主人のいないプレアデス   作:プロテイン中毒

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お待たせしました。
オバロSSにてクレマンティーヌに次ぐ人気と個人的に思っている蒼の薔薇の登場です。


えっ……何か言いました?
あーあーあーきこえないーーーーーー。


蒼の薔薇

四騎士最強の矛と名高い【重爆】ことレイナース・ロックブルズは疾走する馬上から周りを見渡し、もう何度目になるかわからない舌打ちをして眉を顰める。

何が彼女をそれほど不機嫌にさせているのかといえば、その理由は細かな事から重大な事まで、多岐に渡る。

 

――王国領にて誇り高き帝国騎士を騙り、虐殺行為を繰り返す愚か者共を秘密裏に殲滅せよ。

 

かの討伐任務により王国領土へと向かっているのだが、通常の軍出立とは少々異なる、一見するだけでは帝国騎士とわからぬよう偽装した鎧の着心地が悪い。槍も普段使いの物ではなく、訓練時に時折使用する――間違いなく上等な品ではあるが――一般的な騎士槍だ。

騎士にとって命を預ける鎧と武器が、自身の身体に馴染んでいるかどうかは非常に重要だ。

精鋭揃いの軍の中から更に選りすぐられた【不動】ことナザミ・エネック直属の100名がその程度の事を理解していぬはずもない。

だというのにこの弛緩した空気はなんだ。

仮に自分の直属であったのであれば、即座に進軍を止め、この場で怒鳴りつけているだろうが【不動】の直属であるためグッと堪えて口出しはしていない。

 

――今はまだ帝国領内だから。

 

――無抵抗の村人しか襲えないような連中に、精鋭中の精鋭である自分たちが負けるはずがないから。

 

――帝国最強の四騎士。その最大の盾であり部隊の長たる【不動】と矛【重爆】が率いている以上、敗北などあり得ないから。

 

レイナースには兵たちのそんな心の声が聞こえくるようだった。

それにこれは大した事ではないが、今回の出兵のリーダーが自分ではなく【不動】というのも少々面白くない。

常であれば四騎士で動く際のリーダーは【雷光】ことバジウッドが務める。

今回バジウッドとニンブルが外れたのは、新武王が引見する際の――予定は未定であるが――皇帝護衛が主な理由だ。

 

ガゼフ・ストロノーフを倒すような敵の存在を考慮し、四騎士全員で向かうべきとの進言は当然あったが、皇帝はその心配はないと言い切った。ガゼフ強襲部隊と虐殺部隊は間違いなく別であり、目的を達成した強襲部隊は既に撤収し、後は虐殺部隊が数度村を襲って終了だという。

 

何故そうなるのかはレイナースには理解出来なかったが、皇帝の読みが外れたところなど見たことがないので心配は要らないだろうと楽観している。

 

しかし、それならば皇帝陛下の護衛にこそ、帝国最強の矛と盾が必要ではありませんか。と食い下がったが、前武王を圧倒したという新武王の力を考えればフールーダ以外では抑止力足りえず、ならば人当りの良い二人を残す。

と言われてしまえば引き下がる他ない。

 

そう、そしてその新武王に関してこそ、もっとも我慢ならない事があった。

ニンブルは皇帝への報告の際、九代目武王ルプスレギナ・ベータに関して再三再四、その容姿を褒め称えていたのだ。

曰く「これまでに見たどんな女性よりも美しく」曰く「大きなスリットの入った扇情的な衣装に負けぬプロポーション」曰く「一変した雰囲気も妖艶で」曰く、曰く……。

 

実際には誉め言葉以上に普段の態度や言葉使いの問題、求める物の異質さ等々、全体的にみれば強く警戒を促す内容であったのだが、そんなものは時折自然と零れる賛辞で全て吹き飛んでいた。

その賛辞の度に舌打ちを繰り返していた事こそが、当初【不動】と直属100名に下される予定であった討伐命令に、急遽レイナースが捻じ込まれた原因であった事に、未だ彼女は気が付いていなかった。

 

もしも、その真実を彼女が知り、過去に戻れるのであれば、この時の自分を殴ってでも止めたに違いない。

舌打ちさえしなければ、あのような【悪魔】に遭遇せずに済んだのだから。

 

 

 

 

――♦――

 

 

 

 

バハルス帝国の帝都アーウィンタール。

中央に皇城を置き、そこから放射線状に魔法省や学院、行政機関等の重要なものが広がった創りとなっている。

アーウィンタール冒険者組合は現在そんな帝都の三等地、つまるところかなり端へと追いやられていた。

 

