日本の鉄道貨物輸送と物流: 目次へ
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南松本駅 ~石油、セメント、LPGを中心とした消費物資の内陸型集約貨物駅としての成長とその衰退~
2011.4.29作成開始
<目次>
はじめに
南松本駅の発着トン数の推移
南松本駅の鉄道貨物輸送に関連する事項の年表
南松本駅に接続する専用線の推移
南松本駅の概要
日本オイルターミナル㈱松本営業所の鉄道貨物輸送
ジャパンオイルネットワーク㈱松本油槽所の鉄道貨物輸送
出光興産㈱松本油槽所の鉄道貨物輸送
岡谷酸素㈱に到着するLPGタンク車輸送
ゼネラル石油㈱松本LPGステーションに到着するLPGタンク車輸送
■住友大阪セメント㈱のセメント輸送
■電気化学工業㈱のセメント輸送
■三菱マテリアル㈱のセメント輸送
■秩父セメント㈱のセメント輸送
■明星セメント㈱のセメント輸送
日穀製粉㈱の鉄道貨物輸送
㈱竹屋の鉄道貨物輸送
㈱ナガノトマトの鉄道貨物輸送
松本ハイランド農業協同組合の鉄道貨物輸送
■セイコーエプソン㈱の鉄道貨物輸送
■昭和電工㈱大町事業所の鉄道貨物輸送

2011.4南松本駅 石油基地のヤード

■はじめに  
 松本市は長野県の中央に位置し、江戸時代は松本城の城下町として、明治維新後は筑摩県(1876年に長野県と岐阜県に分割)の県庁が置かれるなど信州の 中心としての地位を古くから築いてきた。県庁所在地は長野市に譲っているものの、今でも松本市には信州大学が置かれるなど「学都」としての一面や日本銀行 松本支店の存在が象徴的だが「経済県都」としての機能を持ち、松本は長野、甲府と並ぶ甲信地方の拠点であると言える。

 そして鉄道貨物輸送的には、南松本駅 が甲信地方最大の取扱量を誇る一大拠点であり、宇都宮貨物ターミナル駅倉賀野駅と同様の内陸型集約貨物駅の代 表例であると言える。輸送の中心は以前より石油の到着であるが、国内最後のLPGのタンク車輸送が近年(2005年度)まで残っていたのが大きな特徴であ ろうか。またセメントターミナル㈱の立地は 無かったもののセメント各社のサイロが集中しているのも同駅の特徴であり、長野県内へのこのような消費物資の輸送において鉄道貨物への依存度が高い(高 かった)ことが窺われる。

 筆者が初めて同駅を訪れたのは1997年3月のことであったが、当時は石油、セメント、LPGの専用線が多数現役で残っており、更 に日穀製粉㈱の専用線までも使用されていた。一方、コンテナ輸送は12ftコンテナ扱いだけなので地味な印象であったが、駅構内の南北に多数の専用線 が接続している時代を目撃、記録できたことは非常に幸運であったと言えよう。現在、車扱輸送は石油輸送だけとなり、コンテナ輸送は数年前から20ftコン テナ 扱いを始めたものの大きく伸長するほどでは無く、南松本駅の貨物輸送は今後の成長の形が未だ見えてきていない感が強いが、甲信地方を代表する貨物駅として 、その重要性は今後も揺ら ぐことはないものと思われる。その広大な貨物設備を有効に活用できる施策をJR貨物にはもちろん行政当局などにも望みたいものである。


■南松本駅の発着トン数の推移  (単位:t)  

発  送
到  着
年  度
鉄 道車両
コ ンテナ
総 数
石 油
セ メント
プ ロパン
機 器
鉄 道車両
コ ンテナ
総 数
1998 年度
128,257
111,845
240,102
1,079,697
164,284
7,170

