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少女が旅立ったその後で 作者:燦々SUN

第1章

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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 1-⑥

 暗い縦穴の中を、右手の上に保持した“光球”で照らしながらゆっくりと降下する。


 15m近く下りただろうか、ようやく地面が見えてきた。

 地面も壁と同じ石造りで、梯子が付いている壁の反対側に横穴が開いているのが分かった。

 地面に降り立ち、“飛行”を解除すると、その横穴に向かって歩き出す。


 横穴はそんなに長くなく、3m程の奥行しかなかった。

 その突き当りには、金属製の扉があった。

 恐らく、方向と距離からして、扉の向こうは上にあった儀式場の中心のちょうど真下に当たるのだろう。


 1つ深呼吸をして下腹にぐっと力を入れると、私はその扉を押し開け………あれ?あっ、外開きでした、ハイ。


 気を取り直して、扉を少しだけ引き開ける。

 中はやっぱり真っ暗だった。とりあえず(トラップ)がないことを確認して、少しずつ扉を開ける。

 完全に扉を開くと、そこが石造りの部屋であることが分かった。


 暗くて隅の方が見えにくいので、適当な壁の石に左手を押し当て、思いっ切り神力を込めてもう一度“光球”を発動する。

 実は、触媒としての機能を持たない物質でも、相当量の神力を込めれば一時的に下級までの神術なら維持することが出来る。すぐに神力が霧散してしまうので、本当に一時的なものだが。

 左手を押し当てた石が煌々とした明かりを放って、即席のライトになる。


 右手の“光球”を消して改めて室内を見渡すと、ここは普通の生活部屋のよう……ひっ!


(が、骸骨!うわっ!う、動いたりしないよね!?)


 正面の壁に机と椅子、右の壁に本棚、手前の壁に戸棚があったのだが、左側の壁にあったベッド。その上にかなり風化した骸骨が横たわっていた。


 恐る恐る近付くが、とりあえず動く気配はないし、神力が込められている様子もない。

 恐らく、ベッドで眠るように亡くなったのだろう。骸骨の上には毛布が掛けられていた。


 なんとなく遺体とはいえ、部屋の主が見ている前で部屋の中を物色する気にはなれず、私はそーっと手を伸ばして毛布を少し持ち上げると、それを頭蓋骨の上まで引っ張り上げた。

 とりあえず骸骨が視界から消えてほっとする。

 一応毛布の下の骸骨に向かって断りを入れてから、私は室内の調査を始めた。


 先ずは入口を入って左側、ベッドの足元にある戸棚を調べる。

 どうやらここは日用品入れらしい。

 上の方は食器や調理用品、下の方は…恐らく冷蔵庫だったのだろう。しかし、冷気を発生させていたであろう神具は力を失い、中に入っていた数少ない食料らしきものは、原形を留めないほど完全に腐っていた。


 食器などは綺麗な装飾が施されているものもあり、アンティークとしてそれなりに価値はありそうだが、流石にこんなものまで持って行くようなことはしない。墓荒らしみたいだし。


 入口を挟んで隣にある戸棚は、洋服と小物入れだった。

 こちらも、埃まみれの服はともかく、宝石などがあしらわれた指輪やブレスレッドといった小物は結構な価値がありそうだったが、別に神具という訳でもなかったので、これもスルーする。


