輝く水面、燦々と照りつける太陽、青々しく茂る草原、吹き抜けるさわやかな風、晴れ渡る空はどこまでも高く見える。ここは悪名高いアインズウールゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓の第7層。太陽の位置は真上、直上から突きつけられる太陽の痛々しいほどの日差しは、足元に広がる草原に白く眩いストライプを描く。超位魔法のせいである。
目の前を流れる小川には小魚1匹おらず、おおよそ生物の気配を感じない。かわりにいるのは大きな大きな赤い粘体。その足元に広がる想像していなかったほど深い川の底には、白磁の神殿が沈んでいた。水面を通して見るそれは、周りの穏やかさに溶けこむように姿を波に漂わせる。
先程まで聞こえていた土の煮えたぎる音も、今では川のせせらぎのみの完全なリラクゼーション空間になっている。
「これが超位魔法、リザードマンの集落を凍らせた魔法だと聞いておりましたが。至高なる方々の力は守護者の方たちの比ではないというのは知っていたつもりですが、これほどとは本当に格が違いすぎるとしか思えません。さすがはアインズ様」
ユリがアインズを褒め称える。エントマやユリは落ち着かないようにあたりを見渡している。シズはいつも通り表情にも行動にも変化はない。また3分の2か、なんとなくだが2連敗を喫した気分である。
「7層すべてが今、春の草原に包まれているだろうな。ユリたちは超位魔法を見るのは初めてだったか」
「はい、アインズ様。このような強大な魔法を私達のようなしもべにまで拝見させていただけるとは光栄にございます」
よい、と頭を下げようとするユリを押しとどめる。それよりもこれからが本番だ。7層全体に広がる川底を調べるならもう一度魔将らを集め手分けして探さなければならないだろう。
――天誅
突然、どこからとも無く聞こえてくる拡声器で大きくしたような声、川の上流、火山だった山ほうから聞こえてくる。
――美しき紅の流れを汚すおろか者共に裁きを!
もう何年も前に聞いた男の声、そしてつい数時間ほど前にも壁越しに聞こえてきた声だ。
「るし★ふぁーさんの声か! くそ、発動させてしまった」
変わりきった7層の景色を楽しむ暇もなく聞こえてくる、ギルド
予定では発見して指揮権をアインズに変更さえしてしまえば発動させること無く10層まで運ぶことができたというのに。
今いる場所から火山までは木の一本も生えていないため見通しがよい、おかげで火山の中腹に猛スピードで川を下ってくる影が見える。
「火口にセットしてあったか、地上にあったならばあのあたりを捜索していた魔将が発見しているはずだ、溶岩の中に埋め込んでたのか」
川を下ってくる影がはっきりと見えてきた、胴が細く、下手にバランスを取ればすぐに転覆してしまいそうな船に乗っている。そしてその船に乗っているのは馬だ、更にその上には筋骨隆々の男姿が見える。
悪魔図鑑の18番目の悪魔バティンのものだ。
火口から降ってきただろう、あの火山はスペースの関係でかなりの急勾配になっていたはずだ。乗っているのが意思を持つものであればあまりの速さにあの船では転覆してしまうだろう。乗っているのが微動だにしないゴーレムだからだろうか、もしくはあの船自体がマジックアイテムであるために転覆せずにいるのかもしれない。周りが水になると同時に発射されゴーレムを運ぶ仕組みにでもなっていたのだろう。超位魔法をどこで発動させるかなんてことは不明なはずだが、7層全域に溶岩が通っているので船の方に細工してあれば発動者の近くまで運べるのかもしれない。海上や海中、そうでなくとも水を使ってギルド拠点を仕上げたことがある人がいたのならそういう移動手段もあることを知っていたかもしれない。
アインズたちが索敵圏内に入ったのか、ゴーレムが動き出し船から飛び、草原へと降り立つと一直線にアインズたちの方へ駆けてくる。
「シズ、あれを停止させるにはどうしたらいい」
「馬の尻を直接3回叩いて」
「くっ、遠距離攻撃や魔法ではダメだということか?」
「ダメ」
「紅蓮、あの馬の尻を3回叩け!」
ぷるぷると返事が帰ってくると同時に、深紅のスライムはゴーレムを飲み込まんと巨体の一部が川から這いずり出てくる。
