第十七話 司教の兄は豪傑?
いつもありがとうございます。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
いまだに頬を染めたままのヒナタはハーナム司教に頭を下げる。
カインはハーナム司教の隣に座るつもりであったが、ヒナタがカインの手を握ったまま離さずそのまま隣に座ることになった。
「いえいえ、久々の再会ですし二人で一緒にいたいでしょう。この老害こそ邪魔で申し訳ないのぉ」
笑顔のまま答えるハーナム司教にヒナタは恥ずかしそうに顔を伏せる。
「ヒナタから手紙が来たときは驚いたよ。少し疲れているみたいだけど思ったよりも元気そうでよかった」
カインの言葉に、ヒナタは小さなため息をついた。
「実は今回の教皇選挙についていろいろと……」
四人の枢機卿は毎日にようにヒナタと会談を行っている。やはり聖女の後ろ盾というのはこのマリンフォード教国にとっては重要なことなのだろう。
主席であるバングラ枢機卿は派閥の数にいわせて。
もう一人の枢機卿は現実的に不可能な理想論を掲げて。
一番若い枢機卿はヒナタに色仕掛けを。
そしてハーナム司教の兄であるデンター枢機卿だけはのんびりと雑談を。
「デンター枢機卿は幼いころからお世話になっておりました。疲れているだろう私に気を使って教皇選挙の話などせず、雑談に花を咲かせております。毎回おいしいお菓子を持ってきてくれますし」
デンター枢機卿には教皇になる野望は元々ない。それはハーナム司教からもカインは聞いていた。
だからといってヒナタから聞く限り誰が聞いても一番の人格者はデンター枢機卿だとカインは思った。
少しの間、三人で雑談をしていると、廊下の外が騒がしくなった。扉がノックされ、ひょっこりと顔を出したのはハーナム司教に似た老人であった。
「ハーナムが来てると聞いてな。おぉ、いたいた。ヒナタ様もいるし……あともう一人?」
許可を出さずに入ってくる人はきっとデンター枢機卿だとカインは思った。
「兄上! いや、デンター枢機卿。場所をわきまえてもらわないと。聖女様との会談中に」
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても。それよりもヒナタ様の隣に座っている小僧は…………っ!?」
デンター枢機卿は誰も入ってこられないように、扉を閉めてカギを閉める。そのままカインの前に立つと――膝をついて頭を下げた。
「――――使徒様でいらっしゃいますね。お初にお目におかけいたします。マリンフォード教国にて枢機卿を仰せつかっておりますデンターと申します。使徒様のご尊顔にお目にかかれて光栄でございます」
先ほどまでの気さくな老人が表情を一変させ深々と頭を下げている。カインにとってはハーナム司教と初めて会ったときを思い出す。
「……やはり兄上もわかりますか……」
ヒナタは何も言わずニコニコと笑みを浮かべている。カインからしてみたら、なぜわかるのか不思議であった。
「そんなところで膝をつかれても困ります。どうか座ってください」
カインの部屋ではないが、現在教皇が不在でマリンフォード教国では枢機卿の四人がトップである。そのトップの一角が少年に膝をついているのが露呈したらそれこそ問題になる恐れがある。
「ほら、カイン様もそういってるし、隣に座るといい」
デンター枢機卿は再度頭を深々と下げてから、ハーナム司教の隣に座った。しかしハーナムに送る視線は厳しい。
「ハーナムよ。使徒様をお連れするなんて何を考えておるのだ。それこそわしに先に教えておくべきだろう」
「デンター枢機卿、カイン様は私が呼んでもらったのです」
笑顔のヒナタは優しい視線をカインに送る。
「デンター枢機卿、初めまして。カイン・フォン・シルフォード・ドリントルです。エスフォート王国では辺境伯を仰せつかっております。ハーナム司教にはいつもお世話になっているんですよ。あと、使徒よりもカインと呼んでください」
カインも優しい言葉で挨拶をする。
「ご丁寧にありがとうございます。それで使徒様……いや、カイン様はなぜ教国へ? あ、カイン様、もしやヒナタ様がエスフォート王国での神託のご相手……」
「その通りです。今回は私がお願いしたのです。色々とありましたし、それに……なかなか会えなかったですし……」
ヒナタがしおらしく答え、カインは横で苦笑していた。デンター枢機卿は二人を見比べて笑顔で手を打った。
「そういうことだったのですか。聖女様と使徒様でしたら納得できます。これ以上にない組み合わせになりますな」
実際にカインはすでに婚約者が四人いる。三人との婚約疲労パーティーではヒナタが神託といい、カインの妻になると宣言をするという暴挙に出ている。
あの時はエスフォート王国の代表的な貴族が多く出席しており、国内の貴族、教会関係者で大騒ぎとなった。しかしヒナタが神託といい全員の前で宣言をしているので、先々妻に迎えることになるのは仕方ないと考えている。
その前にヒナタには新しく魔族のリザベートと婚約したことを話さなければならないが、今は他に重要な案件がいくつもあった。
枢機卿として今回の一件については話しておくべきだとカインは考えている。
「あの、まずは今回ハーナム司教様の護衛でこの教都までの道のりで二度の襲撃がありました。一回は未然に防げましたが」
カインの言葉に全員の表情が曇る。
「――今日、ジェネシーの街から早馬で届けられた。迷惑をおかけしたようで申し訳ない。まさかうちの暗部まで使っているとは……」
デンター枢機卿の表情は苦虫を噛み潰したように険しくなった。