東日本大震災から5年が経過した桜の咲く季節、宮城県石巻市から、福島県川俣町とかまで行って来ましたー。

2011年3月11日に東日本大震災が発生。そして翌3月12日には長野県北部地震が。あれから早くも5年が経過。もう5年なのか、まだ5年なのか。月日の経過が、必ずしも好転をもたらしているとは言い難いのが被災各地の現状。まーつまり、四の五の言うよりもまず、現地へ足を運んでみて下さいよっつー話なんですよ!

更新日: 2016年04月11日

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石巻市は、現在でも、相当数のボランティアの方々の協力を必要としている現状ではあるのですが、ニーズが専門的なものに移行しており、震災直後の様に、すぐに協力を申し出てくれている方々に、ボランテイア先を紹介するという事が出来ていないそうです。
また、「石巻市復興まちづくり情報交流館」への問合わせの中には、石巻の復興はすでに完了していると考えている方や、震災直後の様に未だにあちこちに瓦礫の山が放置された儘なのだと考えている方からのものも多くあるそうです。いずれにしても、全く関心を寄せてくれさえしなくなってしまった方々よりも有り難く思うと、リチャード館長は仰っていました。

ここからは、「日和山公園」を目指して歩いて行きまーす。

「永巌寺」境内内駐車場に、東日本大震災からおよそ1か月後の2011年4月6日に、被災者への入浴サービスを目的に仮設風呂「千人風呂」が開設されていたとのこと。

「千人風呂」は、設備を移転しながら、2012年7月9日まで、多くの被災者をはじめ、復興支援に訪れたボランティアの方々などに入浴サービスを提供。
やがて、入浴サービスが終了した後でも「千人風呂」があった場は、コミュニティスペースとしての役割を持つようになり、現在は拠点を移し、地域のコミュニティスペース「スペース千人風呂」として活動を続けているそうです。

この前を通ったんすけど、気がつかなかったっす。

震災当時、ここは鳥居が隠れるほどの瓦礫が山積みされていた場所。周辺の家屋は取り壊され、復興住宅の建設が進められている中で、ひっそりと佇んでいました。

広範囲に亘って復興工事が行われています

「日和山公園」から、沿岸部方面に向う石段を下る。
周辺には寺院が多く、墓石も無数に立ち並んでいました。
震災の津波によりなぎ倒されたという墓石たちも今はすっきりと整備されてはいるが、墓石を支えるなどの用途で使用されていたと思われる石材などの多くは、手付かずのまま放置されていました。

津波により称法寺の墓石は大半が倒れた。多くのボランティアの尽力により、瓦礫が取り除かれ、倒壊した墓石がまとめられた。嘗ては境内に、山門や親鸞像も建っていたが今は取り外されたよう。寺自体は、放置されているままのようだった。

2005年に、石巻市が合併した時に記念として小学生たちが描いた壁画。壁画には「合併記念 H17.10.16」と記されている。

広大な更地の中に、松と祠だけがぽつんと位置している。この場所にまで工事が進むには、まだ大分時間がかかるだろう。

この南浜地区近辺は居住が許可されない地域となっており、約40ヘクタールの「南浜地区復興祈念公園(仮称)」とすることが計画されている。
「震災の記憶を後世に伝えるため、津波の被害に遭った街路網の骨格を各所に残し、中心部には追悼式典や復興イベントの会場となるスペースを整備。市民活動やレクリエーションに対応する多目的広場を造り、海側には松林や湿地を復元する。災害時に備え、一時避難場所として築山も建設し、日和山までの避難路も設ける」とのこと。
現在は、具体的な基本設計等の検討が行われている段階で、2021年3月に完成予定となっている。