CrossSword
EpiSword03「女教皇―Highpriestes―」
2019年1月5日。
あの衝撃的なクリスマスイブから12日。
つまり十文字兄妹が入れ替わってから約二週間。
冬休みで実家に戻っていた寮生たちも続々と晴天館高校の寮へと戻ってきた。
十文字剣と久留間早矢香。
滝総司と十文字舞はそれぞれ恋人同士だが、クリスマス以来あってない。
やはり入れ替わりもありそれぞれ遠慮していた。
それが久しぶりに逢うので少し緊張していた。
「おっはよ。早矢香ちゃん」
女子寮へと向かう路上で「舞」が「いつものように」朗らかに挨拶してくるのに早矢香は面食らう。
あまりにもいつもの舞だった。
ツインテールとその根本のリボンもいつもと変わらない。
「ひょっとして舞。元の体に戻れたの?」
期待を込めて早矢香は詰め寄る。
「そう見える?」
にっこりというより「にやり」とマイは笑う。
その表情で早矢香は察した。
「あれ? やっぱり剣?」
それを聞き、してやったりの表情になるマイ。
「へっへーん。親ですら騙されたなりきりだからな。おまえにもバレないなら完璧だな」
何しろ早矢香は剣の恋人だし、舞とはルームメイトにして親友だった。
親よりも身近と言っても過言ではない。
「冬休み中かけて特訓した甲斐があったぜ」
「特訓? 何の?」
どうしても体育的な印象が先に出る。
「たとえばこれ」
マイは自分の顔を指す。
ほんとに僅かたが化粧している。
「舞の化粧の仕方教わってたし、この髪型セットの仕方。ブラのつけ方なんかもな。最初は背中でホックを留めるのも一苦労だったぜ」
「ああ。そういうこと」
高校生だから化粧はなくてもいいが、高校生にもなってブラジャーがつけられないというのは奇異だ。
「そして人間関係もな。誰と仲良くて、どう呼ぶのかも聞いている」
入れ替わりがパレないように情報交換していた。
「後は逆に苦手な奴もな。確か」
「十文字さん。あなた、お化粧してないかしら?」
喋っている内に晴天館高校の女子寮についていた。
そこには一人の女子生徒がいた。
身長は160センチ台の半ばか。
卵型というかうりざね顔と言うか、やや面長で大人と思わせる美少女だった。
フレームのないメガネごしにゆがみが見えるので、伊達ではなく実際に目が悪いのだろう。
長い黒髪と白い肌が抜群のコントラストになっている。
いわゆる巨乳ではないが存在感のある二つの胸の膨らみ。
水着姿で浜辺やプールサイドを歩いたら多くの男を魅了するであろうプロポーションが、セーターの上からパーカーにスラックスという着衣でも想像できる。
(あー。舞の言ってた苦手って多分この女だ。確か名前は)
「海城先輩。もう戻ってたんですか?」
明らかな助け舟で早矢香が名前を出す。
(そうだ! 海城光沙。オレも前に観たことあったキッツい女)
「帰らなかったのよ。ずっとここにいたわ」
淡々という。陰でアイスドールと揶揄される冷淡さ。
彼女の名は海城光沙(かいじょう みさ)
生徒会副会長の二年生だった。
光沙はマイの顔を品定めするように見ていたが、わざとらしくため息をつく。
「まあいいわ。高校生の化粧は望ましくないけど、一応は冬休み中だから大目に見ます」
それだけ言うと寮から出ていく。
外出時に遭遇してしまったということだった。
「ふぃー。聞いた通りだ。なんつー上から目線だ。芝居抜きであの女には苦手意識が芽生えそう。それとも舞の体が拒否しているのかな?」
「あはは。舞は目をつけられていたからね」
当の舞相手に舞のうわさ話というのも変なのと早矢香は感じつつ笑う。
「さっさと行こうぜ」
マイが言うと別の緊張感早矢香は見舞われる。
これから恋人の魂を宿した親友と一つの部屋で過ごしていくのだ。
男子寮。
入れ替わり双子の兄の肉体におさまった舞/ツルギが物珍しそうに内部を見ている。
「なんだよ。そんな珍しいものじゃないだろ。あっち(女子寮)と大差ないだろ?」
総司が部屋へ案内すべく出迎えていた。
「けっこう違うよ。色なんか渋目だし、それになにより化粧品のにおいがしないもん」
双子兄妹は情報交換していたので舞も当然ながら剣から教わっていた。
とはいえ聞くと見るでは大違いというものだ。
「おい。口調。それにそんなことを口にするな」
「誰もいないじゃん」
二人は今は玄関で靴を脱ぎ、ロビーにいた。
ツルギの言う通り二人だけだった。
「みんな部屋でよろしくしてるのかな? 男の子同士二人っきりで」
これさえなければ完璧な美少女と言われた舞の腐女子ぶりか垣間見えた。
今は兄の肉体だから腐男子になる。
「だからそう言うことは」
「ごっめーん。ここにはあのお局様もいないと思うとつい開放的になっちゃって」
「ああ。海城先輩か。俺もあの人はちょっと近寄り堅いな」
「でしょ。それより早く二人の『愛の巣』に行こう」
総司の左腕を両手でとるツルギ。
中身が女子でしかも総司と相思相愛だからの行動だ。
(こいつの言う「愛の巣」ってオレと舞のことだよな? 間違ってもオレと剣じゃないよな?)
