永久、堅実にコツコツ勉強中な第46話、どうぞ。
Side.緑谷出久
「オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛……」
しょ、初っ端から汚くてごめんなさい、緑谷出久です……
今僕は、高校時代、オールマイトの先生だったプロヒーロー『グラントリノ』の事務所に、職場体験でお邪魔しています……
流石はオールマイトの先生。会ってすぐの時は、ちょっとお惚けな感じで面食らっちゃったけど……強さや指導力は本物だった。まるで目で追えないほどに素早い動き、足の裏から空気を噴射することによる、速さと威力の備わった足技(『ジェット』という個性らしい)。
体育祭で優勝し、少しは強くなれたんじゃないかと思っていた僕の鼻っ柱を、見事に叩き折ってくれたこの人から、今僕は……ひたすら実戦形式での稽古をつけてもらっている。
今は休憩中なので、もう吐くだけ吐いて(といってももう胃袋の中空だと思うが)口をゆすいで休んでるところだ。
グラントリノは、さっき自分で踏んづけて壊した電子レンジを椅子代わりに座って、何やらクリアファイルに挟んで入れてある資料に目を通しているようだ。
「なるほど……高校時代の俊典ほどじゃねえが、体はある程度出来上がってんだな。動きも悪くない。ただまあ……やはり経験が足りてねえな」
「は、はあ……すいません。何から何まで、ほとんど付け焼刃なもので……」
「何、先が長いのはわかってたことだ。むしろ、春に受け継いで今の時点でそんだけ使えれば上等な部類だろう……そういやお前さん、トレーニングに関して、雄英の授業の他に、同級生の嬢ちゃんから世話になってんだって?」
「え? あ、はい……それ、オールマイトから?」
「それもあるし、コレにも書いてある」
ぺしぺし、と手元の書類を叩いて示しながら言うグラントリノ。
気になって横からそれを見せてもらうと……どうやらそれは、雄英から届いた、僕に関する資料みたいだった。恐らく、これを参考にして指導をお願いします、って意味なんだと……
「……え、コレ……!?」
普通にそう思って、ペラペラめくられるそれを見ていた僕だが……すぐにそれがおかしいことに気づく。
だってこれ、書かれてる内容が……コレ……
「個性名、不明。系統としては単純な増強系と目されるが、単にパワーだけを強化しているのではなく、身体能力そのものを全体的に強化していると思われる。100%発揮時の威力はトップヒーローの必殺技にも匹敵するが、許容量を超過した威力を発揮するとその分が反動となって自分の体を破壊してしまう。現状安定して行使可能な力は全体のごく一部、およそ10~15%程度と目される。また、『個性』使用時に発揮される威力は本人の体術戦闘に対する理解及び経験値に密接に関係しているものと目され、前述の通り『身体能力』である関係上、単に体だけ鍛えても力を上手く使えるようになるとは考えにくい。本来は長期間の鍛錬を前提とし、一般的な増強系個性以上にピーキーかつ感覚的な制御が必要なもの。また、筋肉等の緊張や反応速度から見て……何ですかコレ!?」
「何って、お前さんに関する資料だよ。学校から送られてきた」
それはわかる。でも……内容がコレ……どう考えても詳しすぎる。
学校でやっている『ヒーロー基礎学』みたいな、関連科目の成績や、現状僕が抱えている、心身両面における課題、学校における人間関係・対人関係の傾向なんか……そのへんであれば、まだ理解できる。
けど、それ以外に書かれていること……特に、『個性』関連で書かれていることの詳しさが、どう考えてもおかしい。
僕は、オールマイトから受け継いだこの『個性』……『ワン・フォー・オール』について、誰にも話していない。この『個性』については、誰にも話しちゃいけないものだって、オールマイトにきつく言われてるから(かっちゃんにちょっとうっすら話しちゃったけど)。
どんな個性であるのか、どのくらいの力があるのか……そのくらいなら、授業や『体育祭』の映像を見ればわかるだろうし、学校側が資料としてまとめていてもおかしくない。必要だと判断したのであれば、職場体験先にそれを送るのもありだろう。
けどこの資料には、それだけじゃ絶対にわからないはずのことや、些細なことだからって、オールマイトにすら報告してないこと、さらには、僕自身気づいていなかったことまで、まるで説明書や解説書みたいに詳しく書いてある。そして、そのほとんど……いや、今見る限り全部が正解だ。
以前に似たような『個性』があったから、それを参考にしてるならまだしも……ほとんどの人にその情報の多くを秘密にしてる『ワン・フォー・オール』について、ここまでの情報がまとまっているはずがない。一体この資料、誰がどうやって用意したんだ!?
