ゴーレムの正体は   作:はんでぃかむ

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星空の瞬き

 7階層にあった像、地獄の大公爵バティンは炎の源泉に潜む悪魔なのだそうだ。火口に沈めてあったのもその設定からであろうか。

 

「あの悪魔の像のなすがままにされていても悪魔の像の回収はできたとは……」

 

 7階層で発動した超位魔法を解除し、魔将たちを解散させそのまま6階層に向かう途中。シズからゴーレムの止め方についていろいろ聞き出したアインズは、発動してしまった悪魔の像を止める方法が一つでないことを知り、落胆の色を隠せないでいた。

 

「なすがまま、つまりあの悪魔の像が私を捕まえ、5分間地面を引き釣り回せば勝手に止まるという話だったな?」

 

 そう、と答えるシズの横を歩きながら、市中引き回しの刑という言葉が浮かぶが、別にただ引き回されるだけなら今のアインズにとってはなんてことはないである。

 

 停止条件と完了条件。強制的に停止状態にするなら馬の尻を3回叩く。通常通り停止させるなら引き回しの刑を素直に受けてゴーレムに与えられた命令を完遂させる。どちらかを満たせばゴーレムは停止状態になり、指揮権の移譲を行える。

 元々はフレンドリーファイアーのないゲーム内で作られていたゴーレムである、身内を全力で滅ぼしにくるようなことはできない。だからといって何もできないわけではなく、るし★ふぁーが設定したように完全にイタズラ目的で5分間引き回されると考えれば十分に迷惑なゴーレムだ。尻を叩いて止めようとすると反撃してくるのも、どうせダメージは入らないがびっくりさせてやろうか位のものなのかもしれない。

 

 結果として、わざわざ危ない方の橋をわたってしまったのだが、シズはアインズに被害が出る方法を元から選択肢として示さなかった。結局アインズのリサーチ不足ということになるのだろうか。

 

「シズよ、次からはどんな条件であろうと、とりあえず両方の条件を教えてくれ」

 

 ライオンの像を止めるために尻尾を引っ張る方法だけを教えたのは、アインズが今すぐに停止させる方法を聞いたためだ。像のなすがままにされていた場合は水風呂まで連れて行かれ5分間座らせられるというものだった。

 

 了解した、と短い返事をしてきたあたりで6階層への転移門につく。正直なところ、精神的に少し休憩したいところではあったが、普通に暮らしていればゴーレムは発動しないだろうと思えてきた今、捜索を中断してしまうと再開する気分になるかどうかに不安があるためにそのまま6層へと転移する。

 

 「ようこそ、私達の守護階層へ!」

 

 転移門を抜け、6階層の闘技場へと出るとアウラとマーレが出迎えてくれる。その後ろにはアウラのペットである魔獣たちが数えきれないほど並んでいた。

 

「9階層で解散をしたばかりなのにすまないな」

 

 7階層での失態を繰り返さないために予め守護者を呼びつけ魔獣たちを集めさせておいた。森に住む魔獣ならば、もしゴーレムを起動させてしまったとしても、容易に逃げることも可能だろう。

 

「そんな、アインズ様。僕はアインズ様のお役に立てるならとても嬉しいです」

 

 両手で杖を握りしめ、素直な思いを伝えてくるマーレ。

 

「そうか、ありがとうマーレ。早速だがメッセージで伝えたとおり、るし★ふぁーさんのつくったゴーレム探しを手伝ってもらおう。範囲は6層全域、7層でもそうだったが普段はいかないような場所も含めすみからすみまで探して欲しい」

 

 アウラとマーレは承知いたしました、と返事をするとすぐに魔獣たちを闘技場の外の森のなかへ突入させる。

 

「あ、あのアインズ様。全域ということは、あの穴の中もということでしょうか」

 

 ん?ああ、餓食狐蟲王のところか。先日もアウラはあそこに行くのを嫌がっていたな。

 

「ああ、そうだ。だが今回もマーレがあそこに入ってくれるだろう、ついでに餓食狐蟲王に新しい巣の使い心地でも聞いてきてくれ」

 

 思い出したくもないことを思い出してしまうが、アインズは軽く頭を振りそのことを頭から追い出した。そのせいで更に疲れが増したように感じる。

 

「7層でも1体ゴーレムと戦ってきたため少し疲れてしまってな。悪いが、しばらく私はここで休ませてもらう」

 

 6層内での転移なら通常の転移魔法が使えるので、アインズが闘技場で休んでいても連絡があれば即座に現場に向かうことができる。

 

「はい、6層の捜索のことならば私たちにお任せください! すぐにゴーレムくらい見つけ出してみせます!」

 

 そう言うとアウラとマーレも闘技場の外へと向かっていった。

 

 

 ふぅと息を漏らすと、アインズはフライの魔法で空へと浮かび上がる。

 

 リアルでは星の瞬く夜空など馴染みのない光景であったが、6階層に作られた夜空は、現実のもののように輝いている。

 仰向けに浮かび脱力して高度を下げいき、見えないベットに横になるようにふわふわとただ夜空を見上げ、何も考えずに浮かんでいた。

 

