主人のいないプレアデス   作:プロテイン中毒

3 / 3
ブックマークや感想等々、本当にありがとうございます。
励みになります。


帝国

――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

知性とカリスマに溢れた歴代最高と名高い皇帝だが、同時に冷酷な一面も持つ彼を人々は鮮血帝と呼ぶ。

乱雑にソファーに横たわり、眉を顰めながら羊皮紙を眺める皇帝ジルクニフ。

秘書官のロウネはそれをやや緊張した面持ちで見つめている。

 

「――それで。確実か?」

 

「はい。間違いありません」

 

何がでしょうか? などと質問を返したりはしない。

ここでそんな質問を返すような愚鈍な者は、とっくに首を切られているか閑職に追いやられている。

また、ジルクニフもロウネの能力を高く評価しており、形式上確認しただけである。

彼がこうして正式な報告書で提出してきた以上、間違いはあるまいと確信していた。

 

「ふむ……それにしても、だ。まさかあのガゼフ・ストロノーフがな……」

 

「しかしこれは好機ではありませぬか? 上手くすれば予定を数年前倒しする事も可能かと」

 

ここ数年に渡って行われているカッツェ平野での戦争で、リ・エスティーゼ王国は多くの民を徴兵し、国力を徐々に衰退させている。皇帝がその気になれば、すぐにでも王都まで陥落させる事すら不可能ではないのだが、それでは帝国側の被害も甚大なものとなる。

故にじっくりと国力を削ぎ落し、予定通りであれば数年後には本格的に侵略を開始するはずであった。

 

「さて、それはどうかな」

 

「おやっ、陛下にしては珍しく弱気じゃないですか」

 

皇帝に対しても砕けた口調で話す彼は帝国最強の四騎士筆頭バジウッド・ペシュメル。

一国の王に対するものとは思えない口調だが、彼を咎める者はいない。

他でもない皇帝ジルクニフ自身が許しているのだから、詮方なき事ではあるのだが。

 

「そもそもガゼフが辺境の地へ赴いた理由は知っているか?」

 

「いえ、そこらへんの事情はとんと知りやせん」

 

「なんでも村々を虐殺して回っている【帝国騎士】を掃討するべく出兵したそうだぞ? おかげで近々鮮血帝の名が虐殺帝に変わるやも知れぬな」

 

苦虫を噛み潰したようで、それでも無理矢理笑みを作っているような顔だった。

 

「なんともそれは……」

 

鎧や剣を横流しした貴族はとうに粛清済みだが、こういった悪評は一度広まるとなかなか消えず、表面上は沈静したとしても地下でずっと燻るものだ。

一連の全てはスレイン法国が裏で糸を引いている。それも最終的に帝国を取り込む場合に備え、種を蒔きながらだとジルクニフは確信している。

王国を早期に取り込めるのは確かに魅力的な誘いではある。

しかしガゼフをあっさりと打ち倒す戦力を有していると考えれば、潜在的な敵国でもあるスレイン法国に隙は見せられない。

幸いこちらには英雄の領域すら超えた、逸脱者フールーダ・パラダインが居るが過信は禁物だ。

 

「まあ何も焦って今すぐ決める必要はない。まずは自称帝国騎士の殲滅と、襲われた村への人道的支援からだが、仮にも【今はまだ】王国領だ。下手は打つなよ?」

 

ジルクニフはチラリとロウネを一瞥し手を振る。

ロウネはそれの意味するところをすぐに理解し、深く頷き即座に部下への指示を出す。

 

「ちなみにガゼフ抜きの軍であれば戦力は何割減と見る?」

 

「士気も含めて2割ってとこですかね。けどそもそも正直言うと、俺はストロノーフが死んだ事自体が眉唾だと思うんですがね。奴の強さは間違いなく英雄の領域ですぜ。あれを倒すならパラダイン様に出ていただくか、それ以外だとそれこそ武王でも召し抱えるしか……いや、俺の見立てでは武王であっても五分五分と見ますがね」

 