他国では冒険者が行っている都市周辺のモンスター討伐を、帝国では専任の騎士が行うため、冒険者に対する依頼がそもそも少ないのだが、少ない依頼からあぶれた者たちは非合法の依頼を受けるワーカーへと身を落とし、使い勝手の良い――切り捨てる際にも――彼らという存在が、更に冒険者組合への依頼を減らす悪循環となっている。

そんな理由もあり、他国では依頼者と冒険者でごった返す事の多い冒険者組合も、ここ帝都では静かなものである。

 

――普段であれば。

 

その日、アーウィンタール冒険者組合は人でごった返してした。

街を歩く五人組の絶世の美女たちが、組合に入っていったのが原因だ。

彼女らとお近づきになりたいと眺めていた男たちの中には冒険者やワーカーも多く、これはチャンスだとばかりに挙って後に続いた。

 

冒険者は先んじて依頼を受けるため。

ワーカーは冒険者よりも便利な存在をこっそりと教えるために。

そして一番多いのが無関係の野次馬だ。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

久しぶりの大きな依頼の予感に、普段暇を持て余している受付嬢は緊張した面持ちで、先頭に立った夜会巻きの女性に声を掛けた。

 

「はい。冒険者に登録したくて参りました」

 

『へっ?』

 

受付嬢と、後ろに続いていた野次馬の一人の声が重なった。

 

「登録はこちらと聞いていたのですが、間違いでしたか?」

 

「い、いえ。間違っておりません、失礼しました。冒険者登録ですね。それではこれより簡単な説明をさせていただきます。それから登録には一人あたり4銅貨の手数料が掛かりますがよろしいですか?」

 

「はい。よろしくお願い致します」

 

組合内のざわめきがより一際大きくなった。

それもそのはずで、帝都で新たに登録する冒険者自体が珍しいというのに、見る者をこれだけ惹きつけて止まない絶世の美女たちが冒険者になろうというのだから、それも当然だ。

 

受付嬢の説明が続く中、「どうする?」「やるか?」などと、にやけた顔でヒソヒソと話し込む男たちを尻目に情報屋のライアーが近くにいた数人の冒険者たちに警告した。

 

「お得意さんにだけ教えてやるが、死にたくなきゃ手を出すなよ」

 

「なんだ、ライアー。あいつらの事知ってるのか?」

 

「俺からすりゃ知らない方がどうかしてるがな」

 

「なんだよ、随分勿体ぶるじゃねーか」

 

「まあ見てればわかる。謝礼は今夜の酒代でいいさ」

 

死にたくなければ手を出すなと大層な警告をされたが、そんな危険な相手には見えない。

もしや貴族様のお手付きか? 確かにそれなら下手に手を出せば、手痛い竹箆返しを食らいそうだ。

しかし、そんな寵姫が冒険者登録なんぞするとも思えないが……。

ライアーの考えすぎじゃないのかと、考えながらも様子を伺っていると、程なく受付嬢の説明が終わったようだ。

 

真新しいカッパーのプレートを付けた五人が出入り口に向かうと、それを合図に通路を塞ぐ形で【通過儀礼】が始まり――そして終わった。

夜会巻きの女にぶっ飛ばされ壁にめり込んだ男は、全身の骨が何ヶ所も折れているようで、関節があり得ない方向に曲がったまま、人目もはばからず泣き喚きながら神殿へと運ばれていった。

一歩間違えれば自分があの立場だったと、 血の気が引く思いをしながら冒険者は問う。

 

「なぁ、いい加減教えてくれよ。あいつらは何者なんだよ。なんだよあの馬鹿げた力は……」

 

「女だけの五人パーティー。仮面を付けた小柄な女、どこからどう見ても貴族の令嬢にしか見えない縦ロールの女。ここまで言えばわかるか?」

 

女だけのパーティー。仮面の女、貴族の女……と少し考え込んだ後、何かを思い出した男はハッとした表情で顔を上げライアーを見る。ニヤリと返すライアーの笑みでそれが正解だと悟る。

まさか……いや、しかしそれならばあの強さも納得だ。

だが、聞いていた情報と合わない部分もある。

 

「……だが蒼の薔薇にはオーガの如き大女が居るはずだ」

 

「そこまでわかっててまだ正解に辿りつけないか」

 

ライアーはやれやれと大仰に両手を広げ雄弁に語りだす。

 

「いいか? そもそもだ。そのオーガ女の別名が【童貞喰い】なのは当然知っているな? 大方、無理矢理喰った相手が貴族の息子……いや、下手すりゃ王族かもな。まあその辺の手を出しちゃまずい相手だったんだろう。そのせいで蒼の薔薇は王国での居場所を失い、帝国に流れてきた。しかしオーガ女をメンバーにしたままでは、ここでも同じ事が起きる可能性が高い。そこでメンバーを入れ替えた上で新たにやり直す事にしたって寸法だ。カッパーからやり直しても、すぐにまたアダマンタイトまで上がれる自信があるからこその手だ」

