新年度が始まり、仕事が変わり、さらには新採職員が入ってきて……この時期ただでさえ修羅場だってのに、新しい仕事の勉強しながらさらに指導もしなきゃ……
流石にちょいちょい、毎日更新ペースではいられなくなるかもしれません……その時はご容赦ください。
新年度、こちらの世界では職場体験が始まります。第45話、どうぞ。
「コスチューム持ったか? 本来なら公共の場じゃまだ着用厳禁の身だ、無くすなよ。くれぐれも職場体験先で失礼のないように。よし、行け」
『職場体験』出発直前。
他の事務所やら何やらを巻き込む形で行う行事だからだろうか、いつもは徹頭徹尾だるそうな相澤先生も、繰り返し私達に注意して言って聞かせていた。
集合した駅から、各自の体験先の事務所までそれぞれ解散していくわけだが……その際、緑谷と麗日が、飯田のことを心配するようにして、『本当につらくなったら言ってね』と声をかけていた。
飯田はちゃんとそれに返事もしていたが……なんていうか、大丈夫そうには見えなかったんだよなあ……辛そうなのを我慢してる、ってのもあるけど……もっと何か凝り固まったものを胸の、いや腹の中に抱えてそうな感じがして。
だって、あいつの職場体験先が……うん、嫌な予感しかしない。
だが、現時点で私に何かできることがあるわけでもなし……何事もなく、無事に済むことを祈ることしかできない。
……当の飯田は、それを望んでいないのかもしれないが。
コスチュームの入ったケースと、その他私物の入ったカバンを持って(かさばる)、電車に揺られることしばし。都心部に構えられたヒーロー事務所『ジーニアス』に到着。
好立地の土地に構えられたそこは、4~5階建ての中規模のビル丸ごと1つが事務所になっていた。外観からしてスタイリッシュに整えられていて……何だろう、デザイン事務所とか芸能事務所みたいな感じにも見える。
もちろん、ここが間違いなくヒーロー事務所であり、私が勉強したいことを鑑みた結果として最善の選択先であることは調査済みなので、不安は……あんまりないが。
中に入ると、やはり内部も清潔感漂う作りになっている。受付に行って、職場体験で来た旨を伝えると、応接室に案内されて暫く待つよう言われた。
出されたお茶を飲みながら待っていると、さほど時間も経たずに、その人物はやってきた。
横向きになでつけたような金髪に、丸みがあるが不思議と鋭さ・眼力を感じさせる目。
下も上もデニム生地で形作られた、ちょっと特徴的過ぎやしないかというほどのコスチュームに身を包んでいるその人は、No.4ヒーロー・ベストジーニストその人だった。
まさに名は体を表す……いやここまで行くと表し過ぎっていうか、キャラ設定にこだわり過ぎって気がしなくもない風貌である。襟元なんかジーンズの腰回りみたくなってるし。
ともあれ、入ってきた瞬間にソファから立ち上がって出迎える姿勢を取ると、『ほう』と感心したような声が聞こえた。口元は隠れてるけど。
「最近の若者にしては、きちんと礼節をわきまえた態度が取れるようだな……いや失礼、貶す意図で言ったわけではないんだが」
「いえ、恐縮です。本日から7日間、職場体験お世話になります、雄英高校ヒーロー科1年A組より参りました、栄陽院永久と申します。どうぞよろしくお願いします」
「うむ、結構。自己紹介の必要性はないかもしれないが……私がベストジーニストだ。今回、君を指名させてもらった。が……もう1人は来なかったか」
少しだけ残念そうにするベストジーニスト。あ、これはやっぱり……
「最近はいわゆる『いい子』な志望者ばかり多くてね、久しぶりにグッと来た、筋金入りの問題児を矯正できるかと楽しみにしていたんだが……まあ、仕方ないだろう」
やっぱり爆豪、そういう感じで指名されてたのね。ギリギリセーフ……。
あいつは今頃……
☆☆☆
「今日から一週間、俺がお前達の面倒を見る。甘やかすつもりはないゆえ、心してかかれよ、焦凍、それに……爆豪」
「「…………」」
揃いも揃って愛想の悪い2人の生徒。
自らの息子と、もう1人、自分が指名していた爆豪を前に、No.2ヒーロー・エンデヴァーは、ふん、と鼻を鳴らした。
しかし、不機嫌そうな雰囲気ではなく……むしろ、2人の強気さを気に入っているかのように、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。爆豪の、決して目上の人物にするものではない、礼を失した態度も、全く気にしていないようだ。
「2人揃って肝の太巻きなことだ。仮にもNo.2である俺を前にして、頼もしい限りだな」
「最近は日常的にNo.1を見てるし……何より、褒められたような礼儀作法やらの教育を受けた覚えがねーもんでな」
轟の皮肉にぴくりと反応するエンデヴァーではあったが、すぐにそれも引っ込み、咳払いを一つして、改めて2人に向き直る。笑みを消し、1人のヒーローとしての顔になって。
「では、ショート……と、爆豪はまだヒーロー名がないのか?」
