院内感染の永寿総合病院 初めにどこで、誰から…今も不明
2020年7月28日 06時00分
<検証・コロナ対策7>
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、厚生労働省がクラスター(感染者集団)対策班を設置した翌日の2月26日。東京都台東区の永寿総合病院に、1人の患者が脳梗塞で入院した。
永寿は、急病や重症の患者を治療する地域の中核的な病院だ。24時間体制で患者を受け入れている。脳梗塞の患者は5階の病棟に入り、8日後から発熱する。重症患者が多い永寿では、新型コロナ以外の病気で発熱や肺炎が起きる例は珍しくない。担当医は、唾液などが気管に入る「誤嚥性肺炎」と診断する。
同じころ、5階で別の患者も発熱するが、やはり新型コロナは疑われなかった。3月20日ごろから患者や看護師の発熱が増え始め、病院はこの時点で集団感染に気付く。
◆最初の患者、経路は不明
患者2人へのPCR検査で、新型コロナウイルスが検出されたのは23日。発症から2週間以上がたっていた。永寿には、4~9階に計400床の病床がある。患者や職員ら計214人が感染し、患者43人が亡くなった国内最大級の院内感染は、こうして起きたことがクラスター対策班の調査などで後に分かる。
正体がつかめない未知のウイルスは、医師や看護師らを過酷な勤務に追い詰めた。「感染しても無症状のことも多く、気付かぬうちに広がる危険性が高い感染症だ」と院長の湯浅祐二(68)は振り返る。永寿で最初に感染した患者がどこで感染したのかは今も不明だ。
ウイルスのこの特徴が、院内感染への対策を今も難しくしている。
東京都台東区の永寿総合病院で、発熱した患者から初めてPCR検査の検体を採取したのは3月21日だった。永寿に検査機器はないため、外部機関に検査を依頼する。新型コロナウイルスに感染したと判明するまで、さらに2日かかった。
初めて感染を確認したこの時点ですでに、患者や看護師らの発熱は相次いでいた。25日から外来や救急患者の受け入れを停止する。11人、10人、14人…。その後も検査のたびに感染者は増えていく。予期せぬ事態に、院長の湯浅祐二(68)は「突然、嵐が襲ってきた」と感じた。
◆対策班から支援と調査も 慣れない作業にストレス
30日、厚生労働省のクラスター(感染者集団)対策班から、国立国際医療研究センター病院の医師、具芳明(47)らが支援と調査に入る。感染者が出ていた5階のフロアでは看護師にも感染が広がり、全員が職場を離れていた。
5階では、外来など別の部署から応援にきたスタッフが業務にあたっていたが、相手は正体が分からない未知のウイルスだ。院内では慣れない作業に加え、恐怖心から泣きながら防護服を着るスタッフもいた。
感染して呼吸困難となった医師は、妻に「死ぬかもしれない、子どもたちをよろしく頼む」と携帯電話で伝えた。意識不明の重症になる。人工呼吸器が外れ、意識が戻った時は「生きていることが不思議だ」と思った。
外部に委託していた清掃などの仕事も、病院の職員が担った。「非常にストレスの大きい状況だ」と具は思った。
院長の湯浅は後に、感染を広げた理由として「新型コロナを疑うタイミングの遅れ」などを挙げる。最終的に入院患者や家族ら131人と、看護師や医師ら職員83人が感染し、患者43人が亡くなった。
永寿に限らず、入院患者は高齢者や持病を抱えた人が多く、もともと重症化のリスクが高い。具はその後、「永寿のようにならないようにしないと」という声をほかの病院で耳にする。
◆院内感染、抑えるのは「難しい」
新宿区の東京新宿メディカルセンターは4月から、コロナ患者の受け入れを始める。専用病棟を設けて感染対策を行ったものの、一般病棟で職員が感染。すぐに患者の移動を制限するなどして懸命に抑え込む。感染は特定のフロアにとどめることができたが、感染者は5月下旬までに数十人に上った。
呼吸器内科部長の清水秀文(45)は「潜伏期間が長く、無症状の人もいる。院内感染を抑えるのは難しい」と痛感した。
その難しさは統計にも表れている。6月19日までに国内で発生したクラスター(感染者集団)238件のうち、医療機関は最多の35%を占めた。対策には費用負担が増すが、都内で新型コロナ患者を受け入れた病院の約9割が赤字だったとの調査もある。
東京新宿メディカルセンターでは、7月から再びコロナ患者の入院要請が増えてきた。「不安はあるが、今回の経験を糧に対策をしていきたい」と清水は話した。(敬称略)
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