「犬は3日の恩を3年忘れず、猫は3年の恩を3日で忘れる」とも言われるように、古来、犬は人間に懐き、猫は自由気ままというイメージが定着している。だが、そんな通説を覆す研究結果が発表されたことで、猫派が歓喜し、犬派が反駁している。
「猫と飼い主の絆の深さは、犬と同等かそれ以上である」
そんな研究結果が、オレゴン州立大学の研究チームによって米科学誌『カーレントバイオロジー』(2019年9月号)に発表されたのだ。
実験では、まず猫と飼い主が一緒に部屋に入り、2分間過ごす。その後、飼い主が退出して猫だけで2分間を過ごし、再び飼い主と一緒に2分間過ごす。この間の猫の鳴き声や再会時の反応を調べて、飼い主との絆の強弱を判定した。
108組の猫と飼い主を対象にしたこの調査では、「飼い主と強い絆で結ばれている」と見なすことができた猫が約64%、「絆が弱い」は約36%だった。犬にも同じ実験を行なったところ、絆が強いケースが58%、弱いケースが42%という結果が出た。猫が犬を上回ったのだ。
この研究結果に「まさにその通り!」と“ドヤ顔”なのが、猫派の人々だ。東京大学大学院教授で、無類の猫好きの社会学者・赤川学氏が語る。
「猫を飼っている人ならみんな気づいていることです。犬は基本的に集団性の動物なので、ボスに従う習性がありますが、猫は違う。あくまで対等な関係のなかで、愛を育むことができる。エサが欲しいから尻尾を振るようなことは決してしない。猫と人間の結びつきこそ、本物の絆。それが証明されたのだと思います」
芸能界きっての“猫派女優”小林綾子氏も、この結果に大きくうなずく。
「実家で22年間猫を飼っていたし、成人してからも2匹の猫を飼いましたが、意外なほど飼い主のことを見ている。リビングで団らんしている時も寝ている時も、ジーッとね。実家の猫は、『メリー』と名前を呼べば、必ず返事をしてくれました。
犬のように人に媚を売るわけではないけど、気ままに生活しているように見えて、人間の言動にどこかで意識を集中させている。それは警戒心ではなく、純粋に“人間が好き”だからだと思います」
一方、「絆の強さ」に圧倒的な自信を持っていた犬派にとって、この結果は受け入れがたいものだった。大の犬派を自認する脳科学者・澤口俊之氏が猛反論する。
「ひとつの論文だけで結論づけるのは間違いです。そもそもあの論文の主旨は、“犬と同じような行動を猫も示す”ということで、もともと“犬と人の絆は深い”という事実が前提にあるんです。今回の調査結果をもって、犬より猫の方が絆が深いなど、到底言えないと思います」
2年前まで保護犬のシーズーを飼っていた愛犬家の精神科医・香山リカ氏も、判定方法には納得がいかないと話す。
「猫は飼い主がいなくなったら、我慢しきれなくてすぐに鳴いたりする。犬は一歩先を行って“飼い主は用事があるのかな”と思いやり、大人しく待つことがある。そのため絆が弱いと判断されたのでは」
かくして、犬派vs猫派の大激論の火ぶたが切って落とされた。
◆犬はどんな主人にも忠誠を尽くす
犬派はまず「犬の飼い主への忠誠心の強さ」を力説する。
「僕には犬と猫を育ててきた経験がありますが、猫は懐いてはくるけれども、恩返しはしない。その点、犬はどんな主人にも忠誠を尽くします。犬というのは、生まれながらにDNAが人と共存するようにできている。猟犬とか盲導犬などのように、人間のために頑張ってくれている」
そう話すのは漫画家の弘兼憲史氏だ。現在、ウェリッシュ・コーギーを飼っている弘兼氏は、そもそも犬と猫では、人間との関わり方が根本的に異なると主張する。
「犬は家族だけど、猫はあくまでもペット。可愛いだけの“愛玩”なんです。人間に一方的に可愛がられるだけの猫に、飼い主への忠誠心が芽生えるはずもなく、そもそも飼い主も忠誠心を求めない。
一方で犬は自分も家族の一員だと思っていますから、行動も人間的です。親子、兄弟と同じように上下関係があり、主従を自然と理解できる。だから忠誠心が生まれる」
前出の澤口氏もこう解説する。
「猫が家庭で飼われるようになったのは、せいぜい5000年前から。犬は1万5000年前というのが定説で、4万年という説もある。人間が狩猟採集民だった頃からのパートナーであり、家族だった。猫とは歴史が全然違います。お互いに助け合いながらともに進化することを“共進化”と言いますが、人類と共に進化してきた動物は犬しかいない」
◆猫は“真の愛”を見分ける
猫派も黙っていない。前出の小林氏は、自身の体験から「猫にも忠誠心はある」と断言する。
「ある日の朝、実家の猫が外出先ではぐれてしまったことがあって。もともと家の外と中を出入りしていた子だったので、帰れば戻っているだろうと思っていたけど、いない。家族みんなで探し回って、結果的に、はぐれた場所でずっと私たちを待ち続けていました。寂しそうにこちらを見ていてね。
犬のように分かりやすくしっぽを振ったり駆け寄ってきたりと、感情表現を表に出さないだけで、猫ほど飼い主に忠実な動物も珍しいと思います」
4匹の猫を飼っている経済アナリストの森永卓郎氏は、「犬と猫は忠誠心の種類が違うだけ」だと分析する。
「犬はもともと集団で狩りをする動物だったので、他人と協調することが遺伝子の中にも刷り込まれている。だから別に愛情を注がなくても“飼い主には絶対服従”という生き物なんです。一方、猫は森で単独行動して、1人で狩りをする動物です。そもそも他人と協調する習性がない。
ただし最近の研究によると、猫は脳の中の扁桃体がものすごく発達していて、愛情を注いでいくと警戒心を解き、一種の忠誠心が芽生えてくるそうです。犬のようにご主人なら誰でも従うのではなく、ずっと愛情を積み重ねてきた人にだけ従うんですよ。“真の愛”を見分ける能力に長けているのです」
◆犬のほうが知能が高い
澤口氏は脳科学者の立場から、犬と猫では知能のレベルが違うと強調する。
「2017年に『大脳皮質の神経細胞の数は犬が5億3000万、猫は2億5000万』という論文が出されています。神経細胞の数が倍以上違うのです。脳の構造についても、犬は人の顔を認識する特別な脳領域さえ持っている。知能は最低でも人間の2歳並み。要するに猫は犬より脳機能が低いといえます」(澤口氏)
なかでも犬派が自慢するのが、犬の「コミュニケーション能力」の高さだ。
「呼べばこっちに来たり、言葉や表情から飼い主の伝えたいことを全力で読み取ろうとする。犬は人間と“意思疎通”ができる稀有な動物なんです」(香山氏)
◆猫は『悪女』的に頭が良い
猫派はここでも猛反論する。森永氏が語る。
「猫は頭が悪いなんて、とんでもない話ですよ。うちの猫はおやつをあげるときには『待て』もするし、『お手』もする。おもちゃをあげたらちゃんと咥えて帰ってくる。犬にできる芸は猫にだって簡単にできるんです。単純な脳細胞の数だけで判断できる話ではないと思います。
気ままに見えて飼い主のことをじっと見ているし、こちらの意図はだいたい理解していますよ。気分が乗らない時はスキンシップもスッとかわして、じらしながらも、ギリギリのところで最後は寄ってくる。つまり『悪女』的な頭の良さがあるんです。犬にはそんな“駆け引き”はできませんよね」
※週刊ポスト2019年11月22日号