「あぁ? 考えたの全部ボツ食らって決まってねえんだよ……何でもいいからさっさと職場体験させろや」
「だそうだ」
「ふっ、そう焦るな……何事にも順序というものはある。覚えておいて損はないぞ」
その瞬間、ぎろり、と音がつきそうなすさまじい眼力が2人に向けられ……轟と爆豪は、その迫力に思わずたじろいでしまった。
そして、その時改めて認識する。自分達が目の前にしているのが、どんな人物であるのか。
轟にとっては、尊敬したいとも思えない、むしろ憎むべき父親。
爆豪にとっては、自分がトップにのし上がるために利用できれば上々、という程度。
無論、自分達よりも(少なくとも今は)あらゆる意味で圧倒的に格上の人物であることは理解していた。していた、つもりだった。
だが、それでも不足であったのだということを、2人は今になって痛感していた。
万年No.2。それだけを聞くと想像しづらいかもしれないが……相手は間違いなく、強豪ひしめくこのヒーロー社会において、オールマイトに次ぐ力を見せつけ続けた1人の英雄なのだと。
「跳ねっ返りは大いに結構、こちらとしても鍛えがいがある。ようやく全ての力を使う気になった焦凍はもちろんだが……爆豪」
「……!」
「お前のような奴には、どうせ口で言ってもわからんからな。望み通り、色々と経験させてやる。自分の目で見て、頭で、そして魂で理解するがいい……我々が戦っているプロの世界を。自分達に今、足りないものを。そして……お前たちが目指すべき、頂点の領域というものをな」
ばしん、と膝を叩いて景気良く音を出し、エンデヴァーは椅子から立ち上がる。そして、2人についてくるように言った。
「見せることも、教えることも山ほどある。まずは地下の訓練室に行くぞ」
「訓練……? パトロールとか、『敵』ぶっ潰しに行かねえのかよ?」
「それはこの事務所で幾通りものシフトを組んで日常業務として行っている。そこまで急いでお前達を参加させなければならん理由はない。それよりも今は、今のお前達の実力を正確に把握しておきたい。でなければ、安心して外に出すことなどできんからな」
「……ま、道理だな」
「ちっ」
「安心しろ、すぐに嫌というほど色々と『経験』させてやるとも。この俺の所に来たのだ……何も得るものもなく帰るなどむしろ許さん。最初に言った通り、甘えは許さん……死ぬ気でついてこい」
(……上等だコラ……!)
先の体育祭でのふがいない(と、本人は思っている)結果。そこで露呈した、実力不足。
この『職場体験』が、それを覆し得る機会であろうことに間違いはない。爆豪は、脅しと言われても違和感のないほどにエンデヴァーに強く言われようと、一切怯むことなく……むしろ、闘志を燃やしていた。
そしてそれも、そのぎらついた目から、エンデヴァーは読み取っていた。
(……いい目だ。間違いない、こいつの中にくすぶっている熱は、今の焦凍や……同じく体育祭の上位に入った、あの大柄な少女や、緑谷という少年よりもはるかに強い。焦凍の競合相手として、同じ優勝者であり、オールマイトリスペクトと思しきあの緑谷という少年と、どちらを選ぶか迷ったのだが……こいつを選んだ俺の目は正しかったようだな)
打てば響く。鍛えれば、鍛えただけ強くなる。
自らの手に転がり込んできた、まだ小さな2つの種火の将来性に、エンデヴァーは満足するようにうなずいて、2人を先導する形で歩いていく。
☆☆☆
「……ふむ、それが君のコスチュームか」
簡単に日程なんかに関する説明を受けた後、私は再びベストジーニストの前に立っていた。
ただし今度は、更衣室で戦闘服に着替えた上で。
緑谷の奴と違って、こっちには勝手な改造は施されていない。戦闘訓練やUSJの時にも着た、改造学ラン型のそれを見にまとって、オフィスで待っていたベストジーニストの前に来たんだが……さっきから何だ、じろじろ見られてるな。上から下まで。
「はあ、そうですが……何か気になる点がありましたでしょうか」
「ああ、色々とな。何と言うか……随分と強気と言うか、威圧的なデザインだな。先程までの態度からは少し意外だったので驚いていた。デザインのコンセプトなどがあれば聞いても?」
「はい、もちろんです」
格闘戦が主体なので、何よりもまず頑丈さと動きやすさを重視していること。
学ランの丈はあえて長くして翻るようにし、初動その他の動きを見極めづらいようにしていること。
小物を入れられる程度のポーチ類なんかは、救急用品や、『個性』絡みで使える飲料水なんかを携帯しておくためのものであること。仲間との通信用の電子機器なんかもあるが、激しい動きをするので最低限にしていることや、普段は学帽に格納できるようにしていること。
そんな感じで機能面のコンセプトをまとめて説明し、その他の部分については私の趣味、ないし直感的に『こういうのよさそう』と思ったセンスによる形にしていることを説明したのだが。
「できるならば、変えたほうがいいな。それも全面的に」
バッサリいかれた。
えっと……私のコスチュームとかこだわり、全否定? 何ゆえ?
