CrossSword

EpiSword04「月―The Moon―」

 2019年1月。
 冬休み最終日。
 翌日から十文字ツルギの男子高校生としての日々が始まる。
 中身はその妹・舞。女子高生だ。
 彼女というか彼は、男子寮の部屋で朝のまどろみの中にいた。
 同室の総司は二段ベッドの上。ツルギは下段だった。
 これは元々、入れ替わる前から下で寝ていた。

「……んっ」
 ツルギが目を覚ます。
 瞼をこすりなから半身を起こす。
 胸が軽いのにはもう慣れた。
 だがこれも慣れたはずの女子にはない「滾り」を感じた。

「わぁぁぁぁぁぁ」

「な、なんだぁっ!?」
 まだ眠りにあった総司はその悲鳴でいきなり目が覚めた。
 声の出所。下段のベッドを見るとツルギが軽くパニック状態。
「どうした? 剣?」
 実は間違いだがそれがツルギを落ちつけた。
「もう。私はマイだよ」
 ほほを膨らませる。
「あ。そうだった」
 総司は入れ替わりの事実を思い出した。
「それで? 何を騒いでいたんだい?」
『中身』を思い出して優しく尋ねる総司。
「その……私の、元々はお兄ちゃんのここがぎちぎちで」
 ほほを赤らめるツルギ。髪を下ろしているからなおさら女性的に見える。
「あー。なるほどねぇ。そりゃびっくりするよなぁ。男の生理現象は初めてだろうし」
「ううん。冬休みの間は毎日だったよ」
「へ? お前女みたいな顔して絶倫だな」
 口にしてから(いや。中身は女か)と思考が及ぶ総司。
「私は女の子だもん」
 確かに表情の作り方は女子そのものだった。
「いや。今は男だから。それで、慣れてるんならなんで叫んだ? 寝惚けて今の性別忘れてたか?」
「忘れてない。体は男の子だよ。そして『受け』なのも」
 怪しげな単語が出てきた。そろそろ雲行きが怪しくなってきたと茶髪の少年は思う。
「『受け』なのにこんなガチガチで。これじゃ攻めるしかないじゃい。総司君に私が入れると思ったら倒錯感でつい悲鳴を」
「今のお前とやる段階で十分に倒錯しとるわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 美少年を台無しにするツッコミだった。
 起きたばかりなのどっと疲れた。

 女子の習性が残っているのか胸元を隠しながら着替えるツルギ。
 唐突に尋ねてくる。
「ねえ。総司君。男の子にも生理があるの?」
 またとんちんかんなことを言いだしたと総司はげんなりした。
「あるわけないだろ」
「だってさっき『男の生理現象』って」
「いや、それはちょっとちがってて」
 説明に困る。
「とにかく男にはないから」
「なぁんだ。お兄ちゃんと私、双子だから周期一緒なのかと思って」
「周期?」
「うん。本当なら私そろそろ」
 攻めだの受けだのは口にしても、さすがに「女の子の日」のことは言いよどむツルギ。
「え? ってことは剣のやつ?」
「お赤飯かしら?」
「うわぁーっ」
 総司は心の底からツルギに同情した。


 確かに生まれて初めての生理を味わっているマイだった。
 本来の舞は子供のころからなので慣れないまでも「覚悟」は出来ている。
 しかし舞の肉体に入った剣は、一生味わうことのないはずのなかったこの痛みにさすかにまいっていた。
 本来の舞なら最低限のことくらいはゆっくりでもこなしていたが「初潮」のマイはベッドでうなるばかりだった。
「気分どう? 剣?」
 からかい半分。同情半分で早矢香が尋ねる。
「最悪……」
 絞り出すように言い放つ。
 口を利く気分ですらなかったが、この理不尽な痛みを共感したい思いがマイを喋らせた。
「舞も早矢香も。女ってこんなの毎月やってんの?」
「そうよぉ。少しは女の子の苦労わかってくれた?」
 初めての生理痛に苦しむ相手に意地が悪かったかと早矢香は思った。
「だ、だってよ。お前も舞もそんな素振り見せないじゃん。ちょっと機嫌が悪そうとか、なんか調子悪そうだなとは思ったけど。あつつ」
 ここでまた腹が痛む。
「なんなんだよ。これ? 腹痛い。腰痛い。この辺りは連動しているのもわかるけど、何で胸が痛むんだよ? 頭痛もする」
「そんなに痛む? まだお薬効いてこない?」
 舞の常備薬が持ってきたポーチに入っていた。
「少しは和らいできた気はする。それにこれも意味があったんだな」
 マイは体に当てていた使い捨てカイロを早矢香に見せる。
「俺、いろんな試合で炎症起こして冷やしたのはしょっちゅうだけど、こんな春先にカイロ使ったなんて初めてだ」
「生理中は冷やしちゃだめよ。夏の冷房が利いた部屋ではカーディガン着ることもあるわよ」
「そういや舞も着ていたな」
 そういった後で顔をしかめる。
「くっそー。なんなんだ? この痛み? 病気でもないのになんだって」
 キレ気味にマイが言う。
 うんざりなのかがよく伝わる声色だ。
「女の子あるあるよねぇ」
「笑い事じゃねえ!」
 さすがに切れた。
「あれてるわねえ。二日目は一番きついしね」
 早矢香も女子。他人事じゃない。

