CrossSword

EpiSword01「運命の輪―Wheel of Fortune―」

 都内にある全寮制の高校。
 晴天館高校。
 男子寮と女子寮に挟まれた校舎の裏にある山。
 その林の奥に洞窟があった。
 遺跡を思わせるそこに一人の女がふらふらと入っていく。
 糸の切れた操り人形に例えられる有様だ。
 催眠術にかけられている様という方が分かりやすいか?

 彼女は大岩の前に跪き「臣下の礼」を取る。
 大岩には一本の件が深々と突き刺さっていた。
 刀身のほとんどは岩に埋まり、さらされている柄が十字架のように見える。
 そのせいもあり、墓標に見えた。
 そして護符のような古びた札が大岩に張り付けられていた。

「失礼、いたします」

「彼女』は感情のない声でつぶやくと、その札をはがしにかかる。
 しかし札に手をかけると火花が散る。
 正確に言うと電気が走った。
 まるで剥がされまいと抵抗しているかのようだ。

 感電したにもかかわらず『彼女』は札を引き剥がす。
 長い年月を耐えたであろうに途中で破れたりもせずにはがれるが、剥がされた途端に札は塵と化した。
(よくやった)
 謎の声が『彼女』にだけ聞こえる。
(受け取れ。しもべよ)
 空中に転移したかのように黒いネックレスが現れ、それが「彼女」の首にかかる。
 黒い鎖に、やはり黒光りする十字架が逆さにつけられたロザリオが。
「あ、あああああああああああっっっっ」
 洞窟に響き渡る苦悶の声。
 ややハスキーな女の声が反響する。
 散々に悶絶した後でひざを折る。
 それがゆらりと立ち上がる。
 今度は狂気を思わせる目つきになっている。

(しもべよ。我が肉体はすでに塵と化し、魂も縛られていた。供物を捧げよ。完全に甦るための贄を集めよ。そのための力を授けてやった)
「仰せのままに」
 邪悪なる声に傅く彼女は手始めとばかしに手のひらから火の玉を生み出し、突き刺さる刀にぶつけたが破壊できない。
「……さすがは我が主を封じた剣。壊せないなら」
 再び右手を向けると、突き刺さる大岩から鎖が何本も生み出されて刀をがんじがらめにした。
「今度は貴様が封印される番だ」
 忌々しげにつぶやくと、彼女はパーカーのフードをかぶる。
 さながらローブをまとったウィザードという雰囲気に。
 そして『彼女』は静かに出ていく。
 目指すは街。
 聖夜に浮かれる冬の街。

 2018年12月24日。
 クリスマスイブ。
 家族や友人。そして恋人など大切な人と共に過ごすことが多い日。
 渋谷も大賑わいだった。
「剣(つるぎ)」
 渋谷駅前で人待ち顔の少年に少女が声をかける。
 これもよくある光景だ。
「早矢香(さやか)」
 剣と呼ばれた少年が破顔する。
 この少年の名は十文字 剣(ともんじ つるぎ)。
 高校一年の16歳。
 身長は166と男子としては中くらい。
 顔も中性的というかやや女性的。
 腰に達する「ロングヘア」を根本で束ねているから余計に女性的に見える。

 ただダウンジャケットとジーンズでは、女子と見間違えるまでにはいかない。
 けど化粧してスカート履いたら女子に見える。

 華奢に見えるが、細身なだけで意外と腕っぷしは強い。
 剣道の有段者で柔道と空手も黒帯の手前まで来ている。

「待たせてごめんね」
 ショートカットの少女。早矢香は素直に謝る。
 短いのだがまとまらなくてあちこちに緑色の髪が跳ねている。
 身長は150に届かないが胸はFカップと、成長過程で女性ホルモンが過剰に働いたと察することのできる体形だった。
 そのアンバランスな体形が災いして、ドレスを思わせるワンピースのシルエットが決まってない。
「いいさ。おしゃれに時間かかったんだろ」
 優しく言うと剣は早矢香の顎をクイと持ち上げる。
 彩られた唇がよく見える。
「特にこの唇」
 いうなり剣は顔を寄せる。
 いくら渋谷でも駅前でキスシーンは考え物だ。
「だーめ。どこか人のいないところで」
 やんわりと早矢香は止める。
 ただし「ここでは」であり、行為そのものは拒絶していない。
「わかったよ」
 剣もあっさり引き下がった。
「それじゃ行こうか。まずはご飯食べに行こう」
 早矢香が剣を引っ張り駅前から二人は消える。

