[3-52] 次は何を無双にする気だ
『零下の晶鎗』が仮の住まいとしている天幕を
冒険者は普段着のように防具を身につけ、いかなる時も武器を手元に置いておくのが普通だと言う。装備にもそのための工夫がされているのだ。
石枕が突然現れても、彼らが驚いたり身構える様子は無い。
ただ、来るべき時が来たという覚悟を感じられた。
「長く待たせてしまったな」
「ようやく俺たちの出番か」
『零下の晶鎗』が現れてから一ヶ月ほど。
魔物どもがほとんど森から打って出なかったこともあり、『零下の晶鎗』の仕事はもっぱら物資輸送の護衛であった。無論、必要な仕事ではあるのだが。
ただ、その間に石枕とゼフトは多少親しくなっていた。石枕はこの戦いで筆頭特殊戦闘兵として他の者を管理する立場。特殊戦闘兵も、それに準ずる雇われも、少数精鋭だ。同じ部隊に居る者くらい全員把握できるし、二人には共通の話題もあったから。
「ああ。ただ、少し特殊な状況にある」
「と言うと?」
「司令官殿は我らに『無双戦』をお望みであるようだ。おそらく一両日中にその命令が下る」
『無双戦』。冒険者であるゼフトには聞き慣れない言葉かも知れない。
つまり、傑出した強さを持つ少数の者に多数の雑兵を始末させる戦いを指す言葉だった。
「有象無象を薙ぎ払う戦いをせよ、と?」
「早期に攻囲を解くためにはそれしかない。本来、特殊戦闘兵はザコ相手に消耗せぬよう大切に使うものだが、転移魔法で敵の大砲の裏に回り込めるのは少人数に限られる……
軍勢を送り込もうとすれば竜頭川の水より多い魔力を消費するからな」
間断なく砲声が響き、すぐ頭上で重い破裂音が轟く。鼓膜が震えた。
防衛兵器によって魔力の障壁を展開して砲撃を防いでいるが、攻める側の方が潤沢に魔力を使えるのだとしたら、それは時間稼ぎにしかならないのだと戦の素人でも分かるだろう。
「南から援軍が攻撃するのに呼応して、特殊戦闘兵が戦場を掻き回す。
その隙を突いて内からも攻囲を破る、という作戦でしょうかね」
「決まったわけではないから、まだ私も知らされてはいません。ですが十中八九そうなるでしょう」
伊達眼鏡を光らせてクレールが分析する。
既に追い詰められていると言っていい。華麗に状況を打破する妙案など存在せず、犠牲を覚悟の上で総力の反攻を行い、敵方により大きな被害を出す事で状況的な勝利を収めるしかない。
「……ゼフト。お前は雇われ者だ。
もしこのような戦いを厭うのであれば……」
「気遣いは無用」
石枕に皆まで言わせず、ゼフトは答える。
「これだけの戦いとなれば、向こうも出し惜しみはできないだろう。
チェンシーはきっと居る。なら俺たちは、行くだけだ」
「そうか。……助力、かたじけない」
表面的には気遣う風を装いながら、石枕はゼフトの覚悟が揺らいでいないことを確かめていた。
どうやら問題無い。彼は死力を尽くして戦ってくれることだろう。
石枕はゼフトのように、チェンシーを元に戻せる未来を固く信じることなどできない。
しかし、ならばせめて彼女の解放を、と願う気持ちはあった。
己は誰のために強くなったのか。
そう思えば……何を犠牲にしようと勝たなければなるまい。
* * *
包囲三日目の夜明け頃のことだった。
唐突に、異質なほどの闘志を持つ者らが陣中に現れた。
ルネはそれを『感情察知』の能力にて捕捉する。
いよいよ青軍が切り札を切ってきたのだ。
「来たわ、アラスター!
南側、陣列後方に約50!」
「全軍に告ぐ! 一号案に従い配置を転換せよ! 転移魔法陣を接続せよ!」
本陣のアラスターは机上に並べられた
包囲陣の各所に準備されていた転移陣に魔力を流し込み、敵の『特殊戦闘兵』が現れた場所へ、それに対抗しうる強者を呼び集める構えだ。
だがそれと前後して斥候や観測班からの連絡が飛び込んでくる。
『ご報告申し上げます。南より鋒矢の陣形で接近していた敵増援が進行速度を上げ、突撃を開始!』
『敵陣より敵空行騎兵の発進を確認!