「くっそー。こんなのがしばらくあるのかよ」
 口を開けば悪態の剣。心底参っている。
「剣はいいじゃない。この戦いが終われば元の生理のない体に戻れるんでしょ。」
 マイはことばでてこない
「そっか。女はこれずっとか。舞も、お前も」
「まぁ五十歳くらいには止まるみたいだけど」
「五十歳……待てよ? いつからの話だ? 早矢香。お前はいつから始まった?」
「え!?」
 早矢香は赤面した。
 確かに話している相手のに肉体は親友の舞。
 しかしその魂は恋人の剣。男子だ。
 いくら恋人でも男子相手に恥ずかしく思った。
 それを察したマイは
「早矢香ちゃんはいつからだった?」
と「舞」の口調で尋ねた。
 それで少し同姓相手の感覚に戻ったので答えた。
「あ、あたしは11歳から。普通よ」
「すると40年くらいこうやって痛い思いして、血を流し続けるのか」
 一体どのくらいの量の血液を流すのか?
 想像しただけで恐ろしくなったマイ。
「女ってすげえ……」

 男子寮。
 ツルギのスマホがなる。
「はいはーい」
 女の子そのものの口調。そして表情で電話に出るツルギ。
「もしもし。早矢香ちゃん? ひさしぶりー。元気だった? あ、あけましておめでとう。ことしもよろしくねー」
 男の声なのに女子のように聞こえるのは口調のせいかと総司は思った。
「あー。楽な姿勢? ねこさんみたいに丸まるの。横たわったままだよ。私にはそれが一番いいみたい。じゃあねー。お兄ちゃんに『お大事に』って伝えてねー」
 通話を切る。
「今の電話。久留間からか?」
「うん。早矢香ちゃんだよ。お兄ちゃんやっぱり女の子の日で大変みたい。だからちょっと教えてあげたの」
「楽な姿勢って……なんだ? 寝っ転がるより楽なのがあるのか?」
 男のままの総司には謎だった。
「もうー。そんなことも知らないのぉ?」
「オレは男だ。女のそんな事情わかるわけないだろ」
「私だって男の子だもーん。でもわかるよー」
「お前はこの前まで女子だったろーがー」
 総司は頭痛を感じてきた、
「さてと。いじめるのはこのくらいにして」
(やっぱり遊んでいやがったか)
「難しいことは私もわかんない。けど、どうしてか生理痛が和らぐ姿勢があるの」
「???」
 神妙な表情になる総司。
 こちらも『女体の神秘』に面食らっている。


 女子寮。ツルギのアドバイスにのっとり「楽な姿勢」をとるマイ。
「どう?」
「うーん。気のせいか少し楽になってきた」
「薬もそろそろ効いてきたかもね」
 今のところは「違和感」程度になっている。
 やっと楽になってきたからか、安どのため息が出るマイ。
「俺、元に戻ったら絶対女に優しくする。どんだけつらいかよーくわかったからな」
 心の底から参っていたから出た言葉。
 早矢香もわかっている。だから微笑む。
「ふふ。それがいいわ」
「あ。違う。前言撤回」
 舌の根も乾かぬうちにだ。
「何よそれ?」
『女に優しく』を撤回である。早矢香の言葉にもとげが混じる。
「お前差し置いて他の女に優しくなんてできない。俺達は恋人同士なんだし」
 怒りかけていたらいきなりこれを見舞われた。
 感情の処理が追い付かない早矢香。
「そ、それはありがたいけどさ」
 面と向かって言われると照れる早矢香。
 その手にそっとマイが手を重ねる。
 本来なら一生経験することのない初めての「生理」に対する不安から、心細くなったのかと早矢香は感じた。
 だから励ましの意味でそっと握り返した。
 するとマイがさらに強い力で握り引っ張る。
(え?)
 下を向いていた早矢香は、そのままマイの方に引き寄せられる。
 近寄ったらマイに抱き寄せられさらに接近。

