ニューロニストは、生み出されてから最大の好機を迎えていた。
アインズ様と二人きりでゴーレム探しをすることになったのだ。
ニューロ二ストたちが6層に着いてアインズの戦いを観戦している間も、アウラの魔獣が東端の南北に広がり西側へとゴーレムを捜索しているところだった。闘技場での戦いが終わってから、その場にいた者たちをゴーレムが起動しても逃げきれるようにチームを分けて、西側の南北に広がってから東側へ向かい、魔獣たちと挟み込む形での捜索することになっている。
夜空の下、アインズ様との森林散策デート。アインズ様研究会の同好の士には申し訳ないが、自分が一歩リードしてしまうのは、普段の自分磨きを怠らずにやってきたご褒美なのだから仕方がない。残念なのは捜索という名目上、隣同士に寄り添って歩いているわけではなく、少し感覚を開け右側と左側で分けて捜索していることだろうか。それでもチャンスはチャンスしっかりと活かすことが重要だ。
「夜空がとっても綺麗ですわん」
まずは話のきっかけを作ること。ゴーレム探しも重要であるが、今でなければできないことのほうが重要だ。場の雰囲気を考えこの後の流れをつかむのが鉄則である。
ニューロニストはチャンスを逃さない女である。
「ニューロニストはここの夜空を気に入ってくれているか?」
「もちろんでございます、私にも鳥のような羽があれば、あの空へと羽ばたいてみたいとおもってしまいますわん」
男は純粋さに惹かれるものだ。夢見がちな少女であればきっと、守りたくなるだろう。ゴーレム探しという至高の方の命令をないがしろにするわけではない、しっかりとあたりを見渡したうえで、ゆっくり進んでいるのだ。
夜空に輝く星々に心惹かれるのも事実であり、じっと見上げていると自分が今何処にいるのかわからなくなりそうである。
ニューロニストはロマンティックを理解する女である。
「そうか、この夜空を作ったブループラネットさんも、そう思ってくれるのであれば喜ぶだろう」
「ゴーレムを探さなければいけないのに、上ばかり気にしてしまって申し訳ございません」
違和感を与えるほどに少女アピールするのは逆効果だ、程々に切り上げるのが吉。
先ほどまでの少女を思わせるようなイメージから、一人の女性のイメージに切り替えるのだ。
ニューロニストはギャップを知る女である。
「よい、すでに6層ではゴーレムを1体発見しているのだ。見つからない可能性も高いだろう。普段はあまり見ることができない階層を楽しんでくれているのならば問題はない」
「6層の夜空は本当に素晴らしいものでございますわん。ところで、アインズ様は音楽はお好きでしょうか? アインズ様は叡智に富む御方この場に合う素晴らしいものもきっとご存知なのでしょう」
自分を優先してくれている男には、素直に応じるべきである。アインズ様研究会ででた幾つかのアインズ様の傾向と対策を思い出す。アインズ様はNPCのことを子のように思っており皆をすべからく愛しているという。それは親子の愛情に近いのではという結論が出ていたはずだ。つまり、自ら子に手を出すようなことはできない。最初は相手に合わせ、子供のように素直な疑問をぶつけるのだ。
次なる話題、できれば自分が得意な方向へ向かうような会話がベスト。
ニューロニストは先を見据える女である。
「音楽? ふむ、そうだな正直あまり音楽を聞く方では無くてな。ニューロニストは歌でもうたうのか?」
「いえ、私は歌わないのですが。楽器を調律をするのが好きなのです」
自分に興味を持ってくれているという質問だ、素直に答え、それとなく自分の趣味を伝え、相手の反応を促す。5層が拠点の自分はあまり9層に自室があるアインズ様と会う機会がないのだ、それも今回のように2人きりなど、今後あるかすらわからない。自分のことを知ってもらう機会は見過ごせない。
ニューロニストは手応えを感じると押していく女である。
「ほう、機会があればニューロニストの好きな音楽でも聞かせてもらいたいものだ」
「この前は少し失敗してしまいましたが、次の機会があればアインズ様にも満足いただけるだけの賛美歌をご用意致しますわん」
