新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まって以来、より大きな被害を及ぼすとされる「第2波」の脅威に人々は恐れを抱いてきた。今回のパンデミックが1918年に発生したいわゆる「スペイン風邪」に似た道筋をたどるのではないか、という恐怖だ。すでにFacebookの投稿で拡散し、政府の対策にも影響を及ぼしている。
スペイン風邪では、犠牲となったおよそ5,000万人の3分の2が、1918年10月から12月にかけての「第2波」と呼ばれる時期に命を落としたとされる。だが、その懸念は間違った方向に向けられているかもしれない。なぜなら、世界はまだ「第1波」のピークにさえ達していないからだ。しかも、ワクチンが完成するまでそのピークは訪れそうにない。
世界規模で見ると、パンデミックの勢いは依然として加速している。2019年12月下旬に中国で最初の事例が報告されて以来、感染者数の累計が100万人に達するまでには3カ月を要した。これに対して1,200万人から1,300万人に増加するまでの日数は、たったの5日だった。
ロイターの集計によると、2020年7月14日時点の世界の総死者数は約57万人に達した。[編註:7月27日時点では64万5,000人]。1日当たりの死者数は、4月中旬に記録された約10,000人をピークに、その後はおよそ5,000人前後で推移してきた[編註:その後、7月24日に約9,700人を記録している]。
世界中で感染拡大が加速
また、各国では恐ろしい記録の更新が続いている。現時点で最も急速な感染拡大が見られる中南米では、7月12日にブラジルでおよそ24,000人の新規感染者数が記録され、国内の累計感染者数は約187万人に達した[編註:7月27日時点で約240万人]。一方、初期にはウイルスの封じ込めに成功していたインドでも、7月11日に27,114人という記録的な感染者数の増加が報告され、国内の累計感染者数は80万人を超えた[編註:7月27日時点で138万人超]。
世界で最も被害の大きい米国では、20の州とプエルトリコ自治連邦区で、直近1週間における1日当たり新規感染者数の平均が過去最多を記録したことが7月14日付の『ワシントン・ポスト』で報じられている。また、アリゾナ州、カリフォルニア州、フロリダ州、ミシシッピ州そしてテキサス州の5州で、同期間中の1日当たり死者数の平均が最多記録を更新している。
米国の累計感染者数は7月14日時点で329万人を上回り、死者数も13万2,000人を超えている[編註:7月27日時点でそれぞれ約420万人と約14万6,000人]。7月上旬には、世界保健機関(WHO)事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイエススが「世界のほとんどにおいてウイルスを制御できていない」とし、「悪化している」と指摘している。
データが示す封じ込めの最善策
各国においてウイルスの感染拡大を引き起こす要因はさまざまだが、罹患率と致死率の高さに関連づけられる一因として、各国政府による介入の厳格さがある。すなわち、検査や接触者の追跡に加え、学校や職場の閉鎖、海外・国内旅行の制限、集会の禁止、公共情報キャンペーンなどの実施状況である。
オックスフォード大学の研究者たちが170カ国を対象に、2020年1月1日から5月27日までの封じ込めと閉鎖に関する政策の範囲について日別データを収集して調査を実施したところ、決定的な結果が得られた。ロックダウン(都市封鎖)をより早期に、より厳格に実施した国ほど、最終的な死者数が少なかったのだ。
「このウイルスを封じ込めるための最善策については結論が出ています」と、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で臨床データ科学の准教授を務めるアミタヴァ・バナジーは話す。「政策が厳格さに欠けるほど、死者数が格段に多くなるのです」
また、ロックダウンの緩和も容易ではないことが判明している。アウトブレイク(集団感染)をそれまで抑制できていた国でも、緩和後に新たなアウトブレイクが報告されているからだ。
例えばイスラエルでは、7月5日に1,000人近くの新規感染者が発生したことから、制限の再発動を余儀なくされた。また韓国でも、ナイトクラブや職場での新たな感染クラスターが複数報告されている。
政府による介入の重要性