 そして二つの柔らかいくちびるが触れあった。

 何をされたか理解した早矢香は瞬間的にマイに一撃を見舞う。
「なんてことするのよっ!?」
「お前こそなしやがる。グーで殴りやがって」
 痛そうに左頬をさする。
「キスならいつもしてるじゃないか」
「それはあんたが男の時でしょ。今は女の子なのよっ」
 恋人同士の剣と早矢香は何度もキスをしている。
 しかし舞と早矢香はさすがにない。
 早矢香はもちろん舞にもその趣味がなかった。
「ああもう。信じられない。女の子とキスしちゃったわ」
「はっ。男だろうが女だろが俺は俺だよ。ちょっとくらい元気くれたっていいじゃん」
 だから唐突にキスされたのかと早矢香は理解した。
 それもありアプローチを変えた。
「もし、剣の体で舞が滝君にキスしてたらどう思う?」
「……悪かった」
 アプローチを変えたのか功を奏した。


 その頃の男子寮の二人。
「総司君。キスして」
 ツルギがいわゆるキス待ち顔になる。
「お前なぁ‥‥…」
 総司と舞なら何度もしているが、総司と剣ではないのも女子寮の二人と同じ。
「あ。今は私も男の子だからこっちからでもいいのか。それじゃ総司君。ちょっと屈んでくれる」
「男の自覚あるなら、男にキスを迫るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 マイは生理痛で苦しんでいるが、総司は頭痛に悩まされてきた。


 翌日。
 十文字兄妹。久留間早矢香。滝総司は一年の三学期を迎えていた。
 マイも何とか立てるようになり登校する。
 男女の二卵性双生児とは言え双子はクラスを分ける。
 早矢香と舞は3組。総司と剣は4組だった。
 そして予想された通りツルギは3組。マイは4組と本来のクラスに行きかける。
 幸い双子はよく教室間を行き来していたので「勘違い」で済まされた。
 特にマイは明らかに具合が悪い。
 同性たる女子たちは真っ先に「女の子の日」に思い至り、そしてそれは当たっていた。
 だから多少の違和感は「そのせい」と思っていた。

 1年3組の担任・酒田マスミがやってきた。こんな名だが26歳の男性だ。
「みんな。あけましておめでとう」
 新年最初ということでこの挨拶だ。
「みんな元気に登校してきてよかった。冬休みは楽しかったか?」
「はーい」と女子生徒たちの可愛らしい返答がある。
 それだけならいいが女子の一人がにやにや笑って
「先生はお酒を飲みすぎませんでしたよね?」
 からかうように言う。
 それこそ酔ったように赤くなる酒田。
「も、もちろんだ」
 これはうそ。
 忘年会で大失態。
 酒に酔うとタガが外れる人間は多いが、なぜかこの酒田は言葉もしぐさも女性的になる。
 いわば「酒に酔うと女になる」のであった。
 11月下旬に開かれた忘年会でやってしまい、それを他の教師に授業の合間にばらされたので生徒たちも知っていたのだ。
「さあ。始業式にいくぞ」
 ごまかし半分のその言葉であったが、生徒たちは素直に講堂へと移動開始する。

 同じころの4組。
「みなさん。あけましておめでとうございます」
 始業式だからかスーツ姿の女性教師が年頭のあいさつをしていた。
 メガネが知的な印象だ。
 彼女の名は阿久津アイ。
 清楚な印象だが実は高校時代はやんちゃな不良だった。
 しかし新任女性教師との出会いで更生。
 そして同じ教職に進んだのである。

「それじゃみなさん。始業式に行きますよ」
 4組も移動を開始する。



 始業式が終わり一度それぞれのクラスに戻る。その際だ。
「滝!」
 少年が呼びかける。
 総司のよく知る声だ。振り返ると長身の少年が二人立っていた。
「竜ヶ守先輩」
「明日から練習だからな。忘れるな」
 短い髪のちょっと威圧感のある少年だ。
「年明け初日だし、流す程度だから身構えなくていいよ」
 長めのくせっ毛が特徴のもう一人の少年が軽く言う。
「わかりました。大賀先輩」
 連絡事項に過ぎなかった。
 ツルギとともに立ち去る総司。