迫り来るゴーレムを包み込む形で拘束しようとするが、ゴーレムがスピード落としたところを完全に捕まるという段階でスライムをすり抜けてしまった。
ゴーレム製作スキルのレベルが上がっていくと幾つかの耐性をもたせた上で創造することができる。時間停止、行動阻害、拘束などの耐性ももたせることができてしまう。
ゴーレムを取り逃がした紅蓮が後ろから体を伸ばすようにして追っていくが、ゴーレムにしてはかなりの速さでかけていくバティンの像を捉えることができない。
「大浴場の像と同じで、今見たように拘束や行動阻害、時間停止に対しては耐性がついている。私が囮になるから馬の後ろから接近して3発馬の尻に打ち込んでくれればいい」
浴場のライオンと戦った際の注意点をユリたちに説明する。
「お待ち下さいアインズ様、それでは御身が危険にさらされることになります」
「その意見を聞いている
迫り来るゴーレムに低位の魔法をぶつける。草原の一部が焼き焦げるがゴーレムの見た目にはなんの変化もない。しかしゴーレムは明らかにアインズの方へ向かってくるようになった。
「もし傷でもつけてしまえば修理にあの金属が必要になってくるからな、ゴーレムを修復するスキルについてはパンドラがいるから問題はないが、素材はもうコレクション用の僅かな量しか無いのだ」
アインズは草原を滑るように飛びながら、ある程度の距離を保ちつつファイヤーボ―ルを一定時間ごとに打ち込んでゆく。
ユグドラシルのモンスターは一定距離以上離れたり、モンスター自身の持っているスキルでは攻撃の届かない位置にある程度の時間とどまるとターゲットを変更したりPOP位置に戻ってしまう。
この世界に来てからフレンドリー・ファイア―が可能になったり多少ルールが変わっているところもあるが、ゴーレムがアインズだけを執拗に追っている姿を見る限りでは、ユグドラシルの時に設定されているゴーレムはそのままのルールで動いているように見える。故にアインズは攻撃を受けない距離を取りつつも離れすぎないよう注意し、フライを使っているにもかかわらず上空へ逃げることはない。
「シーちゃん、あのお馬さんのおしりをぉ3回叩けばとまるのよねぇ?」
「エントマ、それであってる」
「いいことぉおもいついちゃったぁ」
そう言うとエントマは地面にいつの間にか呼び出していたおびただしい数の虫達をアインズとゴーレムの間に飛ばす。ゴ―レムはそのままアインズを狙い走り続け、虫の塊の中を何事もなかったように突破していく。
「ふっふーん、何匹かゴーレムにぃ乗っかれたみたいなのぉ、それじゃあぁ終わらせちゃおうねぇ。いぃち、にぃの、さぁん」
エントマがゴーレムに張り付いた虫達に命令を出したようだが、ゴーレムは変わらずアインズを追い回している。
「あらぁ? 3回叩けば終わりじゃないのぉ?じゃぁ、よぉん、ごぉ、ろぉく」
それから少しの間エントマは虫へ馬のおしりを叩くように命令を出しているようだがゴーレムにはなんの変化も起きない。
「エントマ、音がなるくらいには強く叩かないとダメみたい」
「えぇーそぉんなぁ、すごぉくいいアイデアだったのにぃ」
エントマが飛ばしたような細かい虫では、叩くというよりは触れているレベルだったのだろう。
「エントマ、残念だったわね。仕方ないから直接叩きに行くわよ」
「はぁい……」
ユリは棘のついたナックルを、エントマは剣のような虫を装備し、馬が正面を通るのを待つ。それを見たアインズは逃げる速度に緩急をつけはじめた。
アインズは焼け野原になりかけている草原を円を描くように回っている。アインズと同等の戦士であれば本気で走るゴーレムの後ろからでもすぐに追いつくことができるだろうが、純粋な戦士であってもアインズの半分程度のレベルのユリや、近接戦闘はできるが純粋な戦士ではないエントマではただぐるぐる廻る馬に合わせて攻撃を叩き込んでも、3発当てる前に攻撃範囲外まで離れてしまう可能性がある。それ故に、緩急をつけ3発当てられるタイミングを作り出しているのだ。
「行くわよ、エントマ」
「はぁい、ユリ姉さまぁ」
アインズが目の前を通り過ぎて1秒ほど、馬が目の前を通り過ぎようとする。
「