「コイツはあんまり、生徒には話すなって学校側から言われてんだけどな……お前さんの場合は事情が異なるし、知っといたほうがいいだろう」
「……グラントリノ?」
「この資料はな、あるプロヒーローによって作られたもんだ。『アナライジュ』って知ってるか?」
「……? いえ、知らないです……」
アナライジュ……聞いたことない名前だ。
今現在現役で、あるいはここ数年くらいに引退したヒーローくらいなら、名前を聞けば、『個性』を含めてすぐにデータが出てくるくらいには知識はあるつもりなんだけど……
まあ、僕だって、どんなヒーローも知っているなんて口が裂けても言えないけど。
あまりにも昔に引退してしまったヒーローや、それこそグラントリノみたいに、積極的にヒーロー活動を行っているわけじゃないヒーローのことは流石に知らない。
多分だけど、その『アナライジュ』っていうヒーローも、そういうヒーローなんだと思う。
グラントリノ曰く、その『アナライジュ』っていうヒーローは、とにかく他者を観察・解析すること、そしてそれによって得たデータを生かして『育てる』ことが得意なヒーローだったらしい。
グラントリノ同様、表立って色々活躍してるわけじゃないから、そこまで知名度はない。
また、もう10年以上前に引退してしまっている。当然ながらビルボードにも載っていない。
ただ、ヒーロー資格を返上しているわけじゃなかったから、今回雄英からお呼びがかかったんだそうだ。
その人の解析能力は驚異的の一言であり、時にはたった1回の戦闘訓練のVTRを見ただけで、単純な身体能力から『個性』に至るまでを丸裸にし、それをさらに強化するための効率的なプランを即座に導き出すことができたという。
しかもそれは、『個性』によるものではない。自身の膨大な知識と、優秀な頭脳によって導き出すものだというから、さらに驚かされる。
何でそんな人が、ほとんどその存在を知られてないんだ……あまつさえ、引退なんて……
「その辺は俺にもわからねえ。案外俺みてえに、何かの目的のためにヒーロー資格を取ろうと思って、それが終わったらもう興味ねえって感じだったのかもしれねえな。ともあれ、その解析の達人に雄英は今回、新学期早々『敵』に襲われたお前達の『解析』と、それをより強くするためのプランの策定を依頼した。そんで、今まで学校が集めたデータに加え、あの『体育祭』でそいつが直々にお前らを観察して得たデータがそれだそうだ」
「あの場にいて……見ていたんですか……?」
「そうらしいな」
だからって、たった1日、数時間僕らの動きを見ていただけでここまでのものを作り上げるなんて……体育祭での露出次第でデータの出来は当然違ってるだろうけど、それにしたって別格だ。
けれど、同時に頼もしくもある。これだけ、自分も学校もわかっていないところまで丸裸にしたデータがあれば、そしてこれを元にもっと強くなる手段を考えてくれるっていうんであれば……
(僕は、もっと、もっと先に行ける……!)
そんなことを考えて、自分の中にやる気が燃え上がるのを感じていた時、ふとグラントリノが思いだしたように、『ああ』と呟いた。
「ただ、俺よりは世間に出てた面もあるみてえだから、検索とかすりゃヒットするかもしれねえな……ほれ、何つった……今はやりの『ヤホー』とか何とかで」
「いえ、名前違いますし、ネタだとしても大分古……あ、じゃあ調べてみます」
丁度休憩中だしってことで、スマホを取り出して検索かけてみる。
……あ、少ないけどちゃんとヒットした。グラントリノよりは多いな。
ええと……『トレーナーヒーロー』アナライジュか……まさにって感じの呼び名だな。
本名、
え、雄英OGなんだ? あ、写真ある……うわ、すごい奇麗な人だ。
……? でも何だろこの感じ、見覚えがある……というか、誰かに似てるような気が……
個性……うーん、載ってないな…………ん? 何だろコレ?
