CrossSword
EpiSword02「恋人―Lovers―」
「い、入れ替わっただと?」
総司は仰天したが、スマホの化け物を目の当たりにして、それを「舞」が不思議な刀を使いこなして倒したのを思うと、その程度はまだ信じられる範囲だった。
「でもなんで? どうして入れ替わったの? それに舞。あれ? 剣? どっちかわかんないけど、どうしてそんな落ち着いていられるの?」
やや錯乱してる早矢香がまくしたてる。
「うーん。どこかで説明したいが、あまり人に聞かれたくないし」
喫茶店やファミレスではだめだ。
「かといってこの寒さで公園とかじゃな」
総司か続ける。
「カラオケなんてどうかな?」
中身は舞らしい剣の提案に乗った。
人でにぎわうクリスマスの渋谷だが、なんとか空いてるカラオケボックスに入る四人。
女子二名。男子も剣(舞)が小柄なので割と余裕だが、それでも窮屈な部屋だった。
「ごゆっくり」
一人一品は頼まないといけないので、オーダーした飲み物を運んだ店員が消えたので話を始める。
「さて。何から話そうか?」
舞の身体に収まった剣。便宜上「彼女」を「マイ」と表記する。
「聞きたいことなら山ほどあるが……まずなんでお前ら入れ替わったんだよ?」
クライシスの脅威が去ったので、現時点で最大の問題点を尋ねる総司。
「私たちも驚いたわ。総司君。でも十分な説明を受けたからなっとくできたの 早矢香ちゃん」
返答したのは舞の魂が体に入った剣……こちらは「ツルギ」と表する。
「そんな時間なんて無かったわよ?」
早矢香が言う。
「ああ。体感時間って奴だとそこそこあったが、後から時計を見た感じだとせいぜい5分」
総司が続く。
「それこそ『体感時間』って奴で2~3時間はあったと感じたぜ」とマイ。
「その間に十分な説明をしてもらって理解が出来たの」とツルギ。
「説明って?」
「誰にさ?」
「刀にさ」
「刀にぃ?」
素っ頓狂な声を上げる総司。
「論より証拠だな」
マイは胸の谷間からペンダントを引っ張り出す。
一見して十字架に見えるが刀だ。
比率をそれに近くした刀がぶら下がっている。もちろんロザリオ程度のサイズだ。
それをマイが握ると件の刀剣に戻る。
切っ先を下にして中空に浮かんでいる。
「柄の部分に手をかけてくれ。総司。早矢香」
マイに言われて恐る恐る触れてみた二人。
途端に別の部屋に入った幻覚が見えた。
そこでどこからともなく聞こえてくる声により、双子にされたのと同じ説明を二人はされた。
その大まかな内容とは?
古来より日本に伝わる「付喪神(つくもがみ)」
長く使われたものに魂が宿るという考えだ。
それがよりによって邪神像に宿ってしまった。
厳密には複製。むしろ「模造」された邪神。
しかしそれが生み出す「付喪神」は十分に脅威であった。
しかし邪神を崇める者たちを危険視していた神官たちによって「邪神を封じ込める剣」が一振り打ち出されていた。
日本のそれにしては異質の形状のそれは後にクライシスと呼ばれる魔物を撃ち滅ぼし、ついには邪神像を打ち砕きその「模造された邪神」を封じ込めた。
その剣を用いたのは剣士ではなく巫女。
剣技でも腕力ではなく霊力の高さが必須ゆえだ。
その巫女も寿命で死んだ。
しかし転生を繰り返し監視を続けた。
だが現代において不測の事態が起きた。
その魂。そして転移しても再生される肉体が分かれてしまったのだ。
魂は男児・剣に。肉体は女児・舞に受け継がれた。
このままでは邪神に対抗出来ない。
だから魂と肉体を合わせた……
「それで二人は入れ替わったと?」
確認すべく総司が尋ねる。
「そういうこと。これで対抗できると」
マイが胸を張る。
「いつまでそのままなの?」
早矢香が食いつき気味に尋ねる。
「うーん。敵をみんなやっつけるまでかしら?」
他人事のように兄の肉体に入った妹は言う。
「そんなに?」
いったいいつまでかかるのか?