1,720
85,615
1,338,186
1999 年度
141,661
115,350
257,011
1,254,258
149,055
5,550

160
84,690
1,493,713
2000 年度
136,287
117,125
253,412
1,228,401
118,856
5,730

160
88,170
1,441,317
2001 年度
132,245
103,890
236,135
1,214,015
95,038
5,460

2,080
85,285
1,401,878
2002 年度
132,192
104,335
236,527
1,238,469
62,624
5,070

3,280
81,690
1,391,133
2003 年度
127,395
109,610
237,005
1,209,915
50,616
4,680


85,360
1,350,571
2004 年度
125,674
110,150
235,824
1,192,956
51,642
3,990

840
88,740
1,338,168
2005 年度
120,209
118,900
239,109
1,193,051
17,442
210

4
108,345
1,319,052
2006 年度
108,013
123,730
231,743
1,096,584



180
108,080
1,204,844
2007 年度
99,421
118,530
217,951
1,042,699


1,600

105,015
1,149,314
2008 年度
87,490
121,669
209,159
959,152




114,265
1,073,417
2009 年度
88,253
110,476
198,729
935,195




103,725
1,038,920
『松本市の統計』より筆者作成


■南松本駅の鉄道貨物輸送に関連する事 項の年表  
年 月日
事   項
1944 (昭19)年09月01日
南松本駅が開業
1955 (昭30)年
スタンダード・ヴァキューム石油が松本油槽所を拡張(『100 年のありがとう モービル石油の歴史』モービル石油株式会社、1993年、p240)
1960 (昭35)年
日穀製粉㈱が松本小麦製粉工場新設(同社webサイトより)
1965 (昭40)年05月20日
篠ノ井線の塩尻~南松本間が電化(Wikipediaよ り)
1965 (昭40)年10月10日
電気化学工業㈱が松本セメントSS開設(拙web電気化学工業㈱松 本セメントSSより)
1965 (昭40)年10月13日
住友セメント㈱が南松本包装所開設(拙web住 友大阪セメント㈱南松本SSより)
1966 (昭41)年12月
サンリン㈱が松本充填所を設置(同社webサイトより)
1968 (昭43)年06月01日
松本駅の貨物取り扱い業務を移管(Wikipediaよ り)
1968 (昭43)年10月
日本セメント㈱が松本包装所新設(拙web日本セメント㈱松 本SSより)
1969 (昭44)年04月
秩父セメント㈱が松本バラ倉庫開設(拙web秩父セメン ト㈱松本SSより)
1969 (昭44)年09月
花村産業㈱は鋼材配送ターミナル鉄鋼センターを開設し、流通機構の円滑 化を図るため国鉄専用線を敷設(同社webサイ トより)
1970 (昭45)年
㈱竹屋の松本工場が竣工、諏訪工場との2工場体制となる(同社webサイトより)
1970 (昭45)年06月
松本倉庫㈱専用線建設、第10・21号棟新築(同社webサイトより)
1971 (昭46)年10月12日
日本オイルターミナル㈱松本営業所が営業開始
2003 (平15)年10月
10トン用フォークリフトが導入、20ftタイプのコンテナ取扱いを開 始(『JR貨物ニュース』2003年10月1日号、1面)
2005 (平17)年03月
本巣~南松本間の住友大阪セメント㈱のセメント輸送が廃止
2006 (平18)年03月
青海~南松本間の電気化学工業㈱のセメント輸送が廃止
2008 (平20)年10月02日
トップリフターが導入、20ft級ISO規格コンテナの到着開始 (『JR 貨物ニュース』2008年12月15日号、4面)
2009 (平21)年03月
辰野駅の貨物取扱いが廃止。根岸駅から㈱豊島屋 辰野営業所向けに石油輸送が行われていた
2011 (平23)年03月
JX日鉱日石エネルギー㈱松本油槽所が廃止となり村井駅の貨物取扱いが 終了

1997.3 南松本駅 セメント各社の専用線

■南松本駅に接続する専用線の推移  
専 用者
第 三者利用者
作  業
キロ
総 延長
キロ
2002年
10月
1997 年
3月
1983
年版
1975
年版
1970
年版
1967
年版
1964
年版
備    考
第一松本製紙㈱

0.1
0.1
×
×
×
×



1967年版では作業キロが専1番0.9 専2番1.0 引上線0.1
第三者利用者に日通、松本運送㈱、鍋林㈱
1964年版では第三者利用者に三菱石油㈱もあり
出光興産㈱

0.1
0.1
×
×
×





ゼネラル石油㈱
ゼネラル瓦斯㈱
0.3
0.4







1997年3月時点ではサンリン㈱松本充填所も同地にあり
ゼネラル瓦斯㈱は1983年版では無し
1967年版では第一松本製紙線に接続
三菱石油㈱

0.1
0.1
×
×
×




1967年版では第一松本製紙線に接続
住友セメント㈱
昭和産業㈱
0.3
0.5








電気化学工業㈱

0.3
0.4








日穀製粉㈱
鍋林㈱
松本農産振興㈱
日本通運㈱
松本運送㈱
通路線0.4
専1 0.3
専2 0.3
専3 0.2
専4 0.1
1.3
×






通運事業者の取扱う貨物は、政府所有の米、麦、小麦粉
のみとする
赤羽産業㈱

0.1
0.1
×
×





日穀製粉㈱専用線分岐
松本市

1.1
2.9
×
×
×
×




明星セメント㈱

0.7
0.4







1970年版は松本市専用線分岐
秩父セメント㈱
日本通運㈱
0.7
0.5







1970年版は松本市専用線分岐
シェル石油㈱

0.8
0.3







1970年版は松本市専用線分岐
岡谷酸素㈱

0.1程度
0.1程度








松本市
松本運送㈱
0.5
0.1








日本配合飼料㈱
松本運送㈱
0.5
0.1
×
×
×




1970年版は松本市専用線分岐
㈱竹屋
日本通運㈱
松本運送㈱
専1 0.2
専2 0.2
0.5
×






日穀製粉㈱専用線分岐
花村産業㈱
日本通運㈱
0.5
0.1
×
×





日穀製粉㈱専用線分岐、1983年版では無し
1970年版は松本市専用線分岐
松本市場冷蔵㈱

0.5
0.1
×
×





1975年版では松本鏧泉工業㈱、1970年版では中冷倉庫㈱
1970年版は松本市専用線分岐
松本倉庫㈱

0.6
0.2







1970年版は松本市専用線分岐
2002年10月及び1997年3月は筆者調査による。その他は『専用線一覧表』による。
○:存在 △:休止状態 ×:廃止 -:未設置


■南松本駅の概要  
ここにも貨物駅 南松本駅 長野県の石油基地 (『JR貨物ニュー ス』2002年9月1日号、8面)

アルプスの麓にある駅
 JR貨物南松本駅は、長野駅の中心に位置し、県の中・南部地区における経済拠点の一翼を担っている。
 中央線沿い、旅客南松本駅と隣接した同駅は、かなたに日本アルプスを臨み、貨物駅の中では3万5千平方メートルとかなりの面積を持つ。
 本紙8月1日号に、平成13年度の貨物取扱量ランキングを掲載したが、南松本駅は車扱単独で5位。上位にランクされている理由は、石油の到着が多いこと による。
 同駅は長野県で消費される石油の8 割を取り扱う。駅構内には石油基地も設置。夏場は主にガソリンが、1日当たり車扱で80~90車到着する。
 また冬になると、それに灯油が加わるので100~140車と一気に増え る。これは同駅の季節貨物のひとつだ。

夏はジュースや高原野菜等
 松本営業所の中山所長によると、夏の盛りに同駅から多く発送されるのはジュース類。駅の主要な荷主企業には、清涼飲料水の会社が多く名を連 ねている。1年を通じて出荷はされているが、やはりピークとなるのは6月~8月。日発40~50個程、全国各地 に輸送される。
 それ以外の夏貨物としては、高原 野菜がある。多いのは白菜で他にレタスなど。これは7~8月がピークで、主に九州方面にクールコンテナで輸送される。
 秋には九州方面へ向けてりんごの 輸送が始まる。11~12月がピークで、その間に350~400個が今年も輸送 される予定だ。