「あれは……オリオン座?だったかな」

 

 思い浮かんだ単語を誰が聞いているわけでもないが口にする。

 

 シズならば知っているだろうかと、6層への入口で集合をかけた残りの守護者への案内のため待機しているメイドを呼んでみるかと考えるが、そんな考えもすぐに溶けていき、今はただ自身の心の安らぎを夜空に求めることにした。

 

 しばらくそのままでいると、ぽすん、とアインズは闘技場の中心に落ちる。フライの魔法の効果時間が切れたのだ。土に直に寝るのは服も汚れるし抵抗もあったのでしなかったが、ひんやりとした土の感覚も心地よいものだ。

 アインズが土の感触を手でも感じながら星を数えていると、真上よりやや外れた位置の星が揺れて流れだした。

 

 流れ星まで再現してあるのか、とアインズは初めて見るその光景をじっと見つめていた。

 

――天誅

 

 ぶち壊しである。

 

――神聖なる闘技場で昼寝とはピクニックでもしに来たつもりか! 夜空の星星が許してもこの私が許さん!

 

 本日3回目となる男のセリフだ。

 

 アインズは流れ星がどんどん大きくなっていくのに気がついた。あれは流れていない、こちらに向かって落ちてきているのだ。

 星が落ちて来る様子から目を離さずにすぐに立ち上がる。どんどん地表に近づいてくる光は、自ら光を放っているようだ。

 

 輝く星は闘技場の中心、先程までアインズが寝転んでいた場所に轟音を立てて降り立つ。7階層への入口に背を向け、大きく両足を開き右足を上げるとゆっくりと四股を踏み始めた。左足を上げたかと思うと、どうやったのかそのままの姿勢で体を反転してから左足を下ろすと、尻を突き出したところで動きを止めた。

 

 見た目は長槍を持った引き締まった体の男の像。だが顔はなかった。というよりも頭部がそのまま火の玉のような形になっている。火の玉の頭部はエフェクトでもつけられているのか、星のような青白く強い光が発せられている。アンデットなため視界が光に遮られるというようなことはないが、かなりの眩しさである。

 

 顔が輝く男の像は、馬の像のように追いかけてくるということもなく、像は四股を踏んだ姿勢のまま動かない。確認の為、アインズは悪魔図鑑を開きどの悪魔かを調べる。10層で確認した空欄になっている5体の悪魔の中には、頭部が火の玉になっているような絵で記されたものはなかったはずだ。

 

 悪魔の解説まで読むと、見つけた悪魔以外の1体に思い当たる特徴が書かれていた。

 

 悪魔図鑑の58番目、地獄の大総裁アミー。占星術を司るアミーは燃え上がる炎の姿で現れ、しばらくすると精悍で魅力的な人間の若者の姿になるという。つまり美男子、図鑑に書いてある絵もスラっとした筋肉質の体に整った顔が付いている。

 わかった、ただの嫉妬だ。イケメンを作りたくなかっただけである。ライオンの像の顔などはかなり精巧に、獣基準ではしっかりと整った顔をしていたというのに……。

 

 アインズはるし★ふぁーの起こした嫉妬にまつわる事件を思い出す。

 

 ユグドラシルではイベントとして、その日の決まった時間にログインしていたユーザー全てに嫉妬マスクという、嘆いているような怒っているような模様が描かれた仮面を強制的に配布した。

 そんな悲しみ溢れる嫉妬マスクを配布されたユーザーたちの一部が集い、嫉妬マスクを持たぬもの達を狩っていく集団を作って暴徒と化していた。一部と言ってもかなりの数が集まったようだが、そんな中にアインズウールゴウンのメンバーの何人かも参加したそうだ。

 もちろんるし★ふぁーもその一人だ。問題はそこからで、ギルドメンバーならばるし★ふぁーが連れているゴーレムがいつもと違うことに気づいたであろう。ゴーレムクリエイターやビーストテイマーなど、自身の強さはそれほどにはならない職の者達は、ゴーレムや魔獣などの一緒に戦うためのものを常に連れているので、るし★ふぁーが連れているゴーレムもそれだと認識していたことだろう。

 

 嫉妬マスクをつけたるし★ふぁーが連れているゴーレムは自爆専用の広範囲爆弾だった。連れて行った数は3体、るし★ふぁーのゴーレムクリエイトのスキルとイタズラのためだけに取ったのではないかと思われるような幾つかの職、罠師(トラッパー)などのスキルを組み合わせて作ったそれは、集団のボルテージが最大になった頃に発動した。

 爆発の中心部にいたレベルの低いものは即座に蒸発し、魔法職のような防御力の低いものたちもかなりのダメージを負い、高レベルの戦士であっても爆発に付与されたノックバックの効果で中心部から離れたところもまで押し出されていた。するとどうだろう、中心部には2体のゴーレムと、フレンドリーファイア―が無効なために爆発に巻き込まれなかった関係者と思われる数人がいるだけである。