早矢香は考えたくもなかった。
「学校はどうするのよ? 剣」
「私は舞よ。早矢香ちゃん」
ルームメイトの魂が入り込んだ恋人の肉体に迫る早矢香をやんわりと制するツルギ。
「うーん。単純に考えて俺か舞として早矢香と同じ部屋に。舞は俺として総司と同じ部屋かな?」
「待て!。ちょっとは考えろ。舞」
親友の魂が支配するガールフレンドに迫る総司。
「俺は剣な。総司」
それを止めるマイは妹の肉体を守るというより、自分が男に迫られたくないだけだった。
いくら今は女子の肉体でも恋愛対象は男ではない。
「それいいわね。お兄ちゃん。私と総司君。お兄ちゃんと早矢香ちゃん。それぞれ恋人同士で同じ部屋に。きゃっ」
普通なら「キモイ」とか言われそうな「少女の振る舞いをする少年」だが、中身が本当の女の子の上に肉体もかなり女性的なので不思議なほど違和感がない。
だが発言内容は聞き捨てならない。
「まて。舞。いくら中身がお前でも体は剣なんだぞ。今までどおりになんて出来るか!?」
「もちろん違うわ。同じ部屋で夜を明かす二人。愛される魂は私。でも愛されつつも総司くんとお兄ちゃんが愛し合うのを見守るの」
十文字舞。愛らしい顔立ちと柔らかな物腰で男女問わず人気があるが「あれさえなければ」と言われるのがこの重度の腐女子ぶり。
なにしろ自分の兄と恋人をカップリングするのだからかなりのものだ。
「待て! 舞」
自分の肉体でそんなことをされてはたまらないということかマイが止める。
安堵した早矢香と総司だったが
「だったら俺も早矢香と色々やっていいんだな?」
この発言でぶっ飛んだ。
「もちろんOKよ。お兄ちゃん。女の子同士ならどっちも妊娠しないから、いくらでもやっていいよ」
誘導するのが難しいがそれでもツルギの「後ろの処女」に危険性があるのを思えば、確かに女同士ははるかに安全だ。
「あたしの気持ちは無視なの!?」
早矢香が声を張り上げる。
「フードの女」は新宿にまだた。
初めてクライシスを操って、しかも敗北で精神的にもダメージを負い疲労困憊という様子でふらふらしている。
ましてや高いビルの屋上。鉄柵がなかったら落ちてしまいそうだ。
彼女は何とかその鉄柵で体を支える。
(一体を操るだけでこれほどの疲労とは。しかし封じの剣の主もまだ覚醒は不十分かもしれない。今なら仕留められる好機。次の手を)
『フードの女」は千里眼で媒体を探した。
それは存外早くに見つかった。
年末ともなると道路工事が増える。
作業員たちは仕事に誇りを持っているが、それでも町中が浮かれているクリスマスの夜に仕事をしているのはつらいものもあった。
ましてや雪が降ろうとか言う寒さだ。
たれだって寒空に外で働いてないで、暖かいところでごちそうを食べる方がいいに決まっている。
仕事に誇りは抱いていても、どうしてもそういうマイナスの感情もわいてくる。
それを「栄養素」としてまた一体の魔物が生まれた。
街中を走る送電線が勝手に引きちぎれて蛇のように這っていく。
電線の蛇。これを便宜上「ワイヤースネーク」と呼称する。
複数の鋼の蛇は寄り集まって、放置自転車等も取り込み鋼鉄の大蛇へとなっていく。
もちろん人々は怪物から逃げまどい、新宿は大パニックに陥る。
カラオケボックスでは会談というか相談が続いていた。
「ねぇ。先生たちにもさっきと同じようにして説明したら? 事情を説明してあたしは舞と。剣は滝君と一緒の部屋で」
いくら中身が恋人でもノンケの早矢香は女同士で乳繰り合いたくない。
その一心で提案するが
「いや。男女同室じゃ騒がれる。それに全員にさっきみたいにやって説明するのは非現実的だ」
マイが否定する。それを不思議そうに見ている総司。
「お前、本当に中身は剣か? オレが知っている剣はこんなに賢くなかったぞ。さっきだって即興で技の名前つけていたし」
「Thunder sword FinIshのことか?」
「それそれ。それにしても名前がなげーな」
「じゃ頭文字をとっての略称。TSFってことで」
「それが言いたかっただけかぁーっ」
思わず怒鳴りマイに詰め寄る総司。
愛らしい顔立ちをした恋人の顔がキスできるほどの至近距離に。
きょとんとしたマイの顔が「中身」を忘れさせた。
「舞……」
「恋人」に向けた声色だ。
