ホラー映画で真っ先にやられる奴が言い出しそうな台詞を言うのは止めるのだ
ス●ーウォー●の新作で人生に絶望していたけれど
僕ヤバを読んで生きる気力が湧いてきたので初投稿です
大崩壊後の世界において
薬品や武器弾薬、一部工業製品など生成が困難な物資を除けば、ほぼ完全な自給自足が【町】及び近隣の農園・牧場の一帯で達成されており、高く頑丈な防壁に囲まれた防御力と沿岸部から近い地の利も相まって、海岸と内陸部を結ぶ交易の中継地点として大いに栄えている。
豊かな水源に恵まれた郊外の農園からの食料と、稼働可能な状態の大型発電機に支えられて、生活は不便から程遠かったが、一方で居住者に対しては水道代や居住費が重い負担として伸し掛かっており、遠来から持ち込まれる酒や煙草など嗜好品などにもかなり高額の関税が掛けられていた。とは言え、大々的な取引ならばいざしらず、個人的に持ち込む少量の密輸品を摘発するのが甚だ困難であるのは、如何な時代の官憲にとっても同様であった。
【町】の青空市場の通りに面した粗末な外見の建物。木材とプラスチック、それにスクラップの車体を壁に用いた無名の酒場。その二階奥の席がホセのお気に入りだった。
古びたショットグラスに満たされた琥珀色の液体を一息に呷った。
「旨いな」
胸を焼く心地いい熱が吐息に混じって吐き出された。頬傷が赤く浮かび上がっている。
「もう一杯、いかがですか?」バーテンが尋ねてくる。
「頼む」
【町】で発行された紙幣を尻ポケットから取り出すと、輪ゴムで束ねた束から数枚引き抜いてテーブルの上に置いた。郊外の農場で造られた自家醸造の
雷鳴党が青空市場に顔が利くのと、ホセが農作物の農園からの輸送を護衛仕事する伝手もあって、バーテンは農園から商品を安く仕入れることが可能であり、そうして青空市場に出回った
遠景が印刷された【町】の安っぽい緑紙幣を受け取ったバーテンは、頷いてからホセの後ろのテーブルの椅子に座っている大男に尋ねた。
「そちら、ご注文は?」
大男が腰掛けてるのは、老人が好むような安楽椅子だった。かつてバーテンが荷物運びとして遺跡漁り(スカベンジャー)の下っ端だった頃に、朽ち果てた繁華街でバーの廃虚に迷い込んだ事があった。
青空市場で空いてた物件に目をつけていたバーテンは、廃虚のカウンターチェアをそのまま引っ張ってきて活用したのだが、他の座席には不揃いな椅子が並んでいる。
廃虚のビルから回収してきたオフィスチェアに、素人大工が廃材を組み合わせたお手製スツール。安楽椅子も郊外の廃屋の軒先で、木乃伊となった老人が座り込んでいたのを態々、洗浄して使えるようにした代物だった。
バーテンが苦労して運び込んだ安楽椅子の座り心地が気に入らないのか。陰気な雰囲気に沈み込んだ大男は、唸り声を上げてバーテンを睨みつけた。
「……黙ってろ」
店の二階は雷鳴党の団員たちの貸し切りとなっている。青空市場で一定以上の品質が保証された酒を出す店はそう多くはない。それを目当てに先刻までキャラバンの商人や遺跡漁りなど他の客もいたが、雷鳴党の幹部ホセが仲間を連れてやってきた時点で、こそこそと目立たぬように出ていった。
一杯飲むごとに支払う形式。ホセ自身は支払いを渋ったこともない上客だが、連れてるチンピラまでが必ずしも上等な客筋とは限らない。元々、ハンターは荒くれが集まった集団が多い。ただでさえ生命の危険がある日常に自然、気持ちも荒んでいく。雷鳴党も半ば愚連隊めいた徒党と化していた。ツケを貯めて払わない者もいた。
とは言え、景気は悪くなかった。他所の土地のように半年も行商人が訪れずに必需品の供給が途切れることもなければ、ならず者のギャングに物資の【供出】や法外な【税】を迫られることもない。
雷鳴党の仕切る青空市場で店を出してる以上、これも必要経費だとバーテンは割り切っている。
何より【町】の中は安全だった。高く分厚い壁とちょっとした軍隊が住民たちを守っている。
ティアマットに生まれ落ちた以上、生涯付き合わざるを得ない数々の尽きない脅威と【町】では無縁で暮らすことが出来た。