政府による介入の重要性は、低所得国にまだ新型コロナウイルスによる大きな被害が現れていない理由にも関係しているかもしれない。「一部の低所得国で感染者数が比較的少ない理由のひとつは、国民が政府の勧告に対してより従順だったからです」とバナジーは説明する。
その一例が、インドのムンバイにあるアジア有数のスラム街、ダラヴィである。「どんな基準から見てもダラヴィは極めて貧困な地域と言えますが、感染者数と死者数は比較的少なく済んでいます」と、バナジーは指摘する。その理由は、住民がマスクを着用したことや、当局がGPSや監視カメラを活用した積極的な検査・追跡システムを導入したことにある。
また低所得国には、一般的に入院や死亡のリスクが低いとされる若年層が多い。さらに、エピデミック(局地的な流行)が各国に到達した時期の影響もある。
「例えば、1月に欧州にウイルスが到達していたとしても、大規模なアウトブレイクは3月まで表面化しませんでした。罹患率が病院で察知されるレヴェルに達するまでに3カ月かかったということです」と、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のマーティン・ヒバードは語る。このため現時点で感染者数が比較的少ない一部の国は、まだ第1波が始まって間もない段階にあるのかもしれない。
「波」という概念で語ることの意味
各国にこのような差異があることを踏まえると、「波」という概念を世界的なレヴェルでとらえることは適切ではないとも考えられる。なぜなら、この概念はすべての国がパンデミックの同じような段階にあることと、ウイルスの感染拡大に関して収集されたデータが正確であることを前提としているからだ。
それは言うまでもなく事実に反する。感染拡大の状況も、それに関するデータも、各国一律ではないのだ。例えば英国の場合、症状のある患者のみを検査対象としている。また、罹患率は安定してきているものの、ニュージーランドやアイスランドのような1桁台あるいは2桁台にまでの減少はまだ見られていない。
「『波』という概念は、国や地域という単位で考える場合には有用ですが、世界全体での感染拡大状況を表すには、あまり役に立たないでしょう」と、ヒバードは指摘する。「インフルエンザの場合、毎年の流行を『波』と呼ぶことはありません。それには“季節性”インフルエンザという呼び方が用いられています」
それゆえ、今後は世界的な第2波が到来するのではなく、いくつもの局地的な再拡大が発生するようになるだろう。海外渡航は半永久的にさま変わりし、旅行先としての各国の人気はウイルスの抑制状況に左右されることになる。例えば、1月には誰も行きたがらなかったであろう中国は、いまや最も安全な旅行先のひとつだ。
また米国のように、これまでウイルスをまったく抑制できていない国も存在する。そのような国では、現時点で「波」という概念を語ることは無意味である。感染の再拡大による第2波を迎えるには、まず罹患率を大幅に減少させる必要があるからだ。
「米国の状況は、第2波と言えるものとはまったく違います」と、テネシー州ナッシュヴィルにあるヴァンダービルト大学の疫学者ローレン・リップワース=エリオットは語る。「米国は確実に第1波にあります。これを『波』と呼ぶのならという話ですが、実際のところはエピデミックがいつまでも長引いている状態です」
スペイン風邪と同列には語れない
重要なのは、ウイルスを抑制した状態を長期的に維持することだ。英政府主席科学顧問のパトリック・ヴァランスの委託を受けて英国医学院が作成した報告書は、2020年冬に新型コロナウイルスの感染が「抑制不可能」なほど拡大する可能性があるとして、警戒を促している。最悪の場合、第2波で12万人の死者が発生する恐れもあるという。
それでも、あらゆる国が米国のような状況を避けられないわけではない。米国で感染者数が急増しているのは、政府が対応に失敗した結果であって、必然的な道筋ではないからだ。
それに第2波の罹患率が、第1波ほどのレヴェルに達する可能性も低いだろう。1918年のスペイン風邪のパンデミックは、そういった意味で誤解を招くものでもある。現在の人々は100年前と比べて、それどころかたった6カ月前と比べても、はるかに公衆衛生に気を配るようになっているからだ。
「スペイン風邪の場合、1回目に比べて2回目のピークではより大きな被害が発生しました」と、リーズ大学の分子ウイルス学教授ニコラ・ストーンハウスは語る。「それが懸念の元になっていますが、いまのわたしたちの状況は当時と同じではないのです」