『塁壁南門、開きました! 敵大型戦闘ゴーレム『黄巾力士・乙型』20体を確認!』
「了解した。状況に変化があれば再度報告せよ!」
街から少し離れた場所、南東側の川沿いの小高い丘に設けられた本陣からは、いずれの敵も概ね確認できた。
壁の内側から飛び立った騎兵たち。
逸れた砲撃で穴ぼこだらけの地面を踏みならして突撃してくる大型ゴーレム。
そして南より迫り来る軍勢。
「ここまでは予想通りかしら」
「はい。ゴーレムの数も偵察の報告と一致します」
妙な策を弄してくることはないだろうと思っていたが、予想通りの真っ向勝負だ。
それは決して、敵の作戦立案能力が低いというわけではない。
どうすれば最大限に力を発揮し、それをぶつけられるか分かっているというだけのこと。
敵は腹を括って犠牲を許容し、ひたすら磨り潰し合って勝つ方針だ。
実際のところ、正面からぶつかり合えば負けかねない。
だが相手の動きが予想できるなら、それなりに対策も取れる。
この攻勢さえも、今のところは想定内だった。
◇
「死体は破壊しろ、綺麗に倒すな! また立ち上がってくるぞ!」
『特殊戦闘兵』隊が転移してきた包囲陣南側は、たちまち大混戦となった。
駆け抜ける兵が草でも刈るようにリザードマンの首を刎ね飛ばす。
炎が爆ぜ、青天から雷が落ち、屍の兵たちが空中分解しつつ宙を舞う。
一騎当千の猛者がこれだけ集まったのだから、その戦いぶりたるや嵐の如きであった。
だが五分も経たぬうち、攻撃は遅滞する。
煌びやかな剣と鎧で武装したグールナイトがゼフトの大剣による一撃を受け止め、二合三合と切り結ぶ。
「≪
『≪
アルビナが魔法で援護射撃を放つも、近場で別の兵と戦っていたリッチが咄嗟に呪詛魔法を行使。
黒と白の魔法は宙で弾き合って対消滅した。
「こいつっ!」
カインが大盾で殴りかかりながら割って入る。
それによって動きを制されたグールナイトに、ゼフトは横薙ぎの一撃。カインの盾と挟み込むようにして叩き潰し仕留めた。
「ぎゃっ!?」
その瞬間、カインの背中に一撃が入る。
カラフルな戦化粧をしたオーガの石棍棒が鎧の背中に叩き込まれたのだ。
「≪
見えざる力の波動が地を薙いだ。
クレールの魔法がオーガを引き裂きつつ弾き飛ばし、距離を取らせる。
「回復を……」
「くそ、強いぞこいつら!」
「敵も精鋭を集めてる」
「複数人で一匹にかかれ! まず敵の数を減らせ!」
石枕が声を張り上げて兵たちに指示を飛ばした。
「援護が来るぞ。それに合わせて突っ切れ!!」
背後上空では、空を飛ぶ魔物たちの妨害を受けながらも、味方の空行騎兵が地上に対する滑空突撃の体勢を取っていた。
じゃらつく鎧を身につけた重装のヒポグリフが先頭となり、その後に頭は黒く胴が白い有翼の犬の魔物・スカイドッグが続き、矢尻のようなフォーメーションで突撃してくる。
光の矢を放つ魔法兵器・定置魔弓から高射が浴びせられる。
天に向かって落ちる流星のような魔法弾が空行騎兵の編隊を狙うも、そのほとんどは外れ、当たるものがあっても弾かれる。魔法を防ぐマジックアイテム・護符を使って、魔法による対空攻撃を防いでいるのだ。
「
いよいよスカイドッグの白目が見えるほどの距離になったところで、地上から一斉に矢が放たれた。
対空射撃を行ったのはスケルトンの弓兵団……だけではない。
思いがけぬほど近くから矢が飛んで、そして、そのどれもが致命的に正確だった。
鎧の継ぎ目。
兜の隙間。
そんな、普通であれば運が悪くないと当たらないような場所に、寸分の狂いも無く矢が突き立つ。
射貫かれた騎手が転げ落ち、もしくは即死した騎獣が乗り手諸共に墜落する。
第一射でスカイドッグ騎兵の半数ほどが撃ち墜とされていた。
突撃の慣性そのままの勢いで死体が降り注ぐ中を、生き残った空行騎兵たちが飛び抜け、数体の魔物を串刺しにしたり挽き潰した。だがそれよりも味方を一瞬でこれだけ失った衝撃の方が大きい様子で、空行騎兵は高く舞い上がり戦場から距離を取る。
「……森の外の戦とは、こんなものなのか?