「なーに? 総司君」
ツルギが答える。だが中身は呼び掛けられた舞。
「あなたの恋人はこっちよ」
やはり男の声が違和感なのか少し高く作った声でツルギが訴える。
「そして俺は早矢香の彼氏……今は彼女か? 彼女同士だな」
快活に笑う声が高い。意識しないと高くなる声のマイ。
ワイヤースネークは渋谷に向かって進む。
そのころには胴回りがマンホールのふたくらいになっていた。
それが堂々と車道を通っている。
警察がパトカーで封鎖して銃口を向けてもお構いなしだ。
銃弾を鱗と胴体の丸みで弾き飛ばし、パトカーに向かっていく。
まるで毒をそぐように大きな牙を火花を散らしながらパトカーに突き立てるあたり、蛇の魂が核になっているのかもしれない。。
「むっ」
笑っていたマイの表情が引き締まる。
「どうしたの?」
早矢香が尋ねる。
「また出たみたいだ」
ペンダントから刀へと戻っていく。
それを手にマイは表へと駆け抜けていった。
「おい。待てよ剣」
「待って。お兄ちゃん」
「ちょっとぉ? カラオケ代はだれが払うのよ?」
カラオケ代を建て替えた早矢香が慌てて出ると総司とツルギがたたずんでいた。
「どうしたの?」と尋ねた早矢香だったが二人の視線の先で理解した。
鉄の大蛇。ワイヤースネークが道路で暴れているところに「刀」が作り出す気流に乗って、文字どおり風のようにマイが向かって行っていたのだ。
ワイヤースネークは本物の蛇のように大きく口を開けて大破したパトカーを飲み込んでいた。
バリケードとしていたので誰も乗ってなかったのは不幸中の幸いだが、十分に恐ろしい光景だった。
生命体なら捕食だが鉄の塊。パトカーの金属部分を取り込み新たなパーツにするのか?
それとも操るものの意図でおじけづかせるための「デモンストレーション」かも知れないがマイは臆せずに突っ込んでいく。
背後から駆け抜け突破された警官たちが驚く。
「お、女の子!?」
「おい君っ。危ない。下がれ」
警官たちが制止するが止まらない。
体操選手のように軽やかに「食事中」で緩慢なワイヤースネークを飛び越えていく。
「先手必勝!」
飛び降りながら体重を乗せて大上段から切りつけるが、曲面の上にうろこではじかれてしまう。
突き立てようと試みたが曲面は尚更切っ先をはじく。
「だめか。だったらもう一度この手で」
マイはワイヤースネークの背中を駆け抜けて飛び降りた。
「電気ははじけるか試してやるぜ!」
その眼前の尻尾に金色の刃を振り振り上げる。
「くらえッ! Thunder Sword Finish」
掛け声とともに刀剣を振り下ろした。
その刹那、雷に匹敵する電流がワイヤースネークの体に「流れて行く」が止まらない。
「何っ!?」
驚いてマイに隙ができた。
巨大な尻尾で強烈に吹っ飛ばされた。
新宿でワイヤースネークを操る「フードの女」には映像は届かない。
だから「封じの刀」の主が男か女かすらわからない。
しかしスマホスパイダーがどう倒されたかは伝わっている。
それを活かして造ったクライシスだっただけに対策はできている。
(ふふふ。この蛇のクライシスには精密機械は組み込まれていない。ショートさせる手は使えないぞ。さらにわざわざ「電線」を依り代にしたのだ。その雷撃は素通りしてしまう)
彼女にはマイが吹っ飛ばされのも伝わっていた。
(さあ。そいつも飲み込んでしまえ)
指令を受けたワイヤースネークはマイに向かって向きを変えて進む。
しかししたたかに背中を打ち付けたマイは動けない。
「剣! 立て。そこから離れろ」
「早く逃げて」
総司と早矢香が懸命に叫ぶか動かない。
だがツルギは落ち着いていた。
先刻自分も体験したことを思い出していた。
「この時代り我が主よ。目を覚ませ。立ち上がれ」
マイの脳裏に声が響く。つい先ほど聞いた声だ。
「あんたか……そうい言えば名前を聞いてないな」
のんきな会話だが現実には一秒も経ってない。
「我はただの刀剣にすぎぬ。名など無い」
「それじゃ呼びにくいな」
刀との会話だけでも不思議な気持ちなのだ。
名もないとまさに正体不明でやりにくいという意味だ。
「この場から生きて帰ったら好きに呼べばよい」
話を勧める刀剣。
「主よ。我には雷。水。風の外にも炎の能力がある」
