ナザリック地下大墳墓第6層、侵入してきたものは挑戦者として闘技場に迎えられる。迎え撃つはこの大墳墓を支配する者達。きっと彼らはここで最後の絶望を味わうことだろう。
闘技場の中央、今まさに絶望の淵に立たされているものがいる。
彼は、観客席にいる者達の強い興味の視線に晒され、どうすることもできないこの状況をいかにして突破するべきだろうかと、普段からは考えられないほどの思考速度であらゆる状況を考えだしている。
その彼の目の前には光り輝く頭が眩しい、腰を落とし尻を突き出す姿で待ち構える男。
こうなってしまってはもう覚悟を決めるしかないと結論付け、行動に移すべきなのだが……。
「アインズ様ー!がんばってくださーい」
普段はおどおどした態度で、あまり大きな声を出さない子ではあるが、この時ばかりは声を大にして闘技場にいるものを応援していた。
「どうしてこうなるのだ……」
シズと自身以外は誰もいなかったはずの闘技場。誰も居ないうちに終わらせてしまおうと覚悟を決めたはずだ。
闘技場の観客席には戦いを盛りたてるための音を出すためだけにのゴーレムが並んでいるのだが、今に限ってゴーレムを押しのけるように、至高の御方の戦いをより近くで見たいと、最前列にて立ち見をしているしもべたちの姿が、アインズの目に入る。
もともと闘技場は見世物のためのものだ、現状正しく使っていると言って間違いないだろう。しかし、中央にいるのがこの大墳墓を支配する王で、観客がしもべであるというのはだいぶおかしくはないだろうか。
いやこれが戦闘を見せるというのであればアインズも絶望する必要はない。
問題はこれからするのは男同士の尻相撲である。土俵はこの闘技場の長径の端にある2つの入場門を繋いだ直線上。
尻相撲をするには長すぎる。一方的に押し出せたとしてもどれほどの時間がかかるかわからない。どれくらいの時間、羞恥に晒されるのかという恐怖もアインズか踏み切れない要因になっていた。のたうちまわりたい気分を押さえつけ、るし★ふぁーへの呪詛が頭のなかを支配していた。
観客席ではアインズからゴーレム捜索への応援をうけ急遽駆けつけることになった者たちが今か今かと試合が始まるのを待っている。
「オオ、アレガるし★ふぁー様ノオ作リニナラレタゴーレム、光リ輝イテイル」
「あんな石の塊がいくら光ったところでアインズ様のご威光にはかなわないでありんす」
「でもあのゴーレムとなにをするっすか? 槍は持っているけど、すでにアインズ様に背を向けてるっす」
「シズ、教えてもらってもいいかしら」
「尻相撲であっちの門に押しこめばゴーレムが停止する」
「しりぃずもうですかぁ? 馬のおしりの時みたいにぺんぺんして運ぶのぉ?」
「うふふふ。わたくしもアインズ様にならお尻ペンペンされたいわん」
「ふふーん私はアインズ様に上に座ってもらったことがありん……」
あなたねぇと隣に座るアウラにかなり強めに小突かれた。シャルティアとは反対側の隣に座るマーレも乾いた笑い声を出すだけで姉のことを止めない。
「それなら私だって大声で迫られたとこもあるっす」
「ルプ、あなたちゃんと反省しているの?」
「してるしてる、ほうれん草もちゃんと食べるようにっす、だからユリ姉その棒はしまって欲しいっす」
パシンと指揮棒を打ち付ける音が鳴る。なぜかシャルティアまで背筋を伸ばして固まってしまった。
「報告すること、連絡すること、相談することでっす」
「シャルティアモダ、マタアノヨウナコトガアッテハ」
「わかっているでありんす! 油断しない、慢心しない、警戒を怠らない! これでいいでありんすね」
「情況ニ不備、不明ガアル場合ハスグニ報告スルコトモダ」
「ちょっと長いから言わなかっただけでありんす!」
「あら、アインズ様も後ろを向いたわよん」
しもべたちは会話をやめ、闘技場の中央へと視線を向ける。
アインズも覚悟を決めたようだ。
先ほどは手で触れたのでなんの反応もなかったが、尻で触れようと反転ししっかりと押していけるように少し腰を落とす。触れるような勢いで行くから気まずくなるのだ、とすこし勢いをつけて像を押し出すように尻と尻をぶつける。
おお、と歓声が上がる。
像はアインズとぶつかった瞬間、数メートル吹き飛んでいた。
アインズは込めた力から想像していた光景との乖離にあっけにとられていると、ゴーレムは尻をこちらに向けたまますり足でカサカサと後ろ向きとは思えない速さで迫ってきた。
――なんだあれ気色悪すぎるだろう!