腐女子が恋人ゆえの発想だった。
真昼間ではあるが一月の寒さ。
だからパーカーのフードを目深にかぶっていてもさほど違和感はない。
とはいえまるで幽鬼のような雰囲気は目に付く。
「フードの女」はそれを察したのか顔を出す。
正体は海城光沙だ。
立ち止まり遠くを見て思案する。
(これまで5体のクライシスが封じの剣に倒された。新たなものを生み出さないと)
魔物を産むのには核となる無機質。
それに人間のネカティブな感情が必要だった。
しかし正月のような時期ではさすがにどす黒い感情は見当たらず。
初もうでなどの参拝で霊的に清められているものも多かった。
しみついていたものを利用してクライシスを生み出したが、マイの経験値を高めただけだった。
もっと強い異形を生み出さねば。
休みが明けるこの時期にストレスも増えるから期待できる。
素材を探しに光沙は街に出た。
女子寮。
早矢香はマイがさらに三体を倒したと聞き驚く。
「そんなに出てきたの?」
「ああ。クリスマスの時みたいに同時どころか連日もなかったら助かったが、その代わり一つ一つが強くなっていた。バイクが馬というのはなかなかしゃれっ気があると思ったよ」
イブに倒したのが便宜上の呼称でスマホスパイダー。ワイヤースネーク。
その後がバイクを素体にした馬の怪物。モーターホース。
正月に凧揚げで飛ばされていた凧をを素体にしたカイトモス。
乱暴に使われ壊れて捨てられたハサミから生まれたクラブシザース。
この五体だった。
「あんなのが立て続けだなんて」
「駆け付けられる位置ばかりで何とかなったけどな」
舞の可愛らしい声だが、すっかり男の口調で違和感のある早矢香。
喋っているマイも高い女声が気になるのか、トーンを落とし気味に話す。
マイが駆け付けられる位置に現れる魔物……クライシス。
気が付かなかったか? たまたまと思ったのか?
あるいは「生み出して操るもの」の存在に考えが至らなかったのか。
「敵」が存外近くにいることに考えが及ばなかった。
それは光沙も同様だった。
後輩女子が「封じの剣」の正当継承者とは思わなかった。
ましてや中身が男子になっていることに思い至るはずもない。
クライシスを通じて敵の詳細を知る事すらできない。
これはまだコントロールになれてないのもあり、そこまで余裕がないというのもある。
精度の悪いカメラで映し年季の入ったモニターで映しているような絵しか頭に流れてこない。
そして今は敵の正体を探るより、少しでも邪神復活のための贄を求めていた。
街をさまよう闇の女司祭長。
彼女はいかにして邪神を祭る女教皇となったのか?