さりげなく、次に会う約束を取り付けるのだ。チャンスを待っているだけでは他の同好の士よりも不利な位置にいる私には競争相手が多い男へのアピールの機会は巡ってこない。
ニューロニストはチャンスを自らの手でつくりだす女だ。
「賛美歌か、それは楽しみだな」
ニューロニストは確かな手応えを感じる。今、アインズ様の頭のなかでは私と賛美歌を聞いている様子が思い浮かんでいるはずだ。
「ニューロニスト止まれ!」
ニューロニストの表情が読みやすいものであれば、ニヤニヤと気持ち悪い笑みをいかべているところであっただろうか。
突然、地面が浮き上がり、浮遊感を感じる。
「きゃあっ」
運は私を味方している。トラップに引っかかり、前後から迫る牙の生えたような葉に挟まれそうになっているのにもかかわらずだ。
自分は浮きながらも、アインズが飛び込んでくる姿をみて確信した。
「この辺りは植物自体がトラップの役割を果たしているせいで解除することができないのだ、先に注意することができなかった。すまないな」
「あ、ありがとうございます、アインズ様」
ニューロニストが浮いたところに、アインズは飛び込みそのまま抱きかかえると、無詠唱化したフライの魔法をかけ、上空へと避けたのだ。まさにドラゴンに食われんとする姫を助ける王子だ。
弱っているアピールができる中で自分から手を握ったり、チャンスとばかりに相手に抱きついたりするのは、弱っているのに攻め来るという油断を突きにかかる状態になることを理解できない、頭の足らない馬鹿女のすることだ。こういう時はそっと手を相手のつかみやすい位置に持ってゆけばいい、自分からはなかなか手を出しづらいと思っている相手であっても、勝手にその手を握ってくれるものだ。
ニューロニストはそっと自分の胸の上に手を浮かせる。するとどうだろう、自分の肩の後ろに回っている方の腕で、体が少し寄せられると手首を曲げ自分の手を握ってくれるではないか。
この距離であれば常にふりかけている花の香の香水も十分にアピールへと繋がるだろう。
「驚かせてしまったようだな」
「いえ、落ち着いてきましたわん」
自分を落ち着かせるように、優しく手を握ってくれる。
状況はまだ終わっていない。五感を持つ者にとって肌などで感じる触覚というのは一番感度が高いものであるだろう。なのに触覚を通してアピールする機会と言うのは、愛し合う二人というのであれば別だが、二人きりになるよりも珍しい機会と言える。それなのに今は二人きりであり、なおかつ肌が、アインズに肌はないが、触れ合っているという絶好の機会。
アインズの腕の中で少し身じろぎをする。
んんっ、と艶めかしい声をだして相手をドキドキさせるのも手だろうが、子のような存在である自分からそういうドキドキを与えられては困って悪い印象を与えかねない。そんなことになれば、次はあまり近くに寄り過ぎないように接してくるようになるかもしれない。今は自分の感触を覚えてもらうことが、自分を女として意識させるために必要な行動なのだ。
ニューロニストは賢い女である。
「すまない、持ち方が悪かったようだな、すぐに降りるとしよう」
地表へ降り立ったタイミングでアインズはメッセージの魔法で連絡を受けたようだった。
「ニューロニストよ、ゴーレムが見つかったとマーレから連絡があった。転移するから近くへ……いや」
今回の情況は控えめに言っても大成功である。
「〈マス・フライ〉これでお前も空をとぶことができるだろう」
「アインズ様、こんな私のために魔法を……」
「普段頑張ってくれているしもべに褒美を与えるのはいけないことか?」
そう言うとアインズは、まだ地上に立つニューロニストへと手を伸ばす。
ニューロニストがその手をそっと掴むとそのまま星空へと吸い込まれていく。
その日、6階層の空には2つの影があった、二人は仲睦まじく手を繋いで夜空を飛んでいく。
外見からでは年齢のわからない異形種ではあるが、アインズはその中に、少女を感じ取っていた。綺麗なものに気を取られてしまう姿に、好きなものの話をしたいと思う姿に、驚き怯えてしまう姿に。
普段は自分の夢を語ることがないしもべたちとの会話のなかで、初めてそれらしいことを聞いたのだ。娘の夢くらい叶えてみせようじゃないかと。
アインズはニューロニストの心の内など知らないのだから。