全列車がコキ50000に
 さて、南松本駅で最も利用が多いのは、安治川口・名古屋(タ)方面行きの1650列車。この列車は、南松本20:31発-安治川口翌5:21着なので、 到着後、午前中配送が可能な設定。
 なおかつ、昨年まで5500形式コンテナ車しか入ってこなかった南松本駅で唯一、50000形式のコンテナ車を先んじて導入した列車だ。
 コキ5500は古いタイプのコンテナ貨車で、5トンコンテナが4個しか積載できない。それが今年からすべて、コンテナ5個積みのコキ50000になった ため、各方面の輸送力が増強している。
 コキ50000は20ftコンテナも積載可能。実際の利用には相応のフォークリフト配備などが必要になるが、輸送の可能性は広がったと言えるだろう。

平成17年から改良工事
 昭和19年開業の南松本駅は、そもそも車扱駅としてスタートしたため、コンテナ輸送にはやや使いづらい部分もある。例えば荷役線が短いため、列車の車両 解放や連結等、入れ替えに時間がかかる点だ。
 しかし宮下駅長によると、都市計画事業に併せて、3年後の平成17年頃から駅の改良工事を行う計画がある。この工事が行われると、貨車を切り離さず、長 いまま荷役線に入れられるようになるので、持込み時間に余裕が出来る。完成は平成18年頃の予定。
1997.3 南松本駅
10・1時刻改正 今日から新ダイヤ (『JR貨物ニュース』 2003年10月1日号、1面)

長野のジュースを鹿児島へ 南松本発鹿児島行き
 南松本駅から鹿児島駅への輸送時間は実質的に丸一日短縮した。
 改正前は5:42発の列車で翌々日の6:05着。だが締切時刻が前日の18:30なので、集荷日から数えると4日目到着だった。
 これが改正後は、17:20に締め切る列車(17:50発)に載せると、梶ヶ谷(タ)で中継して翌々日の6:05には鹿児島駅へ着く。
 特に松本地区の飲料メーカーが この新ダイヤを評価して利用を増やすほか、りんごの輸送にも使われる見込みだ。
 なお南松本駅では、このほど10トン用フォークリフトを導入、10月から20ftタイプのコンテナ取扱いを開始する。当面首都圏各駅から化成品の到着が 予定されている。
全国貨物駅の大型コンテナ荷役機械配置状況 (『JR貨物ニュー ス』2005年9月1日号、2面)

 2年前に10トン用フォークリフトを導入した南松本駅に、今春からJR規格の20ftタンクコンテナが到着し始めた。顧客が他のルートで使っていた コンテナを活用して、タンクローリー輸送を鉄道 シフトしたという。また7月初めに20ftタイプのクールコ ンテナによる農産物輸送も行われ、荷役機械導入の効果が上がってきた。
ゼロイン貨物駅 南松本駅 (『JR貨物ニュース』2008年2月 15日号、4面)

山と旅客が見ている入換作業
 雪化粧した北アルプスの山々に囲まれた南松本駅に降り立つと、透明で冷たい空気がピンと張り詰めていた。旅客ホーム東側の貨物線で、石油列車やコンテナ 列車の入換作業を行っている。
 先頭列車に2人の作業員が乗り、外気に身を曝して、入換動車の運転士と無線連絡しながら先導する様子は、〝これぞ鉄道貨物輸送〟。マニアならずとも格好 良い、と思う。
 ヤードのあちこちに雪が残るが「本来ですと松本は雪の少ないところです」と、竹田駅長。東京に雪が降るような天気図の場合は松本にも雪が降るが、大雪は 数年に一度ぐらい。しかしアルプスから冷たい風は吹き下ろし気温は氷点下10度くらいまで下がるので、入換作業する作業員の軍手が貨車の手すりに凍りつく ほど寒い。
 到着した石油列車は、「団地線」経由、石油会社の油槽所へ入線させて石油を取り下ろす。
 南松本駅の貨物取扱いと同駅に専用線で繋がる工業団地が、昭和43年、ほぼ同時に稼働したことから「団地線」と呼ばれる専用線だが、石油会社以外の団地 企業は現在この線路を使っていない。が、「道路が万一使えなくなった時のた めに」剥がさず残しているそ うだ。
 3月のダイヤ改正で、これら石油列車が高速化する。到着したらすぐ製品を下ろして、空のタンク車をその日のうちに発地へ戻すことになった。同時にコンテ ナ輸送についても、中央西線のコンテナ車運用が効率化される。
 つまり、名古屋(タ)発のコンテナ列車が到着すると、今はコンテナ貨物を下ろした後のコンテナ車を夜間同駅に留めおくが、改正後は、その日のうちに大阪 行きのコンテナを載せ、大阪行き列車として南松本駅を出発させる。
 このような作業変更で新ダイヤを実現させるので、今年の3月は南松本駅にとり、どうやら変化の春になりそうだ。
2011.4 南松本駅

特大・変圧器5基が到着
 さてこの寒さの中12月から1月にかけて、日曜日が来るたび南松本駅に特大貨物が到着した。朝日村にある東京電力㈱の変電所に納める変圧器5基である。
 鉄道の特大貨物輸送とは、シキ車という巨大な貨車で貨物を両側から挟んで輸送する方式。1年以上前から経路の旅客会社と協議して、輸送ルートの状況を調 べ(例えば途中通過するホームと接触する恐れはないかなど)、特別のダイヤを設定する。鉄道の両端輸送についても通行許可申請が必要だ。
 変圧器の特大貨物輸送はさして珍しくないが、「5基を集中的に輸送することは滅多にない」。
 この輸送プロジェクトに当たり、南松本駅では特大貨物の受入れを、列車が運休するため構内に比較的余裕のある日曜日に行うことにして、当日は構内のス ペース確保に努めた。
 竹田駅長は「道路輸送は夜間しかできませんから、日曜日の昼間、南松本駅に到着させて、昼のうちに構内でトレーラに積み替え、夜中の零時に駅を出て行く スケジュールでした。駅から変電所へ運ぶトレーラは全長40m以上もあったのですよ」と振り返る。
 40mというと、40ftタイプの海上コンテナ3個を繋ぎ合せた長さ。「運転席が前後にあり、カーブするところでは、伴走している人がリモコンで、出っ 張り過ぎ、凹み過ぎを調整するんですね」。
 これが5回続いた。〝夜中の大名行列〟と地元紙が報じたのも頷ける。
 変圧器は無事設置を完了。「一度、設置したところを見に来て下さい、といわれています」と駅長の顔がほころんだ。
ゼロイン南松本駅 (『JR貨物ニュース』2008年12月15日 号、4面)

