TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第49話 TS少女と保須市

 

Side.緑谷出久

 

「ん? おいおいおい、座りスマホか? 全く近頃の若いのは!」

 

 職場体験3日目の夕方。

 

 新幹線で隣に座っているグラントリノからそんなことを言われながら、僕はスマホの画面を見ていた。

 ……座ってがダメならどうすりゃいいんだろ。運転中とか歩きながらが悪いのはわかるけども。

 

 まあそれは置いといて……今僕は、渋谷とかそのへんの町で敵退治の経験を積む……という方針から一転、山梨は甲府の、グラントリノの事務所へととんぼ返りしている最中だ。

 なぜかというと……グラントリノが、今日の夜、事務所に来客があるのを忘れていたから。

 

 ほんの少し前に思いだし、慌てて『一回帰るぞ!』ってことになって……どうにか指定席のチケットを取れた新幹線で、急いで事務所に戻るところなのである。

 

「いやー参った参った、忘れてたわアイツが来るの……年は取りたくないもんだ」

 

「どなたと待ち合わせなんですか?」

 

「あー……すまん。お前さんには伝えるなって言われとるんだ。会うまで待ってくれ」

 

「え? 何で僕にそんな……っていうか、それって、僕が職場体験でグラントリノのところに来ていることを知ってるってことですか?」

 

「ああ、俊典か根津あたりから聞いたんだろうよ……俺も会うのは本当に久しぶりだが、約束忘れてすっぽかしでもしたら、どれだけネチネチ言われ続けるかわからんからな……」

 

 この言い方は……オールマイト関係者? しかも、校長先生とも面識アリ……ネチネチ言われる……一体誰のことなのか全く思い浮かばない。

 というかそれ以前に、僕知ってる人かもわからないわけだけど……誰だろう?

 

「久々に顔見せに来るなら手土産くらい持って来い、って冗談で言ったら『わかりました。『超神田寿司』の特上あたりでよろしいですね?』つってたからまあ……晩飯はそれってことで期待しとけ」

 

 特上寿司!?  しかも『超神田寿司』……って確か、都内でもかなりの老舗で名店ですよね!? そんなとこの特上とかさらっと……ど、どんな人なんだ?

 でも、そんなすごいお土産持ってきてくれるなら、確かに留守にしててすっぽかしとかまずいよね……。

 

「あとあいつのことだから寿司に大量のワサビとか仕込んでロシアンルーレット風にしてる可能性もあるから注意が必要だな」

 

 本当にどんな人なんだ!?

 

 折角の特上寿司をもったいないと言えばいいのか、ユーモアがある人だと思えばいいのか……

 

 本気で気になってきたんだけど、それ絶対帰るまで教えてもらえない感じですかね……?

 

(まあ、それはいいや……しかし、飯田君、返信くれないな……いつもなら、既読3分以内にはくれるのに……)

 

 スマホの画面を見ながらそんな風に考えていた……その時だった。

 

 ―――ドゴォオン!!

 

「……!?」

 

 高速で走っているはずの新幹線の壁を突き破り……獣のような異形、あるいはコスチュームの、ヒーローと思しき人影が車内に突っ込んできた。

 そして、その穴からさらに……

 

(……!? 脳無!?)

 

 

 ☆☆☆

 

 

 保須市総合病院に入院している、ターボヒーロー『インゲニウム』……まあ、飯田の兄なわけだが、なんとベストジーニストの知人であるらしい。

 

 私生活とかでも付き合いがあるほど特別仲がいいわけではないが、同じように都心に事務所を構え、多くのサイドキックを率いている者同士、似たような案件の捜査協力で顔を合わせたり、チームアップする機会もそこそこあったらしくて。

 

 だからこそ今回、『ヒーロー殺し』に襲われたと知って心配していたそうだ。

 

 病院へはタクシーで向かった。途中、生花店によって、お見舞いに小さめの花かごを買って。

 

 病室へお見舞いに入ったのはベストジーニスト1人だ。私は外の廊下で待機してた。

 曰く、『礼儀正しい人だから、人が多いとその分気を使ってしまうかもしれない。初対面の人物で、弟のクラスメイトならなおのこと』だそうだ。それならまあ、こうした方がいいよね。

 

 なので、ドアの向こうで彼らが何を話していたのかは知らないし……詮索するつもりもない。

 