「もちろん理由はある。まず見た目が……稚拙な言い方かもしれないが、あえてこう言おう。不良っぽくて、市民に対して威圧的・暴力的な印象を与える。単なる学生服ならまだしも、いわゆる長ランや、それを着崩したいでたち、サラシ巻きのように見えるインナーなどもそうだ。今の時代には最早絶滅危惧種となってしまったが、かつての『ヤクザ』などを思い起こさせる」
「……かっこよく、ない、でしょうか?」
「……矯正すべき点はあまりなさそうだと思っていたが、礼儀作法とはまた別な点が問題のようだな」
暗に『お前センスおかしい』って言われた。悲しい。
おほん、と咳払いを1つして、ベストジーニストは続ける。
「無論、君の趣味嗜好は尊重したいと思うし、私の主観が入っていることも否定しない。さらに言えば、戦闘を生業に直結させるヒーローと言う職業上、多少なり物々しいいでたちになってしまうことは仕方ないとも言える。バトルヒーロー『ガンヘッド』や、フレイムヒーロー『エンデヴァー』などはその典型例だな。彼らの服装は決して温容とは言えないが、同時にその力強さ、勇ましさによって市民に安心感を与え、犯罪者に対しては威圧感を見せて事件を抑制する効果を持つ」
ああ……麗日が行った先の事務所と、轟と爆豪が行った先の事務所だな、それぞれ。
爆豪も、何でNo.2から指名来てんのに最初No.4のここに行こうとしてたのか気になって聞いたら……確実に轟と一緒になるのが嫌だったからだって。納得。
「だが、君の場合……最終的なヒーローとしての展望は、必ずしもそういう形ではないのだろう?」
ベストジーニストは、机に置いてあったバインダーを手に取り、そこに挟んである書類を私に見せて来た。そこには、雄英高校から送られた、私、栄陽院永久……ヒーロー名『ダイナージャ』に関する様々なデータが、簡単にではあるがまとめられている。
職場体験に行く先に送られる、これらのデータをもとに指導をお願いします、という感じの書類だったはずだ。
そしてここには……学校側がまとめたものの他、『あの人』が解析したそれも載っている。
「コスチュームを纏っている以上はこう呼ばせてもらうが……ダイナージャ、君が目指すヒーローは、対『
「はい。『個性』柄、そういったことの方が得意ですし、色々と勉強して技能も修めていっていますので。もちろん、戦闘もこなせないわけではないですが……正直、それを専門に扱うには、私の個性は少々、いやかなりピーキーだと思っていますし」
コレは本音だ。というか、入学前からずっと考えていたことである。
まあ、今も含めて、完全に方針を決定したわけじゃないが……少なくとも、私自身が事務所を構えるなりなんなりして、最前線に立って戦っていく、っていうビジョンはない。
そういうのにあまり向いていないであろうことは、今回の体育祭で思い知ったしな。
私は、エネルギーが続くうちは強い。白兵戦技能を伸ばしていけば、今よりももっともっと強くなれるだろう。
けど、それが切れてしまえば……準決勝で爆豪が言った通り、『無個性』同然になる。
そして、私があのパワーを発揮するためには、決して少なくないエネルギーが……それの元となる食料がいる。ここが何気にネックなのだ。
平時であればいい。潤沢すぎる資金で大量に食料を買い込んで食べとけばいいだけの話だ。
けど、それが災害時の被災地とかであれば? ただでさえ支援物資として食料が必要になるそこに、たくさん食べなければ力を発揮できないヒーローなんて、プラマイゼロどころじゃないだろう……そこまでの働きができるとも思えないし。
だとすればむしろ、この個性を『汎用性・即効性抜群のエネルギー供給源』として割り切って、ちょいちょい言われてるような『人間点滴』としての活躍に絞って使えばいい。
食事や、あるいは点滴すらできない人への栄養補給に使ってよし、前線で戦うヒーロー達への体力供給に使ってよし、治療時のリカバリーガールのお供に使えばなおよし。
私が代わりに食べて、栄養だけは渡します、みたいな感じになるわけだ。
何せこの個性、私以外にエネルギーを供給するんであれば、かなり省エネというか、効率いいからな……食事1~2食分(無論、普通の人の)のエネルギーがあれば、プロヒーロー1人の体力を全回復させることすら簡単にできるし。