トップリフター導入
 10月2日、南松本駅にトップリフターが入った。
 昨年から進められていた20ft級ISO規格コンテナの受入れが本格化することになり、大型荷役機械の投入となった。
 到着貨物はペレット状化成品だ。日曜・祭日を除く毎 日、6個のコンテナ が東京(タ)から到 着し、月~土曜日は5個、日曜日には残りの5個が工場へ配達される。空コンテナは毎日、同駅から東京(タ)へ返送している。
 大型コンテナ受入れに備え、同駅では小集団活動で駅構内北側を整備し、トップリフター作業スペースと大型コンテナ置き場を確保した。ISOコンテナ専用 荷役場では線路の長さと上屋の位置の関係で、入線した2個積みのコンテナ車3両のうち、2両のコンテナ取り下ろしと空コン積載を先に行う。それを送り出し てから、残りの1両を上屋下から引き出し同様の作業を行う。
 今年8月からフォークリフト運転手がトップリフターの運転訓練に臨み、受入れ体制を整えた。
 竹田今朝光駅長は「この地区では飲料水輸送や農産品の発送が多く、天候により波動がありますが、化成品の受入れで年間を通して安定した収益が見込めま す。既存のお客様を大切にしながら、作業体制を変更しました。大型荷役機械の導入で、通運さんからも問い合わせが来ていますので、徐々に大型コンテナの取 扱いを増やせるよう検討していきたいです」と話した。
2011.4 南松本駅


■日本オイルターミナル㈱松本営業所 の鉄道貨物輸送  
 長野県を代表する石油基地である日本オイルターミナル㈱(日本OT)松本営業所は、1971(昭46)年10月12日に開業した。同所には京葉・京浜工 業地帯と中京工業地帯という東・西日本の製油所から石油列車が到着しているのが特徴だ。
 また、倉賀野や宇都宮(タ)がそれぞれ群馬県と栃木県の唯一の鉄道貨物輸送の石油到着駅となっているのに対し、長野県には南松本と坂城の2駅が存在し、 更には2011(平23)年3月ダイヤ改正まで村井、西上田の両駅も石油到着駅として存在し、更に辰野、長野、篠ノ井、田中など石油の到着駅が比較的近年 ま で多数残っていた。つまり石油輸送の集約化が相対的に遅れていた地域と言えそうだが、2011年3月以降は南松本と坂城の2駅だけに集約され、この体制が 今後は続くこ とになるものと思われる。

2011.4南松本駅 国鉄時代を彷彿とさせる看板

2011.4南松本駅 エネオスのタンクローリーが荷役 中

▽日本OT松本営業所の概要

タンク 容量
敷 地
利用荷 主
備   考
1973(昭48)年3月現在
9基 15,340kl
35,250m2
10社
中津川亨「物資別共同着基地について」『鉄道ピク トリアル』第23巻第12号、1973年、p16

▽南松本駅に関係する石油輸送の年表
年月日
事   項
1971(昭46).10.12
日本オイルターミナル㈱松本油槽所が開業
1973(昭48).10
知多駅の東亜共石より南松本のOTあてタキ11両(43トン積)の石油 専用列車を設定(『15年のあゆみ』名古屋臨海鉄道株式会社、1981年、p97)
1978(昭53).10
上記の知多駅から南松本の輸送の発時刻を繰り上げ、タキ16両として運 用効率100%に改善した(前掲『15年のあゆみ』p97)
1980(昭55).10
出光興産が汐見町駅から南松本のOTあてタキ11両で専用貨物列車を新 設(前掲『15年のあゆみ』p97)



2011.4 南松本駅

▽『1970(昭45)年版 専用線一覧表』から抜粋の松本周辺の石油関係の専用線 一覧
専 用線
番号

線  名
所 管駅
専 用者
作 業
キロ
1975
年版
1983
年版
備   考
1502
中央本線
辰野
㈱豊島屋
0.1


2009年3月に鉄道輸送廃止
1514
篠ノ井線
村井
日本石油㈱
0.2


2011年3月に油槽所廃止
1515
篠ノ井線
村井
共同石油㈱
0.1


1983年9月に油槽所廃止(拙web「ジャパンエナジー」の輸送基地の概要を参照)
1516
篠ノ井線
村井
大協石油㈱
0.2


1983年版では四日市油槽㈱
1518
篠ノ井線
南松本
出光興産㈱
0.1

×

1519
篠ノ井線
南松本
ゼネラル石油㈱
0.4



1520
篠ノ井線
南松本
三菱石油㈱
0.1

×

1527
篠ノ井線
南松本
シェル石油㈱
0.3


JONET松本油槽所として存続
1536
大糸線
豊科
丸善石油㈱
0.1

×

○:存在 ×:存在せず


■ジャパンオイルネットワーク ㈱松本油槽所の鉄道貨物輸送  
2011.4
 昭和シェル石油㈱松本油槽所は1998年にジャパンオイルネットワーク㈱に移管され同社の松本油槽所となった。尚、同社については拙web「石油輸送基地」のJONETの項を参照。
 同所には三重県四日市市の昭和四日市石油㈱から石油が鉄道輸送されており、発駅としては塩浜駅である。また2005(平17)年まではLPGタンク車輸 送も行われ、後述の岡谷酸素㈱向けと同様に国内最後のLPGタンク車輸送として注目を集めていた 頃もあった。


1997.3南松本駅

1997.3南松本駅

2002.10南松本駅

2011.4南松本駅

2011.4南松本駅

2011.4南松本駅



■出光興産㈱松本油槽所 の鉄道貨物輸送  
 1980(昭55)年11月に汐見町駅から南松本駅の日本OT向けにタキ11両の専用貨物列車が新設されたので、この時点で出光興産㈱松本油槽所は廃止 されたものと思われる。
 実際、「1975年版 専用線一覧表」では南松本駅に出光興産の専用線が存在するが、「1983年版 専用線一覧表」では存在していない。

2011.4南松本駅 「出光」と書かれた制御盤?