これならアーリーバードの若鳥を射貫く方がまだ難しい」
「ダークエルフ……!?」
弓を構えた暗緑の髪の女が、訝しげに呟いた。
術師の如きローブで全身を覆い、リッチに紛れていた射手たちが、
褐色の肌に尖った耳。何の意味があるのか分からないが、女性は例外なく扇情的な革鎧姿。
ダークエルフだ。
大森林の一部が黒く染まったことは青軍も観測しており、森での戦闘において"怨獄の薔薇姫"の軍勢とエルフが共闘していることもほぼ確実と見られていた。
しかしそれはあくまでエルフたちが魔物に征服されて戦奴の如く扱われているという予測であり、ダークエルフに堕ちる者が、しかもこれだけ現れるとまでは誰も思っていなかった。
エルフの弓術はもちろん、森の外の戦いでも大いなる脅威だ。
とは言えエルフたちは森の中で木々に隠れながらゲリラ的に戦うのが本分。
森の外でまともに弓兵を運用する
だが、今。エルフたちはダークエルフとなり、魔物の軍勢の一員としてその腕を振るっている。
「ダークエルフを殺せ! 空行騎兵が動けなくなる!」
「弓兵を守れ、近づかせるな!」
石枕と、前線指揮官らしきグールが怒鳴り合った。
ゼフトも突撃する。
人の姿をしていようと。仮に元が人であったものだろうと。
今は魔物だ。魔物の手先だ。
立ち塞がるなら倒すのみ。
それがチェンシーを助けるために必要なのだとしたら。
獣骨の剣を構えるダークエルフの女にゼフトは迫る。
だが、その時だった。
「なんっ……」
裸で雪の中に飛び込んだようなおぞましい寒気をゼフトは全身に感じる。
空が晴れたまま暗くなったようで。
空気が糊のように重く粘り着くようで。
呑まれかけたゼフトは、襲い来る確実な死の一撃を辛うじて弾き返す。
宝石を削り出して精緻な細工を施したかの如き、血のように赤い剣を。
銀色の少女がそこに居た。
あどけなくも聡明であり、気品を漂わせながらも邪悪。
戦場には似つかわしくない、麗しく白いドレス姿。そのスカート部分には鮮血の薔薇。
「"怨獄の薔薇姫"……!!」
敵将たる"怨獄の薔薇姫"が、自ら前線に姿を現していた。
天犬馬:『ペガサス』との兼ね合いでこういう表記にしたが、本来は普通に『天馬』。山海経に出てくる天馬は何故か、翼があり黒い頭を持つ白犬である。原典には『人を見ると飛ぶ』とあるので、多分人によく懐いて背中に乗せて飛びたがるんじゃないかなあと解釈。かわいい。
ヒポグリフより調教が容易で維持費も掛からない設定で、こいつの原産地であるケーニスの空軍は天犬馬の数で圧す戦法。今回は空行騎兵が使いにくい森への侵攻なので、これでも控えめな数の編成だったりする。
畢方:くちばしまで白い一本足の鶴のような外見で、こいつが現れると怪しい火事が増えるという凶兆の凶鳥。
窮奇:おなじみ四凶の一角。ハリネズミの毛が生えた人食い牛だとか、いやいや翼のある虎で風を操るんだとか、人語を理解するひねくれ者で口論を聞きつけると誠実で正しい方を取って食うとか、実は悪を喰い滅ぼす存在だとかいろいろ言われている。
聞くだに禍々しい大物妖怪だが、悪を喰う存在とも取られることから『調教可能な魔物』という設定にした。
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