それでいて、燃費は悪いが、いざって時は前線で戦って守ることもできる、と。接近戦もできる回復キャラ、とでも言えばいいのかな。
ゲーム的に言えば、
……なんか色々長くなってしまったが、そういうわけで、私が目指す最終的なヒーロー像っていうのは、ベストジーニストの言う通り、戦闘専門じゃなくて、サポートサイドなわけだ。
そして、それを考慮した場合……私のこの服装はあまりふさわしくないと。
「戦闘の場においてサポートするならその限りではないが、救助の現場などにおいてはな……そういった現場におけるヒーローの、最も重要な役割は何か知っているか?」
「災害救助ですから……個性を用いて救出作業に貢献することですか?」
「それも確かに重要だ。だがそれは消防や救急隊にもできる。彼らの中には、特に免許を持って、状況を限定した上で個性使用を認められている者も存在するからね。私としては、災害・救助現場おけるヒーローの仕事……その最たるものは、『安心』を与えることだと思っている」
ヒーローの仕事は、『
例えば、日々のパトロールによって犯罪を抑制しつつ、その姿を見せることで市民を安心させる。『自分達ヒーローがいる』と思わせることで、平和が保たれるし、もし何かが起こっても安全だとアピールすることで平和を保つのだ。
災害現場においてもそれは同じ。苦しい、もうだめだと心が折れそうになっている時に、頼もしいヒーローがそこに駆けつけることで、一気に安心感を与える。いや、それ以前に、『きっとヒーローが助けに来てくれる』という安心感によって、被災者の心を守る。
「それもまた、ヒーローにとって欠かしてはならない役割だ。その際、助けに来たのが、見るからにヒーロー然とした頼もしく清潔感のある恰好をした者か、はたまたホッケーマスクをかぶって手にチェーンソーを持った者かでは、要救助者に与える印象は大きく違うだろう?」
「例えがものすごく極端な気がしますが、確かにそうですね」
「それは認めよう。だがそれでいいんだ……時にヒーローが救助に携わる現場というのは、そういう『極端』……むしろ『極限』的な状況下になる。そういう場において、少しでも市民の心的負担を軽くするように努めるというのも、ヒーローに求められる役割だと私は思う」
だからこそ、私の服装も……戦闘における機能性を損なわない範囲で、かつ私が抵抗ない範囲であれば、改良したほうがいいとベストジーニストは語る。
……なるほど、確かにその通りだ。
もともとこの『改造学ラン』っていうデザインも……私が『カッコよくて(主観)敵に対する威圧にもなれば』って思って気軽に考えたものだからなあ……
私のセンスやら何やらはともかくとして、それがヒーローとしての方向性に合ってないのなら、そこまで強固なこだわりがあるわけでもないし、変えることにも抵抗は少ない。
せいぜい、心情的にちょっと慣れるまで大変かな、くらいのもんだ。
「ただそうなると……どういう風に変更すればいいのかって問題になります……よね? ぶっちゃけ今のお話で、私、自分のセンスに自信が持てなくなってきてるんですが……」
「……切実だな。しかし、それならば問題ない……自画自賛になるが、私も含め、この事務所にはそういった分野において一家言ある者達が揃っている。君さえよければ、新しいデザインの考案と……なんならコスチューム会社への手続きや、改良そのものもやってあげよう。うちが提携している業者は、業界でも1、2を争うやり手でね、大規模改修でも1~2日で完璧に済ませてくれる」
「そ、そこまでよろしいんですか!? その……願ったりかなったりと言いますか、お願いできるならぜひお言葉に甘えたいですが……」
「決まりだ。ならば、今日明日は基礎トレと座学に注力して、明後日以降コスチュームも使った……そうだな、戦闘訓練やパトロールへの同伴などを行うことにしよう。それでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、ちょっと予想ないし予定と違う形ではあるが……私の職場体験は幕を開けた。