2011.4南松本駅 線路跡と思われる道路の溝


■岡谷酸素㈱に到 着するLPGタンク車輸送  
2011.4 南松本駅 岡谷酸素㈱のビルを臨む
 南松本駅は国内最後のLPGタンク車輸送(塩浜~南松本) の着駅であったわけだが、その着荷主の1つが岡谷酸素㈱であった。
 同社は1933(昭8)年4月に岡谷市湖畔に「岡谷酸素製造所」として創業し、1944(昭19)年7月に法人組織化され、1947(昭22)年11月 に社名が「岡谷酸素株式会社」に変更された。1954(昭29)年3月には長野県下全域でLPガスの販売を開始している。現在でも本社は岡谷市内にある が、南松本駅に隣接する松本市市場6-20には「本社分室」「営業本部」「松本営業所」が置かれており、実質的な本社機能の一翼を担っているものと思われ る。(同社webサイトよ り)
 さて、この岡谷酸素向けのLPGタンク車輸送だが、実は比較的、近年になって開始されたようなのである。まず「1983(昭58)年版 専用線一覧表」 では南松本駅に岡谷酸素㈱の専用線は存在しない。
そして公式webサイトには何故か載っていない情報で、就職活動用のマイナビ上 で発見したのだが、松本営業所は1992(平4)年4月に松本市市場団地内 に新築移転し、県下最大規模のLPG供給機能を 配備したとあるので、この時点からLPGタンク車輸送を開始したもの と思われる。
 また南松本駅近くで発見した下記の地図の看板では、現在の岡谷酸素㈱の場所には日本配合飼料㈱が立地していたことが判明、日配が撤退した跡地に進出した 岡谷酸素も鉄道貨物輸送のための専用線を保持していたことからも、同社は鉄道貨物輸送を利用するためにこの場所への立地を選択した可能性が高そうであり興 味深いと ころである。
2011.4南松本駅近くで発見した地図、赤く囲んだ場所が現在は岡谷酸素㈱になっている


1997.3南松本駅 岡谷酸素㈱専用線

1997.3南松本駅 タキ25130 プロパン:塩浜 →南松本(荷受人:岡谷酸素)

2002.10南松本駅

2002.10南松本駅
 この岡谷酸素㈱専用線向けの塩浜駅(昭和四日市石油)からのLPG輸送はWikipediaに よると2005年頃まで行われていたようである。また上記の南松本駅の発着トン数を見ても2005年度に210トンと 僅かながらプロパンの到着があるので、上述のJONET(昭和シェル石油)向けの輸送と同時期まで行われてい たのかどうかという疑問は残るものの、国内最後の LPGタンク車輸送であったと思われる。


■ゼネラル石油㈱松本 LPGステーションに到着するLPGタンク車輸送  
 「専用線一覧表」において、南松本駅にゼネラル石油㈱の前身であるゼネラル物産㈱の専用線が現れるのは1961(昭36)年版からであり、その時から第 三者使用 にゼネラル瓦斯㈱の名前を見ることができるため専用線敷設と同時か敷設後の早い段 階からLPGタ ンク車輸送が行われていたものと思われる。但し1980(昭55)年10月1日にゼネラル瓦斯はゼネラル石油に吸収合併されたため、 1983(昭58)年版の専用線一覧表ではゼネラル石油の名前しか見当たらないが引き続きLPG輸送は継続していた模様だ。むしろゼネラル石油の油槽所が いつまで存続していたかが気になるところで、1982(昭57)年頃のゼネラル石油㈱松本貯油所はタンク8基、最大容量2,557kl(『ゼ ネラル石油三十五年の歩み』ゼネラル石油株式会社、1982年、p259)という記録もあることから、この時点では浮島町駅からの石油類 の タンク車輸送も行われていたものと思われる。

 その後、ゼネラル石油㈱松本貯油所は石油の油槽所機能は日本OT松本営業所に集約し、LPGステーションとしてのみ機能していたようである。1997 (平9) 年3月の現地調査の時点では、サン リン㈱松本充填所ゼ ネラル石油㈱松本LPGステーションが同地に所在していた。またこの時は南松本駅構内で浮島町~南松本(ゼネラル石油ガス)で 運用される日本陸運産業㈱所有LPG専用のタキ25265も目撃している。しかしこの輸送は、上記の JONETや岡谷酸素向けLPG輸送よりも早く2002(平14)年10月時点では廃止になっていたようで、南松本駅のゼネラル石油㈱の専用線は明らかに 使われていない状態であった。
 さらに2011(平23)年4月に同地を訪問した際は、既にタンク施設等が全て解体撤去され更地となっていた。岡谷酸素のLPGタンクが未だ現役である のと好対照な現状となっている。

1997.3南松本駅 ゼネラル石油㈱専用線

1997.3南松本駅 タキ25265 浮島町→南松本 (ゼネラル石油ガス)