 恋人同士で過ごす聖夜とは限らないし、それをひがむ者もいる。
「けっ。なにがクリスマスだよ。こちとら恋人どころか仕事すらないってのによ」
 寒空というのに新宿の公園ベンチで缶チューハイをあおっている青年がいた。
 その足元にはスマートフォン。
 決まりかけていた仕事がだめになった知らせを受け取り、その腹立たしさからぞんざいに扱われていた。
 半ば捨てられるように放置されていた。

 同じころの原宿。
 寄り添って歩く少年少女。
「しっかし改めて見るとお前と剣。そっくりだよなぁ。アイツが女装したらこうなるのかな?」
 茶髪の「チャライ」印象の少年。
 滝 総司(たき そうじ)がしみじみという。
 身長の高い美少年。高身長ゆえかバスケットボール部だった。
「うふふっ。お兄ちゃんと私は双子ですものね」
 にっこりと笑う少女。
 赤い髪の毛をツインテールにしている。
「あ。悪い。男と比べたりして。忘れてくれ。舞」
 彼女。十文字 舞(ともんじ まい)と剣は二卵性双生児だった。
 だからそっくりなのに怒らないのは理解できる。
 とはいえあまりに寛容である。
「ねぇ。総司君。それっておにいちゃんが私そっくりだってことですよね? だったらお兄ちゃんにもときめいたり、こうして手をつないだりするの?」
 何かを期待するように目を輝かせている。
「……悪い。その手の話は勘弁して。忘れてくれ。舞」
 勉強も運動もできるし、性格の良い美少女。十文字舞の「珠に瑕」が「腐女子」ということだった。
「まったく、自分の兄貴と恋人のボーイズラブを想像するか? フツー」
「だって二人はルームメイトでしょ。親密になってもおかしくないじゃない」
「オレはその気はないの」
「ノンケなの?」
 明らかにがっかりしている舞。
「ああ。オレは女しか……いや」
 総司は舞の唇に歩きながら素早くキスをした。
「お前しか愛してないからさ」
「……私も」
 さすがに舞もおとなしくなる。

 新宿。
 パーカーのフードをかぶった「女」が公園にいた。
「今宵は聖夜。人でにぎわう。『サバト』には絶好の日」
 彼女は手のひらに「黒い光」を作り出す。
「行くがよい。49の災厄(クライシス)の一つよ」
 その「黒い光球」はすっかり酔いつぶれ眠りこけていた男の足元に捨てられたスマートフォンへと吸い込まれていく。
 そのスマホからまるでクモのような八本の足が生えた。
 そのまま虫のようにはいずり、いずこかへと消える。
「ふふ。クライシスよ。存分に暴れるが良い。人の世に混乱と恐怖をもたらせ。それこそが主の望む贄」
 呟いた女は魔術師のローブのようなパーカーのフードを深々と被り直して闇に消えていく。

 かの洞窟。
 鎖に縛られた刀が振動する。
 まるで何かに共鳴するように震える。
 それは異形の出現を感知した音。
 そして遠く離れた刀の持ち主への呼びかけだった。

 スマートフォンをコアとしたクモのような異形。
 便宜上これをスマホスパイダーと呼称する。
 スマホスパイダーは巧みに高所へと移動して陣取る。
 本来ならUSBコネクターに当たる穴から、本物のクモのように糸を繰り出す。
 その糸はそれこそ蜘蛛の巣のように拡散する。
 そう。電脳世界へと侵入する。

 剣と早矢香は半ばノープランでクリスマスデートだった。
 さすがに高校生では予約のいるようなレストランというのはままならず。
 けれど些末なことであった。
 とにかく二人で過ごせればよかった。

 とはいえ空腹にもなる。
 手近な店をスマホで検索しようとした剣だが
「あれ? 圏外?」
スマホがつながらない。
「ウソでしょ? またいつかみたいな大規模障害かしら? あたしのなら……なんで? こっちもだめ」
 別のキャリアだったのに二人ともつながらない。
 気が付くと周辺でスマホの不具合を訴えていた。
「妨害電波でも出ているのかな……ウッ」
 軽口をたたいた直後に剣は頭を、そして耳も抑える。
「なぁに? 頭痛いの?」
 心配そうな早矢香。
「お前には聞こえないのか? ものすごくでかい声で誰かが俺を呼んでいる」
 騒音から耳をふさいで見える剣。
「あたしには何も?」
 渋谷の駅前である。喧騒はある。とはいえ工事現場のような耐え難いレベルではない。
「くそっ。どこの誰だ。デートの最中に呼びつけるなんて」
 悪態をつきなからも剣はふらふらと歩きだす。