2018年12月。
生徒会副会長の光沙は激しく口論していた。
相手は生徒会長。男子だ。
「それでは駄目ですよ。私のいうことも訊いてください」
光沙が意見するも会長が耳を貸さないという構図だ。
「うるさい。女が男に口だしするな!」
「な!?」
光沙は役職こそ「副会長」だが「女子側の会長」というつもりもあった。
だが今まさに「女子であること」で否定された。
「ふん。顔だけで票を集めたくせに。ろくに考える頭もないならお飾りに徹していろ」
あまりにも屈辱的な言葉に我を忘れて、思わず平手打ちを生徒会長の頬に見舞っていた。
あとはもう覚えていなかった。
あふれる涙をぬぐわずに走っていた。
そして気が付いた学校の裏山の洞窟にいた。
まるで中に引き寄せられるようにだ。
「ここは? どうして私はこんなところに?」
(我が呼んだのだ)
耳に聞こえない。
自分の思考のように脳裏に声が響く。
「誰? どこから話しかけているの?」
得体の知れないものに出会うと、本能的に恐怖する。
人間とて生物。例外ではない。
ましてや人間には「幽霊」とか「悪魔」という概念もある。
それを恐れる心がある。
光沙はそんな当たり前の心境にあった。
(人の子よ。誰と尋ねたな)
初老の男を思わせる声が響く。
これは光沙自身のイメージなのか?
それともこの呼び寄せたものの「声」なのか?
(我はこのやまとで影を崇めてできたもの。人の子たちは我をデオラムと呼ぶ)
光沙には「デオラム」がラテン語でそのまま「邪神」を意味すると不思議と理解できた。
ラテン語なんて知らないのにだ。
「デオラム……様!?」
光沙はなぜ自分が得体の知れない相手に「様」などと敬称をつけたのか自分で理解できなかった。
ただそれが当たり前だと感じた。
そしてその答えは邪神から告げられた。
(お前は我を崇めた者の末裔。その中でも強い力を持つもの。いわば生まれついての我がしもべなのだ)
「……しもべ」
ここでも下に扱われるのか?
この才媛は暗澹たる気持ちになる。
(何を苦にすることがある? お前は選ばれし者なのだ)
「わ、私がですか?」
不覚にも声が震える少女。
(そうだ。凡俗に神につかえることなどできん)
「凡俗じゃない……選ばれしもの」
否定され続けた少女には甘美な響きを持つ言葉だった。
(人の子よ。我に尽くせ。さすればこの世をお前の好きにさせてやる)
(私の好きに!?)
普通なら一笑に付す「甘言」だ。
だが半ば取り込まれつつある光沙には夢の言葉だった。
(そうだ。私を低く見る者たちに思い知らせてやりたい。のうのうとお気楽に過ごす奴らを阿鼻叫喚に叩き込んでやりたい)
虐げられた思いがどす黒い欲望を芽生えさせた。
そしてその力を与えてくれるものがいる。
(人の子よ。名はなんという?)
邪神が問う。
「海城光沙。それがデオラム様の忠実なしもべの名前です」
完全に堕ちた。
いや、闇の女教皇が覚醒したというべきか。
(よろしい。ミサ。だがいましばらく待て。この忌々しい封じの剣がある限りなにもできぬ。お前の体を満月の光で満たすのだ。それでお前に力を与えることができる)
「仰せのままに」
次の満月は2018年12月23日。
その光を受けてだから事を起こすのは翌日。
皮肉にも聖なる夜。クリスマスイブだ。
こうして海城光沙は邪神を祭る女教皇となった。
光沙は新たなるクライシスの素体を求めて街をさまよう。
49体のうち5体を撃破され無駄にした。
このままではデオラムに合わす顔もない。
しかしどうにも具合が悪い。
(そういえばそろそろ)
スマホのアプリを立ち上げる。
確認するとため息をつく。
(……どうりで調子が悪いはずだわ。仕方ない。今日は諦めよう)
意外にあっさりと引き上げる。
そう。晴天館高校の女子寮に。
闇の女教皇たる光沙を苦境に追い込む「封じの剣の主」が一つ屋根の下にいる建物に帰る。
晴天館高校の男子寮。
間取り自体は女子寮と大差ない。
女子寮との最大の違いはトイレ。
男子寮には小便器がある。
部屋に行く前にツルギの希望でトイレに寄った。
単純に用を足すかと思いきや、ツルギは物珍しそうに小便器を見ていた。
「お前、もしかしてそれ見たくて来たの?」
「それだけじゃないよ。場所も知りたかったし。ちゃんとするし」
それだけ言うとツルギは個室へと入ってしまう。
短時間で出て来たのでたずねると実家でも座ってやっていたという。
「えへへ。やっぱり私は女の子だし」
「バカ」
あわててツルギの口を総司は手でふさぐ。
間の悪いことに男子生徒がトイレに入ってきた。
「!?」
他のクラスの寮生か。総司も詳しくは知らない男子が入ってきた。
しかしツルギと。男子二人で密着する様を見て回れ右していった。
「……ありゃ絶対にとんでもない勘違いしてるな」
苦々しく総司は言う。
「ホモってこと? だったら勘違いだね。私は女の子だし」
「今は男だろうが」
「あーそっか。そうだったわ。総司君といるとどうしても女の子の心になるわ」
体が親友男子のそれじゃなく本来の女子のままなら抱きしめたくなる衝動に総司はかられる。
「体が男の子なのを忘れちゃだめね。ちゃんとローションも買ってきたし」
一気に醒めた。
「もう。そんな顔しないでよ。大丈夫だよ。私は女の子だもん。受けになるから」
こいつと同室で理性が持つのだろうか?