「そんなこと言ってもこいつの体。頑丈で斬れやしない。炎なんかも中には‥…待てよ。中ならどうだ? それ考えてみれば切れる場所もあるぞ」
そこまで会話して目が覚めた。
目前にワイヤースネークが迫っていた。
その巨大な口を大きく開く。カバが口を開けたところをイメージさせる大きさだ。
マイはただ突っ立っていたように見えたがまるで居合のように刀剣を振るった。
ルビーのように赤い刀身の刀が鉄の大蛇の顎を切り裂く。
「さすがに中にはウロコもないな。ましてやそんなに大きく口を広げているのだから広げた分だけのびて薄くなってるだろうさ」
いうなりマイは反対側の顎も切り裂いて逃げ出した。
(その薄くなったところにこの炎の刃で切りつければ、刃ではなく炎で切り裂ける)
そう。「フードの女」が刀剣を封じるために絡めた鎖を飴のように溶かした高熱の刃で、ワイヤースネークの薄い部分を切り裂いたのだ。
これで口の開閉が難儀になる。マイを飲み込むことはできない。
絞め殺すにもワイヤースネークに対してマイが小さいので抜けられる。
攻撃手段が打撃にのみ絞られた。
(そしてさっきパトカーを飲み込んていたってことは体内にガソリンがある。この熱で気化。ガス状になっている頃)
マイはワイヤースネークに向かって突進する。
顎を切られて口を閉じられないワイヤースネークはそのまま牙を突き立てようとする。
その牙をマイは再び炎熱の刀剣で先端部分を切りつける。
わずかなかけらだけにしかならない。だがそれで十分。
小石ほどのかけらが、パトカーを飲み込んだときに付着したガソリンで炎熱の剣で高熱を帯び発火する。
それが体内のガスに引火した。
マイがはるかに駆け抜けてからワイヤースネークは爆発。炎上した。
「くっ。おのれっ。またしてもっ」
新宿で歯噛みするフードの女。
しかし彼女は大きくぐらついてしまう。
「三体目を繰り出せばあるいは……だがクライシスを操る精神力も体力も限界だ。やむを得ん。この場は引こう」
「フードの女」は闇に溶け込むように消えていく。
「ふう」
こちらも慣れない女の体で一日に二体の化け物と戦ったマイが大きくため息をつく。
「おい君。大丈夫か?」
「なんてことをしているんだ。危ないじゃないか」
燃えるワイヤースネークをよけて警官たちか保護のために駆け付けてきた。
「やべっ」
戦い以上に焦るマイ。
刀を手にして化け物と戦ったところを目撃されている。ごまかしようがない。
しかし天の助け。ワイヤースネークの体内のガソリンがさらなる引火で爆発が起きる。
警官たちも気を取られてマイから目をそらした。
再び視線を戻した時には既にマイは消えていた。
風の刀剣がもたらす風でジャンプして離脱していた。
約20分後。
「あ。いたいた」
ツルギ。総司。早矢香は渋谷駅前のスクランプル交差点越しに駅前のマイを見つけた。
信号が青になり三人は駆け寄る。
「お兄ちゃん」と叫んで少年が少女に抱き着いても大して注目もされない街。
「しかしよくあそこから逃げてこれたな」
感心したように総司が言う。
「えへへ。ビルからビルへね」
現場から「跳んで」逃げてビルの屋上から屋上へとジャンプを繰り返していた。
渋谷駅近くで自身のスマホに連絡を入れて合流に。
「むしろ最後のビルの屋上から路地裏に着地するのが難しかったよ」
刀剣が風でゆっくりと降ろしたのだ。そして何食わぬ顔で雑踏にまぎれた。
もちろん刀はロザリオに戻している。
「それにしても派手にやったわね」
早矢香は先の戦い戦いを指している。
「ああ。技の名は名付けてFire Blade Infelno。略してFBI」
「名前はいいから」
総司が突っ込む。
「そうそう。名前といえばこれ」
ロザリオを見せる。
「名前にがないというんだ。名前があった方がいいと思うから俺が名付けた」
「現在と過去。それと俺たち四人の運命の交差。そしてこの形。クロスソード……もう少しカッコつけて……うん。クロスォードと呼ぼう」
こうして異形の付喪神との戦いが始まった。
それと総司と早矢香にとっては恋人の魂が入り込んだ親友の肉体と同じ部屋で過ごすことになり、これもある意味で過酷な戦いの幕開けだった。
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