2002.10南松本駅 ゼネラル石油㈱専用線は既に使 われていなかった

2002.10南松本駅 赤く囲った場所がゼネラル石油 とサンリンのLPG基地
2002.10 南松本駅

2011.4南松本駅 ゼネラル石油とサンリンのLPG 基地は完全に撤去され更地となっていた


■住友大阪セメント㈱のセメント輸送  
 住友セメント㈱松本包装所は1965(昭40)年10月13日に開設された。


■電気化学工業㈱のセメント輸送  
 電気化学工業㈱松本セメントSSは1965(昭40)年10月10日に開設された。


■三菱マテリアル㈱のセメント輸送  
 三菱マテリアル㈱松本SSは1985(昭60)年に開設されたが、南松本駅に専用線が敷設されたことは無かったようである。もし専用線があれば東横瀬駅 の三菱マテリアル㈱横瀬工場から貨車によるセメント輸送が行われたものと思われるし、松本SSの立地は専用線敷設を前提としていたようにも思われるが、開 設年が相対的に新し いことから専用線は結局敷設されなかったようだ。

2011.4南松本駅

2011.4南松本駅


■秩父セメント㈱のセメント輸送  
 秩父セメント㈱松本バラ倉庫は1969(昭44)年4月に開設された。秩父鉄道(発駅は武州原谷駅か?)からのセメント輸送は1997(平9)年3月に 廃止されたと思われる。
 詳細は拙web秩父セメント㈱の松本SSの 項を参照。


■明星セメント㈱のセメント輸送  
 明星セメント㈱松本包装所は1968(昭43)年10月に新設された。2003(平15)年3月に糸魚川駅の明星セメントの専用線が廃止されるまで糸魚 川~南松本間でセメント輸送が行われたものと思われる。
 詳細は拙web日本セメント㈱の松本SSの 項を参照。


■日穀製粉㈱の鉄道貨物輸 送  
 石油、セメントといった鉄道貨物輸送における〝汎用〟な品目の到着が目立つ南松本駅において、日穀製粉㈱の専用線の存在は1つ大きなアクセントとなって いた。私が初めて同駅を訪問した1997年3月の時点では専用線はまだ使用されており、工場構内の複数の建屋に線路が吸い込まれていくのが印象的な比較的 規模の大きな専用線であった。
 輸送内容は西濃鉄道猿岩駅清水工業㈱からドロマイトが到着していたよう で、使用された貨車は同社が3両所有したホキ7500形のほか、元小野田セメント㈱所有のホキ5700形も入線したとの情報もある。ドロマイトは食品添加 物としてカルシウムやマグネシウム強化に使われるので、そのような使用目的で輸送されていたものと思われる。
(※清水工業㈱所有のホキ7500形については吉 岡心平氏のwebサイトを参照)
 また「奥野君の専用線日記」のwebサイトでは、1993(平5)年6月29 日の日穀製粉専用線に大川駅?常備のホキ2200が2両入線しているのが確認できる。大川駅の日清製粉㈱から小麦粉 が到着していたものと思われる。

 この日穀製粉の専用線は筆者が入手した情報では、1998(平10)年9月時点で既に使用されていなかったというものがあるので1997~1998年の 間に廃止されたようだ。また大川駅の日清製粉専用線が1997年6月末に廃止されたので、大川発のホキ輸送廃止と同じ頃にこの専用線も廃止されたのかもし れない。

1997.3南松本駅 左が日穀製粉㈱専用線、右が休止 中の㈱竹屋専用線

1997.3南松本駅 日穀製粉専用線はまず二手に分岐 する

1997.3南松本駅 左に分岐した日穀製粉専用線は倉 庫の間を抜けて行き・・・

1997.3南松本駅 工場の奥深くまで一直線に線路は 延びていた

1997.3南松本駅 一方、右に分岐した専用線は更に 分岐が続きつつ大きくカーブ

1997.3南松本駅 左の写真のカーブの先にはスイッ チャーがあった、写真奥が駅方向

1997.3南松本駅 既に廃止された専用線の線路が一 部残る

1997.3南松本駅 上の写真の反対側は工場内へと線 路が引き込まれていく
 1997年3月訪問時は専用線の線路の踏面は光り、スイッチャーの姿も確認できたが、残念ながら貨車を目撃することはできなかった。ここにドロマイトや 小麦を積んだホキが入線していたのだとすると、是非その姿を記録したかったものである。


■㈱竹屋の鉄道貨物輸送  
鉄道便利ですか ㈱竹屋 (『JR貨物ニュース』2001年8月1 日号、3面)
 きれいな水と澄んだ空気に恵まれた諏訪で、㈱竹屋(本社・長野県諏訪市、藤森郁男社長)が、米や薪と一緒にみそを売り始めたのは明治5年。やがて大正 12年の関東大震災を契機として、諏訪のみそは関東地域に、既に完成していた中央本線に載せて運ばれた。みそは徐々に家庭で作るものから買うものへと変 わっていく。

製品の50%を鉄道出荷

「コストだけの評価おかしい」
 ㈱竹屋は現在、諏訪と松本の2工場で20種類以上の「タケヤみそ」を製造、年 間総生産量12,000トンのうち50%を鉄道で運んでいる。 利用率が高い理由について、藤森諄二専務取締役は「地球環境への加害者になりたくないという企業理念に基づいて輸送手段を検討、選択している。輸送特性の 異なるトラック輸送とレール輸送のシステムがごちゃごちゃになって、コストだけで評価されるのはおかしい。それぞれの役割分担をして小口多頻度・近距離に はトラック、長距離輸送には鉄道を使う、というふうに社会システムが整備されるべきだと思う」と語る。
 最近のみそ製品はプラスチック容器に入っているものが多い。物流のみならずごみを減らし、環境への負担を軽くするため、同社では独自に開発した軽量プラ スチックで容器を作っている。また、ロングセラーの袋入り製品を大事に売っていこうという姿勢を持つ。
 様々な取組みを続ける同社の工場は、どちらも品質システムISO9002を取得しているが、環境マネジメントシステムISO14001認証の取得も近い 将来の視野に入れているという。

