いくら経済中心の対策にかじを切ったとしても、それはあくまで社会全体のバランスを考慮するという意味であるべきで、感染症対策の核はあくまで「理論疫学」だ。だが、分科会のメンバーで「理論疫学者」は、押谷仁・東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授しかいない。

 その押谷教授は、日本のコロナ対策の根幹を担った西浦教授の「クラスター対策」の論文における共同執筆者だった(Nishiura, H. et Al. “Closed environments facilitate secondary transmission of coronavirus disease 2019 (COVID-19)” )。クラスター対策は、果たして本当に効果があったのか、いまだに検証されていない。

 クラスター対策は、世界の他の国々が採用していない日本独特のものだ。英医学誌「ランセット」や英科学誌「ネイチャー」などの学術誌がリードする、世界最先端の研究成果で明らかになっていく新型コロナウイルスの特性をフォローしたものとなっていたのかどうかについては疑問がある。

首相官邸が非常に悩まされた
専門家会議から上がる情報とは

 さらに問題なのは、分科会に上がる議題をつくるる事務局を務めることができるのは結局、厚労省・健康局結核感染症課の「医系技官」しかいないということだ(「日本のサンクチュアリ548 厚労省・結核感染症課」『選択』〈2020年5月号〉)。年功序列・終身雇用の日本の官僚組織では、政策課題に合わせて専門家をその都度集めることはできない。結局、既存の組織に頼るしかないのだ。

 これがなぜ問題なのかといえば、日本の政策立案過程では、「議題設定」の権限を持つ者が極めて大きな権力を行使できるからだ。自己に有利な争点だけを選別して政策決定プロセスに持ち込むことができるそして、内閣府や各省庁の審議会で議題設定をするのは、事務局を務める官僚なのだ。

 これも、ある政府関係者に聞いたことだが、首相官邸がコロナ対策で、非常に悩まされたことの1つが、「厚労省の技官→専門家会議」というルートから官邸に上がってくる情報が、経済無視・疫学重視ともいえるものばかりだったことだという。「国内の重篤患者が約85万人に達し、その49%(単純計算で41万人超)が死亡する」に代表される、「経済の崩壊」「大量の失業者の発生」のリスクを無視してでも「オーバーシュート(感染爆発)を止めなければならない」ということを訴える数字・データばかりだったようだ。

 官邸はそれをなすすべがなく受け入れざるを得なかった。その怒りが、専門家会議の「廃止」につながったとみられる。だが、新たに組織した分科会でも「議題設定」は今までと同じ医療技官が務めることになる。