 そこから先はターゲットが中心部のプレイヤーに移った嫉妬マスクをつけた者達が入り乱れての戦いとなった。もともと違うギルドやフレンドリーファイアーの無効が適応されない者達の集まりである。あいつから攻撃された、こいつの攻撃に巻き込まれたなど、大混乱の中、嫉妬マスクの暴徒らの最後は、自滅という嫉妬マスクを持つ者達にふさわしいとも言える幕切れになった。

 

 後に、きっかけの爆弾を作った犯人はアインズウールゴウンであるという噂がたった。実のところゴーレムの3体のうち1体は、文字花火と言われる何かの記念の時などに使われる打ち上げると文字になる花火が入ったもので、アインズウールゴウン参上という文字を打ち上げていたのだが。かなりの数のプレイヤーの乱戦であったためにそれを見ていたものが少なかったために噂どまりだったのであろう。

 

 それも良い思い出になっただろうか。と頭が火の玉になってしまった像を見て思う。像の声が聞こえたからかシズがすでに隣まで来ていた。

 

「シズ、あれの止め方を教えてくれ」

 

「ゲームに勝てば止まる」

 

「もう一つは?」

 

「ない」

 

 え?ついさっき2つ方法があるのを確認したばかりだ。ゲームと言う単語も気になったが、最初に条件を聞いておこうと思ったアインズは思わぬところで躓いてしまう。

 

「どういうことだ?」

 

「停止条件はもう完了できない」

 

シズは夜空の一点を指し示す。

 

「あそこのブランコに乗っている状態で3回揺らさないとダメ」

 

 夜空の広がる6層ではあるが別に外というわけではない。ここはナザリック地下大墳墓のなか、地下にある1つの空間でしかない。上空に上がっていけばもちろんある程度行ったところで、天井に阻まれてしまう。ここからでは何かがあるようには見えないが、天井にブランコがぶら下がっていて、そこにこの像が置かれていたというのだ。

 

「ブランコに座っているのなら、起動していないのではないか?」

 

天井にぶら下がっている状態で止まっていたと言うなら、それは停止状態でありそこから更に停止させるというのだろうか。

 

「起動していないと光らない」

 

 そう言うと次はゴーレムの方を指差す。光らせるために起動させっぱなしで置いてあったらしい。起動させる条件を満たしたわけでなく、ここへ降り立つ指示の条件を満たしてしまったようだ。

 停止していてもあの強さで光っているのであれば、10階層に並べてもうっとおしいだけであるので、停止させれば消えるというのには安心した。

 

「なるほど、ではゲームというのは」

 

「ゴーレムのお尻に触れば始まる」

 

 また尻か。それも若い男の尻である。

 

「ゲームのはじめ方はわかったではその内容は? 闘技場でゆったりしていたら降ってきたからな、あれと戦えばいいのか」

 

「尻相撲であっちの門に押しこめば勝ち、門と門の直線上からでたりお尻以外で像に触るとやり直し。あと負けてもやり直しになる」

 

 尻相撲……、やったことはないが文字通り相撲を尻で取るのだろう。自分があの像と尻同士突き合わせている姿を想像し頭を抱える。

 四股を踏んでいたのも尻をこっちに向けたのも全部そのためのようだ。アウラやマーレがすでに出発していたことに安堵するしかなかった。

 

「その方法しかないというのなら、姉弟(きょうだい)が帰ってきてしまう前にさっさと終わらせることにしよう」

 

 このナザリックの主ともあろうものが娘息子の前で、成年男性の像と尻相撲をする姿など、とてもじゃないが恥ずかしくてみせられない。

 それにこのまま放置していても、6層まで来た者に尻を突き出す男の像が置いてある闘技場になってしまう。

 シズに離れているように指示し、意を決して像の尻の部分へ手を伸ばす。そっと、触れるだけだ。突き出された尻は男のものであり、全裸というわけでもなく装備をかたどった風に作られているというのに、なぜかいけないことをしているような気分になってしまう。こんなところを他の者達に見られる訳にはいかない。

 

「あれ?」

 

 何も始まった様子はない。

 

「シズ、始まらないようだが。もしかして天井から落ちたせいで壊れてしまったのか?」

 

 外見にはなんの問題も見当たらない。最高硬度の金属でできたゴーレムだあのくらいの高さから落ちた程度でガタが来るような作りにはなっていないはずだ。それでも壊れてしまったのでは仕方ない。70体以上いるのだ形が残っているのならそれでいいだろうと、この状況から抜け出す最短を思い描くアインズは淡い期待を描いてしまう。

 

「お尻以外で触れるとやり直しになる」

 

 つまり手で触れたから反則ですよ、ということらしい。

 

――るぅしぃふぁあああ゛あ゛あ゛ーーー!!

 

 この場にいないのにもかかわらずこちらを手玉に取ってくるようなイタズラを仕掛けてくる男の名を、こらえきれずに叫んでしまう。


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