例えば、英国では2016年のEU(欧州連合)離脱の国民投票後、テリーザ・メイ氏が首相に就任した直後に、「EU離脱省」という新しい役所を国会審議なく即座に設置した(第135回)。これが可能なのは、英国の首相に前述の「省庁の設置、分割、統廃合の権限」があるからだ。加えて、英国の中央省庁には「年功序列」「終身雇用」がなく、政策課題ごとにそれぞれの政策のスペシャリストを集めることができるのである。
一方、日本の国家行政組織は、「国家行政組織法」と各省庁の「設置法」で規定されている。国家行政組織法は、「行政機関は設置法によって定められる」としており、設置法は「各省庁の任務・所管業務」を細かく決めている。各省庁は、設置法に基づいて業務を行い、それを超えることはできない。
その結果、日本では「政策課題の解決」よりも「行政組織の防衛」が重要視されがちになる。各省庁では、決められた業務の範囲内で政策を考える。それを超える解決策が出てきても、さまざまな論理をひねり出して、それを排除しようとする。
ましてや、他省庁に権限を譲らなければならないような事態は、絶対に避けようとする。政策課題を解決するには何がベストかという発想はそこにはない。ご存じ、「縦割り行政」の弊害である(第128回)。
この問題の解決策が、首相に「省庁の設置、分割、統廃合の権限」を与え、政策課題に的確に対応する役所をつくることなのだ。例えば、感染症対策に関して、厚労省の「組織防衛」の行動が問題となるならば、「感染症対策庁」のような役所を即座につくってしまうのだ。職員も文部科学省や厚労省からの出向でなく、専門家や優秀な人材を外部から中途採用で集める。厚労省を変えようとするよりも、このほうが早く、効果的な体制を作ることができるのだ。
もちろん、これはコロナ対策には間に合わない。だが今後を考えれば、より強毒性で致死率が高い感染症に日本が襲われるかもしれない。また、感染症に限らず、「ポストコロナ」の時代には、ITの劇的な進化などによって、より専門性の高い政策課題が増えると予想される。政策立案過程の抜本的な見直しは、極めて重要度が高い課題であると考える。
秋吉貴雄『公共政策の変容と政策科学:日米航空輸送産業における2つの規制改革』(有斐閣)
大田弘子『経済財政諮問会議の戦い』(東洋経済新報社)
佐藤 満『厚生労働省の政策過程分析』(慈英社)
森田 朗『会議の政治学』(I)(II)(III)(慈学選書)
「日本のサンクチュアリ546 国立感染症研究所」『選択』(2020年3月号)
「日本のサンクチュアリ548 厚労省・結核感染症課」『選択』(2020年5月号)