 病人の部屋に長居するのもアレだと思ったからだろう。数分ほどでベストジーニストは病室から出てきて……その時一瞬、部屋の中のインゲニウムらしき人が見えた。

 ベッドに横になっていて、点滴とか医療器具がいくつも装着され病人着の隙間からのぞく肌の部分は、大部分が包帯に覆われた……痛々しい姿だった。。

 

 顔は……これも呼吸器でよく見えなかったけど、目元のあたりは飯田に似てたかも。

 

 会釈程度に一礼して、そのまま立ち去った。

 

 帰りのタクシーの中で、ベストジーニストはいつも以上に口数が少なかった。

 それが、痛々しい友人の姿を見てショックだったからか、はたまた他に何か考えることがあったからかはわからない。けど、こっちから話しかける雰囲気でもないのは確かなので、このまま事務所につくまで黙って乗っていようと思った……その時だった。

 

 私達が乗るタクシーが走っている道路。その上を通る、高架橋のようになっている線路の上を、新幹線が走っているのが、ふと見えた。

 この車がその下をくぐる時に、ちょうど上を通るくらいの位置かな、なんて思っていたら……

 

 

 

 次の瞬間、走っているその新幹線の壁に、すごい勢いで何かが激突した。

 

 

 

「「!?」」

 

 とんでもない光景に、同時に目を大きく見開いた私とベストジーニスト。

 その直後、その時に破損してまき散らされたらしい、新幹線の車体や窓、そしてその外部の防音壁やら高架橋のパーツやら、色んなものが一斉に道路に降り注いできた。

 

 たまらず急ブレーキをかけるタクシー。

 前の座席にぶつかりそうになるのを腕でガードしつつ、ベストジーニストは素早く外に出る。

 

「あ、お、お客さん!? 危険ですよ!?」

 

「すまない、非常時ゆえ外に出る。乗車賃の請求は後で事務所に送ってくれ。ダイナージャ」

 

「はい! あ、コレ事務所の電話番号とアドレスです」

 

 運転手さんに事務所のアドレスを渡した後、私も同じように外に出たが、その瞬間、今度は新幹線の横穴から、何かがまたすごい勢いで飛んでいったのが見えた。

 ただし高すぎて遠すぎて、おまけに薄暗くなってきてたせいで、よく見えなかったけど……大柄な人影のように見えた気が……。

 

「グラントリノぉ!?」

 

 ……と思ったら滅茶苦茶聞き覚えのある声が聞こえた!?

 

 新幹線の横穴から……驚愕やら同様やら、色んな感情が一緒くたになった表情で外を見渡しているそれは……紛れもなく、昨日の夕方会ったばかりのあいつだった。

 

「あれ……緑谷!?」

 

「あれは……昨日会った雄英生か! ダイナージャ、行くぞ!」

 

「え、あ、はい……わっ!?」

 

 そう言ってベストジーニストは、『ファイバーマスター』で私と自分が着ている服の繊維を操り、そのまま空を飛んで高架橋の上、新幹線の横穴の部分にまで一気に移動した。

 車掌さんと思しき人が、『いったん席に戻って! 落ち着いて、ヒーローの到着を待ってください!』って必死に乗客を落ち着かせようとしているところだったが……

 

「すいません、僕出ます!」

 

「えぇ!? 君ちょっと危ないって……」

 

「待て待て待て待て待て何してんのお前緑谷おい!?」

 

 いきなり穴から飛び出しそうになっていた緑谷の首根っこを反射的につかんで引き寄せる。『ぐえっ!?』と鶏の首でも絞めたみたいな声と共に、胸元に抱きよせて逃げないように固定。

 

「え゛ほっ……あ、え、栄陽院さんに……ベストジーニスト!?」

 

「緑谷出久……いや、『デク』君だったね。何やら急いでいる所済まないが、この状況を……ん? 昨日のご老人がいないようだが……」

 

「あ、はい……グラントリノは、さっきその穴から飛んで出ていってしまって……」

 

 それを聞いて、私と、恐らくベストジーニストも、『さっき飛び出していったのはそれか?』と思い至った。それにしては大きかったような……あ、ひょっとして、突っ込んできた何かを押し出して自分も飛んでったとか、そんな感じか?

