呪いとともに歩む道   作:はんでぃかむ

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呪いとともに歩む道

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国、建国から間もない幼子のような国へ、二人の騎士が来ていた。重爆、レイナース・ロックブルズ。激風、ニンブル・アーク・デイル・アノック。帝国の騎士を代表する騎士の内の二人である。

 

 属国化にあたって必要となるもののなかで特に重要となるものの運搬のためである。

 応接間のような机を挟んで向かい合う。片側には2人騎士が、反対側にはこの国の王が座っていた。

 

「魔導王閣下、最後に、帝國からの品でございます、どうぞお受取りください」

 

「ふむ、受け取ろう」

 

 机の中央に置かれた箱を手元に寄せると、脇に供えるメイドが先ほど渡した書類などと一緒に盆へとのせて、奥の部屋へと運ぶ。

 

「それでは、私達はこれで失礼したいと思います」

 

 一人の騎士が礼をして立ち上がろうとすると。隣りに座っていたはずのもう一人の騎士は、すでに立ち上がっており、席から外した場所で片膝をつく。

 

「魔導王閣下、このような場で申し訳ありません。お願いがございます」

 

 男の騎士は、ぎょっとせざるをえなかった。魔導国へは皇帝の使いとして、それも属国となる側の使者が。主国となる国の王自身に個人的な話を振る、それも願いを告げるなどあってはならないことだろう。

 立ち上がろうとした騎士、ニンブルは、レイナースを引っ張りだそうと手を伸ばすが、その前に魔導王の上げた手によって制されてしまう。

 

「何だ、申してみよ」

 

「私は、幼いころに顔の半分に呪いを受けているのです。魔導王閣下の魔法ならば、呪いも解呪できるのではないかと思いお願い申しあげます」

 

 レイナースは自らの顔の右半分を覆い隠すように垂らしていた髪をかき分ける。

 膿の湧き続ける姿を魔導王は、しばらく観察する。

 

「その程度の呪いならば私の部下であればたやすく消してしまえるだろう」

 

 レイナースはその言葉にを聞き、長く使うことのなかった爛れた右目にも光が宿ったように見えた。

 

「解呪については問題はない。その対価にお前は何を払う?」

 

 もともと、カッツェ平原での大虐殺に関しての話を聞いた時からもしや、と解呪の可能性についての考えはあった。自分の顔だけでなく人生すら呪い蝕む現状を打破できるのならば誰でもいい、差し出せるものは差し出そう。帝国の最高位の神官ですら不可能だったこの呪いが解けるならば、今すぐにでも呪いを解いて欲しかった。

 

「私の忠誠と私のすべてを捧げます」

 

 レイナースは願うように言葉を発する。

 少しの間、思考するような間が置かれる。レイナースはじっと答えを待った。

 

「お前には魅力を感じないな」

 

 絶望を呼ぶような声がした。

 

「なぜです! 何でも致します、このまま帝國へ戻り皇帝を殺して来いというのならそのとおりに致します。フールーダ様は帝國を売り渡すことで、魔導王陛下の元へ置いてもらっていると聞きました。確かに私には魔法の才は余りないようですが」

 

 せっかく目の前にある奇跡が、自らの手から零れ落ちてしまうのを必死になって掬い上げようとする女騎士の言葉を遮るように、魔導王は口を開く。

 

「お前は勘違いをしているようなので教えてやろう。あいつが私に願ったのは、弟子にして欲しいということであり、その対価で己の持つ全てを明け渡した」

 

 弟子になり教えを請うかわりに、すべてを捧げるのと。呪いを解いてもらうかわりに、すべてを捧げるのでは何が違うのだろう。

 

「ふむ、わかっていないようだな、簡単に言ってやろう。お前の呪いを解くことで私に何かメリットがあるのか?」

 

「それは……」

 

 すべてを捧げることでは対価にはならないと言っているのだ。

 呪いが解けるにこと関して魔導王にメリットなどあるわけがない。私にかかった呪いが解けることで魔導王が喜ぶというのであれば、何を差し出さずともこの呪いは解かれていたというだろう。しかし、呪いが解けたところで喜ぶのは私だけだ。

 

「理解したか? もう一つ聞こう、お前に何ができる?」

 

「き、騎士として鍛えた力が……いえ……」

 

 答えにならない。魔導国に近づくにつれて増えていく巡回するアンデット、私一人ではあの中の1体にすら勝てないだろう。そんなものが何体いるのかもわからないのだ。レイナースが帝国で生きるために鍛えてきたはずの力など、この国では何の役にも立たない。

 

