結構です。まあとにかく、我々は貴方様が信頼に値する方だと判断したまでです。そして、そうである以上、我々虹の傭兵団はきちんと秘密を守ります。先程の紹介状にもきちんとその旨を書いておきました。サラ様としても、下手な傭兵に依頼して色々と知られるよりも、ある程度事情を知っている相手の方が依頼しやすいのではありませんか?そういう訳で、我々はお互いに良い取引相手となれるのではないかと思ったのですよ」

「………」


 なんとも行き届いた配慮だ。

 そして、たしかにお互いにとって利がある。

 私としても願ってもない提案だったので、私はお礼を言いながらそれを素直に受け取っておいた。


 それにしても、いつの間にそれほどの信頼関係が構築出来たのか。


 もしかしたらジルフィアを分けたことだろうか?

 私が小島から持ち帰ったジルフィアは、“紅”の皆さんにもきちんと分けた。

 最初は等分しようとしたのだが、ロイさんに遠慮されてしまったので、仕方なくロイさんたちが問題なく持ち運べる量ということで、1人につき10輪ずつ渡した。


 まあそれでなくとも1週間もずっと一緒にいたせいで、私も多少は打ち解けられた自覚がある。帰り道はそれほど構えずに会話できるようになったし。

 といっても外見上は、無表情から口元がほんの少し動くようになった程度の変化だが。




 馬は任せていいということなので、この場で“紅”の皆さんと別れる。


「それでは、ありがとうございました」

「じゃあね~サラちゃん」

「お疲れ~っす」

「また機会があれば会おう」

「あの、楽しかったです。ありがとうございました」


 手を振って彼らを見送る。

 不意に、なぜか少しだけ胸の奥がすっと冷たくなるような感じがした。


「…よし!」


 彼らが雑踏に紛れて見えなくなるまで見送ると、私はそのよく分からない気分を切り替えるようにそう言った。


 もうこの町でやることは済んだ。

 まだ夕方だし、今日中に隣町まで行こう。


 そう決めると、私は“隠密”を発動し、今くぐったばかりの門を再びくぐると、誰にも気付かれることなく西に向かって飛んだ。



* * * * * * *



 夕暮れの中をひたすら飛び続け、私はなんとか日が沈む前に隣町のローデントに着いた。


 その日の内に傭兵ギルドに行き、依頼を出す。

 ちなみに受付はやっぱりおじさんでした。愛想がいい受付嬢なんて存在しないようです。


 聞いてみると、この町にも虹の傭兵団のチームがいるようなので、折角なのでその人たちを指名依頼した。

 どうやら今は別の依頼に出ていて、3日後の夕方頃に帰って来るようなので、それまではこの町で待機することにした。


 本来ならギルドの近くに宿を取った方がいいのだろうが、3日間の待機期間中にやりたいことがあるので、この町で一番安全性が高く、広い宿を取った。

 まあ1週間浄化の神術だけで済ませて来たので、いい加減お風呂に入りたかったというのもあるが。



 夕食を取ってからお風呂に入り、さっぱりして部屋の戻って来ると、もうすっかり夜になっていた。

 旅の疲れもあるので、今日はもう寝ることにする。


 ベッドに横になると、1週間共に過ごした“紅”の皆さんのことが頭に浮かんだ。

 それと同時に、また胸の奥が冷める感じがする。


 体を温めるように、掛け布を手繰り寄せてくるまると、その感覚が何なのかようやくわかった。


(…そっか、寂しいんだ、私)