『芸能・ゴシップ』のジャンルでもヒットしてる。有名人と結婚でもしたのかな……って……
「……え゛!?」
「ん? どうした小僧」
「い、いやあの……今ちょっと、件の『アナライジュ』のこと調べてたんですが……ちょっと衝撃的な事実というか、情報が……」
こ、この昔の週刊誌のバックナンバーっぽい記事、コレ……
どうやらあんまりメジャーじゃない雑誌らしくて、そんなに知られてないみたいだけど……『アナライジュ』が結婚した相手っていうのが……もしこれが本当なら……!
「○○年×月、栄陽院コーポレーション社長・栄陽院豊氏と結婚し、改姓……ということは、今は『栄陽院叶恵』で……つ、つまり、この人……!」
☆☆☆
「ああうん、そうだよ? トレーナーヒーロー『アナライジュ』は、私の母さん」
『やっぱり!? え、どうして教えてくれなかったの栄陽院さん!?』
「いやだって聞かれなかったし……それに、本人あんまりそういう感じで騒がれるの好きじゃないタイプだからさ」
『そ、そっか、ごめん……無遠慮だった。で、でもびっくりだよ、栄陽院さんのお母さんが、プロヒーローで雄英OGで、しかもあの体育祭に来てたなんて……』
「あり、そこまで知ってんだ? あーまあ、その通りだよ……なんか、私らもっと強くするために雄英から雇われて色々……アナライザー兼アドバイザーみたいなのやってんだって。これからもちょいちょい観察してデータ更新しつつ、サポートしてくれるみたい」
『そうなんだ……すごいな、そんなヒーローが面倒見てくれるなんて、心強いよ。ていうか、ひょっとして栄陽院さんがあれだけ教えるのが上手いのや、僕の体から『課題』を見つけ出すのが的確だったのって……』
「ご明察。母さんから色々叩き込まれてるんだ。そんなわけだから……その母さんが作ったデータ、思う存分活用しちゃって……あ、ごめん、もう休憩時間終わるわ。じゃあね」
『あ、うん。ありがとう栄陽院さん。それじゃ』
―――ピッ(通話終了)
なんか、緑谷がどうやら母さん作成のデータについて、どういうわけか知ったらしい。さらにはそこから、私が母さんの……『トレーナーヒーロー・アナライジュ』の娘だってことも。
まあ、大っぴらに言うようなことじゃないとはいえ、そこまでぎちぎちに隠すつもりもない話だから、そのへんは別にばれてもいいんだけど……
まあいっか、絶対隠さなきゃいけないことでもないし……最終的にはそれを伝えるかは現場のプロの判断にも任されてるしな。
ちなみに私は母親のことだから最初から知ってたが。
なんか、ヒーロー科(A組、B組両方)全員に加えて、個人的に伸びそうだと思ったそれ以外……普通科とかサポート科についても、何人か勝手に見て『解析』して報告してるとかなんとか……相変わらず自由な人だ。
私の方は、午前中に早速コスチュームの改善案について、そういう方面に明るいサイドキックの人達も一緒になって考えて……色々とまとめたものを書類に起こして、あっという間に業者に申請してもらった。
その際、繊維を操るベストジーニストの個性『ファイバーマスター』の応用で、メジャーも何も使わずにあっという間に私の体のサイズを測ってしまえたのはすごかったし、助かった。『個性』も色んな使い方があるんだな、ホント。
……似たようなことができる人を1人知ってるが……できればあのドS……げふんげふん、あの人のお世話にはなりたくないというか……ぶっちゃけちょっと苦手というか……
で、その際、業者に私はコスチュームを預けてしまったので、事務所から貸し出される運動用の服を着て、その後の基礎トレに参加してたんだが……もれなくデニム地なのね、やっぱ。
いや、着心地よかったし動きやすいし、いいんだけどさ。
なお、サイドキックの人達からは、『背が高いし足も長いから似合う』って絶賛された。
……うん、まあ……普通にうれしいかな。
で、ここでも『ファイバーマスター』大活躍で……私の動きで無駄が多い部分とか、ここはこうした方がいいっていう指摘なんかを、私の着てる体操服の繊維を操ってやってくれるんだよね。