廃棄都市の片隅の小さな居留地で暮していた頃は、毎日のように生命の危険を感じていた。あばら家の薄い壁のすぐ向こう側では人食いの変異獣や巨大蟻が群れ成して彷徨っており、一晩続く咆哮に眠れぬ夜を過ごした日もあった。
それが今は、不安や恐怖に苛まれることもなくぐっすりと眠る夜が続いている。怪物や餓えに怯えながら、廃虚や行き倒れの死体から食べられそうな缶詰や小動物を漁る必要もなくなった。
なるほど。ツケを支払わない客は確かに性質が悪い。催促する度に拳が返ってくるチンピラに至っては、撃ち殺してやりたいくらいだ。だが、此処にいれば食うに困ることも、命を脅かされることもない。
ホセの隣席のカウンターでは、眼帯をつけた娘がピーナッツを摘んでいた。
「俺のピーナッツを喰うな」
ホセに文句を言われるが、バーのカウンターにだらしなく肘を付きながら首を振った。
「他に食うもんがない」眠たげな表情ではしたなくあくびをするが、ピーナッツを奪う手は休めない。
「此処は酒場だ。酒を頼め」と憮然とした口調でホセ。
「ウィスキー好きじゃない」そう言うと、バーのカウンターにこてんと首だけ寝そべった。
バーテンが二人の会話に口を挟んだ。
「リンデンバウムの黒ビールがあります」
「輸入物?」と娘が眠たげな眼をしたまま尋ねた。
「キャラバンから仕入れた代物です。上物ですよ」
「冷えてる?」眼帯娘の問いかけにバーテンが頷く。
と、テーブル席に屯していた雷鳴党の面々も声を上げた。
「俺もそれを」
「俺はいらねえ」
ホセの背後の席で、腕をギプスで固定した大男リコが一人、憮然とした表情で吐き捨てた。
「飲まないのか」
仲間の疑問に石膏で固められた利き腕を上げてみせた。
「医者に止められてる。治りが悪くなるんだとよ。それに稼げねえから金もねえ」
「そりゃあ気の毒にな」と、ちっとも気の毒とは思ってなさそうな口調でホセが呟いた。
「あのアバズレ。俺の腕をへし折りやがった。
しかも、利き腕だぞ。お陰でマスもかけねえ」
ホセがショットグラスを傾けながら、口元を歪めた。
「だから、止めただろう。
穏便に済みそうだったのをお前、目の前でわざわざミューを蹴っ飛ばして怒らせた」
「自業自得だと言いたいのか?」
屈強の大男が、苛立ちを隠しきれずに憮然とした表情で吐き捨てる。
「それ以外に聞こえたか」
リコが腰を浮かせた。殺気立った凶暴さを隠そうともせず据わった目つきで睨んでくる大男だが、ホセは気にせずに平然と飲み続けている。
緊迫した雰囲気を崩したのは、場の空気を読めない酔っ払いだった。
「しかしよぉ、こいつの腕をへし折るとかどんな牝ゴリラよ」
後ろのソファで飲んでいたのは、ゴーグルを額に付けた男。身を乗り出すと呂律の回らない口調で疑問を口にした。
ホセは小さく肩をすくめる。
「見たいか?」
「写真あるのか?」
テーブルに投げられた写真を摘まむと、なにを合点したのか。泥酔寸前のトロンとした目つきでゴーグル男はうんうんと頷いた。
「おぉー、美人だ」と、間延びした声で感嘆を洩らしてる。
雷鳴党に手配されたギーネとアーネイの容貌は、既にチラシに印刷されて配られていたが、印刷技術も、紙質も、例によって酷い水準にまで劣化していたので、まともなカラー写真で改めて二人の顔を眼にするのは大半の団員にとって初めてだった。
「同感だ、だが、毒蛇のように危険な連中でもある」
ショットグラスを掲げたまま指摘したホセに、ゴーグル男は写真を差し出して質問した。
「3人いるけど、どっち」
「リコん腕をへし折ったのは、ポニーテールだ。
赤毛の皿から肉を盗んでいる銀髪が相棒だな。そっちはすばしっこい」
ホセたちの背後から写真を覗き込んだ眼帯娘だが、微かに首を傾げた。
「あれ、こいつらの後ろに写ってるの。セ、ッッッし……」
喋ってる途中でビール臭いゲップを洩らし、胃の腑の辺りを撫でてから眼帯娘は言葉を続けた。
「……呑みすぎた……ちゃんじゃない?」