「先輩って、バスケットボール部の?」
 教室に戻る最中、間近でツルギが聞いてくる。
 上目遣いすると舞にそっくりだ。
「ああ。晴天館の男バスツインタワー。竜ヶ守天弥先輩と大賀海飛先輩。うちのスーパースターたちさ」
「そうなんだ。でも悪いけど髪の短い方の先輩、ちょっと怖い」
「あー。ちょっと人をよせつけないところあるからな。ストイックというか女嫌いというか」
「だから私のことあんな眼で観ていたのかな? やきもちというのが一番しっくりくるけど」
「お前はほんとに腐女子だな。男二人いたらみんなホモかよ」
 苦笑する総司。
 しかしツルギ相手に女の子に対するような態度の総司と、中身のせいで「恋する乙女」に見えるツルギの「仲睦まじい姿」は多数に目撃された。
 舞としての地が出た会話で入れ替わりを忘れていた。

 それぞれ教室に戻り連絡事項の末挨拶して解散。下校となった。
「はぁ。やっと終わった」
 痛む腹を押さえてマイがぼやくように言う。
 まだ座ったままだ。
「お疲れさん。もうピークは過ぎたから少しずつ痛みも出血も少なくなるから安心して」
「そう願いたいもんだな……こんに最中にアレが出たらどうしようもないぞ」
 アレが災厄の名を抱く怪物。クライシスを指しているのは早矢香も当事者の一人だからすぐに分かった。
「言われてみれば……出てこなくてラッキーだったわ」
「ラッキーはラッキーだが、何でだったのかな?」
 しかし考える間もなく呼びかけられた。
お兄ちゃん。早矢香ちゃん。一緒に帰ろ」
 他クラスにも関わらずツルギが入ってきた。
「お兄ちゃん?」
 まだ残っていた3組の生徒が怪訝な表情をする。
 兄が妹に向かって「お兄ちゃん」と呼びかけたからだ。
「バカ!」
 小声で総司が制止する。
 失言を悟りツルギは口を押える。
「お……お兄ちゃんと帰ろう。舞」
 極めて苦しいごまかしだった。
「そ、そうだね。『お兄ちゃん』帰ろう」
 元々相手に成りすます予定で冬休みに練習もしていた兄妹。
 それにしたがい妹のふりをする兄。
「さあ。早矢香ちゃん。帰ろう」
「どさくさまぎれ」に早矢香の腕をとるマイ。
 かりそめの肉体。その柔らかい双丘に早矢香の細い腕を挟み込むようにとる。
「ちょ、ちょっとツ……舞。やめてよ。恥ずかしい」
 前日の女同士のキスが恥ずかしさを増している。
 そうとは知らないツルギ。
 ただ親密な関係をうらやんでその平たい胸で総司の腕を抱え込む。
 女同士ならなんともないスキンシップも「男同士」となると話は変わる。
 まだいた女子の半数が嬌声を上げる。
「だーかーら、オレにそんなつもりはないっての」
「男同士で」という意味であるのだがツルギは違う解釈をした。
「そんな、私と腕をつなぐのが嫌なの? 私達恋人同士だよ?」
 完璧に女のつもりで口走るツルギ。
 ちなみにマイが失態を冒さないのは、腹部を中心とした痛みが現在は女なのをいやというほど知らしめているからだ。

 とにかくツルギの爆弾発言で教室は大騒ぎだった。しかし

「何を騒いでいるのっ?」

 文字通りの鶴の一声。
 副生徒会長・海城光沙が一喝した。
 聞けば下校せずに生徒会室に立ち寄る際に騒がしいので来たという。

 普段は理知的に諭すが、この場はヒステリックに怒鳴りつける光沙。
 明らかに不機嫌。
 女子の半数は理由に見当がついていた。

 結局、それでうやむやになり下校になる。
「もう。あの人っていつも私の調子悪い時にヒス起こすんだよね」
 男子寮に戻り二人だけになったので本来の口調でこぼすツルギ。
「調子が悪いって……今日のアイツ(マイ)見たいにか?」
 総司の問いかけに無言でうなずくツルギ。

 他より遅れて帰途につく光沙。
 誰に観られていないからか不機嫌な表情をそのままだ。
(もう。なんだって女はいつもこんな目に)
 女子であることを連痛烈に主張する腹部の痛みに顔をしかめる。
(今日で三日目。この後は楽になっていくはずだけど)
 そう。光沙もまだ「女の子の日」だった。

 そしてマイ。クロスォードの剣士にって最大に幸運だったは、その周期がマイと光沙で完全一致していたのである。
 デオラムの配下になってからは初の生理。
 それでもクライシスを作ろうとしたがまるで集中できない。
 つまりマイが戦闘不能の時に光沙もまた行動不能だった。
 だから体調不良での戦闘は避けられた。
 逆に言えば光沙にも攻撃は及ばない。

 もちろん「周期の一致」だけで互いに特定などできない。
 だが学校と女子寮。
 その両方で共に過ごしている敵同士だった。

 互いにそれと知らずに日々を送る。。


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