 1週間ずっと一緒にいた、騒がしくも明るく楽しい彼らとの思い出が、頭の中を巡る。


 私はずっと、1人の方が気楽だと思っていたし、実際に1人になると安心していたはずなのに、今になって妙に人恋しくなっている自分に驚く。


 なんだか胸の奥の冷たさがどんどん体の中を広がっていく感覚がして、私はベッドの上で小さく丸まった。


 今まで気にしたこともなかったのに、なぜか1人きりだという事実が、今この時は重く身に圧し掛かる感じがした。

 1人きりの部屋に横たわる静寂が、じわじわと身体に浸み込んでくるように感じる。


 寝返りを打って、その感覚を振り払おうとする。


 こんな別れはこれからもたくさんある。分かり切っていたことだ。いちいち気にしていたらキリがない。

 そもそも、王都にいた頃から私はずっと1人だった。ちょっと人の温もりに触れたくらいで、今更こんな感傷に浸るのはおかしい。


 この世界を捨て、元の世界に帰るという意思は揺らいでいない。

 ただこの1週間で、どうやら私の外界に対して固く閉ざされていた心は、思った以上に解きほぐされてしまったようだ。


「しっかりしなさい梨沙、自分で選んだ道でしょ」


 小さくそう自分に言い聞かし、固く目をつぶった。



 その日は“紅”の皆さんや、ハロルドやラルフ、今まで別れた人たちのことが瞼の裏をちらつき、体は疲れているのになかなか寝付けなかった。



* * * * * * *



 ― 待機初日


 朝食を済ませた後、私は持ち帰ったジルフィアの花を、市場で用意した麻袋に詰めていた。

 流石に人前でポケットから次々と花を取り出す訳にはいかないので、売りに行く前に移し替えといたのだ。

 その時に一応きちんと数を数えたのだが、全部で824輪もあった。

 とても麻袋1袋では足りなくて、2袋に分けて運ぶことになった。


 ロイさんたちに聞いたところ、傭兵でなくとも傭兵ギルドの買取カウンターは利用出来るらしいので、そちらで売ることにする。

 本当なら商会に持ち込んだり、貴族相手に売った方がよほど高値で売れるし、それでなくとももっと大きな町で売った方がお金になるのだが、あまり下手に足が付くようなことはしたくないので、多少安くてもさっさと売り払うことにした。

 …こう言うとなんか盗品をさばこうとする犯罪者みたいね。まあお尋ね者であることは確かだけれど。


 買取査定の人は、野生のジルフィアを大量に持ち込んだことに目を剥いて驚いていたが、そこはやはりプロなのか、下手に詮索することなく黙々と査定してくれた。


 結局、全部でクロード金貨50枚とリオン銀貨22枚になった。

 若干買い叩かれた気がしないでもないが、神術の触媒など神術師しか使わないのだ。元々の需要が少ないところにあんな量持ち込んだら値段が下がるのは仕方がないかもしれない。

 まあ当面の路銀は十分稼げたので問題ないことにしよう。



 その後は、宿の部屋で剣聖アーサーの遺跡から持ち出した木簡を読んだ。


 だが、これは特に収穫はなかった。

 文字がかすれていて読めなくなっているものもあったし、そうじゃないものも、日記とか何かの走り書きとか……史料的価値はあるのだろうが、私の求める知識はなかった。

 まあ、少なくとも剣聖アーサーが元の世界に帰りたがっていなかったことは分かった。

 私とは違って、この世界の生活に満足し、そのままこの世界で生涯を終えたのだろう。


 もうこれを持っていても仕方がないので、“空間接続”の練習がてら遺跡まで返しに行くことにした。


 えっ?あんな去り方しといてまた行くのかって?…まあ、細かいことは気にしない。


 “空間接続”も最初に使った時に比べればスムーズに使えるようになった。

 まあ、接続先の空間が殺風景でイメージしやすかったのもあるかも知れないが。


 剣聖アーサーの部屋に入り、木簡を元の場所に戻そうとして、本棚が汚いのが少し気になった。

 当然だが、この部屋は長い年月放置されていた結果、埃がかなり溜まっていて全体的に汚い。

 色々と持ち出してしまったし、お返しに軽く掃除しておくのもいいかもしれない。


 という訳で、小1時間程掛けて部屋の中をざっと掃除して、木簡も内容によってきちんと整理して本棚に並べておいた。机の上には、上から新しいジルフィアを持って来て飾っておいた。

 入口に立って部屋を見渡し、その出来栄えに満足する。


 やることはやったので宿に戻ろうとして……気付いた。


「あっ…宿の部屋の間取り忘れた」



………



……………



…………………



…“飛行”使って半日近く掛けて戻りましたけど何か!?