この場にいる者の中では一番攻撃速度の早いユリが3発目をだそうというところで、ゴーレムは前足に重心をのせ後ろ足を浮かせると、そのままユリの頭に後ろ足の蹄で襲いかかっていた。
くっと顔をしかめ避けきれないと覚悟したユリに紅蓮が覆いかぶさる。
紅蓮はユリを吸い込み、また己の体を盾にユリをかばった。紅蓮が盾にした部分は四方にはじけ飛んでいた。
「ありがとうございます、助かりました」
紅蓮はぷるぷると触手状に伸ばした体を波打たせ、何でもない風に振る舞う。体が弾けた分のダメージは負ってしまったようだが。
紅蓮の体を吹き飛ばすほどの攻撃がユリの頭にあたっていれば首が飛んで、いや、その美しい顔は潰れてしまっていたかもしれない。
ユリらの一連の行動を、変わらずゴーレムを引きながら観察していたアインズは、メイドたちを危険に晒してしまった自分の失態に気づき憤っていた。
ライオンの像を止めるために尻尾を引っ張った時は、後ろに回ろうが近づこうがターゲット以外には攻撃をしてこなかったのだから、と言うのは言い訳にしかならないだろう。
るし★ふぁーのゴーレム相手では戦闘メイドのレベルではきついことを知っていたのに戦闘に参加させていることに。慰安計画で呼んだばかりだからと守護者をゴーレム探しに呼ばない判断をしたことに。所詮モンスターの挙動と同じだろうとゴーレムがプレイヤー製のものであるということを嘗めていたことに。
くそが、何が私が囮になるだ。
アインズが内心で葛藤を繰り広げ、ゴーレムを単独で止める方法を考えていると、何やらユリたちの方で動きがあるのが目に入った。
「紅蓮さん、次にゴーレムが反撃してきた際には引っ張り戻してください」
ぷるぷると紅蓮はユリの腰に巻きつけた自らの体を震わせる。
命綱だ。まだプレアデスの3人と紅蓮は挑戦する気満々のようであった。エントマは虫を召喚していざというときのために割り込ませようと、シズは魔銃を取り出し馬の蹄を弾き返そうと各々自分ができる最善を模索していた。
――ああ、あの子らはまだ成長するのだ。ゲームの頃の決まった命令しか受けられない人形ではない。失敗し、考え、成功させようと努力できる。十分ではないか、私が過保護になる必要なんてなかったのかもしれない。
アインズはこのまま囮に徹することに決めた。どうしても無理なようなら仕方がない。るし★ふぁーさんのゴーレムの1体には消えてもらうことにしよう。
「ユリ姉、これもぉ」
自分では馬に3連打を入れるのは厳しいことを察したエントマは、自分の顔を外すとユリに差し出す。エントマが普段つけている人の顔のような模様の虫だ。裏面には昆虫の足がわさわさと蠢いている。もし馬の蹄が顔にあたっても、仮面が犠牲になってくれるかもしれないということだろう。
「エントマ、ありがとう。でも私がつけても前が見難くなるだけだから平気よ」
ユリはやんわりとエントマの申し出を断った。装備判定になるので十分に視界は確保できたりもするのだが。
アインズと馬の追いかけっこも6周目を終わろうといていた。
「チェストオオオオ」
美女から発せられたとは思えないほどの雄々しい掛け声とともに先ほどの左左右の連打ではなく左ジャブのみの連打でクリアを狙う。
「うぐっ」
馬の前足に重心が移り後ろ足が浮き上がってきた段階で紅蓮の縄はユリを引っ張り戻す。
「ユリ姉、おしい」
シズがおしいというように、3連打目の左ジャブは出ていた。出ていたのだが馬に届かせるには少し遅かった。
「ルプスレギナがいれば補助魔法をもらえたから行けたかもしれないわね」
「私はぁ速度を上げる魔法はつかえなぁいです」
「そうね、次は1発めを打ち出すタイミングを変えてみましょうか、馬が目の前に来るタイミングでピッタリとあたるくらいに」
その後ユリの雄叫びは10回ほど、草原を抜けていった。
手を替え品を替え、全部ユリの拳で叩くのではあるが、あとすこしというところで燻っていた。
「これ以上試せることは無いのかしら」
「タイミングもぉ変えてみたしぃ、移動しながら打ってもみたけどぉ、ダメみたいですねぇ」
「アインズ様は完璧に囮役をこなしてくださっているというのにしもべである私達がこのありさまでは……」
ユリは、未だゴーレムを引き続けるアインズを見ると、歯噛みしたいような感情が湧き出てくるのを感じる。
「ユリ姉」
