特養職員に無罪 死因断定はより慎重に

2020年7月29日 07時23分
 特別養護老人ホームで女性がドーナツを食べた後に死亡。准看護師が過失の罪に問われた事件は逆転無罪になった。事故は予見困難で、刑法上の注意義務もないと正確にとらえた判決と評価する。
 同じドーナツを食べてみたが、口の中でぼろぼろと形が崩れていく。女性は歯が欠けていたが、果たしてのどに詰まらせるだろうか。嚥下(えんげ)障害はないし、一週間前にも同じドーナツを食べていたのに…。そんな疑問を持っていた。
 二〇一三年に長野県内の施設「あずみの里」で起きた事件は、介護や医療の現場に大きな衝撃を与えた。身体的機能が衰えた人への介護にはリスクが伴う。おやつがゼリーに変更されたのにドーナツを与えたとして、個人が刑事責任を負わされては、全国の現場が萎縮するのは必然だからだ。
 一審は准看護師がゼリーへの変更確認を怠ったとして罰金二十万円の有罪判決。東京高裁が無罪としたのは「変更は(介護職でない)被告の通常業務では容易に知り得ない」などとし、業務上過失致死罪の要件である予見可能性も結果回避義務も退けたことだ。
 弁護側によれば、ゼリーへの変更は窒息防止ではなく、消化不良を防ぐため。准看護師は女性の事故時、別の全介護が必要な人に付きっきりの状態でもあった。注意義務違反を問うのは、もともと困難だったであろう。
 あえて別角度からの問題提起をするならば、焦点は「死因」ではないか。検察側は女性が心肺停止状態に陥ったのは、ドーナツを食べ、口や気管に詰まらせ、窒息したことに起因すると主張した。
 弁護側はドーナツによる窒息ではなく、おやつ時に脳梗塞を発症したためという。死後に撮影された頭部のコンピューター断層撮影(CT)画像の検討結果による。
 この主張が説得力を持つのは、複数の脳神経外科などの画像専門家が「脳梗塞が原因」との鑑定書を出しているからだ。女性がドーナツを食べていたので、のどに詰まらせたと思われたが、CT画像からは脳梗塞が先行しているとの判断だった。窒息では説明できない脳の異変であるとも。
 それを前提とすれば、ドーナツの提供と死亡との因果関係は否定される。検察側に事実誤認があることになる。そもそも事件でなく病死だと。刑事事件なら検察は死因に疑いはないか、もっと科学的に慎重を重ねて判断するべきである。それも教訓と考える。

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