 

「なるほど……確かにその説明ならメンバーが違う事も、あの強さでカッパーなのも全て辻褄が合うな。しかしよく一瞬でそこまで導き出せるものだ」

 

「ふっ、伊達に長年情報屋をやってはいないってことだ。良い酒を飲ませてくれるんだろうな?」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

チーム名というのは本人たちが決める事も出来るが、大抵の場合、周りからいつの間にかそう呼ばれている事が多い。そしてライアーと冒険者たちの話は、実際にカッパーに手痛くやられた白銀の男の話も相まって、瞬く間に帝都中に広がった。

その結果プレアデスたちの冒険者チームは図らずも人々からこう呼ばれる事になる。

 

 

――そう、【蒼の薔薇】と。

 

 

 

 

――♦――

 

 

 

 

「…………依頼を受けたい」

 

「おはようございます、蒼の薔薇のシズ様。大変申し訳ございません。本日はまだ薬草採取と荷物運びの依頼しかありませんので……」

 

意気揚々と冒険者登録してから数日、彼女たちは未だ一度も依頼を受けていなかった。

 

「…………ユリ姉はどんな簡単な仕事でもいいって言ってた」

 

「と、とんでもございません。蒼の薔薇の皆様に小間使いのような依頼を振ったとなれば、私の首が飛んでしまいます」

 

当面の方針として、帝国を拠点とし情報収集をする事となった。ナザリックを知る者を探しながら、まずは生活資金、そして周辺の地図を得る事を目標として活動するに辺り、これまでに得た情報からすると、地図はそれなりの地位に就かなければ手に入れる事は出来ない事が判明している。

 

しかし至高の御方々に創造され、既に最高の主人に仕える自分たちが、仮初であろうと下等な存在に仕える――主の命であれば当然別だが――事は主の品位を落としかねない行為であり、決して許される事ではない。

 

ならば、それなりの地位にある者に対して影響力がある存在はと調べた結果、冒険者と剣闘士が候補に挙がった。

そこでセバスは全体を統括しながらも、自由に動く遊撃とし、希望者が多い剣闘士をじゃんけんで取り合う事となったのだ。

結果ルプスレギナが剣闘士となり、他の姉妹は冒険者となった。

 

闘技場でそのルプスレギナに賭け続けるだけで、お金は倍々に増えていき金銭面の問題は既に消えている。

次はそれなりに名を売って、地図を持っている貴族との繋がりを作る段階へと移行しなければならない。

まだ一度も依頼を受けておらず、最底辺の冒険者に甘んじている自分たちとは正反対に、ルプスレギナは順調に勝ち進み、遂には武王への挑戦権を得るところまで上り詰めた。

そんな姉が自慢気に「ふっふっふー。この国ではみんなの出番はないかもしれないっすねー」などと勝ち誇っていた姿を思い出す。

 

最後にグーを出してさえいれば、自分がその立場になっていたシズとしては、何としてもルプスレギナよりも先に地図を手にして、自分も妹――エントマ――に向かって自慢したい。故に依頼が入れば直接宿まで伺いますと伝えられているにも関わらず、こうして依頼を受けに行くのであった。

 

「…………むぅ。依頼をこなさないとランクが上がらない」

 

「ええ、ええ、お気持ちはわかりますとも。蒼の薔薇の皆様からすれば、カッパープレートなど論外でしょう。ですがご安心ください。私共としましても皆様には一刻も早くアダマンタイト級になって頂きたいと考えております。故に現在、各方面に難度の高い依頼を求めて動いておりますのでまもなく指名依頼をお届け出来るかと」

 

受付嬢が登録したてのカッパー冒険者相手に信じられない程へりくだり、アーウィンタール冒険者組合総出で指名依頼を探すなどという異例の優遇を施すのは、彼ら側の都合も大きく関係していた。

帝国にも銀糸鳥や漣八連といったアダマンタイト級冒険者チームは存在する。

どちらのチームも仕事は堅実にこなすし、腕は確かなのだが致命的な欠点がある。

身も蓋もない言い方だが、単純に地味なのだ。

 

それに比べ蒼の薔薇は戦時中の敵対国家である、ここ帝都にも噂が届いてただけあり、とにかく華がある。

いや、噂以上だ。何しろ彼女たちが歩いているだけで、女は嫉妬と羨望の眼差しを送り、男は無意識に後ろを追いかける有様だ。

唯一の悪名であった【童貞喰い】もメンバーから外れ憂いもない。

組合としては彼女たちを広告塔として前面に押し出し、多くの依頼を得て、かつての活気を取り戻したいと画策するのは自然な事であった。

 

 

 

 

 


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