 同じころ、原宿にいる総司と舞も移動を始めていた。
 こちらでは舞がやはり自らを呼ぶ声に向かっていた。
 電車での移動をすべく駅に向かうが、人があふれかえっていたので入れない。
 駅員が電車どころかすべてのシステムがダウンしていると説明していた。
 電車が止まっているどころか、自動改札も券売機も落ちている。
「コンピューターがいかれたか?」
 制御に使っているコンピューターの不具合はない話ではない。
「……呼んでいるわ……行かなくちゃ」
 舞も頭を押さえつつ歩き出す。
「待て? さっきからお前はどこに行こうとしている?」
「誰かが私を呼んでいるの……行かなきゃ」
「頭を抑えてか? まず休め」
 剣が舞の腕をつかみ交差点の横断歩道の手前で止まった。
 それが幸運だった。
 青信号なので走り抜けようとしたトラックは、横から乗用車に突っ込まれた。
 さすがのトラックが破壊されて止まる。
 ぶつかった二台の車を運転していたものたちは重傷で動けない。
 そして、交差点の信号はすべてが青信号だった。
「……なんなんだ? こいつは」
 茫然とつぶやく総司だが事故を放っておけず通報を試みるが、やはりスマホが通じない。

 他にも停電したり、パソコンが異常をきたしたり混乱が起きていた。
 信号の不具合による事故発生。
 あるいは交通マヒ。
 新宿から渋谷にかけて生じた混乱である。

 そんな中を舞。そして剣は文字通り導かれるままに新宿方面を目指す。
 一方、最初はスマホに手足が生えただけのスマホスパイダーだったが、活動とともに少しずつ大きくなっていく。
 すでに小型犬程度のサイズにまでなっている。
 脚だけでなく頭部も形成されていた。
 力も強くなり、移動速度も増した。
 次のターゲットを放送局に定めた指令を受け、渋谷区神南へと侵攻する。

 つまり剣たちとスマホの異形はいずれ鉢合わせする。
 そしてそこに運命。否、宿命が飛んでくる。

 あの遺跡の中。
 今度は鎖にかけられ封じられた刀。
 だが剣が電熱器のように赤く光り、ルビーを思わせるようになる。
 柄を彩る宝石がまさにルビーの輝きをもたらす。
 そして実際に熱が出て、鎖を溶かしてしまう。
 鎖がなくなると勝手に岩から抜けていく。
 鞘から刀を抜くかのように刀身をあらわにする。
 今度は緑色。エメラルドの緑だ。
 羽根のように風に舞い「主」のもとに飛んでいく。

 新宿にあるビルの屋上。
 本来なら立ち入り禁止。
 ましてや部外者が入れやしない場所に「フードの女」はやすやすと忍び込み、物見櫓から見渡すように街を見下ろしていた。
 ちょうど渋谷の方向だ。
「ふふ。よし。順調に事は運んでいるわね」
 フードで顔のほとんどが見えないが、それでも紅く彩られた口元が緩むのは見えた。
 しかしその表情に緊張が走る。
「おのれ。封じの剣め。やはりあの程度では気休めにもならなかったか」
 作戦失敗を予感させる気配にいらだったが、元々の性格なのか冷静さを取り戻す。
「クライシスを察して眠りから覚めたのか? それだけではない。封じの剣の主が。正確にはその魂を受け継ぐものがいる」
 気配などを察しているのではない。状況からの推測だ。さらにその推測を進める。
「おそらくはクライシスと遭遇する。丸腰では殺されるからはせ参じたということか」
 ここで優先順位を変えた。
「作戦変更。封じの剣の持ち主を消せ」
「フードの女」は再び異形のコントロールに集中する。

「舞!?」
「お、お兄ちゃん!?」
 二卵性双生児の兄妹が合流した。
 まるで待ち合わせるように四人が一緒になった。
「大丈夫? 舞」
「早矢香ちゃん……うん。平気」
「そんなわけないでしょ。どう見てもおかしいわよ。毎日見ているんだからそのくらい分かるわよ」
 十文字舞と久留間早矢香は女子寮のルームメイトだった。
「お前も変だぞ。剣。兄妹そろってどうなってんだ?」
「お前もいつも一緒だからわかるってか? 総司」
 十文字剣と滝総司も男子寮の同室だった。
 男同士でありながら互いに下の名で呼び合う関係だ。
 もっと総司にしたら恋人と同姓ゆえに区別の意味もある。

