TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第52話 TS少女とヒーロー殺し(中編)

 

「えーととりあえず……どこだと思うよ、ここ?」

 

「地下街……にしちゃ、随分味気ねえな。かといって、地下鉄みてえな何か設備が敷かれてるようにも見えねえ」

 

「多分だけど……排水溝だと思う。関東平野は標高が低い場所も多くて、地域によっては水はけが悪いから水害が起こりやすいんだ。都市部では水の逃げ場がない分余計に……そういう時の排水用に、大規模な排水設備が都内各地の地下にあるって聞いたことがある」

 

「なるほど、恐らく緑谷君の予想であたりだろう。よく見れば、あちこちに水や泥の痕跡がある。明かりがついているのは……人を感知して自動で作動する仕組みなのか?」

 

「何でもいい、さっさと抜け出して外に戻んぞ……! おい紅白野郎、テメーの氷結で足場作れ。落下しても大丈夫だったくれえの高さだ、そのくらいできんだろ」

 

 あの太っちょ脳無の自爆……かどうかはわからないが、爆ゲロ引火からの大爆発で道路が崩落したと思ったら、私達は5人そろって、こんな地下空洞に落ちてきていた。

 

 緑谷、飯田、爆豪、轟、そして私。あの爆発の周囲近くにいた者が巻き込まれた。

 あと、名も知らぬプロの人が3人ほど一緒に落ちてきて……着地に失敗して足痛めたり骨折ったりしてるので、今さっき応急手当てしたとこ。

 

「ごめんね……私達、プロなのに……君達みたいな子供にこんなことさせちゃって」

 

「俺なんかさっきからいいとこなしだよ……ヒーロー殺しには殺されそうになるし、体が動かなくて戦闘にも加われなかった上、今度は物理的に動けなくなるとは」

 

「まあ、仕方ないですって。状況が動くのが早すぎるし激しすぎますもん実際」

 

 この空間が何なのかについての考察は今したところだが、崩落のせいでプロたちとはぐれた……垂直落下だから、そのまま上に上がれば戻れると思うが。上に穴、見えるし。

 爆豪の言うように氷で道を作れば、ゆっくりペースでなら全員上に戻れるだろう。

 

 だが……

 

「……今はやめたほうがいいかもな。厄介なのが一緒に落ちてきてやがる」

 

「あ゛? ちっ……」

 

 轟のセリフを聞いて、私達は周囲を見渡して……既に囲まれている、と知る。

 前後左右、あちこちに……さっきまでいなかった、あるいはいたことに気づけなかった、異形の化け物共が何体、何十体もうろついて、虚ろに濁った眼でこっちを睨みつけている。

 

 普通の人間と同じか、少し大柄という程度の大きさ。形も大体人間のそれだ。手の指の先に鋭い爪がついているくらいか。

 だが、どいつもこいつも脳みそが丸見えになっているその姿は、紛れもなく……

 

「の、脳無!? 何でこんなにいっぱい……」

 

「どれだけの数が投入されていたんだ!? それに、あの場にこれ程の数はいなかったはず……」

 

「……答えはアレだな」

 

 と、私が偶然見つけたものを見てそうつぶやくと、警戒はそのままに全員の視線がそっちを……私と同じ方向を向く。

 

 その先には、さっき爆発するゲロを吐き出したあの太っちょ脳無が、今度はゲロではなく、自分よりもっと小さな脳無を次々とげろげろ吐きだしていた。さっきの小さめの奴を。

 何じゃありゃ……口から出産でもしてんのか? SAN値が減りそうな光景だ……

 

「一緒に落ちてきてたのか……でも、着地失敗したっぽいな。足が変な風に曲がってる」

 

「ぶ、分身の類か……!? エクトプラズム先生が使うのと、同じような……」

 

「多分そうだな……あっち見てみろ、少なくともあれらが真っ当な生きもんじゃねえってことはわかるぜ」

 

 と、轟の言葉に従って見ると……少し離れた位置で、その量産型脳無(仮称)の1匹の首がザシュッと斬り飛ばされて宙に舞った。

 ショッキングな光景だが、その直後、切り離された首と胴体の両方が爆発して粉々になり……肉片も残さず塵になった。

 あの量産型、死ぬとああなって消えるのか。爆風は大したことないな。

 