 その隣の本棚。といっても、置いてあるのは本ではない。

 木簡というのか、木に文字を書いたものが乱雑に置かれている。

 まだ紙がなかった時代の人間なのだろう。いくつか紐でまとめられているものもあったが、ほとんどが木簡1本だけの状態でそのまま放置されていた。


 ここで調べたかったが、かなりの量があるので、全部読んでいたら結構時間が経ってしまうだろう。

 “紅”の皆さんをあまり待たせる訳にもいかないので、一応骸骨さんに謝ってから、全部右ポケットに入れて持って行かせてもらう。


 次に机を調べる。

 といっても、机の上にはペンと乾燥したインク壺、それに恐らく上から取って来たジルフィアらしき花の残骸があるだけだった。




 さて…では本命に取り掛かろうか。


 私は机の隣、ベッドの枕元に立て掛けられているそれ(・・)に目を向けた。


 鞘に納められた長剣が一振り、部屋の隅に立て掛けられていた。


 その長剣には、長い年月を経てなお、強大な神力が宿っているのが一目で分かった。


 私のローブと同等……いや、それ以上の力が宿っている。明らかに最上級の神器だろう。


 そっと手を伸ばし、その剣を壁から持ち上げるが……


「お、重っ!」


 立て掛けられてるのを真っ直ぐにしただけで、思わずよろめいてしまった。

 慌てて“怪力”を発動し、筋力を上げて踏ん張る。

 鞘とつばが革紐で固定されていたので、それを外してから、鞘を左手で、柄を右手で持つと、一息に抜き放った。


 鏡のような剣身が、光を反射して眩く輝いた。


 形状は一般的な西洋剣だが、精緻な刻印が施された溜息が出そうなほどに美しい剣身は、芸術品としても十分過ぎる魅力を持っていた。


 しかし、私は溜息を吐くどころか、呼吸が乱れて喉が引き攣ってしまった。


 なぜなら、私はこの剣に見覚えがあったからだ。


 左手の鞘を床に置くと、剣を左手に持ち替え、右手で右ポケットから革袋を取り出す。

 それは、ラルフにもらった財布だった。その中から、1枚の硬貨を取り出す。


 アーサー聖銀貨。

 その表面に浮き彫りにされている男性が持っている剣。それと今左手で持っている剣を見比べる。


(…似てる。いや、でもまさか、ねぇ。たまたま少し似てるだけかもしれないし。うん、まあでも一応ね?)


 そんな風に心の中で誰に言うでもない言い訳をしながら、左手の剣を地面に対して真っ直ぐに立てる。

 そしてそのまま、柄から手を放した。


 ゴンッ、という床を打つ鈍い音が響いた。


「うわぁ…」


 剣が床に倒れた音……ではない。


 何の抵抗もなく床に突き刺さった剣の柄が床(・・・・・)にぶつかった音(・・・・・・)だ。


「やばい……本物だ……」


 頭を抱え、呻くように呟く。




 白兵戦において史上最強と謳われる聖人、剣聖アーサー。

 その愛剣である、聖剣ゼクセリア。


 込められている神術は2つ、“不壊”と“絶対切断”。


 貴重な聖銀を特殊な方法で加工し、鍛え上げたこの剣は、決して折れず曲がらず、万物をあまねく切り裂くと言われている。


 間違いなくこの世界における最強の神器の1つであり、所在不明になっていた伝説上の聖剣だ。


 そして……不本意ながら私の今世の名前の由来でもある。

 いくら聖女級の神力を宿して生まれたからって、伝説上の神器から名前を取るなんて安直だと思いません?というか女の子に対する名付け方じゃない。

 まあ私にとって、もはや“セリア”という名前は昔に付けられた渾名あだなみたいなもので、特に愛着もないし、そこまで気にならないけれど。


 ともかく財布をしまうと、私は地面に埋まったゼクセリアの柄を両手で握る。


(前世の有名な聖剣は岩に突き刺さってたらしいけど、根元まで刺さってなかった時点でこっちの聖剣よりも切れ味悪かったってことになるよね。まあどうでもいいけど)