ホセがうなずくと、眼帯娘はしまりのない笑顔をへらと浮かべた。
「懐かしいな。彼女元気だった?」
「会ってないな」僅かに躊躇してからホセがそう呟くと、眼帯娘はなにも言わずにか細くため息をついた。
気を取り直したホセが、言葉を続ける。
「連中がナズグルに泊まってたんでな。写真を拝借してきた」
酒盃を傾けていた眼帯娘は驚きを隠さずに、少しだけ目を瞠った。
「わお。あそこのオーナー、市民じゃなかった?おっかない真似するねぇ。よぉく借りてこれたよ」
「頼まれた写真をホテルの写真家が勝手に焼き増ししてた。美人だからな」
傍らで交わされるホセたちの会話がまるで耳に入ってない様子で、ゴーグル男は写真を指先で摘んでいた。
途中で写真が汚れるのを畏れたのか、指先をズボンの裾でゴシゴシと拭うと、再び薄暗い照明の下で照らすようにして、色々と角度を変えながら写真を見上げている。
まるで宗教的な工芸品を敬畏する信者のように、口をぽかんと半開きにして画像の帝國人たちに見とれていたゴーグル男が、しまりのない笑顔を浮かべた。
「いいなぁ。俺も焼き増しがほし……おぁぁ」
横から飛んできたリコのでかい拳骨にぶん殴られ、情けない呻きを漏らすとテーブルに突っ伏してしまった。
失神したゴーグル男の手から床にこぼれ落ちた写真を拾い上げ、他の雷鳴党の団員たちが手配書を兼ねたそれを手に手に廻し始める。
「こいつら、殺しちゃうの?」
若い団員が写真をひらひら振った。
「正確には、生死問わずだな」
やや年嵩の団員の言葉に、若い団員はややわざとらしく顔を顰めた。
「マジかぁ……良心が咎めちゃうね」
大して良心が咎めてなさそうな声音に、年嵩の団員も苦笑を返してビール瓶を掲げた。
「勿体ねえが、舐められっぱなしって訳にもいかねえだろ」
浮かれた口笛を上げる者やら、目を丸くする者やらがいる中で、リコは一人怒りに身を震わせていた。
「くそっ、あの女。ぶっ殺してやる」
喚き散らす声に眉を顰めたホセは、五月蝿そうに耳を小指で穿った。
「もう死んだかも知れんな」
眼帯娘がもの問いたげな視線に向けてきたので、ホセは説明を補足する。
「郊外に潜んでいたのを斥候が見つけた。キースが人数連れて出かけただろう」
「子飼いのハンターや賞金稼ぎ声かけてたのは、それかー」と眼帯娘。
今朝方に見かけた大人数とその面子を思い返して、眼帯娘は乱れた髪を両手で後ろに撫で付けた。
「で、たかが小娘二人にあんな大人数集めて……どうしてかな?」
「この件はバーンズが仕切ってる」
派閥と言うほどにはっきり色分けされたものではないが、雷鳴党内にも人それぞれに幾らかの好悪や繋がりは存在している。バーンズはかなりの影響力は持ちつつあるが、ホセと僅かに数人だけは、まだ副頭目と隔たりをおいていた。
「美人だけど、ベンジーの店にでも売り飛ばす?それでも、採算取れんでしょ」
鼻を鳴らした眼帯娘の疑問に、ホセは肩を竦めた。
「さもありなんだが……さてな」
呟いてから、ホセは端的に結論を出した。
「いずれにしても、逃げ切れはすまいよ」
まともに戦えば、骨も残らないほどの人数が動いている。
運良くか、運悪くかは知らないが、生きて捕まれば、それはそれで残りの生涯をベンジーの店で娼婦として働く生活が待っている。ちょっとした揉め事で人生を転げ落ちる羽目になろうとは、喧嘩を売った本人たちも思ってなかったに違いない。だが、それもティアマットの日常だった。
「可哀そうに」十字を切ってから、眼帯娘はあくびをした。
楽しいフェアリーランドぉ、おいでませふぇありー……げっほ、ランドぉ
廃虚とかした遊園地に調子っぱずれの空虚な歌声が響いていた。時折、空咳をはさみながら、歌うのを止めようとしない。
みんなだいすきぃ~♪家族で行こう~♪
遊園地のタワーライドのてっぺんで『書記』は、血走った眼でCMソングを歌っていた。
足元には遊園地の全景が広がっている。血の匂いにつられたのか、塔型アトラクションを囲むように数十匹ものゾンビがひしめき合うようにして蠢いていた。