実際に体を動かしてくれるから、すげーわかりやすい。ためになる。
教え方も無茶苦茶上手くてすっと頭に入ってくるし……流石、不良の矯正はもちろん、後進の指導全般に力を入れている実力派だけはあるな。
大げさじゃなく、今日一日でぐっと動きが改善された気がするよ。
午前中はその、コスチューム関連と基礎トレで終了。
早めに昼休憩に入らせてもらって、事務所のシャワールームで汗を流した。その後はまた別なデニム地の服を貸してもらって(いっぱいあるんだなやっぱ)、それに着替えた。
そして、その後に昼食もとった。事務所に食堂あるんだな……さすがトップランカー、シャワー室といいランドリースペースといい、設備もどれも豪華だなあ。
……オフィスに併設する形で、理容スペースまであるとは思わなかったけども。ここで髪切る人とかいるの?
で、食堂で昼食(ハンバーグカレー大盛り)を食べた後、昼休憩の残った時間で、午後の座学の準備をしてたら、緑谷から電話がかかってきたわけだ。
そんで、それも終わったってことで、午後からは私は座学である。
ヒーロー活動についての基礎知識や、実際の現場で必要となる事務的なスキルについても、この職場体験中に学ぶことになるのだ。
特に私は今回、そのあたりのノウハウを得ることに注力したいと思ってるので、座学には気合を入れて臨みたいと思う。
自分自身のヒーロー活動はもちろん……誰かを支えるためのスキルって奴を、特に。
後進指導に力を入れている事務所らしく、『講義室』なんてものもあり……大学の講堂とかを小規模にしたような感じの部屋だった。
そこで教壇に立つベストジーニスト。さすが、様になってるな。
「そもそも我々ヒーローという職業は、国から報酬を受け取っているため、分類上は『公務員』にカテゴライズされる。しかしその成り立ちゆえに、他に公務員とされている職業……市役所等における一般事務職や、警察官などとは全く違う体制になっているのは言うまでもない」
本職の先生みたいに、ホワイトボードを適宜使って板書を行い、説明していくベストジーニスト。私もそれを、聞き逃さないようにしながら、適宜ノートにまとめていく。
「基本的にヒーローの行う実務というものは、犯罪者等の取り締まりが主だ。事務所ごとにスタイルは異なり、積極的にパトロール等を行う所もあれば、事務所に待機して電話等による通報があるのを待って動き出す所もある。規模が大きくなるほど、普段から積極的に動いて犯罪抑制に乗り出す傾向があるが、一律というわけではない。売り出し中のヒーローなどは特に、積極的に街に出てパトロールを行い、事件を解決して顔を売ろうとする場合も多いからな。ちなみに、この事務所はその複合型だ。事務所に常に一定の人員を置き、シフトを組んでパトロールを行っている」
ベストジーニスト自身も、事務所にいるよりは時間を見つけてパトロール等に出ており、積極的に市民に姿を見せて安心させるために動く方だそうだ。
さっきも言ってたもんな。市民の安心を守るのもヒーローの重要な仕事だって。
私もコスチュームが届いたら、パトロールに参加することになる。市民を安心させるのに、話題性があるヒーロー(の卵)が姿を見せることは意味を持つから、だそうです。
同時にそこで、市民に好かれるヒーローであることの意味、その重要性も学ぶようにと。
「ここまでがヒーロー独自の活動なわけだが、当然ながらヒーローは常に個々で動いているわけではない……必要に応じて他のヒーローとチームアップを行ったり、また要請があれば警察に協力して犯罪への対処に当たることもある。特に後者については重要なつながりだな……世間では我々ヒーローは正義の花形のように言われているが、その実できないことは多い。『個性』を使った戦闘による犯罪者の制圧を許可されてはいるが、そこまでだ。それを逮捕し、取り調べを行い、起訴して刑罰を下すところは警察及び司法機関の領分だ。我々にそこまでの権限はなく、ゆえに他の公権力とは関係・協力を密にしていかなければならない」