* * * * * * *



 ― 待機2日目


 宿に帰って来たのが朝方だったので、昼頃まで惰眠を貪ると、外に出て剣術の訓練をすることにした。

 “飛行”を使い、人里離れた林まで飛んで行く。


 実は、私は多少剣術の心得がある。あの家で教育の一環として習わされた。

 ただし、私が使っていたのは片手持ちの細剣で、聖剣ゼクセリアのような両手持ちの長剣は使ったことがなかった。

 だからといってポケットに仕舞ったままでは宝の持ち腐れになるので、せめてまともに振れるように練習しようという訳だ。


 聖属性中級神術“怪力”を使って、ゼクセリアを引っ張り出す。


 相変わらず重い。

 私が以前使っていた細剣とは比べるべくもない。

 だが、今から両手持ちの剣術を修得しようとしても時間の無駄だ。

 ならば、不恰好なのは承知で、無理矢理にでも片手で振るしかない。


 中級の強化では足りない気がしたので、上級神術の“剛力”に切り替える。


 その状態で軽くゼクセリアを振ってみると、やはり剣の重心の位置が全然違うせいか、少し体が持って行かれる感じがあった。

 何度か試し振りをして、感覚を調整する。


 ある程度違和感が消えたところで、そこら辺の木を試し斬りすることにした。


 直径1mはありそうな木に向き合い、ゼクセリアを右手で構える。

 体が持って行かれないように少し腰を落とし、足を大きめに開いてしっかり踏ん張る。


「ふっ!」


 鋭く息を吐き出し、ゼクセリアを水平に薙いだ。だが…


「うっ!」


 やはり刃筋がぶれたのか、剣は少し斜め下に傾いて木に突き立った。


 普通、刃筋が真っ直ぐ立っていない状態で斬れば、刃は弾かれるか、浅く食い込んだところで止まるだろう。

 だが、ゼクセリアは違う。


 刃に宿る“絶対切断”の力で、刃筋が立っている方向へ真っ直ぐ振り抜けてしまうのだ。

 結果、ゼクセリアは私が振った勢いのまま、木を斜めに断ち斬ってしまった。

 それだけならばまだよかったのだが、私が手を離したせいで、その勢いのまま隣の木も斬り倒し、地面に突き刺さってようやく止まった。


 なぜ私が手を離してしまったかというと、ローブに込められた“聖域結界”が作動したからだ。


 私は真横に力を込めていたのに、握っている剣は勝手に斜め横に動くのだ。そんなことになれば、当然手首や肩を痛める訳で……そうなる前に、剣の動きを外部からの力の干渉と判断した“聖域結界”が自動的に発動し、剣の柄を弾いてしまったのだ。


 これはまずい。

 剣の性能に私の剣術の技量が全く追い付いていない。

 剣を振るのではなく、完全に剣に振り回されていた。


「はあ…とりあえず真っ直ぐ刃筋を立てて振れるようになるまでは封印かな」


 いちいち斬る度にすっぽ抜けていては、敵を倒せたとしても危なくてしょうがない。

 まさか、剣の切れ味が鋭過ぎるのと、“聖域結界”が自動で発動するのとがこんな風に問題になるとは。


 私はそれから、日が暮れるまでただひたすらに剣を振り続けた。



* * * * * * *



 ― 待機3日目


 私は昨日に引き続き、ひたすらゼクセリアを使った剣術修行に明け暮れていた。

 そのおかげもあってか、木を斬るくらいならもうすっぽ抜けることもなくなった。


 だが、これは動いていない標的を型通りに斬っているからであって、実戦ではこうはいかないだろう。

 実戦では型通りの理想的な体勢で斬撃を放てることの方が少ないのだ。これに関してはこれから実戦で経験を積んでいくしかない。



 夕方になり、私は傭兵ギルドで指名依頼の相手が来るのを待っていた。


 今回の指名相手のチーム名は“浅黄あさぎ”、浅い黄色ではあるが、一応橙色寄りの黄色であり、虹の傭兵団においては上の下くらいに位置するチームらしい。ちなみに“紅”は上の上だ。