「シズ、新しい方法を思いついたの?」
「別に武器で3回攻撃を当てなくてもいい」
今までの行動を否定するような突然の言葉に、ユリは言葉を詰まらせる。
「え? 馬のおしりを3回叩かないといけないのよね?」
「そう。でも、馬のおしりに3回攻撃を当てないといけないわけじゃない、いつもの音を出す棒で3回たたけばいい」
馬の尻を3回叩くのであれば、何で叩くのかも、どうやって叩くのかも確かに指定されてはいない。それはそうなのだが、とユリはどうにも腑に落ちないままだ。
「音を出す棒って……、別にあれは音を出すためにあるわけじゃないのだけれど」
「ふーん、でもあれならユリ姉の攻撃より早く3回叩ける。お茶会の時、ルプを叱るのすごく早い」
「し、シズ」
「そぉですぅ、ルプを叱る時のユリ姉はこわぁいのぉ」
「エントマまで。怖いってことしかわからないし、今は全然関係ないわ」
「次はあの棒でやってみる」
「はぁ、わかったわシズ。なぜか納得いかないのだけど、これ以外に方法が思いつかないもの」
今まで張っていた気が、一気に緩んでいくのを感じる。
ユリは拳にはめた装備を仕舞い、普段使っている指示棒を取り出す。腰の紅蓮を確認し、すでに12回目となる攻撃ポイントへと移動した。
よしっ、と気合を入れなおすユリは、手に持った棒のしなり具合を確認する。一番使い慣れた道具と言われれば、確かにこの指示棒であってもおかしくはないが。先程までと同じく命がけな部分もあるままなので、この棒を持ったまま挑むというのはどうしても不安が拭い切れないがやるしか無い。
アインズ様はプレアデスの3人と紅蓮を見てできると確信しているからこそ、危険な囮役を受け持ったに違いない。智謀の王とも恐れられるアインズ様の指示したことならば達成できておかしくないはずだ、もしできないのであればアインズ様の思惑通りに動けない私達こそが不出来あり、ナザリックのために働く価値などないという烙印を押されてしまうかもしれない。
ユリは、つながってはいない首を少し左右に揺らしてから集中してアインズ様を追いまわす不届きなゴーレムを待ち構える。
アインズは再び攻撃ポイントで構えるユリの姿を見て驚いた。先程まではギルドの仲間に持たされていた武器を着け、気合十分で構えていたユリの姿ではない。右手に持った棒の先を左手にパシパシと打ち付け、まるでできの悪い生徒を待ち受ける学校で一番厳しいと噂の女教師のような出で立ちである。心なしか、これまでよりも様になっている風にも見えるのは間違いではないだろう。
そんな女教師の横を、遅刻してないですよーというふうに少し肩をすぼめてアインズは通過していく。
「こら!」
女教師の怒声とともにパシパシパシとつくような3連打が聞こえると同時に、アインズを追い回していたゴーレムの蹄の音が鳴り止む。
音がやんだのを確認したアインズは地上に足をつき、ゴーレムがいた方へと向き直る。
おお、と感心する声を上げてしまったのはゴーレムを無事止めた安心感からか、我が子らの成長を見届けたという親心かはアインズ以外知る由もないことだが、これで無事1体のゴーレムを確保したことに間違いはないようだ。地上につけた足のまま、目的を達成したユリたちの元へ歩いて行く。
「ユリ、シズ、エントマそれに紅蓮。すまな……、いや、よくやった見事だ」
すまないなどという自分の失態のことなど後回しだ、まずは栄誉を称えるべきだろうと言葉を紡ぐ。
ユリたちは一同に礼をする。
「私達の力不足でアインズ様に長い時間囮役という危険にさらしてしまったことを深くお詫びいたします」
はぁ、と生真面目すぎるしもべに少し気を落としながらも、今はおいておく。
「反撃があるかもしれないということを失念し、お前たちを危険に晒してしまったのは私だ。私の方こそお前たちに詫びなければならないだろう」
そのようなことは、と言いかけるユリを制し、アインズはユリたちの頭を優しくなでてゆく。
「お前たちはまだまだ成長していくのだろう。もちろんレベル的な意味ではない、様々な経験をし、これからもこのナザリックのためによく尽くして欲しい、もう一度言っておこう今回の件、見事だった」
火山から船で急降下する体験しよう! 夢の国でみn……ハハッ
ぷれぷれ化したようだ。