ふむふむ、確かに。
この超人社会、何も知らない人からは、警察とかは日陰者扱いされることも多いが、決して軽視していい存在じゃない。我々ヒーローにとっても、大切なパートナーってことだ。
「また、他の公務員と大きく異なる点として、我々ヒーローには『副業』が許されている。種類は様々あるが、例えば私の事務所では、雑誌やアパレルメーカーとのファッション関係の業務の他、タイアップ商品やプロデュース企画なども行っているな。その派生、ないし関係で、CMやTV出演などを行うこともある。君も一度くらいは見たことがあるかな?」
「あ、はい……CMは、ゴールデンタイムのTVなんかでも流れてますよね」
「うむ、ありがたいことにな。良くも悪くもタレント性のある職業のため、有名になればなるほど、多くのヒーローがこういった副業を持ち、メディアへの露出もその分増えていく傾向にある」
確かに、大体のヒーローってそういう感じで、いろいろグッズ出したり、CM出てたりするな。
オールマイトのそれなんて、数えるのも億劫になるくらいだし(緑谷だったら把握してるかもしれないが)……プレゼント・マイク先生はラジオのMCとか、音楽イベントではDJとかやってる。
八百万が行ってる先のスネークヒーロー・ウワバミは、化粧品とか整髪料とかのCMに出てたと思うし……っていうか、こないだ緑谷と言った直売会も、いろんなヒーローの副業による商売が一堂に会している場だよな、よく考えたら。
ファンサービスも一切しないと言われているエンデヴァーも、ブラックコーヒーとかのCMに出てるらしいし……こういうのは有名になればなるほど、切っても切れないもんなのかな。
全くのゼロなのは……相澤先生とか、アングラヒーローくらいか?
「さて、ここまでヒーローの仕事について説明してきたが……こと君にとってはここからが本番、と言ってもいい部分に入るだろう。心して聞きたまえ」
と、ベストジーニストが、何やら気を引き締めるように言う。
「今説明させてもらったものの他にも、細かく見れば様々な『仕事』がヒーローには存在するが、目に見えるそれだけを行っていればいいものではない。表には出てこないような裏方の仕事……より具体的に言ってしまえば、事務仕事のようなものも、ヒーローには当然存在する。というより……そういった仕事こそ、ヒーローの仕事からは切っても切り離せないものだと言える。先程私は、ヒーローには国から報酬が支払われると説明したが、その仕組みがここに関わってくる」
そう言ってベストジーニストは、手に持っているバインダーから2枚の紙を出して、私の目の前に置いた。
その2枚のうちの1つは、どうやらヒーローが行った仕事について、色々な必要事項を記入して公的機関に提出するための書類の様式のようだ。ヒーロー名や事務所の名前、協力した事件の名称や概要、協力内容についてなどを記載する欄がある。
もう1つの方は、その様式に実際に事件への貢献等の報告内容を記載したものらしい。
過去にベストジーニストが解決に貢献したらしい事件の内容や、そこでどういった活動をしたか、みたいなのが書かれてて……あ、でも個人情報保護のためか、個人名とか施設名なんかが黒塗りで消されてるな。事務的というか、お役所仕事ちっくだ。
「何か事件に関わるごとに、内容を記録し、こういった書類を作成して逐一提出する必要があるわけだ。イメージと違う、地味な仕事だと思ったかな?」
「いえ、大事なことだと思います。相応の権限を持たされているからこそ、こういったことこそ、省いたりせずきちんとすべきなんだと思いますし」
「ふむ、最近の若者は、こういったことを軽視する傾向があるんだが……いい意識だな」
こくりと頷いて。ベストジーニストはさらに何枚かの同じ用紙を置いて見せる。