「力もなく、魅力もなく、知恵もなく、自らの仕える皇帝への忠誠すらない。おまえにあるのは自分の呪いを解きたいという願いのみ、そのおまえから呪いを解いてすべてを貰い受けたとして何が残る? 私はお前を何に使えばよいのだ、物言わぬ着せ替え人形にでもなりたかったのか? 私のもとにはな、料理を作れと言えば極上の料理を作れるものがいる、装備を作れといえば私の希望に寸分の狂いもなく応えた装備を仕上げるものがいる、掃除をしろといえば完璧にこなすメイドもいる、警備を任せれば昼夜問わず働き続けるものがいる、畑を耕すならば一糸乱れぬ動きで更地を畑にしてくれるものがいる。そんな場所で、お前が私に渡せるものはなんだ?」

 

 言い終えると魔導王は、深く腰掛け膝の間で手を組み、女騎士の答えをただ待っている。

 

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。はぁ、と息を吐くようなしぐさをした後、組んでいた手を解く。

 

「お前が呪いをかけられた時期と場所、わかるのならばその相手を教えろ。それが唯一、お前が私に渡せるメリットだろう、呪いは解いてやる。ジルクニフに感謝することだな」

 

 後ろに控えていた老執事に女騎士から話を聞くように指示し、魔導王は椅子から立ち上がり歩いていく。レイナースの前を通り過ぎたところで、ニンブルの方へ顔を向ける。

 

「珍しい呪いをみた魔導王が、気まぐれに呪いを解いてしまったとでも皇帝には伝えておいてくれ」

 

 そう言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。

 

 レイナースを送り出したのはジルクニフだ。属国化にあたって自分の近辺におくもの、特に今までは強さのみでその有り様は見ずに選んでいた騎士の中でも、忠誠の薄いものたちを一度入れ替えてしまおうと思ってのことである。

 

 ニンブルは、魔導王の求めるものの大きさと、それをいくらでも受け止められるであろう王自身の器の深さと広さを感じとっていた。

 

 レイナースは幼いころに呪いを受け、悲劇とも言えるだけの人生を呪いとともに歩んできた。呪いのせいで迫害され、呪いのせいで復讐を誓い、呪いのせいで強くなった。強くなったことで皇帝の目に止まり騎士になると、帝国の元で復讐を果たした。

 その人生に楽などなかっただろう。呪われていない顔の左半分をみれば、呪いが解ければ帝国でもかなりの美女になるだろう。帝国にはフールーダのような強大な魔法詠唱者だっていたのだ、呪いが解ける日だってそう遠くはないと思っていた。

 だがそうはなっていない、呪いは解けなかった。

 これまで彼女の人生には、呪いによって汚されたものしか残っていない。渡せるものの中に価値のある物など、何一つないのは当然であろう。

 まだ若い女性である、顔を隠しながら生きていくのは辛いだろう。呪いを解くためとはいえすべてを差し出してしまえば、その先にあるはずの明るい未来すら呪いのせいで閉ざされてしまうかもしれない。

 それでも、彼女はすべてを差し出すから、呪いを解いて欲しいと願った。

 

 

 魔導王は彼女を受け取らなかった。しかし、呪いは解いてくれるという。

 

 

 呪いが解けてしまえば歩く道がわからなくなるかもしれないからと、次の道まで示して。

 本当にそんな事を考えてあの言葉を残したのかは分からないが、ニンブルは認めざるをえなかった。

 この国に仕えている者達は、魔導王の強大な力に支配されているのではないと。

 魔導王を信じているのだ。強大な魔法の力を持った、慈悲深い王を。王を支える一部にでもなれればと、魔導王のために働き、生きているのだと。

 

 皇帝は、魔導王は自らの智謀を越える者だと言っていた。

 もし今回の相手が皇帝であったのであれば、きっと彼女を受け取ってから何に使えるか、どう使うのが最善かと考えたかもしれない。……、むしろ呪いを解除できるすべを得た段階で考えてる可能性が高い。

 ニンブルはそういう皇帝だからこそ忠誠を尽くしたいと思っているし、ジルクニフは人の王としては類を見ないほど優秀であると思っている。

 

 魔導王は人の王ではない、建国から1年も経たずして、エ・ランテルにいる種族は人間だけでなく、いや、人間種ですらないものたちも普通に暮らし始めている。

 

 魔導王は何の王だろうか? そんなことを考えながら。呪いが解かれた女騎士の隣で、街を歩いていた。

 

「呪いが解けてよかったじゃないかレイナース。皇帝陛下におみやげでも買って帰ってさし上げましょうか?」

 

 イタズラっぽい顔を、隣に向けると。レイナースは目を丸くした後、いいですね、と微笑み返した。

 

 属国にはなってしまったが、帝国の未来は皇帝陛下の予想通り、少し明るいかもしれない。



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