 ……そしてもう1つ、あまりありがたくない事実が明らかになったな……

 

 今、あの脳無の首を、躊躇なく斬り落とした奴が……あの闇の中から、かつん、かつん、と歩いて出てきて、その姿を見せた。

 ああ、うん……こいつも一緒に落ちてきてたのか、よりによって……

 

「ハァ……何だか妙なことになってしまったが、拘束が解けたのは幸いか。ならば、俺は俺のなすべきことをするまでだ……!」

 

 ベストジーニストが『ファイバーマスター』で拘束していた……ヒーロー殺し。

 崩落で落ちて来たことによって拘束を逃れ、こうして私達と同じ空間にいる状態、というわけだ……笑えないにも程があるぞこの事態。

 

 こっちはエンデヴァーやベストジーニスト、そしてグラントリノといったトッププロとはぐれた状態。

 加えて、現状は足手まといという他ない、ケガでろくに動けないプロが3人、お荷物状態。

 おまけに周囲には何十体もの脳無。1体1体は大したことなさそうだが、数が……

 

 とか言って、泣き言言っても解決しないのもわかってる。なら……できることをやるしかない。

 

「面倒くせえ……全員ぶっ殺せばいいんだな……!?」

 

「いやかっちゃん殺しちゃだめだよ……いやでも、あの脳無は分身みたいだし、そこは問題ないか……でも、本体の脳無とヒーロー殺しはどうにかしないと!」

 

「ノルマは大体……1人10匹前後ってとこか? まあ、この面子ならなんとかなるだろ」

 

「簡単ではないだろうがな……分身体とはいえ、脳無だ。そこらの不良やチンピラよりは強いだろうし……負傷しているプロの方々を守りながら戦わねばならん」

 

「USJといい今回といい、何なんだ今年のこのクラス……誰か呪われてる奴いんじゃないのか。どうにかならないもんかね、このPlus Ultraを強要するがごとき試練の連続は」

 

 誰が合図するでもなく、動けない3人のプロをかばう形で円形に展開した私達。

 ここから中々の修羅場だな……気を引き締めていかないと!

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ええい……鬱陶しい!」

 

 エンデヴァーの苛立ちのこもった声と共に、噴き出す炎が黒い脳無の肌を焦がす。

 しかし、恐らく痛覚も恐怖も何もないのであろう黒脳無は、体を焼き焦がしながらもその射線から逃れ、右腕に力を込めると、ビキビキと肥大させて振りぬいてくる。

 

 鍛え上げたエンデヴァーの肉体であっても、人外の膂力を持つであろうことが一目見て明らかなその拳を受けるのはまずいと、即座に直感する。

 しかし、その筋力ゆえにスピードも相応のものになっている黒脳無の一撃を避けるのは、いくらエンデヴァーでも難しかった。

 

 ただし、それはこの場にいるのが彼だけならばだ。

 

 黒脳無が今まさに足を踏みだそうとした瞬間、逆側の足が……正確には、その部分を包んでいるズボンの繊維が、絶妙なタイミングで引っ張られ、黒脳無は勢いを空回りさせて派手に転倒した。

 

 ズシン、とアスファルトに亀裂が入る勢いで地面に激突したその脳無目掛け、エンデヴァーは追撃の拳を振り下ろすが……その瞬間、脳無の背中がばりっ、と乾いた音を立てて裂ける。

 その中から、今までの脳無よりもほんのわずか小さいと思われる脳無が出現し、勢いよくその場から飛び退った。エンデヴァーの拳は、抜け殻となった体を捕らえ、粉々に砕いて焼き尽くす。

 

「ちっ、またか……厄介な!」

 

 個性によって『脱皮』した脳無の体は、先程までの負傷は跡形もなく消え去っており、火傷の痕跡1つ残っていない。

 これが、先程エンデヴァーが確かに再起不能にしたはずの、この黒脳無が復活し、今再び猛威を振るっているからくりだった。『超再生』ほどではないが、その回復力は十分驚異的だった。

 

 欠点として、発動するたびに自分の体積がごくわずかに小さくなるようだが、もともとの体が大きいのであまり変わらない上に、パワーもほとんど変わらない。おまけに『個性』で力むとその分体が大きくなる。デメリットがあまりデメリットになっていない。

 