掘られるのは死んでも嫌だが、恋人の魂を宿した親友に変な気をおこしそうで自分が怖かった。
そしてもう一組の同性カップルは?
「さすが女子寮は違うな。いろいろと可愛くできてる」
女子寮に入ったマイが感心したように言う。
現在は早矢香と舞の部屋。二人きりだ。
「そう? あたしは男子寮行ったことないから比べようがないけど」
「男子寮にはピンクなんてねーもん」
可愛い声で男口調のマイがいう。
「それにあの自販機。あんな自販機があるなんて知らなかったぜ」
「あはは。街だと(女子)トイレの中にあったするから、男子が知らないのも無理はないわ」
話題に挙がっているのは生理用品の自販機だ。
女性なら大体小学生のうちに始まり、それから約四十年にわたり妊娠しない限り毎月ある女子の宿命。
生理用品は不可欠だ。
ある程度の予測は可能といえ不意に来るケースもある。
そのため設置されている。
「だよなー。女のことは知らないことだらけだ」
スカート姿も関わらずあぐらのマイがしみじみという。
「もう。剣ったら。いくら本当は男でも、そんなパンツ丸見えじゃ舞がかわいそうでしょ」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「そういう問題?」
「俺も舞もお互い便所にも行くし風呂にも入る。いちいち気にしてたらなにもできねーぜ」
「そりゃそうかもだけど」
どうにも調子の狂う相手に早矢香も歯切れが悪い。
「それにさ、確かに体は女だけど心は男だぜ」
不意に態勢を変え早矢香に近寄るマイ。
あっという間に早矢香のあごに手をかける。
「ちょっと舞!?」
当然驚く早矢香。
たちの悪いことに剣はもともと女顔。
だから舞の体で魂が剣という存在が作るその表情にマイの性別を忘れる。
「俺は剣だよ」
甘くささやく声は女子らしい可愛い声だ。
それを紡いだ唇が近寄る。
「だめ。女同士なんてダメ」
「だから俺は男だって……」
もう少しで唇が重なるところでマイは顔をしかめる。
「あっくそ。なんでこんな時に腹痛起こすかな?」
マイはトイレに駆け込んだ。
早矢香はへたり込む。
(もう少しで女同士のキスをするところだったわ。危なかった)
心を落ち着かせるためそのまま座り込んでいた。
しかしけっこうな時間が経つがマイが戻ってこない。
腹痛といっていたので心配して早矢香はトイレに様子を見に出向いた。
「ツ……舞。ちょっと大丈夫」
個室しかない女子トイレ。誰が入っているかわからないので舞の名を呼ぶ早矢香。
「早矢香? 助けてくれ」
弱弱しい、情けないという方がしっくりくる声がする。
その個室のドアが開いた。
半泣きのマイが便器に座っていた。
そしておろされたままの下着を見て早矢香は一瞬で事情を察した。
「あー」
「これも舞に聞いていたけど、実際に目の当りにしたらショックで……」
おろされた下着は大量の血で赤く染まっていた。
話題にしたばかりの自動販売機の世話にいきなりなったマイだった。