目の前の光景にショック受けたままのアインズは、スタート地点に立ち動けないまま再びゴーレムとの尻合わせをすることになってしまう。
「うわわわわ、止まれ止まれ」
思わず素が出てしまうが、このまま押し出されて負けるというものすごく情けない姿が脳裏をよぎり、どうにか気を取り直して尻に力を込め押し返す。
どうもこちらの込めた力で飛んでいるのではなく、あのゴーレムが自分で後ろに、正面だが、飛び下がっているようだ。最初よりも長い距離を飛んでいった。
飛ばされ、そこからまた相手に迫り押し出すを繰り返すだけで、ゴーレムから勢い良く吹き飛ばされるといった心配はなさそうである。
相手に迫らせず尻を押し続ければ終わる。それならば。
「〈ヘイスト〉」
アインズは着地しようとするゴーレムに向かって走りだす。ゴーレムのように尻を向けたままではなくちゃんと正面を向いてだ。
着地したゴーレムが再びすり足で迫ってくる。
距離が縮まってきたところで、走る勢いのままアインズは跳ぶと、空中で体を反転させゴーレムの尻にぶつける。
再びゴーレムは飛んで行く。開始時の距離よりも短い、跳ぶ距離はランダムなのだろうか。
力を込めたまま触れさえすればゴーレムが自分で飛んでくれるおかげで、跳んだ時の勢いをそのまま着地してからも使えるため、ゴーレムが飛んでいる時間にも距離を十分に詰めることができる。
「〈グレーターラック〉」
跳ぶ距離がランダムならば効果があるだろう。アインズは強化魔法を施しつつゴ―レムの着地点に向かって走る。
5回繰り返した頃にはゴーレムの着地と同時に吹き飛ばすことができるようになった。
そこから、流れに任せてまた3回ほど繰り返す。
アインズの目算ではあと2回で確実に門へと運ぶことができる。
反撃、という言葉が不安として湧き出てくるが、尻以外で触れたらやり直しだというルールを自ら破ってくるようには作らないだろうと祈るしかない。
1回、2回と繰り返したところでゴーレムを門へと叩きこむことに成功した。
「……案外、楽しかったな」
最後の着地を決めたアインズからは開始前の羞恥はすっかり抜けて、スポーツを楽しんだ後のような爽やかな気分につつまれていた。
これはこれで、しもべにもやらせれば流行るのではないかと。ナザリックスポーツ施設なんて想像が膨らむ。
思いがけない息抜きとなったアインズは満足気に門へ飛ばしたゴーレムへと近寄る。
「うわぁ……」
門を通り抜けたところで停止したのだろう、ゴーレムは着地できずに尻をつきだしたポーズのままうつ伏せに倒れていた。四つん這いになって尻を突き出す姿が、イケメン設定の悪魔の成れの果てである。
この状態もるし★ふぁーの思惑通りなのだろうか。そうだとすればイタズラに関してはぷにっと萌えの戦術以上に優れているのではないかと、自分でも何を言っているんだと突っ込みたくなる考えだが、まだあと2体のゴーレムがこのナザリックに潜んでいると考えると、笑うに笑えなかった。
うわわわわ(骸骨面)