「最高の眺めだ!」『書記』はゾンビに向けて手を振ると、片手に付いた海賊の船長のようなフックを器用に動かして手元のホットドッグの包装紙を解き、コーラの缶を開けた。
情報を洗いざらい吐いた後、死に方のリクエストを聞かれたので、子供の頃から一度やってみたいと夢見ていた場所で死ぬことにしたのだ。
「一度でいいから、こいつに乗ってみたかったんだ!夢がかなったぜ!」
コーラを呑みながら、ホットドッグをぱくついている。切り落とされた腕には、海賊の船長がつけるようなフックの義手が嵌っている。遊園地のお土産用の義手を接続したもので、投与されたモルヒネで苦痛は完全に麻痺していた。
遊戯施設出入り口に来訪者用のチケット販売所兼案内所が設置されていた。茸の形をしたファンシー&メルヘンな案内所の屋根にゾンビに見つからないよう寝そべりながら、ギーネとアーネイは揃って双眼鏡を構えていた。
「……なにしてると思います?歌ってるように見えるのですが」
慄きながらのギーネの疑問に、アーネイが頷いた。
「……歌ってますね。ゾンビに囲まれながら」
「今度は笑い出しましたぞ。いや、笑いながら、泣いて歌っています」
「情緒不安定ですね」
「あの状況だったら、ギーネさんも情緒不安定になる自信があります」
双眼鏡で『書記』の表情を覗きながら、アーネイが呟いた。
「……やべえな。完全にハイになってやがる」
双眼鏡を降ろしたアーネイが、ギーネに向かって淡々と尋ねた。
「アーネイ。この処刑方法は、流石に悪趣味過ぎて引きますよ。サイコパスかな?」
「なんで、お嬢さまの中で全責任がしれっとわたしの物になってるんです?そもそも、死に方を選ばせてやろう、とか格好つけて言い出したのお嬢さまでは?」
ギーネの無責任な物言いにアーネイが反論した。
「だって。遊園地のアトラクションで遊びながら死にたいとか言い出す人がいるなんて、普通想像しないのだ」
ちょっと旗色が悪くなったので帝國貴族が釈明しつつ、再び双眼鏡を覗き込んだ。
「本当にその処刑方法を了承する人がいることの方が、わたしにとっては衝撃の事実ですよ。しかも、それが自分の幼馴染とか」今度はアーネイが双眼鏡を降ろして、ギーネを凝視した。
「本当にその死に方でいいのか、何度も確認しましたのだ。アーネイが本当に執行するとも思いませんでした。部下が勝手にやったの事なのだ。余に責任はありませんのだ」
「死者の最後の望みを叶えない訳にはいかないでしょう。しかし、今まで色々ありましたが、リクエストされた処刑方法を翻意するように当事者に説得したのは初めてです」
「まあ、彼も子供の頃からの夢が叶ったのだ。これで安らかに眠れるでしょう」
うなずきながらギーネがのたまった。
「やっぱりお嬢さまの方がサイコパスじゃないですか」
帝國騎士は確信する。互いに相手が崩壊世界の狂気に犯されつつある事と自身の正気たるを確信しつつ、帝國人たちは再び双眼鏡を覗き込んで同時に小さく驚きの声を上げた。
「あ、お弁当食べ始めましたよ。ゾンビに囲まれてるのに凄い度胸ですぞ」
「自棄になってるのでは?にしても、美味しそうに食べるなあ、あいつ」
他人事のように呟いているアーネイの傍らで、ギーネが首を振った。
「朝方、ウッキウキであの弁当作っていたと思うと、流石に気の毒になってきましたのだ」
「良心が咎めますね」とアーネイ。
「可哀想には思うが、それはそれとして捕虜を見張る余力もないし、敵なので殺しておきますね」
兎も角も、気を取り直したギーネとアーネイは、双眼鏡をライドタワーから下にずらした。
「しかし、改めて見るとヤバいですね」
夥しい数のゾンビがライドタワーを取り囲んで犇めき合っていた。数百匹のゾンビが蠢いている地表は、遠景からは、まるで黒い海が波打っているようにも見えて、ギーネは僅かだが畏れを自覚した。
「ヤバいです。下手したら、私たちも逃げられなくなっていたかも知れません」とアーネイ。