帝国最強騎士の四騎士の一人であるバジウッドが、呆れ半分と言った表情で両手を広げて苦笑した。

ジルクニフは以前、四騎士全員で武王に戦いを挑んだらどうなるかとバジウッドに聞いた時の答えを思い出す。

 

あの時、勝てるとまでは言わずとも、せめて負けはしないとの言葉が欲しかった。

だがバジウッドの答えは、諦め気味に笑いながら「勝算はない」と、帝国最強を名乗る騎士としては少しばかり情けないものだった。

 

「あぁ、お前は今日ずっと訓練していたんだったな」

 

「ええ、それがどうかしましたか?」

 

そしてたった今、言外にガゼフ相手にも勝算は無いと言ったに等しいバジウッドへの意趣返しを込めて、ジルクニフは口角を吊り上げ不敵な笑みを作ると、たっぷりと勿体付けてから告げる。

 

 

 

 

 

 

 

――その武王だがな。今日負けたぞ?

 

 

 

「はあ、そうです、かぁっあぁッ!?」

 

 

 

 

――♦――

 

 

 

 

闘技場の貴賓席でもある一室で、男は空の舞台に目をやりながら大きくため息を吐いた。

 

(一体いつまで待たせるつもりだ……)

 

帝国四騎士の一人、ニンブル・アーク・デイル・アノックは少しばかり苛立っていた。

彼は皇帝の下知を受け、武王を打ち倒したという女戦士に――引見前の確認も兼ねて――祝いの品を持ってきていた。

皇帝は間違いなく仕官を求めるだろうが、応じるかどうかは本人の性格や事情よるところが大きい。

そのための【確認】だ。

闘技場で戦う剣闘士たちは何かしら脛に傷を持っている事が多いし、以前の武王のように強者と戦う事を生き甲斐としているような、所謂戦闘狂と呼ばれるような人種――前武王はウォー・トロールだったが――も存在するからだ。

 

だがそういった、言葉を悪くすれば【ならず者】と呼ばれるような連中ですら、伯爵位であり、同時に帝国最強の四騎士の一人でもあるニンブルが直々に会いに来たとなれば、本人に出来る最大限の敬意を払い、恐縮したものだ。

 

だというのに新しく武王になったルプスレギナ・ベータなる女は「あー、ちょっと確認があるんでそこで待っててもらえるっすか」とだけ言い残すと、かれこれ1時間以上戻ってきていない。

 

女は信じられない程に美しかった。

新武王に会いに来た事が頭の中から抜け落ちてしまいそうなぐらい、この場に似つかわしくない美貌を携えるルプスレギナを前にして――比喩でも世辞でもなく――ニンブルはその美しさに目を奪われ固まってしまった。

あの武王を倒す女戦士だから、王国のアダマンタイト級冒険者チームに所属している、オーガのような女と似た部類だろうと勝手に思い込んでいた分、その衝撃は凄まじかった。

 

故に互いの自己紹介が済んだ後、伯爵位であるニンブルに対して待てなどという、常識で考えればあり得ないルプスレギナの応対にそのまま異を唱えず従ってしまったのだ。

 

(それにしてもここまで待たされるとは思わないだろう普通)

 

他の貴族であれば、無礼討ちだと騒ぎ出しかねないところだが、ニンブルはぐっと堪えて只管待つ。

とはいえ、これが皇帝からの下知でなければ、とっくに怒り心頭で帰っているところだが。

 

 

――ルプスレギナが再び現れたのはそれから更に1時間程後の事であった。

 

 

 

 

 

「ちわーす。お待たせしたっすねー。新しい武王が来たっすよー」

 

2時間以上またされて、流石に嫌味の一つくらいは言ってやろうかと悩んでいたニンブルであったが、その底抜けに明るく、同時に頭の悪そうな挨拶に毒気を抜かれてしまった。

 

「い、いえ……突然お尋ねしてしまったのですから、これくらいはなんともありませんよ」

 

それにこれは皇帝の名代としての使命でもある。

下手な態度で新しい武王との関係を悪化させるような愚は避けたいとの思惑も当然あった。

 