「ジーニスト、貴様の『個性』で捕縛できんのか?」

 

「先程から何度か試しているが、厳しいと言わざるをえない。パワーがパワーだ。デニムでも拘束力が不足しているし……そもそもあなたの能力とは相性が良くない」

 

 『繊維』を使って拘束しても、その炎と熱で、あるいはその余波でそれを燃やされてしまうがために、拘束からの追撃には向いていない。

 逆に、倒した後に拘束するのならば問題はない。『白い』脳無であれば、先程仕留めている者を見てもわかるように、繊維でがんじがらめにされて、街灯や電柱に括り付けられている。

 

「せめてもう少し弱らせるなりなんなりすれば……くっ、こっちは面倒を見ている職場体験生の様子も見に行かねばならんというのに!」

 

 

 

「それについては心配はいりませんよ……この後すぐに会えますから」

 

 

 

 唐突に響いた、聞き覚えのない声に、エンデヴァーやベストジーニストはもちろん、グラントリノも含む、その場に残っていた全員が驚きと共に視線を向ける。

 聞こえたその声は……今まで現場にいた、誰とも違う声だったのだ。

 

 すわ、『敵』の加勢かと不安がる者もいたが……そこに立っていたのは、1人の男だった。

 

 細身で長身、糊のきいたスーツをびしっと着こなし、かけているメガネをくいっと上げる動作をするその男は、見た目はいかにもサラリーマン然とした風貌だ。プロヒーローの何名かは、言動はともかくとして、その見た目から、迷い込んだ一般人か何かかと勘違いをしてしまう。

 

 だが、その男の正体を知っている一部の者達はといえば、『なぜこの男がここに』とぎょっとしていた。

 特に……今日の夜、彼に事務所で会う予定をしていた、グラントリノは。

 

「あんだぁ? お前さん何でここにいんだ、事務所に来るんじゃなかったのか?」

 

「その予定でしたが、どうやら事務所に行っても会えなそうだったので予定を改めました。ネット上の動画投稿サイトは御覧になりませんか? ほんのわずかですが……あなたが飛び回っているシーンが含まれていましたよ、グラントリノ」

 

「ああ、それでこっち来たのか……」

 

「ここは私が加勢しますので、飛行能力があるグラントリノは地下に彼らを探しに行くのがよいかと。皆様、それでよろしいですか?」

 

「成程……こちらに異論はない。エンデヴァー?」

 

「ふん……いいだろう。偉そうな口を叩くからには役に立つんだろうな?」

 

「足手まといにはなりませんよ」

 

 くいっ、と再びメガネを押し上げる動作をすると同時に、懐から印鑑型のサポートアイテムを取り出すと……背後から迫ってきていた豹のような脳無――さっきの爆発の際に拘束を抜け出したのだろう――目掛けて投げつける。

 

 余りにも頼りない武器に思えた、というより武器にすら思えなかったそれは、直撃の瞬間、重量級の鈍器が直撃したような音を立てて脳無を跳ね飛ばし、転倒させる。

 脳震盪を起こしたのかフラフラになっている脳無を、ベストジーニストが間髪入れず拘束した。

 

 一連の流れを見ていたグラントリノが、ニヤリと機嫌よさそうに笑った。

 

「衰えちゃいねえようだな、ナイトアイの坊主」

 

「お褒めいただきどうも。さて……残り1体ですね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 緑谷の拳が振りぬかれる。

 

 爆豪の手から爆炎が迸る。

 

 轟が冷気で凍てつかせ、拘束し、炎で焼き尽くす。

 

 飯田が加速からの蹴りで薙ぎ払う。

 

 そして私も、殴って蹴って投げ飛ばして、周囲に群がる量産型脳無を蹴散らしていく。

 

 どうやら飯田の見立て通り、この脳無たちはさっきの太っちょ脳無が生み出した『分身』のようであり、一定以上のダメージを与えるとその場で消えるようだ。

 ただ消えるんじゃなく、ボゥン! と爆発するように、なんか派手な演出とともに消える。後には何も残らず、本当に跡形もなく消滅するわけだ。

 

 そして、それを生み出す大本の太っちょ脳無なんだが……つい今しがた、ヒーロー殺しによって殺されたところである。

 

 見捨てたわけではない。周囲の脳無たちが邪魔で駆けつけられなかったのだ。

 

