観光客の増加に向け、おもてなしの向上を図ってきた青森県。新型コロナウイルス禍の中、宿泊施設は難しい対応を求められているが、関係者の間にはあらためてコンプライアンスの徹底を求める声もある(写真はコラージュ)

 6月下旬、身分証を提示しなかったことをきっかけに、20代の中国人男性留学生が青森市内のホテルに「宿泊を断られた」ケースがあった。身分証を示さないことを理由に宿泊を断ることは、旅館業法に違反する。ホテル側は、男性とのやりとりに関する説明を避けているが、新型コロナウイルスが収束していないこともあり、県内の宿泊業者の中にはホテル側の対応に一定の理解を示す声もある。

 男性は関西地方の私立大学4年生で、日本に住んで5年目。就職活動のため青森県を訪れ、青森県を離れた後、東奥日報「あなたの声から『フカボリ』取材班」に情報を寄せた。

 旅館業法は(1)伝染性疾病にかかっていると認められるとき(2)とばくなど違法行為をする恐れがあるとき-などを除いて「宿泊を拒んではならない」と規定。コロナ感染拡大を受けて日本ホテル協会が定めたガイドラインは、国内に住所がない外国人の宿泊者に対しては「国籍と旅券番号を記載し、旅券の写しを保管しましょう」と記すが、国内に住む外国人については特段触れていない。

 男性は6月21日夕方、事前予約していたホテルにチェックインする際、フロントスタッフから在留カードやパスポートの提示を求められた。男性は「(提示する)法的根拠がない。民間人に在留カードなど大切なものを安易に見せることに抵抗があった」ため、提示しなかった。するとスタッフから「それでは宿泊できない。別の宿を探してほしい」という趣旨の話をされたという。

 男性は警察官を呼び、警察官に身分証を提示。身分証の内容を警察官から説明してもらったが、それでも宿泊を認めてもらえなかった。男性は「ホテル側は警察官を通じて身分を確認したとして宿泊を認めてくれてもよかったのではないか」と話す。男性は国内企業から内定をもらっており、今後も日本で暮らす予定だが、「今回のことは不快に思った」と語った。

 一方、ホテルの管理会社(東京)の担当者は取材に対し「社内で調査したが、当方としては宿泊拒否をしていないという認識だ」と答えた。ただ、男性とのやりとりについては「顧客情報のため明らかにできない」と繰り返し、スタッフの対応に関する詳しい説明はなかった。

▼「安全面疑う」「感染リスク考慮か」/県内業者

 旅館業の営業許可などを所管する青森市保健所によると、ホテル側が宿泊客に身分証の提示を求めることは認められている。警察も外国人が宿泊する際は原則パスポートなどの身分証を提示してもらうよう宿泊施設に協力を求めている。

 今回のケースに対する県内宿泊業者の反応もさまざまだ。弘前市旅館ホテル組合の関係者は、旅館業法の順守を前提としながらも「身分証提示を断る外国人となると、安全面で問題があるのではないかと疑ってしまう。身分証提示が嫌なら、提示を求められない宿泊施設に泊まればいいのではないか」と率直に胸の内を語った。

 「新型コロナウイルスが収束していないことを考えると、施設としてはいかに安全・安心を保つかを考える。(今回の件は)宿側としてリスクがあると感じたのではないか」と話したのは津軽地方のホテル経営者。

 八戸市旅館ホテル協同組合の附田眞輔理事長は「泊める泊めないはホテル側と客との信頼関係だが、今回のように警察が身元を確認したのであれば泊めなくてはいけない」と強調。その上で「身分証の不提示が正当な宿泊拒否の理由にならないと、従業員に周知徹底する必要がある」と話す。

 青森大学観光文化研究センター長の佐々木豊志教授は「宿泊施設の真意は分からないが、こういう基準にのっとっている、と十分説明できていなかったのではないか。ホテルとしてのガバナンス(統治)がフロントスタッフまで徹底されていなかった可能性がある」と指摘。「新型コロナ収束後、再び外国人を受け入れ、おもてなしをしていくためにも相手を理解する姿勢が大切だ」と述べた。

 青森市保健所生活衛生課の担当者は一般論として「旅館業法に違反すると疑われる事案があった場合は、事実関係を確認し、必要があれば当該施設に助言や指導を行っていく」と話した。