遊園地の設備を動かした途端、何処に潜んでいたのか疑問に思えるほどのゾンビが園内に湧き出してきた。加えてゾンビたち、こころなしか、あのおっさんが歌いだしてから、急に活発になったようにも思える。
正気を疑われるのを避けたかったので口には出さなかったが、アーネイの目には『書記』の口の動きに合わせて、ゾンビたちが体を揺らしたり、唸っているようにも見えた。勿論、目の錯覚には違いないが。
「なんなんでしょうね、これは?命知らずなスカベンジャーの一団が乗り込んだ時も、ゾンビたち。一度もこんな状態にならなかったのに」
ギーネとアーネイが対面の【ホテル・ユニヴァース】を人が住めるようにちょくちょくリフォームに出入りしていた頃にも、頭がおか……勇敢極まる遺跡漁りやスカベンジャーやらが度々、フェアリーランドに乗り込むのを目にしたことがあった。
一番派手に散ったのは深入りしすぎて壊滅したスカベンジャーと思しき連中だが、追い詰められて四方八方に向かって派手にぶっ放していた時にも、ゾンビが此処まで活発に動くことはなかった。にも関わらず、それまでおとなしかったのが嘘のように、園内のゾンビには小走りに動き回っている個体までいた。
「あのおっさんが転化したら、園内のゾンビ引き連れて【町】に戻ってきたりしないでしょうね?」
「ホラー映画でフラグになりそうな事を言い出すの止めるのだ。自分たちが切っ掛けになって【町】が崩壊しましたとか、流石に寝覚めが悪すぎるのだ」
少しだけ自分の正気を疑いつつ、帝國騎士は主君に尋ねた。
「どれくらいの数か分かります?」
「ハッキングした業務用PCのログでは、1日辺りの入場者数は平均6千人となっています。
視認できる範囲でも……今、カウントしています」
先刻から端末で園内の遠景を取り込みつつ、区域を指定して映像を処理していたギーネだが、やがて出た園内全体のゾンビの数字に慄くような声を漏らした。
「……8000以上だ」
無表情を保ったまま、アーネイは死者たちによる黒い海をじっと眺める。これまで長年の間、何も怒らなかったのだ。これから先にもまず起こり得ないだろうし、あって欲しくはないが、この死人たちの海から【町】へと向かう津波が万が一にも起こりはしないだろうか?
「……大崩壊の日って、連休中だったんでしょうかね?」
活発化したゾンビたちに深い危惧を覚えたアーネイだが、口に出したのはそんなマヌケな言葉だった。
「そこは、スカウターの故障だ!なにかの間違いだ、とか言って欲しかったです。
それにしても、こんなヤバげなテーマパークが近所にあるのに、よく平然と暮らしてられるのだ。
【町】の住人たちの心臓はタングステンで出来てるのかしらん」
「スカウターってなんだよ。ところで話は変わりますが、仮にこれだけの数のゾンビが暴走した場合、【町】が持ちこたえられると思います?」アーネイが嫌そうな口調で尋ねてきた。
「匂い立つような新鮮なフラグですね。こいつは上物だ!」
自棄になったように小さく叫んでから、ため息を漏らしてギーネが考え込んだ。
「200年以上もの歳月の間、フェアリーランドには度々、侵入者があったでしょうにも関わらず、何事も起こりませんでした。これから先も【波】(ウェーブ)や【暴走】(スタンピート)が起こる確率自体はかなり低いでしょう」
それがギーネの見解であったが、住処の近隣に数千からの大規模なゾンビの群れが存在している以上、最悪の事態を想定するのは崩壊世界で生き延びるために必要不可欠な思考であった。
「ただ、万が一……万が一、【暴走】が起こった場合……フェアリーランドのゾンビたちは、流動人口含めた【町】の全人口より遥かに多数です」
アーネイは沈黙したまま、じっと主君の横顔を見つめていた。水筒で喉を湿らせてから、ギーネは結論を出した。
「強固な防壁があるとは言え、必ずしも持ちこたえられるかは分かりません。近隣のもっと小さな居留地では、きっと一溜りもないでしょう」
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