緑谷から、とんでもない内容の通信が入って数分。
私は、ようやく合流できたベストジーニストと一緒に、指定された場所目指して走っていた。
「もう間もなく到着だ。確認するぞ……君は負傷者及び、いないとは思うが市民の避難誘導、あるいは担ぐなりなんなりして安全圏へ離脱することに注力。ヒーロー殺しの相手は私と、先行しているはずの私のサイドキック達を含む、プロヒーローが行う。いいな?」
「はい、お手数おかけします!」
「礼も謝罪も不要だ。まだ未熟な君達を守り導くのは、私達プロの役目なのだから……しかし運が悪かったな、『移動中に』『偶然』はぐれてしまったデク君が、ヒーロー殺しと接触するとは」
「はい……」
緑谷をかばうため、とっさにそう言ってしまったことだが……はたしてこんな安い嘘でごまかせているのやら。私、演技得意な方じゃないし……気づいていて、今はあえて指摘していないって方が納得できる。
だとしても今は、一刻も早く行かないと! 怒られるなら後でまとめてってことで!
もうすぐそこ。そこの狭い路地裏から中に入ったところに、緑谷達がいる。
決して広くない道に続く曲がり角目指してかけていた私達だったが……その時、
―――ドゴォォォオオン!!
爆音と共に、その路地から土埃やら何やらが噴き出してきて……それに続く形で、とにかくいろんなものが飛び出してきた。
「っ……済まない、緑谷君……俺は……!」
「そういうの全部後でって言ったよね飯田君!?」
肩に『お米様抱っこ』で飯田を担いで走る緑谷と、担がれて運ばれている飯田。
「クソァ! あのクソボロ布に脳みそ野郎共……狭めえ路地でバカスカ暴れやがって、鬱陶しんだよ!」
「それ全部お前に返ってくんだろ爆豪……!」
両手のひらを爆発させながら、文字通り飛び出してくる爆豪と、その爆風に当たらないように注意しながら、凍らせた地面を滑走して出てくる轟。
なお、左側の熱で、滑走した直後に氷を溶かしているので、後続は滑る心配はない。
その後から、プロヒーローと思しき人らが数人……中には、仲間と思しきヒーローを担いだりして避難させている者もいる。
そのさらに後ろから、もう今日何体目だよって感じの脳無が1、2、3……4体も出て来た。
全員図体デカいのに加え……黒いの1匹いるんだけど。
で、さらにその後ろから、
「ハァ……どいつもこいつも、邪魔ばかりする……。英雄の名を穢す者……いたずらに力を振りかざす者……間違った志を掲げる者……全て、粛清対象だ……!」
赤い巻物に加えて顔に包帯だか布を巻き、全身に刃物を装備した細身の男。
ニュースで伝えられている容姿そのままの……ヒーロー殺し。ネームドヴィラン『ステイン』。
…………うん。
「この狭い路地にどんだけ詰まってたんだよ!? 人口密度高すぎだろ!?」
「あ、栄陽院さん! と……ベストジーニスト!」
「あ゛!? 遅っせえんだよ今頃来たのかデカ女ァ!」
「No.4の援軍か……よし、これなら、勢いはこっちに―――」
「焦凍ォオ!! 爆豪ォォオ!! そこに居るのかァ!?」
「―――あーまあ、援軍としちゃ頼もしいか、アレも」
「あ? おい小僧、お前……座ってろって言っただろうが!?」
「ひぃっ!? すいませんグラントリノ!」
向こうの方から、顔面燃えてるおっさんと、空飛んでるおじいさんまでやってきて……しかも空からはもう1体脳無が飛んできて(羽生えてる)……何だコレ、この混沌とした状況……
プロヒーロー×3 +α(サイドキックの方々他)
職場体験生×5(私含)
脳無×5(内、黒1、白4)
ヒーロー殺し×1
……やばいな、これからこの道路、今日イチの地獄絵図になるんじゃないか。
☆☆☆
Side.緑谷出久
飯田君を守るためにヒーロー殺しに挑んだはいいものの、十数秒と持たずに、ヒーロー殺しの『個性』によって体の自由を奪われ、動けなくされた。
しかし、間一髪という所で……プロヒーローよりも先に、新たな援軍が来てくれた。
それは、僕の一斉送信を見て事情を察したのであろう……クラスメイト2人。
「悪ィ、遅くなった」
「あ? んだ? コイツか、例のヒーロー殺しとかいうのは?」
「轟君……かっちゃん……!」
氷と炎、そして爆風と共に現れた2人。クラスでもトップクラスの破壊力・制圧力を誇るこの2人の参戦で、形勢は逆転するかと思われたが……それでもなお一歩も引かないどころか、さらに攻める手を苛烈にしてくるヒーロー殺し。
……それどころか、さっきまでと違って、その表情には苛立ちや怒りが浮かんでいて……
「上等じゃねーか! 俺はいずれ、オールマイトすら超えて、No.1になる男だ! テメーみてえなクソ敵に負けて恥かいてる暇なんざねんだよボケがァ!」
終始こんな感じで、かっちゃん節が炸裂してたから、だったようだ。理由は。