 

 しかしそうなると、緑谷、今職場体験中なのに、保護観察役のプロヒーローとはぐれちゃったってことか? えっと……どうするんだろこの場合……

 

 私の目の前で、ベストジーニストはごくわずかな時間だけ思考を巡らせた後、ひとまず列車の中の乗客達を落ち着かせるため、車掌さんに拡声器と通信端末を借りて声を上げた。

 

「皆さん落ち着いて! こちらはたったいま現着しました、プロヒーローのベストジーニストです! 状況が確認でき次第、ヒーロー及び警察が避難誘導を行いますのでそれに従ってください! 怪我人がいる場合は最寄りの乗務員もしくはヒーローに声をかけて、そうでない方は座席に座って待機を! 決してパニックにならず、落ち着いて行動してください!」

 

「やった、ヒーローが来てくれた!」

「ベストジーニストだって!? No.4ヒーローの……すごい、本物だ!」

「よかった……コレで安心ね」

「うん……皆、落ち着きましょう。ヒーローの邪魔をしちゃいけないわ」

 

「す、すごい……あっという間に落ち着いちゃった」

 

 さっきまでパニック寸前だった乗客たちが、潮が引くようにその混乱を収めていくのを、緑谷は……いやもちろん私もだが、驚いた様子で見ていた。

 ホントにね……トップヒーローのネームバリューが、いかに人々を安心させるか、心強い味方だと思われてるかがわかる光景だ。

 

「ひとまずはこれで良し……それでデク君、こうなった状況を詳しく説明できるかな?」

 

「は、はい……あ、でも僕行かないと! グラントリノが……」

 

「待ちたまえ、君はそのグラントリノに、ついてこいと言われたのか?」

 

「それは……」

 

 一瞬言いよどんだ緑谷の様子から、即座に『違うんだな?』と読み取ったベストジーニストは、僅かに目つきを鋭いものにした。

 

「保護観察者に『ここで待て』と言われたのならば、君はここを動くべきではない。焦る気持ちはわかるが、プロを信じて待つこと、そして今の君にできることをやるべきだ」

 

「それはっ……わかってます。でも、僕!」

 

 言い終わる前に、ベストジーニストは緑谷の肩をがしっとつかみ、力を込める。

 同時に、コスチュームの繊維を操ってきゅっと締め上げ、それ以上何も言わせなかった。

 

「ヒーローが市民の前で狼狽える姿を見せてはいけない。今この場において、我々は彼らの心の支えになっているということを理解しろ。我々の動揺はそのまま彼らの不安やパニックにつながる。君の尊敬するオールマイトが、いつもどうしているかを思いだしてみなさい」

 

「っ……!」

 

 この世で最も尊敬しているであろうヒーローの名前を出された緑谷は、何か言いたかったであろうことをどうにか飲み込んで……少ししてから、こくり、と無言で、しかし力強くうなづいた。

 結構、とベストジーニストも満足したようにうなずくと、個性による拘束を解除する。

 

「手荒な真似をしてすまなかった。改めて、この状況を詳しく聞かせてほしい」

 

「わかりました。でも、ほんの一瞬のことだったので、そんなに多くはわかりませんけど……」

 

 そこから緑谷の話が始まったんだが……ちょっと何というか、予想以上に大変な事態になりそうな感じだった。緑谷がパニックになりかけてたのも――それとも、地の頭で助けに行こうとしてたのかはわからないが――無理ないと思うほどに。

 

 新幹線の壁をぶち破って、ヒーローと思しき誰かが突っ込んで来たこと。

 その直後、穴からそれをやった犯人らしき奴が姿を見せたが、そいつは脳がむき出しになっていて……USJ事件の時に交戦した、『敵連合』の脳無に外見が酷似していたこと。

 緑谷の保護者であるグラントリノは、緑谷に『座ってろ小僧!』と言い残し、そいつと一緒に飛んでいってしまったこと。

 座ってろとは言われたが、もしUSJの時のようなデタラメな戦闘能力を持っているなら、グラントリノどころかこの町が危ないと思い、居ても立ってもいられなくなって飛び出そうとし……そこで私に捕まったこと。

 

 思いがけない敵の名前が出たことに、流石のベストジーニストも驚きを隠せなかったようだが、素早く動揺を収めて『なるほど』と呟き、考えをまとめ始める。

 

「状況は分かった。君が焦る理由もだ……だがそれならば猶更、君はここを動くべきではない。プロの監督がないところで無断で『個性』を使えばそれは規則違反だ」

 