 何せ、ヒーロー3人がお荷物になってるからなあ……彼らを守りつつ、身を守るってことが頭になさそうな量産型脳無共の相手をするのは大変だった。基本的に特攻上等なスタイルで繰る上に、味方をためらいなく巻き込んで攻撃してくるからなあ。

 攻撃自体は普通の接近戦なのと、そんなに強くないのは幸いだけど。

 

 なので、こいつらをまず全部片づけてからだ、ということになったのだ。

 

 思考能力が低く、生物的な反応に乏しいこいつらの動きないし戦闘能力は、どこか入試や体育祭の時のロボ敵を想像させるものがあった。

 

 さっきああは言ったけど、そのあたりに慣れれば割と簡単に一掃できる。実際に違うんだから、こっちもこいつらのことは生き物と、人として思わなければいい。

 ぶっ殺す……もとい、ぶっ壊すべきものとして見ればいい。

 

 ヒーローとしてはそういうのはどうなのかと思わなくもないが、状況が状況だ。今だけは別ってことで。

 

 生物相手、異形とはいえ人間相手(多分)ってことで頭のどこかにかかっていたブレーキを振り切ってからは(爆豪なんかは割と早い段階でそうしてた気もする)早かった。

 

 量産型脳無の攻撃を見切ってかわし、急所目掛けて攻撃を叩き込む。

 あるいは、致命傷かそれに近いダメージ量の攻撃をぶつける。それで相手が怯もうが怯まいが、吹き飛んで消滅するまで一気に畳みかける。その繰り返し。

 

 そして、

 

「……っし! ザコ脳無コレで全部だな。次はヒーロー殺し……ってもう始まってるし」

 

 最後の脳無を粉砕した私が振り向くと、既に飯田と爆豪(狙われてるコンビ)を狙ってヒーロー殺しが襲い掛かってきていた。それを加勢しつつ守る形で轟が応戦しているが、とんでもなく早くて正確な攻撃を繰り出してくるヒーロー殺しを前に防戦一方だ。

 ヒーロー殺し、あの3人を相手にして攻勢でいられるってやっぱやばいな……

 

 それをそのまま見過ごすわけにもいかないので、私と緑谷もそこに加わる。

 それを鋭敏に察したヒーロー殺しは、流石に分が悪い、攻めきれないと判断したからか、いったん距離を取った。よし、こっから仕切り直しだ。

 

 横一線に並び、ヒーロー殺しとプロヒーローの方々(依然としてお荷物)を隔てるように立つ私ら。

 

「5対1、か……ハァ……流石にコレは、最早余裕はないな」

 

 それでも戦意ってもんを失ってないあたりが怖いな……何がコイツをここまで駆り立てる。本気で厄介だわ、思想犯ってのは。

 

「皆……絶対に油断しないでね。こっちがいくら人数で有利でも、あいつに血液を舐められたら、それだけでアウトだから」

 

「誰に向かってもの言ってんだデクテメェ、ヒーロー殺しの前にテメェからぶっ殺すぞ」

 

「何かあったら相互にフォローし合えばいいさ。しかし、1人を5人で袋叩きとは……あまりヒーローらしい所業とは言えないが、背に腹は代えられないか」

 

「未熟な私らにはその辺で矜持を通すような贅沢なんぞ言う資格はないってね。ま、いいだろ別に……ヒーローが5人1チームで悪人倒すのは、ある意味伝統みたいなとこあるし」

 

「そうなのか? あまり聞いたことねーが……」

 

 轟は知らないみたいだが、世の中には戦隊モノというチーム戦制度があってだな……ってよく考えたら今のこの状況、なんかそれを彷彿とさせるな? コスチュームの色合い的にも。

 

爆豪:レッド

轟 :ブルー

緑谷:グリーン

飯田:ホワイト

私 :ブラック

 

 紅一点でありながらピンクでない点は申し訳ないが(麗日とか芦戸あたりいればよかったかも)、その手の色合いは私には似合わんので勘弁して。

 

 さてそれじゃあ、量産型脳無という名のザコ戦闘員はもう一掃したことだし、メインの悪の怪人を倒すフェーズに入りましょうかね。

 下手するとこっちが食われる凶悪な相手だ……気を引き締めて行こう。

 

 

 

 


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