「ハァ……体育祭の映像を見ていた時から想像はついていた。地位を、名声を求めてヒーローを目指すか……貴様は、そこの2人とは違う。贋作……英雄の名を貶める、罪人だ……!」
「んだとコラ……誰がデクや紅白野郎より下だっつったんだクソボロ布コラァ!!」
かっちゃんの沸点が相変わらずなのはともかく、
さっき戦ってた時から、ちょくちょくそんな感じのことを言ってたから、もしかしたらとは思ってたけど……どうやらヒーロー殺しは、独自の判断基準で『ヒーローにふさわしいか否か』を見極め、それによって殺すかどうかを決めているらしかった。
それに照らすと、僕と轟君は『いい』。生かす価値がある。
かっちゃんや飯田君、そして、そこで殺されそうになってたプロの人(名前知らない)は……『贋作』とか『偽物』とか言われて、アウトだったらしい。すなわち、殺す対象。
そのあたりが、『思想犯』としてのヒーロー殺しの信念か、と悟ることができたけども……それとほぼ同時に、ふと体の感覚が戻り、動けるようになった。
なんで、先に麻痺してた飯田君やプロの人より早く、僕の拘束が解けたのかはわからないけど、チャンスには違いない。2人と協力して、一気に勝負を決めようと動き出した。
しかし、さっきまでよりもさらに強力に……というより、まるで違う動きの鋭さで攻めてくるヒーロー殺しを前に、僕ら3人は防戦一方だった。
身軽に縦横無尽に飛び回り、大小の刃物で波状攻撃のように激しく攻め立ててくる。
特にかっちゃんに対しては容赦なく、殺す気満々で急所を狙ってくるし……轟君はその最中に何度も攻撃を受け、決して少なくない量の血を流している。麻痺こそ食らっていないものの、長期戦はまずいと言わざるを得なかった。
僕だって、接近戦が主体になる以上。油断すれば一瞬でやられる。
そんな緊張感の中、さらなる乱入者により、場がさらに混沌となる事態に。
栄陽院さんと轟君がしてくれた協力要請により、プロヒーローの応援が到着。ベストジーニストやエンデヴァーの事務所のサイドキック達、それに、手の空いた近場のプロヒーロー達だ。
これで助かる! と思わず僕が破顔した瞬間……路地の上の方から、なんと何体もの脳無が降ってくる形で乱入。どうやら騒ぎすぎて、まだ残っている脳無たちの注目を集めてしまったらしい。
人口過密状態で始まった戦闘だったが、とてもそこで続けることなんてできるはずもなく……たまらず路地を抜け出して一旦離脱、追いかけて来た脳無やヒーロー殺しと、広い場所で仕切り直しにすることに。
そしたら、ちょうど到着したところだったエンデヴァー、ベストジーニスト、グラントリノ、そして栄陽院さんも合流して……あとなんか脳無ももう1体増えて……現在に至る。
そこからは……まあ、うん……すごい大変な戦いだった。
まあ、集まった面子が面子だから、仕方ないかもしれないけどさ。
まず、真っ先にベストジーニストが、一番に警戒すべきヒーロー殺しを『ファイバーマスター』で拘束しにかかった。きゅっと服の繊維に締め付けられ、その動きが止まる。
しかしその瞬間、ベストジーニスト目掛けて脳無の1匹……しかも寄りにもよって黒い奴が襲い掛かった。
ベストジーニストは同じく『ファイバーマスター』で脳無が履いているズボンを操って拘束するが、それでも筋力に物を言わせて強引に歩いてこようとする脳無。
「赫灼熱拳・ジェットバーン!!」
そこに、エンデヴァーが凄まじい熱のこもった拳の一撃を叩き込んで脳無をなぎ倒す。そのまま2発目、3発目と打ち込み、脳無は力尽きてそのまま動かなくなった。
急所は避けているので、きちんと生きてはいるけど。
すると今度は翼を持った脳無が舞い降りてきてエンデヴァーを背後から襲おうとするが、目にも留まらぬ速さでそのさらに上空に飛びあがったグラントリノが、流星のように急降下しての蹴りの一撃で叩き落す。アスファルトを盛大に陥没させて、羽の脳無は沈黙した。
それと同時進行で、別な2体の脳無……どちらも白い体の、ゴリラみたいな腕の太い脳無と、ネコ科の肉食獣みたいに四足歩行の脳無がいた。そいつらは、ゴリラの方はプロヒーローの人たちに襲い掛かり、ネコ科の方はすごいスピードで、轟君とかっちゃんの方に突っ込んできた。
ゴリラの方の怪力に、プロヒーローの人たちは苦戦しているようだったが、直撃を食らってダウンした人が出た次の瞬間、すごい速さでそこに駆け寄った栄陽院さんがそれを回収し、あっという間に戦闘圏外の後方へ連れて退避した。
「この人オナシャス!」
「え!? あ、ああ……うん、わかった」
そして、そこに居た別なプロヒーローの人に引き渡して手当を頼み、自分はまた戦場に戻る。
その間に、また1人攻撃を受けてリタイアした人が出たが……その人は、差し違えるように脳無に攻撃を加えていて、それは当たった瞬間に脳無はびくんっ!と体を震わせて、痙攣しながらその場に倒れ込んだ。あれって……上鳴君と同じ、電撃!?