5トン単位に積み合わせ
 みその原料は大豆。北海道産などの国産大豆は量が少ないため、足りない分は海外から調達している。竹屋ではアメリカ・イリノイ州の契約農場で、みそ作り に合った高品質の大豆を栽培、使用しているほか、カナダ産のみそ用上質白目大豆も使用している。
 諏訪工場、松本工場ではそれぞれ銘柄の違うみそを製造していて、その時のオーダーにより、注文量の多い銘柄を製造している工場へ、もう一方の工場の製品 を運び、コンテナに積み合わせる。

みそは重量物 1箱で10キロ
 箱詰めされた製品は、1箱10キロほど。重量物だが、T11型パレットにパレタイザーで積み付け、段ボール箱の滑りを抑制するホットメルト(無公害の接 着剤)とストレッチフィルムで固定しているので、複数種類の製品を積み合わせても荷崩れはない。しかしストレッチフィルムは、納入後ごみになる。できるだ け使いたくないが、それに代わる方法がないため、現在有効な手段を模索中だ。
 古くから鉄道を利用している同社では、納品先の問屋も鉄道に慣れていて、オーダーを5トン単位にまとめ てくれるため、コンテナに載せやすい。目安は500ケースで5トンだ。

NPPのレンタルパレ使用
 両開きの12ftコンテナにパレット荷役しており、左右から積んで6枚ちょうど入る。パレットは主にNPPでレンタルしている。使用されたパレットは、 配送先に一定量たまった時点で着地にあるNPPのデポに送られるという形で回転している。
 竹屋では主に関西方面の出荷に鉄道を利用しているが、頻繁 に使うのは南松本-安治川口間 だ。1650列車は、夕方集荷した貨物を載せて翌朝5:20には到着するので、「非常に使いやすい」と評価する一方、姫路貨物神戸港駅行きは到着が翌々日な ので、「もう少し早く着けばもっと利用できる」という。それでも「今後も環境を考えた製品作りをして、積極的に環境負荷の少ない鉄道を利用していきたい」 と藤森専務は話してくれた。
 
1997.3南松本駅 ㈱竹屋専用線 レールは残ってい たものの既に休止状態であった    2011.4南松本駅 ㈱竹屋 専用線跡 レールは撤去済みであった


■㈱ナガノトマ トの鉄道貨物輸送  
鉄道便利ですか 大阪のトランスファセンターや九州のデポに鉄道コンテナ出荷 ㈱ナガノトマト  (『JR貨物ニュース』2002年9月15日号、3面)

 ㈱ナガノトマト(本社・長野県松本市、成川愼一社長)は、昭和32年創業。ジュースやケチャップ等のトマト製品他、野菜ジュース、なめ茸製品など、信州 を生かした製品作りを続けている。取材時はちょうどトマトの収穫時期で、「これからトマトジュース製造のピーク」というところ。提携農家からのトマト出荷 を待ち受ける松本工場で、上村井物流部長に話を聞いた。

 ㈱ナガノトマトの鉄道利用は古くまで遡る。
 現在のJR貨物南松本駅が、そもそも貨物輸送基地として営業開始したのは昭和43年。しかし上村井部長によると、そのさらに前から、同社の本社工場最寄 駅である篠ノ井線村井駅より、貨車輸送を行っていた そうだ。
 それでは、現在の同社の製品物流はどのようになっているのだろうか。
 ナガノトマトでは、本社工場・松本工場と2つの工場を持ち、松本工場内にある倉庫から両工場の製品を全国に出荷している。
 輸送手段はトラック、特積み貨物、コンテナ・ チャーター便 がそれぞれ三分の一ずつで、残りがフェリー。
 同社では都市部の東京・名古屋・大阪にトランスファセンターを、北海道・広島・九州にはデポを持つ。製品はこれら物流拠点向けに輸送されるが、ユーザー 直送も僅かにある。

駅でトランスファできれば
 トランスファセンターで行うのは名前の通り積み替え作業。工場から大型トラックで夜間到着する製品を顧客ごとに即小分け、翌朝には配送を済ませる。従っ てここに在庫が置かれることはほとんどない。またリードタイムにも厳しいため、メインは大型トラックで、鉄道の利用は限られる。
 それに対し、デポは在庫が置いてある分、出荷にも時間の余裕がある。コンテナを利用しているのは主にこちら行きのものだ。
 最も利用が多いのは九州。デポと一部のユーザー直送分で、南松本 駅発福岡(タ)のものが月間約40個鹿児島 駅月間約10個程だ。
 次に多いのは大阪のトランスファセンター向け。これはちょうど翌朝配送可能なダイヤ(安治川口駅着の 1650列車) があるため、大型トラックで輸送している分が、少しずつだがシフトしてきている。
 残りは北海道・東北向けだが、こちらの利用は少 ない。 数年前、より料 金の安いフェリーにシフトして以来、コンテナの利用は減少してしまった。
 鉄道で運んでいるのは、トマトジューを始めとする同社の各種製品。これらを利用運送業者の松本運送㈱が大型トラックで集荷し、駅頭でコンテナにバラ積み している。工場には集荷のトラックが次々来るので、ここでコンテナ積込みを行うことはない。
 コンテナへバラ積みする際、荷崩れ防止具などは特に用いていない。しかし濡損防止のため、段ボール箱にビニールで覆いをしている。
 「翌朝に配送できる列車ダイヤがあれば、もっと鉄道を利用できるのだが」と上村井部長。なおかつ、トランスファセンターと同様の作業 が着駅構内でできれば、鉄道利用の可能性もさらに広がる、と話す。
2011.4 村井駅に隣接するナガノトマト本社工場

※同社の鉄道貨物輸送については、拙webのキリンホールディングス㈱のナガノトマト株式会社の項も 参照。


■松本ハイランド農業協同組合の鉄道 貨物輸送  
信州から「サンつがる」出荷始まる 松本ハイランド農業協同組合  (『JR貨物ニュース』2005年10月1日号、1面)