「確かにそれもそーすっね」

 

しかしルプスレギナの返答により、抜かれた毒気が数倍に膨れ上がり戻ってきた。

ニンブルは生まれて初めて女を殴りたい衝動に駆られつつも、必死に抑え込み話を進める。

 

「クッ……ま、まずはルプスレギナ・ベータ殿。帝国闘技場の頂点である九代目武王の座を獲得された事、誠におめでとうございます。本日は皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下の名代として、祝いの品をお持ちしました。どうぞお納めください」

 

「おー。なかなか太っ腹な皇帝っすねー」

 

一切の恐縮もなければ畏まったお礼の言葉もなく、近所の知り合いからお菓子でも貰った時のような気軽さで、皇帝からの祝い品を受け取るルプスレギナに、ニンブルは若干頬を引き攣らせながらも笑顔で接する。

 

「え、ええ。皇帝陛下は身分に拘らず、優秀であれば平民でも分け隔てなく取り立てるお方です。ベータ殿が望まれるのであれば、我ら帝国四騎士のような地位に就く事すら不可能ではありません」

 

「へぇー、そーなんっすかー」

 

微塵の興味もなさそうな空返事だった。

地位に興味を示さないのであれば金で釣るのも難しい。

命を懸ける闘技場のトップとなった者には莫大な報酬が約束されているのだから。

異性は――考えるまでもなく無駄だろう。

まるで一つの芸術作品であるような完璧ともいえる彼女の容姿であれば、どのような相手だろうと容易く堕としてしまうに違いない。

前武王と同じく、今回も仕官させるのは困難でしょう。と報告する事になりそうだなとニンブルは内心ため息を吐く。

 

「ええ、ですから何か望む物があれば遠慮なく言ってください。きっとお力になれると思います」

 

「望む物はズバリ地図っすね! なるべく広い範囲が載ってると最高なんすけど」

 

「……地図……ですか?」

 

期待せずに望みを聞いてみるとあっさりとそれを口にした事にも驚いたが、その欲しい物が地図と聞いてニンブルは一気に警戒心を強める。

 

「そー地図っす地図。実は敵に強制転移させられたせいで、ナザリックって場所に戻りたいのに、誰に聞いても場所がわからなくて困ってるっす。迷子の迷子の子猫ならぬ子狼ちゃんっす」

 

――強制転移だと? 聞いた事もないが、そんな魔法が存在するのか?

 

戻り次第魔法省で確認を取るとして、転移云々は置いておいてもナザリックなる名は聞いた事もない。

それにこちらが地図を欲する理由を聞く前に喋ったのも気に掛かる。確信とまではいかないが、十中八九全てがブラフだろうとニンブルは考える。

 

国にとって周辺地理は防衛上、非常に重要な情報だ。

 

――その情報が一番欲しいのは誰なのか。

 

言うまでもなく周辺の敵性国家である。

 

他国の間者が帝国闘技場の武王など笑い話では済まされない。

しかし前武王を破った実力者である以上、下手に挑んでも返り討ちだろう。

そもそも間者であった場合引見には応じるのだろうか。

応じなければどうする?

 

いや、それよりも応じた場合の方が問題か。四騎士全員でも護衛として役不足となる可能性が高い。

パラダイン様に同席して頂く必要があるな。

 

一度最悪を想定してしまうと、そうとしか考えられなくなり、ニンブルは思考の渦に飲み込まれていく。

もはや自分の判断で引見の話を通して良いのかすら判断がつかなくなったため、この場は適当に話を合わせておいて、一旦持ち帰る事にした。

 

「そうでしたか。当然ながら地図は機密上、簡単にお渡し出来るような物ではありませんが、陛下にはお伝えしておきます。それからナザリックなる場所については、こちらでも出来うる限り調べてみましょう」

 

「是非お願い致します」

 

敬語を使えないと思い込んでいたルプスレギナの雰囲気が、文字通り一変したかと思えば恭しく頭を下げた。

そのあまりの優雅で美しい所作とこれまでとのギャップに、またもやニンブルは目を丸くして固まるのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。