ナザリック地下大墳墓の表層、墳墓への入口のある場所へ一人の悪魔が空間に割り込むように姿を現す。
何の事はないただの気まぐれであるが、今回は歩いてアインズのいる9層まで向かおうと入口の階段を降りてゆく。
普段ならば大墳墓を隠している丘の脇に建てられた、木製のログハウスの中の転移扉を使い、直接9層まで行ける。
風呂場で解散を命じられてからまだ半日も立っていないが、自分が任されている魔王計画のために少しばかり必要な物ができてきしまったので、アインズの許可をもらいに戻ってきたのだ。
少しの数なら量産できるようになったメッセージのスクロールで、連絡を入れれば済むことではあるが。我が慈愛なるこの大墳墓の王は、仕事の経過報告をするたびに自分のことを労ってくれるのだ。
それならば効果時間の決まっているメッセージのスクロールで手短に終わらせられてしまうよりも、直接ほめてもらいたいのである。
ナザリックを出てから戻るまでの時間が早過ぎるので、少しでも時間を稼いでおこうかという後ろめたい気持ちもあったのかもしれない。
1層から3層はシャルティアが管理しているが、だからといってわざわざ通り抜けるナザリックのものを確認しに出てきたりはしない。
4層も湖があるくらいで、最近はリザードマンたちが訓練で使うような道具や、王都から運んできた物資、拉致してきた者たちが持っていたしわけされていない物品が積まれていたりと。臨時倉庫のような場所になっている。
5層の主とはよく9層のバーで酒を呑む仲ではあるが、通るたびに挨拶に出てくるようなことはない。もしかしたら今頃は、統治を進めているリザードマンの集落にいるかもしれない。氷漬けにされた綺麗な死体が、使いやすいように丁寧に並べられている中を歩く。
6層に入ると、なにやら闘技場を使ったような跡を発見した。まだ新しいように見える。
6層の入口から7層への出口へと向かう途中、丁度闘技場の中央辺りだろうか、何かが引きづられたような跡と、その先には点々とクレーターのような、上から降り立ったら風でこんな模様になるだろうと思われる跡が、出口のほうまでいくつか一直線上に連なっている。
自分が出て行ってから闘技場を使うようなことがあったのだろうか、とその形跡から何をしたものであるか予想しようとするが、何も浮かんでこない。
この時間だとまだアウラやマーレは寝ているだろうか。起こしてまで話を聞くのも悪いと思い、そのまま7層への転移門をくぐる。
はっきりと異変を感じたのはこの層に来てからだ、誰も出迎えに来ない。創造主より与えられた12体のしもべ、魔将たちは普段ならば自分が帰ってくると集合し、いろいろと報告を上げてくるはずである。今日に限って初めて誰も出てこない。必ず1体は神殿で待機しているようになっているはずだが、その1体すら見当たらない。
不安が脳裏をよぎる。おかしい。歩いてきたとしても、ここにくるまでに誰とも会わないことは珍しいことではないだろう、しかし会わなかったのではなく、いなかったのであれば……。
悠長に歩くのをやめ、転移の魔法で9階層への転移門へと向かう。
9階層、メイドたちが掃除やら細々とした物品の移動補充のために一人くらい見かけてもおかしくはないはずだ。
誰もいない。
急いで、9層で走るのははばかられるので早歩きくらいではあるが、アインズの自室へと向かう。
扉をノックするが、しばらく待っても何の返答もない。念のためもう一度扉を叩くが、同じように中からの反応は返ってこない。
意を決して返事をまたずに扉を開く、中にだれかいた場合非難を受けるかもしれないが、それならばまだ良い。
アインズの自室も空であった。部屋にある扉もすべて開き確認するが、誰もいる様子はない。
「どなたもおられないのですか?」
静、と静寂に包まれる。音を立てないようにして作ったものではなく、音を立てる者がいないための静寂。悪魔の身に、不安と、恐怖が湧き上がってくる。
初めてデミウルゴスは、ナザリック内で走ったかもしれない。これは何だ、何が起こっているのかわからない、戦闘の跡のようなものは6層にしかなかった。何者かが侵入してこのような自体に陥ってしまっているのか、それならばなぜ今まで連絡の一つもなかったのだ。デミウルゴスは10層への転移門へと飛び込む。
10層に入ると、デミウルゴスは目を見開く、侵入者が来ていたのだと確信する。広間の中央に見たこともない女の顔をした像が出現していた。スラっとした体つきで胸はないように見える。
侵入者を迎え撃つゴーレムだろう、それが起動しているということは……。
像を調べるよりも、玉座の間がどうなっているのかが気になった。もしかしたら扉を開ければ、今まさにその侵入者との死闘を繰り広げているかもしれない。
近づけば自動で開くその扉を、待っていられないというふうに一気に押し広げる。
玉座の間にも、誰もいなかった。
アインズ様はおっしゃっていたではないか……、この世界では私達は強者ではないかもしれないと。
このような事態を、あの時からアインズ様は予想していたのだ。
ろくに戦闘の跡さえ残さず、ただただナザリックの者たちを消してしまえるような存在。自分たちでは想像もつかないような力を持つ者たちがこの世界には潜んでいるのかもしれない可能性。
自分は外へ仕事に行っていたからたまたま助かってしまったのだろうか。いや、助かってなどいない、ここに残っているのは罪である。防衛時の責任者などという守りの要とも言えるような立場にありながら、その責任者だけがここに残ってしまっている。
何も知らなかったなどというのは都合のいいだけの話だろう。
「どうしたのだデミウルゴスよ」
はっと我に返る。幻聴ではないかとうしろを振り向くと、アインズ様と、その後ろには各守護者、パンドラズアクター、プレアデスの5人、一般メイド、ニューロニスト、恐怖公、エクレアとそれを抱く執事助手、ピッキー、司書長とその配下、魔将、コキュートスの配下の雪女郎に9層の警備のために置かれた者達、シャルティアの配下の吸血鬼の花嫁がいつの間にか後ろに広がっていた。
いなくなったものなど誰もいなかったのだ。
「いや、ちょうどいいところに来てくれた、
「あ、ああ……うぅ……よかった」
デミウルゴスはその場にへたりこんでしまう。
「お、おい大丈夫か、体調でも悪いのか」
アインズが慌てて駆け寄り、座り込んでしまったデミウルゴスの背中を擦り、もう片方の手で手を握る。
デミウルゴスは、悪夢を見た子供のように、しっかりとその存在を確認するように強く手を握り返した。
最後の至高の御方がいなくなる夢、それは何よりも恐ろしいものだった。
「も、申し訳ございません、もう少しだけこのままで」
我が至高なる主は、何も言わずそのままでいてくれた。
悪夢を見る悪魔。
何故か一人だけシリアス!