保冷コンテナでの駅留置を活用
 信州から出荷が始まった早生品種の「サンつがる」は、南松本駅から保冷コ ンテナで、九州方面を中心に輸送さ れている。出荷元の松本ハイランド農業協同組合は、生産から集荷した果実を一手に受け入れ、最新の選果・情報システムを導入し、りんごをはじめ、桃、梨な どの1個1個の情報をデータ化し、消費地へ安心と信頼を送り出している。この最新システムとコンテナ輸送について取材した。
 全国第2位のりんご生産量を誇る長野県では、半年間収穫時期がずれながら、多品種のりんごの旬が楽しめる。早生種「サンつがる」は、今年作柄がよく、8 月26日から出荷が始まり、9月に収穫の最盛期を迎えた。生まれは青森県津軽だが、育ちは長野県、全国出荷量の3分の1を占める。次に市場に出回るのが、 信州では「千秋」「陽光」「シナノスイート」など中生種だが、生産は少ない。晩生種「サンふじ」は10月下旬から12月まで収穫があり、年内いっぱい販売 される。

 収穫された「サンつがる」は、松本ハイランド農業協同組合・果実共選所で選果、箱詰めして出荷される。
 りんごを選果場のラインに1個ずつ載せるのは人の手だが、そこからフリーパンという丸型トレイに載り流れていく過程で、生産者、収穫日、光センサーでの 糖度測定、色、味、形、重さ、大きさなどのデータがシステム処理、画像処理される。箱詰め後、それらの情報は箱ごとに管理されバーコードが貼られる。
 この情報を生産者は翌年の栽培履歴の資料に活用する。消費者には当たり外れのない信州りんごが手に入るようになり、信頼のブランドが確立した。
 このシステムについて同組合農業部総合販売課の小笠原寛さんは「平成14年に選果場を1カ所に統合、全国で初めて消費者が求める情報と、生産者が欲しい 情報と、販売者が欲しい情報がリンクするシステムを作りました。年間処理量はりんご、桃、梨など合わせて約11,000トン。品質の統一と販売の強化、さらにトレーサビリティ など注目を集めています」と説明。
 「コンテナ出荷するのは、発送から販売まで4日ほどかかる地域向けが多いので、傷のない規格品のりんごです。打身が少ないなど輸送中の品質が良いことの 他に、産地間の調整、輸送後の調整など市場に出るまでの調整機能として、保冷しながら保管できるというメリットを十分活用しています」とコンテナ輸送を評 価した。

市場も注目
 鉄道利用を積極的に推進する利用運送事業者松本運送㈱の大 久保宗三社長は「九 州向けにいいダイヤができたので、昨年から早生種の鉄道輸送が始まりました。選果システム導入により積込み時間が大幅に短縮できています。 前日選果済みのものは翌朝8時までに積込みを終えて、ラックの回転をよくしました」。また、「コンテナを駅留置して、ドライアイスを補充しながら保冷保管をしていた ら、市場の方から、コンテナ輸送にしてくれと要望が出ました」と、コンテナ輸送の注目度を話してくれた。
 箱詰めした「サンつがる」は、5トン保冷コンテナに10キロケースで420ケースが積み込まれる。この中には10キロのドライアイスも2箱入っている。日発平均10個福岡熊本宮崎鹿児島高知福山へ発送、今年からは大阪も加わった。九州には3日目到着だが、扉を開けたとき内部はひんや りしている、それが販売担当者に評判になっている。


■セイコーエプソン㈱の鉄道貨物輸送

■昭和電工㈱大町事業所の鉄道貨物輸送

企画特集[しなの途中下車]

アルミ「国産第1号」工場見つめ70年
駅舎は小さなログハウス風。駅から数十㍍で昭和電工(左奥)の正門に行き当たる=大町市大新田町で
≪ JR大糸線 南大町駅(大町市) ≫

 駅正面に昭和電工信州事業所の敷地が広がる。70年前、ここでアルミニウムの国産化に初めて成功した。工場建屋は、昭和初期の鉄骨の骨組みを残す物も多 い。

 事業所内の歴史記念館に保存されている当時ののアルミ塊を見た。文鎮形の表面には、英文表記で「国産第1号 1934年1月12日」の刻印。歳月が本来 の輝きを多少失わせてはいるが、ガラス越しに鈍く輝きを放つ姿はどこか誇らしげだ。

 アルミ国産化は、昭和電工の初代社長、森矗昶(のぶてる)が陣頭指揮した。北アルプスを源とする高瀬川の水力発電が工場立地の決め手となったという。構 内には「アルミニウム発祥の地」という石碑もある。

 「アルミの話は、地元でさえあまり知られていなくて……」と、案内役の遠山昇・総務グループ副主席は苦笑する。戦後一時中断したが、70年の約4万 4200トンをピークに累計約66万5700トンが出荷された。82年に事業所での製造が停止され、製鉄所などの電気溶鉱炉で使う黒鉛電極の生産に主力を 移した。近隣から年に数校、見学に来るが、「生徒たちは驚きの声とともに、少し自信を深めたような表情になるんです」。

 原材料の搬入や製品の出荷を担った貨車の引き込み線が十数年前まで、信濃大町駅から延びていた。「通勤時間帯は駅から門まで人並みが切れなかった、と先 輩から聞いた」と遠山さん。

 約1キロの引き込み線跡は舗装され、輸送は大型トレーラーに代わった。千人をゆうに超えた従業員は500人を切り、マイカー通勤が主流。国道147号下 のトンネルが唯一、引き込み線のなごりとなっている。(英)

《メモ》昭和電工がアルミニウムの国産化に成功した翌年の1935年に開業。かつて最多で2700人を超える従業員数を誇った同社大町工場のために開設さ れたとされる。無人駅で、普通列車上下各20本が止まるが、市立仁科台中学校と県立大町高校などへの通学客が大半。周辺は郊外型の大型店の進出が相次ぎ、 市内の商業の中心が移りつつある。

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