 受付の近くで彼らが帰って来るのを待っていると、ギルドの奥の方が何やら騒がしくなった。

 何事かと思ってそちらに目を遣ると、ちょうど奥から立派な髭を蓄えた偉丈夫が現れた。

 その髭と顔の皺から間違いなく初老に差し掛かっていると思われるのに、首から下の鍛え上げられた肉体と、炯炯けいけいと輝くその眼光が明らかに只者ではない威圧感を放っていた。


(うわぁ、何あれ仙人?)


 思わずそんな風に思ってしまうが、周囲の傭兵の反応からするに、どうやらこのギルドの主たるギルドマスターらしい。

 するとそのギルドマスターが、びりびりと響くような大声を張り上げた。


「緊急事態だ!!隣町のカロントがアヴォロゲリアスの群れの襲撃を受けている!よって、このローデントのギルドマスター権限を用いて緊急依頼を発令する!この町に待機中の全ての傭兵諸君は速やかに出撃体制を整え、1時間後に東門に集合せよ!!」


 ギルド内がにわかに騒がしくなる。

 ギルドにいた全ての傭兵たちが慌ただしく動き出す中、私は呆然と今聞かされた内容を頭の中で反芻はんすうしていた。


 アヴォロゲリアス。

 名前は知っている。レーヴェン侯爵領での戦闘訓練で出くわした狼型の害獣、ゲリアス種の中でも最も危険度が高いとされている個体だ。

 それが、カロントの町を襲撃しているという。


(何でそんな事態に…?………っ!?まさか、カロントの南側で全然害獣と遭遇しなかったのは、アヴォロゲリアスが北上して来てたからなの!?もしかしたらあの時迂回した森の中に既にいたんじゃ……。いや、今はとにかく助けに行かないと!)


 慌てて立ち上がり、ギルドの外に向かって1歩踏み出したところで、1つの考えが足の動きを止めた。


(私が助けに行けば…王家に私のことがばれるかもしれない。そうなればこれから動きにくくなるし、ハロルドにも迷惑が掛かる)


 カロントで決めたことを思い出す。

 ハロルドとナキアのために、私は姿を消すというあの決断を。


 しかし、“紅”の人たちの顔が脳裏をよぎった。


 それと同時に、剣聖アーサーの亡骸に誓った言葉が。


 私は頬を両手で叩くと、再び足を動かしてギルドを飛び出した。


 ほんの一瞬でも足を止めた自分を恥じた。


 これから動きにくくなる?そんなもの私自身がどうにかすればいい話だ。


 ハロルドとナキアに迷惑が掛かる?そんなの憶測でしかない。そのために1つの町の住民を見捨てるなんて出来ない。

 そんなことは“更科梨沙”がやることじゃない!


 夕暮れの中、大通りを一番近くの門まで全力で走る。


(ハロルド、ナキア、もし迷惑が掛かったらごめん。でも、私はカロントを見捨てられない。この世界を捨てようとしているのに、こんなことをするなんて矛盾しているのかもしれない。大きな目で見れば、これは間違ったことなのかもしれない。でも私は、“更科梨沙”は、小さな人間だから。どうしても、目の前の悲劇を見過ごすことが出来ないの!)


 内心でハロルドとナキアに謝る。


 私の都合で振り回すことを本当に申し訳なく思う。


 それでも、足は止めない。


 ここで曲げてしまったら、私の意志は真っ直ぐですらなくなるから。


 だから今は……飛べ!!


 門の外まで走り抜けると、私は神力を解放し、一筋の流星となって空を駆けた。


次回“白銀の聖女”降臨。

次回更新は明日か明後日になります。

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