 そんな益体やくたいもないことを考えながら剣を引き抜く。

 そこでふと思い付いて、ゼクセリアを右手で持ち直すと、そっと左手の人差し指で刃先に触れてみる。


「うわっ!」


 結界など、何の意味もなかった。

 恐ろしく静かに、何の抵抗もなく刃先が指に滑り込み、指先から血がしたたった。

 あまりにも何の抵抗もなかったせいで、血が出るまで切れていることにすら気付かなかった。


 慌てて指を離し、聖属性下級神術“治癒”で傷を塞ぐ。


 すーっと背筋が寒くなる思いがした。


 過去の戦闘系に特化した聖人の力の一端が垣間見えた。それと同時に、自分の力の限界も。


 覚醒後、色々と試してみて薄々気付いていたが、私の聖人としての戦闘力は決して高くない。


 先程ニックさんが私に「何でもアリかよ」と言っていたが、確かに私は神術師としては万能型だ。


 だが、それはあくまで最上級レベルまでの話なのだ。

 その先、聖人にのみ許された究極の奥義たる超級神術において、私が出来ることは少ない。

 例外は、私の一番の願いである“地球への帰還”、それを実現するための“空間を操作する神術”だ。


 でもそれだって、制約が多過ぎて使い勝手が悪い。

 今のところ使えるのは“空間接続”と“空間拡張”の2つだが、“空間接続”は“扉という構造物を触媒に、接続先の空間が詳細にイメージ出来る”状態でないと発動しない。

 “空間拡張”に至っては、“何もない限られた大きさの、境界が明確に区切られた空間”にしか使えない。


 おまけに、発動に掛かる時間が長過ぎるし、消費神力量も膨大だ。

 せめて空間を遮断するような神術を使えれば防御に使えたのだが、そういったものはどうやっても作れなかった。

 要するに、私が使える超級神術は実戦では使い物にならないのだ。


 そして、今実証されたように、最上級以下の神術は超級神術の前ではほとんど役に立たない。

 この先訪れる聖人の遺跡で、もしこのレベルの(トラップ)があれば、私にそれを防ぐ術はないのだ。



 何だか急に自分が弱くなった気がして、酷く心細い感じがした。

 気を取り直すように頭を振ってから、とりあえずゼクセリアを鞘に納めようとして、ふと思った。


(これ…鞘も普通に切れちゃうんじゃない?)


 しかしそこはよく出来ていて、鞘で刃先が当たる部分に余裕が持たせてあり、代わりに側面のの部分をしっかり押さえて固定できるようにしてあった。

 それでも刃先が鞘に触れないように、慎重に剣を納めた。


 革紐で剣が抜けないように固定したところで、鞘に何か文字が刻まれていることに気付いた。

 光の加減でよく見えなかったので、灯りの下まで持って行って確認してみると、そこにはこの世界の言葉でこう書かれていた。


 “この剣が清く真っ直ぐな意思の元に振るわれることを願う アーサー”


「………」


 何とも言えなかった。

 私の願いは真っ直ぐなものではあると思うが、清いものであるかどうかは判断が付かなかったからだ。

 だが、どうやら剣聖アーサーはこの剣が他人の手に渡ることは構わないと思っていたらしい。

 なら、せめてこの言葉を胸に留めておこう。

 自分の意志が清いものかどうかなんて分からないが、この言葉を覚えている限り、決して欲に塗れて淀んだものにはならないと思うから。


 私は毛布をそっとめくると、剣聖アーサーの亡骸に向かってそう誓った。

 静かに手を合わせて故人に祈りを捧げると、私は聖剣ゼクセリアを持って、部屋を後にした。




 地下通路を通り、地上の儀式場に戻って来る。


 ゼクセリアは右ポケットに入れておいた。

 鍔の部分が入口に引っ掛かるかと思ったが、斜めにして入れたら何とか入った。


 もう調べることもなさそうなので、周囲に咲いているジルフィアの花を回収して帰ることにする。


 ポケットからナイフを取り出すと、片っ端から花を切り落としては右ポケットに突っ込んでいく。

 流石に全部取ったらこの先花が咲かなくなるかも知れないので、2割くらいは残しておく。それでもかなりの量を回収出来た。


 結構時間が経ってしまったので、“飛行”でさっさと“紅”の皆さんの元に戻る。


 待っている間に襲撃されたらしく、周囲に猿型の害獣の死体が転がっていた。


「ずいぶん時間が掛かっていましたね?何かあったんですか?」

「すみません。ジルフィアがあまりにも綺麗で、切るのが忍びなくって」


 怪訝そうに聞いてきたロイさんにそう誤魔化すと、完全に納得したわけではなさそうだったが、そうですか、と頷いた。


「もう用は済んだので、戻りましょう」

「分かりました。よし!日が沈む前にさっさと森を抜けるぞ!」


 ロイさんがそう声を掛けると、他の皆さんは口々に威勢のいい返答をした。


 彼らと隊列を組み直しながら、私は最後にもう一度小島の方に視線を向けると、小さく頭を下げた。


「?どうしたんですか?」

「いえ…何でもありません」


 そう言って前を向くと、私は彼らと共にカロントに向かう帰路に就いた。


梨沙は最上位の神術師ではありますが、決して最強ではありません。

手札は多いですが、絶対的な切り札がないため、過去の戦闘型の聖人と戦えば高確率で負けます。


次回更新は明日か明後日です。

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