「今だ、誰か拘束を……あ、ちょっと君、まだ俺に触らない方が……」
「大丈夫です、この手袋もコスチュームも電気抵抗それなりにあるんで!」
そして再び栄陽院さんが回収。まだ体に残る電気も何のその、プロヒーローの人を抱えて素早く戦線から運び出していた。
その間に、動けず倒れているゴリラ脳無は、残るプロヒーローたちが、サポートアイテムや『個性』を使って拘束していた。
もう1匹のネコ科の肉食獣……身のこなしからして豹みたいな脳無は、かっちゃんと轟君に襲い掛かろうとして、しかし爆破と炎に阻まれていた。
だが、その身のこなしは軽やかで素早く、轟君の氷に捕まる前に射程外へ離脱してしまい……
「済まない……皆、関係ないことで、迷惑をかけた……!」
それに追いつく速さで駆け抜けた飯田君が、その鳩尾目掛けて、『レシプロ』の勢いを乗せた蹴りを叩き込んでいた。
「だが、だからこそ……これ以上、誰の血も流させるわけにはいかない!」
そのまま、空中で一回転し……体をひねってからの飛び回し蹴りを叩き込んで、元来た方向へ豹脳無を蹴り返した。そして、そっちには……
「でかしたクソメガネ!」
かっちゃんが待ち構えていて……大上段からの、爆破で加速した蹴りで地面に叩き落とす。そこにさらに追撃で両手爆破を放って、そいつをアスファルトにめり込ませて固定した。
さらにそれを轟君が氷結で固定。これでいくら何でもリタイアだろう。
「ったく、褒めるのか罵倒するのかどちらかにしたらどうだ」
「うっせえわ、おらあともう1匹居r……メガネェ!」
何かに気づいたかっちゃんの怒号が響き渡ったその瞬間、横合いをすごい勢いで、残った最後の脳無が駆け抜けていった。
他の脳無がどれも筋肉質な中、そいつだけはでっぷり太った寸胴な体格だったが……しかし、その体格に見合わない素早さで駆け抜けて、飯田君目掛けて突っ込んでいく。
走ってる途中で、口を大きく開けた。そこには、ワニやサメのように、奥行きのある鋭い牙がずらりと並んでいて……あれで何をしようとしているのかを察して、ぞっとした。
が、その牙が飯田君に突き立てられるより早く……
―――ドゴッシャアン!!
派手な破壊音と、鈍い打撃音が一緒くたになった音が響く。
栄陽院さんが、恐らくはその辺に倒れて落ちていたんであろう信号機を柱ごと持ちあげ、横からフルスイングして脳無を力ずくでホームランしていた。いや、飛距離的には内野ゴロだけど。
あ、相変わらず無茶苦茶やるなあ……
「赤信号だ、止まれボケ」
「……それ、上手いこと言ったつもりか?」
「上手い……ことは言えてないのは自分でもわかってる。けどなんか思いついたから言わずにはいれんかった」
「そうか」
轟君となんか力の抜けるやり取りをしつつ、光る部分が粉々に粉砕されて二度と光らなくなった信号機を投げ捨てる栄陽院さん。
竹刀とか金属バットでも扱うように軽々振り回したり投げたりしてるけど、あれ数百キロじゃきかない物体なんだよな……相変わらずパワーすごい。
しかし、いま栄陽院さんが吹き飛ばした脳無が……一瞬で素早く轟君が氷結で拘束したんだが、その場でびくんびくんと震え始め……ごぼごぼごぼ、と口から何かを吐き出した。
しかもそれが尋常じゃない量と勢いで……噴水みたいに噴き出して周囲にまき散らされていく。汚い上にどこかグロテスクさすら漂うその光景に、見ていた全員がぎょっとして後ずさりする。
「あぁ!? んっだよ汚ねえ…………っ……!?」
しかしその瞬間、そいつに一番近い位置にいたかっちゃんが、またしても何かに気づき……血相を変えた。
「エンデヴァー! 半分野郎! 火ィ消せ! 他の奴も火使う個性切れ! あとコレ吸うな、鼻と口塞げ、風上に移動しろ!」
「何……どうした爆豪!?」
「コレただのゲロじゃねえ、気化してやがる! 匂いからして、硫化水素みてぇな……」
最後まで言い終える前に、その脳無がカチッ、と歯を打ち鳴らし……その衝撃で、火打石みたいに火花が散った。
そして、
―――ドッゴォォオオォオン!!
自分が今吐き出した、爆発物の吐瀉物……気化して周囲に充満し始めていたそれに引火して、大爆発を起こし……今戦っていた道路を崩落させた。