 双子の兄妹はいよいよ平静を装う余裕もなくなり苦悶の表情を浮かべだす。
 その二人の目前に解き放たれた刀が天から降ってきて、封じられたときと同じようにアスファルトに突き刺さる。
「な、何よ。これぇ?」
「刀が降ってきた?」
 極めて普通に驚く総司と早矢香。それに対し双子は
「……そう。あなたが私たちを呼んでいたの」
「……くそ。デートの最中に呼びつけやがって」
 まるで示し合わせたように双子は同時に束に手をかける。
 そして二人は動かなくなってしまう。

 そこにスマホスパイダーが現れた。
 大きさは獅子か虎を思わせるサイズである。
「……なんだよ……あれ?」
「ばっ、バケモノッ!?」
 総司が息をのみ、早矢香が悲鳴を上げる。
「バケモノ」はなぜか全く動かない剣と舞めがけて襲い掛かる。
「何をしているっ? 逃げろっ。剣っ」
「舞。逃げてぇーッ」
 ところが逃げるどころか降ってきた剣をやすやすと引き抜き、切りつけて防御した。
 しかも舞の方がである。
 剣道有段者の剣はへたり込んだままだが、こんなスマホの化け物相手では無理もない。
 しかしかよわい女子である舞が、雄たけびを上げて果敢に切りつける。
 感情があるようには見えないが、スマホスパイダーはひるんで八本の足を駆使して後ずさる。
「へえ。軽くていい剣だな。使い方はわかったぜ。それじゃ間合いも離れたんで」
 男言葉の舞が刀を掲げると刀身が青く輝く。
 宝玉もサファイアになっている。
「はっ」
 気合一閃で刀を振ると水流が間合いを無視して怪物に放たれる。ずぶぬれになっただけで動きが鈍った。
「とどめはこれだ。電気製品には致命傷。雷電の刀。サンダーソード」
 刀身が金色に輝く。
 その「溜め」にまるで自暴自棄になったかのようなスマホスパイダーが迫りのしかかるように。
 だがそのがら空きの腹部。ちょうどスマホのディスプレイに当たる部分に「舞」が「サンダーソード」を突き刺す。

「Thunder Sword Finish!」

 突き抜けた剣先がスパークしている。
 スマホスパイダー自身も体中からバチバチと放電している。
「よっと」
 舞が券を抜くが勢いをつけすぎてスマホスパイダーに背を向ける格好。
 サンダーソードも薙ぎ払う様に時計の文字盤で言うなら「8」を指すような位置にある。
 背中から化け物が襲うかとひやひやしたが、スマホスパイダーはもはや虫の息。
 放電したままその場に倒れ伏せ、爆発四散した。

 新宿。
 酔いつぶれていた男は自分の大事な連絡用ツールが化け物の依り代になっていたのも知らずに、必死にスマホを探していた。
「くそっ。どこに行きやがった。まさか脚が生えて渋谷あたりにでも行ったんじゃないだろーな」
 単なる悪態だったが、さすがにこれが正鵠を射ていたとは気が付くはずもない。
 彼は平和に探し物を続けていた。

 渋谷。
 化け物の脅威がさり早矢香が勇敢なルームメイトを案じかけよる。
 一方の男子たち。へたりこんでいた剣に総司が手を貸していた。
「ほら。立てるか。剣。まったく。あんな化け物がいたんじゃ仕方ないが、舞があれだけ戦ったのに剣道有段者のお前がこのざまかよ」
「違うの! 総司君。あれは私じゃないの」
「剣」が妙に柔らかい口調で否定する。
「総司『くん』?」
 違和感と既視感が同時に総司へと見舞われる。

「舞。大丈夫なの? もぉー。危ない真似はよしてよ」
『あー。早矢香。これはちょいと違っててさ」
「……その口調、兄貴そっくりね?」
「そりゃそうさ。俺、十文字剣だし」
「は?」

「信じて。総司君。私は舞なの」
 潤む瞳で見上げる『剣」に総司は怪訝な表情をする。
「お前、まさか?」
 スマホの化け物よりは信ぴょう性のある「危険性」に考えが及ぶ。
「ええ。私とお兄ちゃん」

「俺と舞は」

「「肉体と魂が入れ替わってしまったんだ」」
 まるで示し合わせたように一字一句たがわぬ言葉で「衝撃の事実」を告げる双子だった。

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