「こういった書類を作成し提出・申告するところまでがヒーローの仕事。その後、専門機関による調査を経て貢献度が確定され、それに応じた給与が指定した口座に振り込まれる仕組みだ」
「歩合、ってことですね」
「そういうことだな。そして、報酬の請求に限らず……ヒーローの仕事には、何においてもこういった裏方の仕事がついて回る。事務所仕事である以上、会計処理や経費の精算、『副業』関連の打ち合わせ全般や契約業務などもそうだな。もちろん、ヒーロー事務所の経営自体も決して少ないとは言えない仕事量だ。時にそれらは、ヒーロー活動そのものを大きく超える労力を必要とする。さて……今ここに並べたこれらの資料を見て、何か気付いたことはないか、ダイナージャ?」
そう言われて私は、机の上に並べられた、計5枚の資料と……ホワイトボードの板書を何度か見比べて、気付いたことを述べる。
「……それぞれ筆跡が違いますね。ほとんどは印刷ですが、手書きの部分……これらの資料はどれも、ホワイトボードのベストジーニストの字とは筆跡がかなり違いますし……共通しているのは、書類の書き方そのものを除けば……末尾についている、署名と押印ですか?」
「その通り。これらの資料は、私のサイドキックで、報告事務を担当してもらっている者が書いたものだ。ヒーローは自分のヒーロー活動に専念し、こういう雑務はサイドキックや専用の事務員を雇って担当してもらう……こういう運営形態は今やかなりポピュラーだな」
「ポピュラーというと……そうでない事務所もある、ということでしょうか」
「もちろんだ。中には、仕事は1から10まで自分が担当しなければ気が済まない、安心できないという信条の持ち主や、駆け出しであるがゆえにそういう形態をとる財政的余裕がない者、各地を放浪し、一定の拠点を持たないフリーランスのヒーローなどもいるからな」
はー、なるほど……個人個人で様々なのね。
「基本的に書類仕事には特別な資格はいらないし……雄英高校でも、事務所経営などを専門に学ぶ『経営課』があるように、それを見据えて能力を磨く者も多いため、需要と供給は相互にある。まあ、一部例外的に、ヒーロー資格やその他特別な資格を持たなければ扱えない書類や情報もあるが……そのくらいはヒーロー自身がやってもそこまで大きな負担にはならない。覚えておくといい」
そして、と続ける。
「この職場体験で君にメインで教え込むのは、こういった、ヒーロー及びその活動を支えるための裏方仕事の知識及びノウハウだ。それも、学校のヒーロー基礎学やヒーロー情報学で学ぶ内容とは重複しない、より実践的で、実際の現場に即した内容だ。自分のためにもなるのはもちろん、将来どこかの事務所のサイドキックとしてデビューした時にも、有用性をアピールする大きな武器になる。率直に言って、下手な荒事よりも余程ハードなメニューになるが……見事こなすことができれば、今よりも大きくステップアップする未来を約束しよう。しっかり付いて来たまえ」
いいね……実りある7日間になりそうだ。
色々と学ばせてもらおう。将来、こういう仕事とかにおいても……尽くしたい相手を支えることができるように。
その日はコスチュームがないこともあり、様々な座学で終了。
私には、事務所に内設されている客室の1つが貸し出される形となっていたので、この1週間はそこに寝泊まりする形だ。
夕食も食堂でいただいた後、そのまま解散になったので部屋に戻る。寝る前に簡単に今日教わったことの復習をしてから、寝心地のいいベッドで横になった。
ちなみに夕食はカルボナーラスパゲッティをこちらも大盛りで頼んだ。緑色が足りないと思ったからサラダもつけて。
昼もそうだったが、私の健啖家っぷりに驚いてる人が多かったな。
事務所の仕事内容とか事務手続きはだいたい捏造とか想像なので悪しからず。
ヒーローもバトルだけやってればいいわけじゃなくて、書類仕事とか報告業務も必要だっていうのは原作でもありましたので、妄想で補完してみました。
永久のコスチュームは次回以降に持ち越しです。