「それは……」

 

「気持ちはわかる。だが、時には仲間を信じて待つことも必要だ……それにご老人、グラントリノなら、相手がいかな強敵であってもそうそう不覚を取ることはあるまい」

 

「? ベストジーニスト……その、グラントリノっていう人のことを知っているんですか?」

 

「あの時は知らなかったが、どうにも只者ではないたたずまいだったのが気になってな……帰ってから調べてみた。プロヒーロー『グラントリノ』……かつて1年間だけ雄英高校に在籍し、教鞭をとっていた記録のある御仁……オールマイトの担任だった古強者だ」

 

「……はい!?」

 

 オールマイトの担任……あのNo.1ヒーローを鍛え上げた師匠ってことか!? そんな超大物だったのかあの人!?

 ってか、そんな人から指名貰ってたなんて……緑谷お前、一体どういう……!?

 

「ご高齢ながら、その実力はトップヒーローに勝るとも劣らないと聞く。であれば、そこらの敵に後れを取ることなどありえんし、万が一勝てないとしても引き際や判断を誤ることはないだろう」

 

「……っ……わかりました……。でもそれなら、もう1つお伝えしたいことが」

 

「聞こう。話してみなさい」

 

「よりにもよってここ……保須市であんなのを目撃したことが気になったんです。ここは、一番最近『ヒーロー殺し』による犯行があった町です。偶然ならいいんですが……」

 

「……『敵連合』と『ヒーロー殺し』がつながっている、と?」

 

「可能性はあるかもしれません。それに……あ、いえ、これはどっちかというと私情なんですが……友達が、この保須市の事務所に職場体験に来ていて、それも気になりました」

 

「……あ゛」

 

 思わず言ってしまった私の声に、ベストジーニストはちらりと視線を一瞬こっちによこした。

 

「友達……同じ雄英生か」

 

「はい」

 

「横から補足すいません。その生徒、私の友人でもあるんですが……名前は飯田天哉。プロヒーロー・インゲニウムの実弟です」

 

 流石に予想外だったのか、驚いた様子のベストジーニスト。

 今まさに、その兄に会いに行ってたとこだもんな。

 

「……なるほど、それは確かに……不安だな。その弟君は、理性的な行動がとれるタイプかね?」

 

「そうですね。クラスの中でも、特に冷静に思考できるタイプだと思いますが……」

 

「はい……でもあれで結構飯田君、火がつくと突っ走るところがある気がします……」

 

「え、そうなの?」

 

「うん……割と。受験の時とか、体育祭の時とかもそうだった」

 

「……ひとまず順番に事態を解決していこう。もうそろそろ周辺の他のプロも現着する……乗客の避難誘導を行うから、2人もそれに協力してくれ。ダイナージャ、これまでに聞いた内容を通信で事務所に報告。警察にも通報し、非常事態として周辺市を巻き込んでヒーローを招集し、協力体制を構築するよう進言を。それとデク君、その弟君が職場体験に行っている事務所の名前は?」

 

「ノーマルヒーロー・マニュアルの事務所です」

 

「それも合わせて伝えてくれ。大丈夫だと信じたいが……感情でまずい行動に出ていないか、確認だけでもしておいたほうがいい気がする。インゲニウムも、アレで昔は割と無茶をする男だった……その彼と似ているとすれば、大いに心配だ」

 

 そうだったのか。意外。

 

「デク君、プロヒーローの権限で、一時的に君を私の指揮下に置く。乗客の避難誘導・安全確保を最優先に行い、完了後、他のヒーローにこの場を引きついで保須市に乗り出す。グラントリノとの合流もその際に行う。以上の行動中に必要と判断した場合、私の責任下で『個性』使用も許可する。ダイナージャ、無線を常にONにし、リアルタイムで情報のやり取りを頼む。以上、取りかかるぞ」

 

「「はい!」」

 

 ヒーロー殺しが潜んでいるかもしれない町……保須市。

 そこに現れた、敵連合とのつながりが疑われる、脳無らしき敵。

 ヒーロー殺しを探してここに来てるかもしれない(というか多分そう)、飯田。

 

 これら全部が一斉に問題化するなんてこと、あってほしくないし……そもそもそうそうなさそうなことではあるが……そういうのに限って起こる時は起こるんだよなあ。

 

 

 

 


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